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第7章 空島世界
第7章 空島世界 2~エルフの思惑と解放
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第7章 空島世界 2~エルフの思惑と解放
●S-1:空中都市ライラナー/ゲストルーム
押し込められた部屋はカフェテラスのようにも見えた。
陽が入る全面ガラス張りの窓で空しか見えないものの景観は良い。
人数の数倍はある椅子とテーブル。
軽食と飲み物が自由に手にできた。
待遇が180度変わった感じだった。
飲み物は部屋の壁際にドリンクディスペンサーが設置されており、好きなものを自由に選べる。
「おー。ドリンクバーだー」
沙那には見慣れたタイプの機械である。
ジュースの名前は良く判らないものが多いので、片っ端から試すことにした。
その様子をクローリーたちは不思議そうに眺めていた。
異世界召喚者でもそれが何なのか理解できてない者が多い。
辛うじてマーチスは理解できたようだったが、他の面々は時代的な背景もあってピンとこないようだった。
「あ。美味し。これと、これ……混ぜちゃえー」
沙那の楽しそうな姿を見て、クローリーは少し安堵した。
現在の状況は楽観できないのだ。
状況が何も判らないまま連行されて監禁されているのには変わりがない。
不安で押しつぶされてもおかしくはないのだ。
事実、ガイウスは落ち着かずに頭を抱えたままだった。
その中で明るさを失わないことはとても助かっていた。
「なんとも……困った状況に巻き込まれているようだ」
ルシエは変わらず落ち着いているが、しきりに腰の辺りに手をやっている。
いつも下げている細剣が無いことが気になっているのだ。
意外とあの剣はルシエの精神安定に寄与していたのかも知れない。
「とりあえず判っておるのはお互い不可侵状態であったエルフとドラゴンで小競り合いが起きているらしいということじゃな」
ヒンカも腕を組んで考える。
しかし、理解のためのパーツが足りない。
少々の問題なら玉虫色の解決で『なかったこと』にうまく纏めるのが外交のはずだ。
それが上手くいっていないということなのだろう。
ということは何か小さくない棘があるはずだった。
「どっちが仕掛けたにしろ……争う理由が判らねぇな」
シュラハトも首を捻った。
「感情的な理由にしろ利権的な理由にしろ……何もなく戦いにはならねえもんだ」
「……偶発的なことという可能性はないデスカ?」
「何だって可能性はあるだろうが……」
「ねー!これ美味しいよー!紅茶とぶどうジュースとなんだか良く判らない炭酸を混ぜたやつ―!」
「……さにゃ」
沙那が満面の笑みでグラスを抱えていた。
「今、真面目な話をしてるっス」
「ボクだって真面目だよぅ~」
「きゅっきゅーっ」
「ファンタジー世界に飛行船が出てきて一番驚いてるのはボクだと思うー」
ちゅーちゅーと飲み物を啜る。
小柄で童顔な沙那だから余計に子供っぽく見える。
「空を飛ぶなんて魔法の絨毯とかならファンタジーっぽいけどー。あ、空飛ぶ怪獣になるとちょっと特撮っぽくてー」
「怪獣じゃなく飛行魔獣っスな」
「それそれ。ドラゴンも混じって攻めてきたときはビックリしたけどー……ファンタジーだもん。ドラゴンはアリだよねー」
「あれはドラゴンといっても幼竜で赤ちゃんみたいなやつっスがねー」
「鷲みたいな羽の生えた鬼みたいなのとかと一緒に飛んできてー……」
「へぇ。他には?」
「んー。翼が付いた大きなにゃん……ライオンみたいのとかー」
「数はどのくらい?」
「20くらいだったっけ?結構いたよねー。色んな種類のがー」
「興味深いお話ね」
「うおっ!?」
クローリーは思わず飛び退いた。
笑顔を浮かべるコンコードがそこにいたのだ。
さっきから質問していたのは彼女だった。
「お邪魔してますね」
いつの間にか会話の中にかコンコードがこっそり入っていた。
「あんた何でここにいるんスか!」
「幼竜と魔獣が一緒にいたって本当なの?」
「聞いちゃいねー」
「確かっスよ」
「……指示出してた魔獣はいた?」
「あー……有翼魔がいたっスな。飛行魔獣の中じゃ知能が高いはずっス」
「より大型のドラゴンは見た?」
「ねーっスな。別件でいきなり襲ってきた成竜くらいっス」
「ふぅん」
コンコードや指先でこんこんとテーブルを叩いていた。
思案中ということだろうか。
「どうやって撃退したの?」
「さにゃが罠を作ってドカンと纏めて吹き飛ばしたッス」
「ド、ドカン……?」
コンコードは目を丸くして沙那を見た。
「あ、うん。良い方法がなくてー。水風船を浮かべてー魔法で超高温にした礫を撃ち込んでもらったのー」
「水蒸気爆発でしタナ」
「火山の噴火現象を再現したの!?」
「タネがバレたら2回目は使えないけどねー」
火山の噴火は閉鎖された地下水に超高温のマグマが触れることによって、瞬間的に水が体積を膨張させて起きる爆発である。
人為的に発生させるのは困難かつ危険であり、大規模工場の事故などで発生例があるくらいのものだ。
規模が小さいと爆発力は小さく、規模を大きくすると発生自体が困難になる。
ただし条件が揃えば確実に起こる自然現象だった。
確実に動作できるくらいなら沙那の世界で軍用兵器として成立してるはずだ。
条件が厳しい上に狙った場所に使えないので武器にはならない。
「あれはボクだって博打だと思ったけどねー」
コンコードは心の中で舌を巻いた。
蒸気を利用することすらできていない地上人に思いつけるものではない。
沙那のピンクブロンドのトリプルテールが揺れる。
なるほど。そういうことか。
コンコードは理解した。
沙那は異世界召喚者なのだと。
「だいぶためになりました」
実際にこの時のコンコードの脳は全速回転していたのだった。
●S-2:空中都市ライラナー/長官室
「……ということになると考えられます」
コンコードの報告にハウプトマンは無表情で応じた。
手元にある書類はリッチマンの報告書とエーギル号の戦闘記録。
相反する内容に彼は判断を迷っていた。
「未開人である地上人の話を真に受けるのかね?」
「長官」
コンコードは努めて冷静に答えた。
「彼らの半数は異世界召喚者と呼ばれる者のようです。そして1名、ドワーフもいました」
「ドワーフ……地上に残りし者か」
「エーギルの当事者と違った意見ですので、信憑度が低いとは思えません」
「だから、どうというのだ?」
コンコードは少し声を低めた。
「私の推測でしかありませんが。成竜4羽の被害と戦闘報告の結果はほぼ合致しています。ということは……戦闘の端緒が違うのではないかと考えられたのです」
「ふむ?」
「相次いだドラゴンの卵や雛が失われていた件です」
「それがどう繋がるのだね」
「ヌーシャティオへ向かう航路の近くには未確認ながらドラゴンの営巣たる場所があると伺っています。その近くを通ってしまったために盗賊と勘違いされてドラゴンから襲撃されたのではないかと」
「ドラゴン側もかなり怒っていたから……ありえない話ではないかもしれないが……」
「そこで地上人の飛行魔獣との戦いの話です」
コンコードは先ほどの話を説明した。
「飛行魔獣の中に幼竜が数羽混じっていたそうです」
「ドラゴンが地上に介入!?……はありえないな」
「ええ。おそらくは、それが攫われた雛や卵ではないかと愚考します」
「刷り込みか!」
ハウプトマンにもそれが思い当たった。
幼いうちから躾けてしまうことだ。
どれほど強力な生物でも幼いうちに親や仲間と思い込んだものに懐いてしまう。
上手く使えば猛獣を飼いならすこともできるのだ。
飛行可能な生物はどれも強力な兵器となり得るが、ドラゴンは特に凄まじいことになるだろう。
「そして、雛や卵を攫われたドラゴンが怒りのあまりに近くを通過している飛行船を襲ったのだとしたら?」
「ありえなくはない。……が、誰がそれをしたというのだ?」
コンコードは一呼吸置いた。
「魔族でしょう」
人間が蛮族と一纏めに呼んでいる種族の中でも知能も能力も高いのが魔族である。
吸血鬼や悪鬼などに代表される上位魔族は蛮族の支配階級として君臨している。
種族によってはかなりの長命で、エルフ族をすら超える場合もあった。
「確かに。……人間ではドラゴンを成長させるには時間が少なすぎるしな」
「はい」
「そして、彼らがドラゴンを使う理由として考えられるのは何だね?」
「戦争でしょう。おそらくは地上でのですが」
ハウプトマンは指を組んだ。
「我々エルフやドラゴンが地上に不干渉なのを利用しつつか……」
「ええ。ましてや、エルフとドラゴンが争いになれば好都合というところでしょう」
「こちらが手一杯になれば過去の歴史のように人族に協力できなくなるだろうということか」
もし仮説が事実であったなら由々しき問題である。
「……私の手に余るな」
ハウプトマンは目を瞑る。
地上に干渉しないために空へと旅立ったエルフの掟を考えると難しい。
「しかし。……これは私個人の権限として、一つ提案がある」
「何をされるのです?」
「私が、ではない。君にやってもらう」
コンコードは少し困惑した。
自分に何をさせようというというのだろう。
「むしろ、君の仕事の範疇だと思うのだ」
すごく嫌な予感がした。
●S-3:空中都市ライラナー/軍港内
「付き合わせることになってすみません」
コンクリートのような石の桟橋を歩くルゥが申し訳なさそうに言った。
心持ち頭を下げているようにも見えるくらいに背中が曲がっている。
「気にしなくていい。私の責任でもあるんだ」
「でも……」
「拘束はおろか左遷や降格も無かったのだから問題ない」
アイリは滅多に見せない微笑みを浮かべた。
どこかホッとしたようでもある。
「元々が地方回りをする船の艦長でしかないのだから、地上人との連絡に任じられても大差はない」
アイリに下された命令は地上人……つまりはクローリーたちとの連絡と情報交換役だった。
地上との接触自体が問題になる空島世界だが、今回の一件に関して無関心ではいられないというハウプトマンの判断だった。
厳密には規定違反なのだが、個人的な権限で『こっそり』船を派遣することにしたのだ。
エルフたちには無線連絡のような手段がないためである。
どうしても具体的な情報を交換するためには直接、連絡員を置かざるを得ない。
かといってハウプトマンの個人的な権限で行うので、可能な限り地上との接触を増やしたくはない。
その結果……すでに地上人に顔が知られているアイリたちエーギル号の乗員たちに限定すべきだと思われた。
すなわち……現地連絡員としてルゥと、連絡役にエーギル号が選ばれたに過ぎない。
「問題は……こちらが一方的に押しかけるだけで地上人たちには何もメリットがなさそうなところなのだが……」
「あ。それは大丈夫そうですよ」
ルゥが顔を上げた。
笑っていた。項垂れた様子はない。
「ほら、あそこに」
ルゥが指さした。
その先にあったのは問題の地上人たちが、整備点検中のエーギル号の大砲に齧りついている姿だった。
「これはまた近代的な造りデスネエ」
「ほうほう。これはリボルバー式弾倉でござるな?連射性は高くなるが発射ガスが漏れやすいので威力と射程が下がると聞くでござるが」
「イエイエ。それより発射信管の構造が知りたいデスネエ。2~3発ギっていきまスカネ」
「それは名案でござるな。しかし、吾輩が思うにこのような古式ゆかしいものではなく、魔法的なビーム砲やレールガン的なサムシングを開発した方が有利な気がするでござるよ。ブッホホウ」
「オオ。夢が広がりまスナ!では、更に一歩進んで剣もビームサーベルというかライトセーバー的なものにできませんかネエ」
「おお!それならルシエ殿のような美少女が振るうと絵になるでござるな!ハァハァ」
「それならビームガンのようなものを作って沙那さんがぱんちらアクションで撃ちまくるというのはどうデショウ?」
「善き哉!善き哉!ならマリエッラ殿にはおっぱいミサイルというロマン兵器を……」
「ソレ、人体改造になるのでダメでショウ」
「ロマンでござるのに……」
「それより賢者さんの『秘密要塞戦略研究所』を本物の秘密基地に改造してデスネ……」
「プールの中から発進するとか、滝の中から出撃する的なやつでござるな。スパロボ感たまらないでござる!ブヒブヒ」
「デスネ。だからイタダける技術はここでいっぱいギっておきまショウ」
「大砲丸ごとは重そうでござるな」
「それは電動式などにもしたいので発電機や変電機械などが欲しいデスネエ」
「電気でござるか?」
「ええ。周波数などを調整できればレーダーや電波通信も可能になるかと思いマス」
「おお!」
なかなかに頭の悪いオタク会話だった
だが、有用だ。
技術があっても利用法を知らないケースはこの世界には良くあることだった。
魔法も同じで、彼らの知る科学よりよほど優れた技術も存在した。
現代世界での技術的な困難も超えられる魔法があるかもしれない。
上手くすれば彼らのオタ知識を現実化することも可能かもしれない。
それに思い当たった2人は調査に貪欲になっていた。
「お前たち……何をしている!」
アイリが走って行って怒鳴りつけた。
整備中の乗員たちもこの2人に困り果てていたところだった。
客人待遇になったので無下にはできないし、かといって邪魔されるのも困る。
「お?」
「丁度良いところに。この大砲一式いただけませんかネエ?」
「できるか!」
「我々も対抗手段がないと、ドラゴンなどの襲撃を防ぐ方法が無いのデス」
「ほんの少しで良いのでござるよ。先っちょだけでも」
「それはダメです、賢者さん。大砲で大事なのは先ではな閉鎖器や駐退器の方なのデス」
「おお?そうでござったか」
「やらんわ!この未開人ども!」
そのアホなやり取りにルゥは苦笑した。
何故だろう。
閉塞した雰囲気のこの世界に何か突破口ができそうな予感がしていたのだ。
●S-1:空中都市ライラナー/ゲストルーム
押し込められた部屋はカフェテラスのようにも見えた。
陽が入る全面ガラス張りの窓で空しか見えないものの景観は良い。
人数の数倍はある椅子とテーブル。
軽食と飲み物が自由に手にできた。
待遇が180度変わった感じだった。
飲み物は部屋の壁際にドリンクディスペンサーが設置されており、好きなものを自由に選べる。
「おー。ドリンクバーだー」
沙那には見慣れたタイプの機械である。
ジュースの名前は良く判らないものが多いので、片っ端から試すことにした。
その様子をクローリーたちは不思議そうに眺めていた。
異世界召喚者でもそれが何なのか理解できてない者が多い。
辛うじてマーチスは理解できたようだったが、他の面々は時代的な背景もあってピンとこないようだった。
「あ。美味し。これと、これ……混ぜちゃえー」
沙那の楽しそうな姿を見て、クローリーは少し安堵した。
現在の状況は楽観できないのだ。
状況が何も判らないまま連行されて監禁されているのには変わりがない。
不安で押しつぶされてもおかしくはないのだ。
事実、ガイウスは落ち着かずに頭を抱えたままだった。
その中で明るさを失わないことはとても助かっていた。
「なんとも……困った状況に巻き込まれているようだ」
ルシエは変わらず落ち着いているが、しきりに腰の辺りに手をやっている。
いつも下げている細剣が無いことが気になっているのだ。
意外とあの剣はルシエの精神安定に寄与していたのかも知れない。
「とりあえず判っておるのはお互い不可侵状態であったエルフとドラゴンで小競り合いが起きているらしいということじゃな」
ヒンカも腕を組んで考える。
しかし、理解のためのパーツが足りない。
少々の問題なら玉虫色の解決で『なかったこと』にうまく纏めるのが外交のはずだ。
それが上手くいっていないということなのだろう。
ということは何か小さくない棘があるはずだった。
「どっちが仕掛けたにしろ……争う理由が判らねぇな」
シュラハトも首を捻った。
「感情的な理由にしろ利権的な理由にしろ……何もなく戦いにはならねえもんだ」
「……偶発的なことという可能性はないデスカ?」
「何だって可能性はあるだろうが……」
「ねー!これ美味しいよー!紅茶とぶどうジュースとなんだか良く判らない炭酸を混ぜたやつ―!」
「……さにゃ」
沙那が満面の笑みでグラスを抱えていた。
「今、真面目な話をしてるっス」
「ボクだって真面目だよぅ~」
「きゅっきゅーっ」
「ファンタジー世界に飛行船が出てきて一番驚いてるのはボクだと思うー」
ちゅーちゅーと飲み物を啜る。
小柄で童顔な沙那だから余計に子供っぽく見える。
「空を飛ぶなんて魔法の絨毯とかならファンタジーっぽいけどー。あ、空飛ぶ怪獣になるとちょっと特撮っぽくてー」
「怪獣じゃなく飛行魔獣っスな」
「それそれ。ドラゴンも混じって攻めてきたときはビックリしたけどー……ファンタジーだもん。ドラゴンはアリだよねー」
「あれはドラゴンといっても幼竜で赤ちゃんみたいなやつっスがねー」
「鷲みたいな羽の生えた鬼みたいなのとかと一緒に飛んできてー……」
「へぇ。他には?」
「んー。翼が付いた大きなにゃん……ライオンみたいのとかー」
「数はどのくらい?」
「20くらいだったっけ?結構いたよねー。色んな種類のがー」
「興味深いお話ね」
「うおっ!?」
クローリーは思わず飛び退いた。
笑顔を浮かべるコンコードがそこにいたのだ。
さっきから質問していたのは彼女だった。
「お邪魔してますね」
いつの間にか会話の中にかコンコードがこっそり入っていた。
「あんた何でここにいるんスか!」
「幼竜と魔獣が一緒にいたって本当なの?」
「聞いちゃいねー」
「確かっスよ」
「……指示出してた魔獣はいた?」
「あー……有翼魔がいたっスな。飛行魔獣の中じゃ知能が高いはずっス」
「より大型のドラゴンは見た?」
「ねーっスな。別件でいきなり襲ってきた成竜くらいっス」
「ふぅん」
コンコードや指先でこんこんとテーブルを叩いていた。
思案中ということだろうか。
「どうやって撃退したの?」
「さにゃが罠を作ってドカンと纏めて吹き飛ばしたッス」
「ド、ドカン……?」
コンコードは目を丸くして沙那を見た。
「あ、うん。良い方法がなくてー。水風船を浮かべてー魔法で超高温にした礫を撃ち込んでもらったのー」
「水蒸気爆発でしタナ」
「火山の噴火現象を再現したの!?」
「タネがバレたら2回目は使えないけどねー」
火山の噴火は閉鎖された地下水に超高温のマグマが触れることによって、瞬間的に水が体積を膨張させて起きる爆発である。
人為的に発生させるのは困難かつ危険であり、大規模工場の事故などで発生例があるくらいのものだ。
規模が小さいと爆発力は小さく、規模を大きくすると発生自体が困難になる。
ただし条件が揃えば確実に起こる自然現象だった。
確実に動作できるくらいなら沙那の世界で軍用兵器として成立してるはずだ。
条件が厳しい上に狙った場所に使えないので武器にはならない。
「あれはボクだって博打だと思ったけどねー」
コンコードは心の中で舌を巻いた。
蒸気を利用することすらできていない地上人に思いつけるものではない。
沙那のピンクブロンドのトリプルテールが揺れる。
なるほど。そういうことか。
コンコードは理解した。
沙那は異世界召喚者なのだと。
「だいぶためになりました」
実際にこの時のコンコードの脳は全速回転していたのだった。
●S-2:空中都市ライラナー/長官室
「……ということになると考えられます」
コンコードの報告にハウプトマンは無表情で応じた。
手元にある書類はリッチマンの報告書とエーギル号の戦闘記録。
相反する内容に彼は判断を迷っていた。
「未開人である地上人の話を真に受けるのかね?」
「長官」
コンコードは努めて冷静に答えた。
「彼らの半数は異世界召喚者と呼ばれる者のようです。そして1名、ドワーフもいました」
「ドワーフ……地上に残りし者か」
「エーギルの当事者と違った意見ですので、信憑度が低いとは思えません」
「だから、どうというのだ?」
コンコードは少し声を低めた。
「私の推測でしかありませんが。成竜4羽の被害と戦闘報告の結果はほぼ合致しています。ということは……戦闘の端緒が違うのではないかと考えられたのです」
「ふむ?」
「相次いだドラゴンの卵や雛が失われていた件です」
「それがどう繋がるのだね」
「ヌーシャティオへ向かう航路の近くには未確認ながらドラゴンの営巣たる場所があると伺っています。その近くを通ってしまったために盗賊と勘違いされてドラゴンから襲撃されたのではないかと」
「ドラゴン側もかなり怒っていたから……ありえない話ではないかもしれないが……」
「そこで地上人の飛行魔獣との戦いの話です」
コンコードは先ほどの話を説明した。
「飛行魔獣の中に幼竜が数羽混じっていたそうです」
「ドラゴンが地上に介入!?……はありえないな」
「ええ。おそらくは、それが攫われた雛や卵ではないかと愚考します」
「刷り込みか!」
ハウプトマンにもそれが思い当たった。
幼いうちから躾けてしまうことだ。
どれほど強力な生物でも幼いうちに親や仲間と思い込んだものに懐いてしまう。
上手く使えば猛獣を飼いならすこともできるのだ。
飛行可能な生物はどれも強力な兵器となり得るが、ドラゴンは特に凄まじいことになるだろう。
「そして、雛や卵を攫われたドラゴンが怒りのあまりに近くを通過している飛行船を襲ったのだとしたら?」
「ありえなくはない。……が、誰がそれをしたというのだ?」
コンコードは一呼吸置いた。
「魔族でしょう」
人間が蛮族と一纏めに呼んでいる種族の中でも知能も能力も高いのが魔族である。
吸血鬼や悪鬼などに代表される上位魔族は蛮族の支配階級として君臨している。
種族によってはかなりの長命で、エルフ族をすら超える場合もあった。
「確かに。……人間ではドラゴンを成長させるには時間が少なすぎるしな」
「はい」
「そして、彼らがドラゴンを使う理由として考えられるのは何だね?」
「戦争でしょう。おそらくは地上でのですが」
ハウプトマンは指を組んだ。
「我々エルフやドラゴンが地上に不干渉なのを利用しつつか……」
「ええ。ましてや、エルフとドラゴンが争いになれば好都合というところでしょう」
「こちらが手一杯になれば過去の歴史のように人族に協力できなくなるだろうということか」
もし仮説が事実であったなら由々しき問題である。
「……私の手に余るな」
ハウプトマンは目を瞑る。
地上に干渉しないために空へと旅立ったエルフの掟を考えると難しい。
「しかし。……これは私個人の権限として、一つ提案がある」
「何をされるのです?」
「私が、ではない。君にやってもらう」
コンコードは少し困惑した。
自分に何をさせようというというのだろう。
「むしろ、君の仕事の範疇だと思うのだ」
すごく嫌な予感がした。
●S-3:空中都市ライラナー/軍港内
「付き合わせることになってすみません」
コンクリートのような石の桟橋を歩くルゥが申し訳なさそうに言った。
心持ち頭を下げているようにも見えるくらいに背中が曲がっている。
「気にしなくていい。私の責任でもあるんだ」
「でも……」
「拘束はおろか左遷や降格も無かったのだから問題ない」
アイリは滅多に見せない微笑みを浮かべた。
どこかホッとしたようでもある。
「元々が地方回りをする船の艦長でしかないのだから、地上人との連絡に任じられても大差はない」
アイリに下された命令は地上人……つまりはクローリーたちとの連絡と情報交換役だった。
地上との接触自体が問題になる空島世界だが、今回の一件に関して無関心ではいられないというハウプトマンの判断だった。
厳密には規定違反なのだが、個人的な権限で『こっそり』船を派遣することにしたのだ。
エルフたちには無線連絡のような手段がないためである。
どうしても具体的な情報を交換するためには直接、連絡員を置かざるを得ない。
かといってハウプトマンの個人的な権限で行うので、可能な限り地上との接触を増やしたくはない。
その結果……すでに地上人に顔が知られているアイリたちエーギル号の乗員たちに限定すべきだと思われた。
すなわち……現地連絡員としてルゥと、連絡役にエーギル号が選ばれたに過ぎない。
「問題は……こちらが一方的に押しかけるだけで地上人たちには何もメリットがなさそうなところなのだが……」
「あ。それは大丈夫そうですよ」
ルゥが顔を上げた。
笑っていた。項垂れた様子はない。
「ほら、あそこに」
ルゥが指さした。
その先にあったのは問題の地上人たちが、整備点検中のエーギル号の大砲に齧りついている姿だった。
「これはまた近代的な造りデスネエ」
「ほうほう。これはリボルバー式弾倉でござるな?連射性は高くなるが発射ガスが漏れやすいので威力と射程が下がると聞くでござるが」
「イエイエ。それより発射信管の構造が知りたいデスネエ。2~3発ギっていきまスカネ」
「それは名案でござるな。しかし、吾輩が思うにこのような古式ゆかしいものではなく、魔法的なビーム砲やレールガン的なサムシングを開発した方が有利な気がするでござるよ。ブッホホウ」
「オオ。夢が広がりまスナ!では、更に一歩進んで剣もビームサーベルというかライトセーバー的なものにできませんかネエ」
「おお!それならルシエ殿のような美少女が振るうと絵になるでござるな!ハァハァ」
「それならビームガンのようなものを作って沙那さんがぱんちらアクションで撃ちまくるというのはどうデショウ?」
「善き哉!善き哉!ならマリエッラ殿にはおっぱいミサイルというロマン兵器を……」
「ソレ、人体改造になるのでダメでショウ」
「ロマンでござるのに……」
「それより賢者さんの『秘密要塞戦略研究所』を本物の秘密基地に改造してデスネ……」
「プールの中から発進するとか、滝の中から出撃する的なやつでござるな。スパロボ感たまらないでござる!ブヒブヒ」
「デスネ。だからイタダける技術はここでいっぱいギっておきまショウ」
「大砲丸ごとは重そうでござるな」
「それは電動式などにもしたいので発電機や変電機械などが欲しいデスネエ」
「電気でござるか?」
「ええ。周波数などを調整できればレーダーや電波通信も可能になるかと思いマス」
「おお!」
なかなかに頭の悪いオタク会話だった
だが、有用だ。
技術があっても利用法を知らないケースはこの世界には良くあることだった。
魔法も同じで、彼らの知る科学よりよほど優れた技術も存在した。
現代世界での技術的な困難も超えられる魔法があるかもしれない。
上手くすれば彼らのオタ知識を現実化することも可能かもしれない。
それに思い当たった2人は調査に貪欲になっていた。
「お前たち……何をしている!」
アイリが走って行って怒鳴りつけた。
整備中の乗員たちもこの2人に困り果てていたところだった。
客人待遇になったので無下にはできないし、かといって邪魔されるのも困る。
「お?」
「丁度良いところに。この大砲一式いただけませんかネエ?」
「できるか!」
「我々も対抗手段がないと、ドラゴンなどの襲撃を防ぐ方法が無いのデス」
「ほんの少しで良いのでござるよ。先っちょだけでも」
「それはダメです、賢者さん。大砲で大事なのは先ではな閉鎖器や駐退器の方なのデス」
「おお?そうでござったか」
「やらんわ!この未開人ども!」
そのアホなやり取りにルゥは苦笑した。
何故だろう。
閉塞した雰囲気のこの世界に何か突破口ができそうな予感がしていたのだ。
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