100均で始まる恋もある

三森のらん

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5.ネクタイ

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 そろそろ学園祭の準備がどうとかいう話を聞くようになった。実際、うちの店にも準備用になのか色々買いに来る学生が増えた気がする。模造紙や色紙、ガムテープ、マジックやノリ、何を作るのかはわからないけれど、時々板や釘のようなものも買ってく。
 そういったものをカゴにいっぱい持ってくる学生たちの集団を見て、楽しそうだな、と、少しだけ思う。僕はサークルとかにも入っていないから、そういった作り上げていく過程に参加することはないし、そもそも今までの学園祭の時は、いつもバイトを入れていた。今年もきっとそうなるだろう。

 そんなことを考えながら、講義の終わった教室を出ようとした時、急に誰かに肩を叩かれた。驚いて振り向くと、僕に百均のバイトを押し付けた平川先輩だった。

「よぉ、久しぶり」
「ども」
「何、ずいぶんと辛気臭い顔してんな」

 それはあなたが目の前にいるからです、と、言い返したいくらいだけれど、僕にそんな度胸はないから無言で睨む。

「もう、濱田くんてば、こわーい」

 こわーい、のはあなたです。そんな大柄な体でぶりっ子してみても、気持ち悪いだけだし、むしろ見下ろされてる僕のほうが怖いんですけど。

「な、何か用でしょうか」

 百均のバイトだって、たまたま同じ授業の中でグループを組まされた時に一緒にいたってだけで、僕に押し付けてきたわけで、特別に仲がいいというわけでもない。こんな人が、山本さんと同じ会社に勤めるようになるのか、と思うとなんか無性に腹が立つ。

「うんうん、あのさ、濱田くんってバイトやってるんだっけ?」

 ――は?

 僕は唖然とした。自分が僕に押し付けた百均のバイトのこと、覚えていないのだろうか?

「実はさぁ、内定もらった会社から、バイトに来ないかって言われてさ」

 何を言ってるんだ? この人は。
 山本さんの会社にバイト行ってるのも、内定もらったからって言ってなかったか?

「あの、僕、今百均で」
「え? ああ、あそこか。ていうか、まだ働いてたの?」
「え、はい。ていうか、百均紹介された時も、そう言ってませんでした?」
「あ、あれ? 俺、そんなこと言ったっけ?」

 僕にそう言われて、少しばかり焦る平川先輩。なんだよ、それ。

「……言ってました」
「そんな早い時期に内定なんか出るわけないじゃーん?」
「はぁ?」
「無理かなぁ、と思ってた短期のバイトが決まってさぁ、興味のある会社だったから行ってみたんだよ。でも居心地よくて、短期じゃなくなったんだけど。で、今度の話は別の会社に本当に内定出たから。……なぁ、百均辞めてさぁ、俺の代わりに行ってくれない?」

 何言ってんだ、この人、僕はこういう無責任な人が一番嫌いだ。

「行きませんよ」
「いや、マジで頼むよ」
「行きませんっ。僕だって、百均でバイトしてるんですから」
「困るんだよぉ、俺だって新しいところのバイト、明後日から決まっちゃってるんだよぉ」

 明後日だって? そんな急にで、山本さんのところの仕事とか大丈夫なのか?

「今のバイト先にはちゃんと言ってるんですか」
「当たり前じゃん。『立つ鳥跡を濁さず』って言うだろ。ちゃんと後任見つけてきますって言ってあるんだ」

 偉いだろう、とでも言いたげな表情で、僕を見下ろされたって困る。というか、まさか、その後任って。

「僕のことじゃないでしょうね」
「濱田くん以外にありえないっしょ」

 嬉し気に言い切る平川先輩に、僕は怒る気力も起きなかった。肩にかけていたバックをかけなおすと、平川先輩に背中を向けて教室を出ようとした。
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