金糸雀が哭く

始動甘言

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望郷団地

02

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 「・・・・話を、聞かせてもらおう」
 頭の中で何度も是非の振り子を揺らして出した結果、とりあえず話だけ聞こう、になった。

 「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。あたしにゃ取って食うだけの体力はもう無いんで」
 ケラケラと笑う老婆。冗談であってもそれは体力さえあれば食えるということになるのが分からないのだろうか。
 まあ何にせよ、
 「ここは不動産屋で間違いないんだな」
 「ええ、そうですよ」
 その割には周りに物件の情報が貼り付けられていない。よく見るものだと1Kで数万~とかマンション一棟で数千万~とか貼っているのを目にする。

 (紹介業者がいない?)
 そう考えもしたが、この老婆は明らかに。これが初めての紹介になると、自信が無いのかどもったり妙に緊張していたり、簡単に言えばこちらに不安を与えてくる様子を纏うのだ。
 契約をする時に何度も何度も顔色を窺い、そしてこの数十年で学んだ極意だ。
 商売をする時は、仮面であっても、自信を纏わなければいけない。纏ってさえいれば少々胡散臭くても、その自信から試しに・・・となる場合があるからだ。逆に自信過剰すぎると、オタクに特定の話題という地雷を踏んだ時と同じように引かれてしまうからNGではある。

 「失礼ですが、他に従業員はいるか」
 話慣れているからと言って礼を欠いていいわけではないが、こういう時にはずばりと聞いた方がいい。そして回答しやすいように二択を提示する。はいかいいえならば一言で済むし、嘘か真かは置いておいて答える際に生じた間に応じてを見れる。

 「いいえ、あたし一人です」
 間がなかった。卓球のラリーのように本当にすぐ返ってきた。つまり本当に一人で経営しているのだ。
 (嘘なら早すぎる。これだと事前に答えを知っていたかのようになるが・・・)
 この謎の不動産屋を信じることなど出来はしない。腕時計をチラリと見ても一向に時間が進まないからだ。
 (とりあえず話を進めよう。無駄な思考はしないに越したことはない)
 私は頭が回る方ではない。経験則でモノを見ているだけで、私自身は仮面を被って落ち着いてるだけの中年にすぎない。無限に時間があろうとも私の集中力は有限なのだ。

 「とりあえず物件を見せてください」
 「分かりました」
 これでいいのが無ければすぐさま後ろの戸を開けて出ていこうと思った。
 「おひとり様でいらっしゃるようなので出来るだけストレスの無いところをご用意します。いくらご用意出来ますか?」
 「およそ300万から500万。今持っている賃貸の解約が完了すればすぐそちらに移りたい」
 「なるほど。何か条件、例えば駅から近いなどは」
 「中年の一人暮らしだから可能な限り駅から近い方が好ましい。ああ、それと比較的騒音がない場所も頼みます」
 「失礼を承知の上で聞きますが、何か理由わけでも?」
 「なに、ただの好みですよ。煩い場所だとあまりよく眠れないもので」
 「それはそれは。他には何か」
 「そうだった、1DKの場所にして欲しい。あまり窮屈なのは得意ではない」
 「かしこまりました。それではいくつか調べて参ります」

 驚いた、ここまでキチンと説明するとは。見てくれで判断していたがこの老婆、慣れている。
 下手に詐欺まがいに別ものを言う訳でもなく、かと言ってこちらを混乱させるような言動もない。淡々としながらもキチンと欲しい情報だけを引き抜いている。無駄のない営業は余裕が無ければ出来はしない。

 老婆はゆっくりと立ち上がり、居間の箪笥の前に立つ。ゆっくりとした動きで下から2段目の引き出しから三枚の紙を取り出した。

 「こちらの物件たちはいかがでしょうか」
 「拝見します」
 老婆の取り出した物件はどれも1DK、一人暮らしの中高年可、駅近に騒音お断りのものだった。
 (ふむ)
 時計の振り子が揺れる音が耳障りに感じる。

 手腕は悪くないと判断する。
 今回は今回は値段の幅が広いというのもあるが、下手な不動産屋はもっと
 あそこにはアレが~、近くにこれが~などということは言われなくてもすでに紙に書いてあるのにそれを紙芝居の朗読のように説明してくる。買わせたい気持ちは分かるが、もっとコンパクトにしなければいけない。 
 昔のように長時間話して売れるというのは最早古い。今の民衆にとって情報こそが最も
 「いかがでしょうか」
 「・・・・・・・・・・・」
 声色にイラつきは無い。様子を窺っている、いや確認だろうか。
 「・・・もう少しいい物件はありますかな」
 「と言いますと?」
 老婆は驚きもせずに湯呑に急須に入ったお茶をトポトポと入れている。
 どうぞ、とそれを私に渡す。受け取るとそれは熱くもなく、冷たくもなく、丁度いいぬるさに感じる。
 口に運ぶと若干熱いが飲みやすかった。喉を潤す程度に飲み、私は言葉を紡ぐ。

 「どれもいい物件なのはわかりました。しかし私は独り身、隣にヤバい輩でもいたら大変だと思うのです」
 そう、物件の情報は説明されても近くに住む隣人については説明されない。
 例えば、越して来たら対面の家にすごく吠える犬がいたとする。
 何故それのことを不動産屋が言わなかったのかと考えると売れないからという至極単純な理由が出てくるはずだ。
 聞いて天国見て地獄、物件の下見があったとしても偶然が重なって不利益な存在がいないタイミングを出されてしまえばこちらとしてはどうしようもない。

 (クレーマーと近い手法だが、背に腹は代えられない)
 私自身、この老婆を心の底から信用してはいない。
 初対面というのもあるが、明らかに行動が的確過ぎる。条件すべてを調べもせずに適当に棚から出した紙に置いてあるだろうか?
 もしすべての紙を把握しているとしたらそれはそれですごいが、そうとは言えない次元だ。
 おみくじとはわけが違う。探す素振りすら見せずに初めから上に置いてあるなんてイカサマの手品でももう少し凝ったことをするだろう。

 (不思議ではない。奇妙で不気味だ)
 この空間といい、先程の行動といい、あからさまに何かある。ここは石橋を叩いて渡っても文句はないはずだ。
 私が色々と考えている中、老婆は入れたお茶をゆっくりと飲み、ふぅと一息をついてから困ったように首を傾げた。

 「はて、あまり隣人との付き合いをするお方ではないと聞き及んでおりますが?」
 身体が底から震え上がるのを感じた。何故それを。私は確かに誰かと積極的に関わろうとする性格ではない。
 これまでも家に帰り、すぐに寝て、また出勤という味気ない生活こそしていた。
 だが、それを誰かに話したことは無い。そしてここに来てからその情報を出してはいない。

 「そ、それは誰から聞いた話ですか」
 顔の端が痙攣しているのが分かる。小刻みに右手が震えているのも、だ。
 老婆は驚いたように皺だらけの顔にある目を広げ、静かに微笑を浮かべる。最早くしゃくしゃの顔が妖怪の妖しい笑みのように見えて、全身の毛穴が逆立つ。まるでしっぽを踏まれた猫にでもなったかのような気分だ。

 「何を言っておられますか。ここには最期まで住む物件をお探しに来たのでしょう?」
 
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