青年は刃を落とす

始動甘言

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救急車に揺られながら

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 救急車の中に僕らはいる。目の前には息も絶え絶えになりながらなんとか生を掴もうとしている僕がいる。もちろん意識不明の重体だ、客観的な視点で言っているだけにすぎない。
 「随分と落ち着いているな」
 「まあ、な」
 対面には先程刺した男が腰掛けている。
 「さて、話をしてもらおうかな」
 「・・・・どうして僕が話をしないといけないんだ」
 男は不思議そうに僕を見る。
 「だって君は私を殺しただろう?」
 「それで僕が話をすることにはならないだろ」
 「じゃあ何かね、君は何にも目的が無いから私を殺したと言うのかね」
 「それは違う!」
 僕は強くそれを否定した。けれど自分の心の中で指に針が刺さるようなチクッとした痛みがきた。
 「今のご時世、良くなることなんて一個もない!僕の家族はみんなダメになった!父さんは仕事をクビになり、母さんは借金が払えなくなって自己破産した!弟たちはまだ学校に通っているのにいつもすぐ帰ってきては家の手伝いばかりしている!それもこれも全部ロクな政治をしていない政治家が悪いんだ!そうに決まっている!」
 僕は今まで心の内に溜めていた声を決壊したダムみたいにぶちまけた。目の前の男以外にこれを聞くものはいない、だからこそ言えたんだと思う。でも心の奥にある痛みは強くなった。
 「そうか」
 つまらなそうに男はぽつりとそう言って、懐から何かを取り出した。タバコだ、しかも先端に何かついているから電子タバコだろう。男はその先端の機械を取り外して、懐からライターを出す。慣れた手つきでライターでタバコに火をつける。
 「・・・・・・・・・・」
 「なんだ、その顔は。そんな顔をしているとモテないぞ」
 男は吸うかね?と懐から箱を取り出し、中から一本を出して僕に向けた。
 「ふざけんじゃねぇ!」
 僕は立ち上がって箱ごと手を払った。箱は救急車のどこにも飛んでいかずに霧散した。
 「こっちは真面目に話したんだ!なのになんだ、あんたは!興味なさそうに話を聞いて、それでタバコまで吸って、終いにはモテないだ?舐めるのも大概にしろよ!!」
 嫌なことを思い出す。学校にいるといつも僕を馬鹿呼ばわりしてくる連中の顔だ。全員が全員、僕を虚言癖だの無神経だの言ってくる。そのどれもこれもがつまらなそうな顔をして僕を見てはみんな後ろを向くのだ。この男の行動もそれだ、これだから政治家って奴らは見下さなきゃやっていけないんだ。
 「そうなのか、あれで君は真面目に話しているつもりだったのか」
 男はさもありなんという様子で僕を見て、口からタバコの煙を吐く。近くにいる救急隊員はそれに気が付くことなくむせる。そして何があったのかとキョロキョロを辺りを見回す。
 「しまった!この姿でも人様に迷惑をかけるのか」
 男は懐から袋を取り出しタバコの火を消す。そしてホッと息をついて、こちらに向き直る。その目は先程までのつまらなそうなものではなくなっていた。
 「どう答えていいか微妙なので簡潔に言おう、君は周りを見ていない」
 「は?」
 男の目がギラリと光る。その目に僕は圧倒された。
 「まあ座り給え」
 僕は何も言えず、後ろにもたれかかるように座る。
 「まず、この中には何がある」
 男が両手を広げる。多分この救急車の車内のことを言っているのだろう。
 「救急車、だろ」
 「何があると言われて君は中にいるもののことを言うのか?違う、この場にあるものが何かと私は聞いているんだ」
 「はぁ~?」
 言っていることが分からない。中に何があると聞かれたから答えたまでだ。それなのにこの言い方はないだろ。
 「救急車の中は救急車に決まっているだろ!それのどこが間違いなんだ!」
 「じゃあこれはなんだ」
 男が指差すのは僕の身体。
 「僕だ」
 「そうだ。じゃああれはなんだ」
 指さすのは僕の意識を懸命に確認する人、救急隊員だ。
 「救急隊員」
 「そうだ。じゃああれは」
 男に聞かれるままいくつかのものを答えた。別に難しいことではない、そこにあるものを言っているだけなのだ。
 「最後に、この中にあるものはなんだ」
 そして男が初めと同じように両腕を広げる。
 「救急車・・・・・・・・じゃないな」
 「そういうことだ」
 男はそこで溜息をつく。何故か疲れた顔をしているが僕の方が疲れている、ここまで頭を使ったわけだし。
 「これでハッキリしただろう。君は周りを見えてないんだ」
 「はぁ?今、答えられてただろうが!」
 「これは演繹法という方法だ。頭が痛くなるから簡単に説明すると、君が『救急車の中にあるものの中から救急車があることを否定するように』ルールに物事を当てはめて結論を出した」
 「???つまり、なんだ?」
 そこで救急車が止まった。おそらく病院に着いたのだろう。
 「おっと早いな。まあ最寄りがあそこの病院になるのならまだ生きる可能性はあるだろう」
 「あ?」
 「ああ、すまない。話を戻そう。君は直接的な答えしか導きだせない、ということだ」
 「は、なに?喧嘩売ってる?」
 「そう捉えるならそうでもいい。だが君が周りを見ないことは理解してくれ」
 「それが一体何になるんだ」
 「・・・・・一応聞くが数学は得意か?それと暗記は得意か?」
 「す、数学・・・?な、なんでそれが出てくるんだ」
 男は納得したようにこちらを見る。するとドアが開いて僕の身体が動いた。けれど先ほどのように足は伸びない。それどころか足が身体から分離している。
 「これはちょうどいい。これなら歩きながら話せるというものだ」
 男は開いたところから外に出る。僕は痛い頭を押さえて外に出ると、空は先程と違って雲に覆われていた。それでも例の階段が徐々にこちらに向かって降りてきているのが見える。
 「あと2時間もしないうちにくるだろうか」
 男はポツリと寂しそうに呟く。
 「まだ君と話せるみたいだな」
 男は変な笑いをして僕を見た。
 「なんだよ、気持ち悪い」
 「ふ、なに。未来ある若者と話すのは悪いことじゃないさ」
 そう言って男は僕の身体の後についてゆく。僕は遅れまいと男の後を追うが、その時に気が付いた。
 (もう一台の救急車はどこだ?)
 さっき男は自分の身体から離れようとして自分の身体に引き戻されていたのを僕は知っている。なら男の身体も一緒に運ばれているはずだと思った。でも今この場所に止まっているのはこの一台しかない。
 「なんだよ、人に言っといて自分は出来てないじゃん」
 言い得て妙、という言葉が過った。でも男がこうしているのだから、近くの、別の病院に行ったに違いない。だからすぐに忘れて病院の中に入った。あとから来る救急車のサイレンは聞こえなかった。
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