100均で始まる恋もある2

三森のらん

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3.エアプランツ

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 さおりと静流を亡くしてから、このテーブルで誰かと食事をしたのは、葬儀の後、義父母とともに食べたコンビニ弁当以来なのを思い出す。
 誰かが家に来るようなことも、誰かを家に呼ぶようなこともなかった。俺自身、それを寂しいとは思ってもいなかった。

「……ご馳走様でした」

 ぼーっと考え事をしているうちに、濱田くんは、気持ちがいいくらい綺麗に食べ終えていた。その様子に、なぜかホッとする。

「お粗末様」

 彼の食べ終えた食器を片付けようとすると、濱田くんは自分で洗うと言い出した。この程度ならすぐに終わるのに、と思ったが、彼にしてみれば、世話になったという思いもあるのだろう。俺は素直に彼に任せることにした。

 湯呑を持ってリビングのソファに向かう。情報番組は相変わらずダラダラと流れている。特に興味があるわけではない。だから、あまり、俺の記憶に残るわけでもない。ただ、時間だけが過ぎていくのを、見ているだけのようなものだ。
 ふと視線を感じて振り向くと、濱田くんがテレビと俺の顔を何度も見比べていた。

「ん? 終わったのかい」
「あ、はい」
「頭の方は落ち着いた?」
「はい」
「そうか、じゃあ、駅まで送ろうか」

 彼がこの辺を知っているかどうか怪しいし、駅までは少し歩く。わかりやすいところまで一緒に行くつもりで、テレビとエアコンを消して立ち上がると、玄関のほうに向かう。

「あ、いいえ。いいです。大丈夫です。どう行けばいいか、教えていただければ」
「いや、でも」
「ほ、ほんとに大丈夫です。そ、外、きっと、もう暑いですし」

 俺の後を追うようについてくる濱田くんが、申し訳なさそうに言葉を続ける。

「うちからだと、少し歩くんだがなぁ」
「だ、だったら、余計に大丈夫です」
「でも」

 振り向くと、彼が寝ていた和室の戸が開いていて、中でバタバタという音と共に、微かに線香の匂いがした。起きてくる前にでも、彼が焚いたのだろう。その行為に、少しだけ、気持ちが柔らかくなる。

「お、お世話になりました」

 目の前を縮こまりながら歩いていく濱田くん。まぁ、こんなよく知りもしないおっさんの家に泊まったんだ。それが普通の反応だろう。

「……いや、まぁ、あんまり飲みすぎないようにな」

 小さく返事をした濱田くんの視線が、下駄箱の上に置いてあったエアプランツに止まった。

「あ、これって」
「ああ、昔買ったときは枯らしてしまって、娘にひどく泣かれてね」

 彼の名前をちゃんと認識したキッカケでもあるエアプランツ。そして、あの時の静流の泣き顔が頭の中を掠める。

「この前、君がお客さんに説明してるのを聞いて、そういうことか、と思ってね」
「そういうこと?」

 靴を履き終えた彼が、俺の顔を不思議そうに見上げた。俺はジッとエアプランツを見つめる。

「水が必要ないなんてことはないんだってこと。少量でも水分は必要なんだって。そうじゃなきゃ干乾びてしまう」

 その言葉は、まるで俺自身のことのようだ。さおりと静流、二人のことを思い出すたびに胸の痛みは消えないけれど、彼女たちを思って流す涙は枯れてしまった気がする。

「今度は、ちゃんと育つといいですね」

 彼の言葉に、俺は何も言えなかった。今更、エアプランツを育てたところで、静流が喜ぶわけもなく、ただ俺自身の自己満足でしかないのだから。
 ドアを開けると、案の定、蒸し暑い熱気が家の中に入り込んでくる。門扉をあけると、駅の方を指さす。濱田くんは、少し驚いたような顔で周囲を見渡すと「お邪魔しました」と、小さく頭を下げて歩き出した。その歩みは、ちょっと心もとない感じがしたが、これ以上、俺に何か出来るわけでもない。彼の背中を見送った後、俺はすぐに家の中に戻った。今朝は濱田くんがいたから、まだ仏壇にお茶を供えていなかった。

 和室に入ると、やはり、彼が焚いた線香の匂いが強く残っている。部屋の片隅に、彼が畳んだ布団が置かれている。今時の若者にしては、ちゃんとしているなぁ、と思いながら仏壇の湯呑に手を伸ばす。
 その時、写真立ての中の二人と目が合った。不思議と自然に笑顔が浮かんできた。

「ちょっと、待ってろよ」

 俺はお茶を淹れるために、和室を後にした。
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