不死身の遺言書

未旅kay

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四章.

4話.一人目の監視者

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 私にとって男女の関係というのは不思議なものであり、理解しがたい。その為に彼女の行動にどんな本意があったのか分からなかった。


 亜里沙は一階の空き部屋に住み、私を警護、監視することを生業としている。彼女は暇を持て余すたびに二階の私の仕事場に顔を出しては、たわいもない会話を繰り返す。
 特殊部隊の隊員だったことから、住み始めて数日間は直接的な監視という理由が内に孕んでいるものとばかりと思考を巡らせていた。そんな思索とは異なり、話していくうちにそういう目的ではないことが伺えた。

 「照望は子供の頃、好きな子とかいなかったの?」

 「昔過ぎて、覚えていないな」

 「また、そうやってはぐらかすぅ。ああ、そうよね。照望の子供時代っていうと、毛皮着て狩りしてたんだっけ?確か……縄文時代だったかしらぁ」

 「そこまで、古い時代じゃないんだが……」

 誰しもが複雑な内情を常に秘めた生命体ではないことを、日常的に思い出す機会だったのかもしれない。 
 NBIで常に問題と対峙し、研究しては壁にぶつかりという日々を延々と繰り返す白衣を乱した研究者の集団を、私は常に視界に入れていたせいで人に対しての認識が鈍ってしまっていた。

 蒼い空が迫ってくるような、暑い夏だった。

 「君はそんなに退屈なのかい?」

 「退屈……暇でないといえば嘘になると思いますが、一応は何かあった時には即時に動かないといけないんですけど?」

 「ああ、失礼な物言いだったか。申し訳ない」

 彼女が一階に住んでから、唖然とする速さで一年が経過しようとしていた。半年前に来訪してきた殺し屋を最後に、ここ数ヶ月は一切の殺人を目的とした訪問は無かった。
 過去三回の襲撃に対しての亜里沙の動きには洗練されたものがあり、瞬く間な対応だった。

 「じゃあ、本当に申し訳ないという思いがあるんだったら、私と勝負しない?」

 「ん?」

 勝負というのが何を表すのか分からず、首を捻った。そこまでの失言だっただろうか。

 「勝負というのは……、どういった内容の?」

 「私が提案する勝負と、照望が提案する勝負を一つずつで。そしたら、公平じゃない?」

 「ちなみに、君の提案する勝負というのは」

 「組手とか……?」

 亜里沙は猫なで声で、パソコン作業をしている私の手の甲に橙色のネイルが塗られた美しい手を乗せてきた。

 「組手……空手とかかい?」

 「武ゥ術ゥ……全般?」

 細長い指を私の手に絡めてくるが、動作と発言の矛盾に気づかないのだろうか。

 「何故、私と組手なんかしたいのかな?」

 「照望をもっと知りたいなって思ったの」

 「日本の誇る元特殊部隊、先鋭の一人を相手にして私に勝機があるようには思えないんだが」

 「隊長から聞いたんですけど、照望って厚い壁をバーンって穴を開けたんでしょ」

 隊長というのは総一郎のことだろう。確かに染毬を助けるためにNBIの実験室の壁を素手で破壊したが、素手であると同時に私の手に原型はなく、骨と肉を血管が無理矢理に繋ぎ止めただけの様相だった。

 「私は数百歳の老人だぞ。老人相手に暴力はいけない」

 「暴力じゃありません。ぶ・じゅ・つ!」

 亜里沙に何を言っても、私の言葉に耳を傾ける気はないようだ。

 「分かった。承諾しよう。どうせ、私が君のサンドバックになるだけだろうが……」

 どうせ、痛みを感じないのだ。こんな古い建物に年頃の女を縛り付けていることに対しての、申し訳ない気持ちが一切ないわけではなかった。その罪滅ぼし程度にはなるだろう。

 「やったーー!照望大好き!」

 「じゃあ、すぐやりましょう」

 私は亜里沙に腕を掴まれ、半ば強引に階段を降りて一階に先導された。
 一階は畳が敷き詰められており、部屋数が少ない代わりに一部屋の大きさが広かった。ここで、私はこれから亜里沙に絞め殺されるわけだ。
 亜里沙はゴム紐で長い髪を背後で括り、着ていた上着を脱ぎ短い丈のタンクトップ姿になった。白くも健康的な肌が胸元や肩から露わになる。亜里沙は女性的な魅力を纏いながら、私にヒラヒラと手を振る。
 
 「正直、もう降参してもいいんだが」

 「そういうルールはありませーん」

 彼女自身がルールブックのようである。
 私も上着を脱ぐが、脱いだ瞬間に亜里沙は私の胸に華麗な蹴りを入れてきた。組手とは一体。

 「危ないじゃないか!」

 間一髪でその風を切る一撃を躱すが、さすがとしか言いようのない素早さで第二撃を放ってくる。次は右フックだ。顔面に向かって来た鉄拳を両手でガードするが左手首下の肉にゆっくりと、食い込むのを感じた。

 「照望もやるぅー。私の拳を受けて立っていられることが凄いよ」

 正直、絶対に勝てないが、私から何かしらのアクションを起こさないと亜里沙は納得してくれそうにもない。 

 「女性に手を挙げるような事はしたくないんだが」

 「照望の紳士的なところ好きだけど、話してる余裕あるんだ」

 一歩の跳躍で、亜里沙は私の眼前に移動し首を折る勢いで掌底打ちをキメにきた。彼女にとってのトドメのつもりだったらしかった。


 身体は憶えている。

 反射に近い無意識であったのだろう。

 「うぐッ」

 亜里沙の掌底を私は掴み、そのまま引き寄せて膝蹴りを亜里沙の腹に当てていた。その勢いを軽減させるように亜里沙は二歩分後ろに飛び退くが、彼女の鍛え上げられた腹直筋によりそれほどの衝撃は受けていない。

 「すまない」

 私は直ぐに亜里沙に心配の声をかけてしまった。

 「いい蹴りだったよ。お見事です」

 亜里沙は軽く下半身から腹までを指先で撫でて笑う。

 「照望ィ、照望って二つの戦争を経験したんでしょ?」

 「ああ。人類の最大の愚行だと何年たっても思うよ」

 1900年代の憎たらしい殺戮である。

 「見たところ、その時に鍛えられたカラダのままなんだね」

 気づけば、見事に肋骨から服が破かれていた。いや、服破けるタイミングっていつだったんだよ。鍛えたくて鍛えられたワケではない腹筋や胸筋が覗かせている。

 「そして、やっぱりその時の反射神経や本能もまだ忘れられていないのね」

 「まあ、そう簡単に忘れられるものじゃ……カっ!」

 私が返答し終える前に亜里沙は隙ありと、私を軽く畳に押し倒して腕と首を固定し圧迫した。全くもって動ける気がしない。これぞ厳しい訓練を耐え抜き、多くの犯罪を解決してきた彼女の技量なのだろう。

 「照望、ねえ、少しムラムラしてきたから付き合ってよ。照望が悪いんだよ」

 「その流れに行くのは、おかしいだろ」

 「ですよねー」

 更にキツく絞めてくる。

 「それに、私はまだ何も勝負を提案していないぞ」

 「あっ、忘れてた。照望の意識を落としてから、私のベットに運ぼうかと」

 いや、それは犯罪だろ。それでも警察官か。

 「警察なら、男の職場だろ。いくらでも男なんていただろうに」

 「いや、マジ、ああいう女のカラダにしか興味のないようなのに惹かれないって。私よりも弱いクセに話しかけてくんなよって感じ」

 総一郎よ、お前の信頼おける部下が酷いこと言ってるぞ。

 「でも、照望ならいいかなって」

 「現に今君に打ち負かされたばかりなんだが」

 「それよりどうするの?別に、私は少しスッキリしたから別に勝負とかどうでもいいけど」

 目的さえ達成すればいいタイプなのか。

 「いや、勝負は続けよう。そうでないと君の勝ちになってしまうじゃないか」

 勝負の内容を亜里沙に伝えると光の速さよりも早く、「照望の勝ちでいいよ」と負けを認めてきた。

***

 「うん。やっぱり、照望の料理は美味しい!」

 二階のテーブルで、玉ねぎと薄く切ったマッシュルームの入った牛肉のシチューと山盛りの白米を食べながら亜里沙は私に向かって拍手した。

 「っていうか……勝負内容を料理とか言って、私が応じるわけないでしょ」

 「そう思って、提案したわけだからな」

 亜里沙は全く料理をしない系美女らしい。

 「白ワインまだ残っているが、飲むかい?」

 「もう、照望、私を酔わせて何する気ぃー?」

 と言いつつも、しっかりグラスを私に渡してくる。

 「いや、亜里沙。君は凄く酒に強いだろ。何度か酔ったフリして私の寝室の扉を打ち壊したし」

 「ドアを蹴り飛ばすならよくあるけど、拳で破壊するって凄いでしょ?」

 「…………はぁ?」

 色々あるが、私は亜里沙とは良好な生活をしていた。



 3ヶ月後の秋。私は絶望する。それを救ってくれたのも彼女ありさだった。
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