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庭師とペテン師
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私は浦戸氏の事が気になって仕方ありませんでした。
見た目こそひ弱な印象の青年ですが、私にはどうも裏があるように思えてなりません。
「…稲荷!」
いきなりお嬢様の大きな声が耳に飛び込んできました。
「は、はいっ!何でしょう?」
お嬢様はほおを膨らませました。
「何でしょうじゃないわよ。さっきからずっと呼んでたのに、無視するなんてひどいわ。」
「も、申し訳ございませんでした…。」
私としたことが。
「分かればいいわ、分かれば。」
お嬢様は窓から外を覗かれました。
窓から見えた庭では、日傘をさした浦戸氏がせっせと芝刈りをしておりました。
「ねえ、もしかして最近庭師さん変わった?」
「え?ああ、はい。浦戸さんという方ですが…。旦那様からお聞きになられていないのですか?」
お嬢様は表情を曇らせました。
「お父様は外の事を何も教えてくれないのよ。知るはずないでしょ。」
「そうでした…。」
彼女はため息をひとつ吐きました。
「私、たまには別の方ともお話してみたいわ。」
「え?」
「あ、別に稲荷が嫌になった訳じゃないの。ただ、沢山の人とお話がしたくなったのよ。」
「左様でございますか…。」
とはいえ、少し胸がきゅっとしました。
「…そうだ、稲荷。庭師さん連れてきてよ。」
「え、浦戸さんでございますか?」
「そうよ。彼、大人しそうだし大丈夫よ。それに、ずっと彼の事見てたら気に入っちゃって。」
最近のお嬢様は時に純粋すぎて、危なっかしいです。
私は悩みました。もし浦戸氏に感じている私の勘が確かなら、お嬢様を危険にさらすかもしれないのです。
他人に獲物を取られる事は好きません。ただ、それだけのこと。それだけのことです。
「…分かりました。彼を呼んで参ります。」
「本当!?」
お嬢様は私の足に抱きつきました。
「ありがとう、稲荷!」
柔らかな感触を感じながら、私は最近私の胸を騒がすあの感情の正体を探っておりました。
「いえ…。それでは少々お待ちを。」
私が見張っていれば、もし浦戸氏がお嬢様の敵となる存在であっても手出しはできないでしょう。
私は庭へ出て、芝刈りをする浦戸氏を呼びました。
「浦戸さん。お嬢様がお呼びです。」
最初、彼は私の声に気づいていない様子でした。
「浦戸さん!」
もう一度呼びかけると、彼はやっとこちらを向きました。
「はいっ、何ですかー?」
「お嬢様がお呼びですよ。先程からお呼びしているでしょう。」
彼は焦った様子で立ち上がり、ぺこりと頭を下げました。
「もっ、申し訳ありません!気が付きませんで…。」
「大丈夫です。それより早く来てください。」
「すみません!」
彼は日傘をぎゅっと握り、こちらに駆けてきました。しかし、途中で何かにつまづいたのか前につんのめり、地面に激突しました。
「!」
「だ、大丈夫ですか!?」
私は慌てて彼に駆け寄り、助け起こしました。
「ええ…。」
上げた顔は土まみれで、目には微かに涙が滲んでいました。
「ううっ、すみません…。僕、ドジ踏んでばっかりで…。」
「いえ。いつも真面目に働いてるじゃないですか。」
彼は激しく首を振りました。
「とっ、とんでもありません!ぼうっとしてて一箇所の芝生だけ刈りすぎちゃったりするし…。」
彼はずれた眼鏡を直しながら、しきりに頭を下げました。
私の勘は、鈍ってしまったのでしょうか。こんななよっとした人物に何かを感じるとは。
「とにかく、お嬢様がお待ちです。土を払って、早くお嬢様の元へ行きなさい。」
「は、はい…。」
彼は一礼し、日傘を畳んで屋敷に入りました。
それにしても、なぜ彼は日傘などさしていたのでしょう。
私は曇り空を見上げ、首を捻りました。
ー
「お嬢様、浦戸さんをお連れしましたよ。」
お嬢様は輝くような笑顔を見せました。
「まあ、本当に呼んできてくれたの!?稲荷って本当変な執事さんね。」
「確かに…、そのようですね。」
私はお嬢様に向かって微笑しました。
「それではお楽しみください。」
「うん!」
私は浦戸氏の背中を押しました。
すれ違う時、浦戸氏は私に囁きました。
「仲がよろしいんですね。」
「あ…。はあ、まあ…。」
仲がいい…ですか。
私は複雑な気持ちになりました。
お嬢様は浦戸氏を用意した椅子に座らせ、またご自身もベッドにかけました。
「えーと…。初めまして、よね?」
「あ、はい…。浦戸です。」
「稲荷から聞いてるわ。…あ、稲荷の事は知ってる?」
「はい。稲荷黒香さんですよね。白氷お嬢様専属の執事だと伺っております。優秀な執事さんだそうですね。」
「そうね…。優秀というよりか、変わった執事さんよ。」
お嬢様はこちらを向いて微笑みました。
思わず顔を逸らしてしまいます。
この顔が火照るのを、悟られたくなくて。
なぜそう思ったのかは、自分でも分かりませんでした。何故顔が火照ったりするのかも。
お嬢様は自分の暮らしのお話をされました。
それは豪邸での生活の自慢ではなく、その窮屈さ、寂しさについてのお話でした。
お嬢様は勿論、浦戸氏の話も楽しそうに聞いておりました。特に外の世界の話は、興味深げに聞いておりました。
交遊の話になると、共通点が多かったようで二人の会話は弾みました。
「白氷お嬢様と稲荷さんは、とても仲が良さそうに見えます。」
浦戸氏はそう言って、恥ずかしそうに笑いました。
「僕は小さい頃から人付き合いが苦手で、仲のいい相手なんていませんでしたよ。」
そして、憂いを帯びたため息を吐きました。
「白氷お嬢様と稲荷さんが羨ましいです…。」
私は反射的に言いました。
「私とお嬢様は、そんな羨ましがられるような間柄ではございません!あくまで主従関係でございます。」
「あら、何ムキになってるの?」
お嬢様が不思議そうに、こちらを見上げておられました。
「あ…。申し訳ございません、あの…。」
私が何とか弁解しようとまごついていると、それを宥めるように浦戸氏が言いました。
「いえ、すみません。僕が変な事を言ってしまって。ただ…。」
「ただ?」
私は気になって、尋ね返しました。
「ただ、こう言うのも何ですが、僕の生い立ちが今の白氷お嬢様と似ていて。おこがましいとは思うのですが、親近感を感じてしまうのです。」
「そうなの?」
お嬢様は浦戸氏の目を覗き込みました。
「話してみてよ。あなたの生い立ち。」
「よろしいんですか?」
お嬢様は頷いて、私の方を振り返りました。
「稲荷。ドアを見張ってて。誰も入って来ないように。」
「はい。」
私はドアの傍に立ち、お嬢様達に気づかれないようこっそりと部屋全体に結界を張りました。これで、私が結界を解くまでは誰も入ってこられないはずです。
「じゃ、お話しします。」
浦戸氏は一礼して、口を開きました。
ー
僕の一族は、自慢じゃありませんが地元ではまあまあ名の知れた存在だったんです。
家自体もこのお屋敷ほどではありませんが大きくて、お金もある程度あったので、生活に不自由はしませんでした。稲荷さんのような使用人もいましたし…。
でも、僕は生まれつき虚弱体質で。外の太陽の下に出るとすぐ倒れてしまうものですから、仲の良い人ができなくて。
毎日部屋にこもって、外ばかり見ていたんです。
大人になって、僕も少しは丈夫になりました。家に残って悠々自適な生活を送っていても良かったのですが、色々な人と触れ合ってみたくて。それで社会に出る事にしたんです。色々な人の場所を転々とする、庭師という仕事について。
まあ、相変わらず日の下は苦手ですが、そこは日傘をさして対応しています。
ー
「…今はお嬢様のような可憐でお優しい方に出会う事が出来て、幸せです。」
話し終えて、浦戸氏は一礼しました。
「ふーん…。そうだったの…。」
お嬢様は暫し目を閉じて考えられておりました。おそらく、ご自分の身の上と重ね合わせておられたのでしょう。
「…でも、今は幸せなのね。良かったわ。お父様に虐められたりしてない?」
「ええ。誠意が伝わっているようです。」
「良かった!」
お嬢様は微笑みました。
「これからもたまに遊びに来てよ。」
浦戸氏は頷きました。
「はい。…しかし許されるでしょうか?」
「大丈夫よ!稲荷がなんとかしてくれるわ。ね、そうでしょ?」
お嬢様は私の方を見て、少し首を傾げました。
どうやら私を信頼してくださったようです。これだけ熱心にお仕えしていれば、当然でしょうか。
しかしそんな当然の事が、私の胸に大きく響くのはなぜでしょう。
人間というのは、思っていたより単純ではなさそうです。
ー
お嬢様はそれからもたまに浦戸氏を部屋に呼びました。
浦戸氏と話している時のお嬢様は、とても楽しげでございました。
自身と似た境遇の人間が側にいる事は、彼女の孤独を癒すことに繋がるようでした。
しかし私の胸はどうもすっきりしませんでした。
お嬢様に浦戸氏を呼ぶよう命じられる度に、胸の中に何かわだかまりが残るのです。
「私、浦戸さんの家に行ってみたい!」
ある何度目かのお話の時、お嬢様が仰いました。
「え?し、しかし白氷お嬢様は外に出てはいけないのでは?」
浦戸氏が困ったようにこちらに目配せしました。
「大丈夫よ。稲荷が何とかしてくれるわ。」
「本当ですか?」
こちらを期待のこもった目で見つめるお嬢様。確かにそれくらい化かしでどうとでもなります。
しかし、浦戸氏の家へお嬢様を行かせるのは不安です。
「ね、いいでしょ?」
「お嬢様…。幾ら何でもそれは私の勝手な判断では…。」
断りかけると、お嬢様は少し寂し気な顔をなさいました。
「あら…。無理なの?」
「い、いえ。無理ではございませんが…。」
「じゃあ…!」
こうも熱心に食い下がられては仕方ありません。
「…分かりました。何とかしましょう。」
「やったあ!やっぱり稲荷は頼りになるわ。」
お嬢様はいつものように、私の足に抱きつきました。
「稲荷さんは凄いです。」
浦戸氏がこちらを見上げて言いました。
「旦那様からも白氷お嬢様からも信頼されているのですね。」
「いえ…。」
ハッタリが得意なだけです。
それは狐には普通の事なのですが、今は何だか寂しく感じられました。
「許可を取りますので、日時は追って。」
お嬢様が浦戸氏の家を訪れる前に、彼の素性を調べなくては。
私は浦戸氏の身辺調査を決心しました。
見た目こそひ弱な印象の青年ですが、私にはどうも裏があるように思えてなりません。
「…稲荷!」
いきなりお嬢様の大きな声が耳に飛び込んできました。
「は、はいっ!何でしょう?」
お嬢様はほおを膨らませました。
「何でしょうじゃないわよ。さっきからずっと呼んでたのに、無視するなんてひどいわ。」
「も、申し訳ございませんでした…。」
私としたことが。
「分かればいいわ、分かれば。」
お嬢様は窓から外を覗かれました。
窓から見えた庭では、日傘をさした浦戸氏がせっせと芝刈りをしておりました。
「ねえ、もしかして最近庭師さん変わった?」
「え?ああ、はい。浦戸さんという方ですが…。旦那様からお聞きになられていないのですか?」
お嬢様は表情を曇らせました。
「お父様は外の事を何も教えてくれないのよ。知るはずないでしょ。」
「そうでした…。」
彼女はため息をひとつ吐きました。
「私、たまには別の方ともお話してみたいわ。」
「え?」
「あ、別に稲荷が嫌になった訳じゃないの。ただ、沢山の人とお話がしたくなったのよ。」
「左様でございますか…。」
とはいえ、少し胸がきゅっとしました。
「…そうだ、稲荷。庭師さん連れてきてよ。」
「え、浦戸さんでございますか?」
「そうよ。彼、大人しそうだし大丈夫よ。それに、ずっと彼の事見てたら気に入っちゃって。」
最近のお嬢様は時に純粋すぎて、危なっかしいです。
私は悩みました。もし浦戸氏に感じている私の勘が確かなら、お嬢様を危険にさらすかもしれないのです。
他人に獲物を取られる事は好きません。ただ、それだけのこと。それだけのことです。
「…分かりました。彼を呼んで参ります。」
「本当!?」
お嬢様は私の足に抱きつきました。
「ありがとう、稲荷!」
柔らかな感触を感じながら、私は最近私の胸を騒がすあの感情の正体を探っておりました。
「いえ…。それでは少々お待ちを。」
私が見張っていれば、もし浦戸氏がお嬢様の敵となる存在であっても手出しはできないでしょう。
私は庭へ出て、芝刈りをする浦戸氏を呼びました。
「浦戸さん。お嬢様がお呼びです。」
最初、彼は私の声に気づいていない様子でした。
「浦戸さん!」
もう一度呼びかけると、彼はやっとこちらを向きました。
「はいっ、何ですかー?」
「お嬢様がお呼びですよ。先程からお呼びしているでしょう。」
彼は焦った様子で立ち上がり、ぺこりと頭を下げました。
「もっ、申し訳ありません!気が付きませんで…。」
「大丈夫です。それより早く来てください。」
「すみません!」
彼は日傘をぎゅっと握り、こちらに駆けてきました。しかし、途中で何かにつまづいたのか前につんのめり、地面に激突しました。
「!」
「だ、大丈夫ですか!?」
私は慌てて彼に駆け寄り、助け起こしました。
「ええ…。」
上げた顔は土まみれで、目には微かに涙が滲んでいました。
「ううっ、すみません…。僕、ドジ踏んでばっかりで…。」
「いえ。いつも真面目に働いてるじゃないですか。」
彼は激しく首を振りました。
「とっ、とんでもありません!ぼうっとしてて一箇所の芝生だけ刈りすぎちゃったりするし…。」
彼はずれた眼鏡を直しながら、しきりに頭を下げました。
私の勘は、鈍ってしまったのでしょうか。こんななよっとした人物に何かを感じるとは。
「とにかく、お嬢様がお待ちです。土を払って、早くお嬢様の元へ行きなさい。」
「は、はい…。」
彼は一礼し、日傘を畳んで屋敷に入りました。
それにしても、なぜ彼は日傘などさしていたのでしょう。
私は曇り空を見上げ、首を捻りました。
ー
「お嬢様、浦戸さんをお連れしましたよ。」
お嬢様は輝くような笑顔を見せました。
「まあ、本当に呼んできてくれたの!?稲荷って本当変な執事さんね。」
「確かに…、そのようですね。」
私はお嬢様に向かって微笑しました。
「それではお楽しみください。」
「うん!」
私は浦戸氏の背中を押しました。
すれ違う時、浦戸氏は私に囁きました。
「仲がよろしいんですね。」
「あ…。はあ、まあ…。」
仲がいい…ですか。
私は複雑な気持ちになりました。
お嬢様は浦戸氏を用意した椅子に座らせ、またご自身もベッドにかけました。
「えーと…。初めまして、よね?」
「あ、はい…。浦戸です。」
「稲荷から聞いてるわ。…あ、稲荷の事は知ってる?」
「はい。稲荷黒香さんですよね。白氷お嬢様専属の執事だと伺っております。優秀な執事さんだそうですね。」
「そうね…。優秀というよりか、変わった執事さんよ。」
お嬢様はこちらを向いて微笑みました。
思わず顔を逸らしてしまいます。
この顔が火照るのを、悟られたくなくて。
なぜそう思ったのかは、自分でも分かりませんでした。何故顔が火照ったりするのかも。
お嬢様は自分の暮らしのお話をされました。
それは豪邸での生活の自慢ではなく、その窮屈さ、寂しさについてのお話でした。
お嬢様は勿論、浦戸氏の話も楽しそうに聞いておりました。特に外の世界の話は、興味深げに聞いておりました。
交遊の話になると、共通点が多かったようで二人の会話は弾みました。
「白氷お嬢様と稲荷さんは、とても仲が良さそうに見えます。」
浦戸氏はそう言って、恥ずかしそうに笑いました。
「僕は小さい頃から人付き合いが苦手で、仲のいい相手なんていませんでしたよ。」
そして、憂いを帯びたため息を吐きました。
「白氷お嬢様と稲荷さんが羨ましいです…。」
私は反射的に言いました。
「私とお嬢様は、そんな羨ましがられるような間柄ではございません!あくまで主従関係でございます。」
「あら、何ムキになってるの?」
お嬢様が不思議そうに、こちらを見上げておられました。
「あ…。申し訳ございません、あの…。」
私が何とか弁解しようとまごついていると、それを宥めるように浦戸氏が言いました。
「いえ、すみません。僕が変な事を言ってしまって。ただ…。」
「ただ?」
私は気になって、尋ね返しました。
「ただ、こう言うのも何ですが、僕の生い立ちが今の白氷お嬢様と似ていて。おこがましいとは思うのですが、親近感を感じてしまうのです。」
「そうなの?」
お嬢様は浦戸氏の目を覗き込みました。
「話してみてよ。あなたの生い立ち。」
「よろしいんですか?」
お嬢様は頷いて、私の方を振り返りました。
「稲荷。ドアを見張ってて。誰も入って来ないように。」
「はい。」
私はドアの傍に立ち、お嬢様達に気づかれないようこっそりと部屋全体に結界を張りました。これで、私が結界を解くまでは誰も入ってこられないはずです。
「じゃ、お話しします。」
浦戸氏は一礼して、口を開きました。
ー
僕の一族は、自慢じゃありませんが地元ではまあまあ名の知れた存在だったんです。
家自体もこのお屋敷ほどではありませんが大きくて、お金もある程度あったので、生活に不自由はしませんでした。稲荷さんのような使用人もいましたし…。
でも、僕は生まれつき虚弱体質で。外の太陽の下に出るとすぐ倒れてしまうものですから、仲の良い人ができなくて。
毎日部屋にこもって、外ばかり見ていたんです。
大人になって、僕も少しは丈夫になりました。家に残って悠々自適な生活を送っていても良かったのですが、色々な人と触れ合ってみたくて。それで社会に出る事にしたんです。色々な人の場所を転々とする、庭師という仕事について。
まあ、相変わらず日の下は苦手ですが、そこは日傘をさして対応しています。
ー
「…今はお嬢様のような可憐でお優しい方に出会う事が出来て、幸せです。」
話し終えて、浦戸氏は一礼しました。
「ふーん…。そうだったの…。」
お嬢様は暫し目を閉じて考えられておりました。おそらく、ご自分の身の上と重ね合わせておられたのでしょう。
「…でも、今は幸せなのね。良かったわ。お父様に虐められたりしてない?」
「ええ。誠意が伝わっているようです。」
「良かった!」
お嬢様は微笑みました。
「これからもたまに遊びに来てよ。」
浦戸氏は頷きました。
「はい。…しかし許されるでしょうか?」
「大丈夫よ!稲荷がなんとかしてくれるわ。ね、そうでしょ?」
お嬢様は私の方を見て、少し首を傾げました。
どうやら私を信頼してくださったようです。これだけ熱心にお仕えしていれば、当然でしょうか。
しかしそんな当然の事が、私の胸に大きく響くのはなぜでしょう。
人間というのは、思っていたより単純ではなさそうです。
ー
お嬢様はそれからもたまに浦戸氏を部屋に呼びました。
浦戸氏と話している時のお嬢様は、とても楽しげでございました。
自身と似た境遇の人間が側にいる事は、彼女の孤独を癒すことに繋がるようでした。
しかし私の胸はどうもすっきりしませんでした。
お嬢様に浦戸氏を呼ぶよう命じられる度に、胸の中に何かわだかまりが残るのです。
「私、浦戸さんの家に行ってみたい!」
ある何度目かのお話の時、お嬢様が仰いました。
「え?し、しかし白氷お嬢様は外に出てはいけないのでは?」
浦戸氏が困ったようにこちらに目配せしました。
「大丈夫よ。稲荷が何とかしてくれるわ。」
「本当ですか?」
こちらを期待のこもった目で見つめるお嬢様。確かにそれくらい化かしでどうとでもなります。
しかし、浦戸氏の家へお嬢様を行かせるのは不安です。
「ね、いいでしょ?」
「お嬢様…。幾ら何でもそれは私の勝手な判断では…。」
断りかけると、お嬢様は少し寂し気な顔をなさいました。
「あら…。無理なの?」
「い、いえ。無理ではございませんが…。」
「じゃあ…!」
こうも熱心に食い下がられては仕方ありません。
「…分かりました。何とかしましょう。」
「やったあ!やっぱり稲荷は頼りになるわ。」
お嬢様はいつものように、私の足に抱きつきました。
「稲荷さんは凄いです。」
浦戸氏がこちらを見上げて言いました。
「旦那様からも白氷お嬢様からも信頼されているのですね。」
「いえ…。」
ハッタリが得意なだけです。
それは狐には普通の事なのですが、今は何だか寂しく感じられました。
「許可を取りますので、日時は追って。」
お嬢様が浦戸氏の家を訪れる前に、彼の素性を調べなくては。
私は浦戸氏の身辺調査を決心しました。
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