不死身の遺言書

未旅kay

文字の大きさ
4 / 30
一章.

4話.一階の監視者

しおりを挟む
 警視庁の特殊捜査課特殊部隊に配属しているはずの一人の女。光世橋市の人通りの少ない歩道沿いに建てられた元廃ビルであった建物の一階の借り部屋で鍛えぬかれた肉体を、不本意に持て余していた。
 彼女に課せられた特殊任務は、ある一人の男を無期間永続に見張ることであった。

━━四年前。


 特殊任務を警視庁副総監から直々じきじきに任命された為、捜査対象者や任務概要を見るまでは、大層名誉なことだと思い込み、自身の日頃の努力の成果だと歓喜していたわけだが。
 しかし、長期の張り込み捜査とだけ書かれた書類一枚と彼女の周辺の捜査官たちの反応から彼女は察した。半身が、どす黒い沼の中に浸かっているような感覚に見舞われた。

 「……あたしはお邪魔だったから、組織的に強制的に疎外されたんだ」

 捜査中には猪突猛進。犯人に向かっての命令に背いた発砲行為。気づいた時には既に、話せる相手などいなかった。
 若くして、警視庁の特殊部隊という名誉ある一団に配属されたのに、見事な空回りばかりしていたコトを、彼女の正義感が彼女自身の認識から遠ざけていた。
 気づいた時には警察という組織の外へと、肩書きだけを両手に抱えて弾き飛ばされていた。その後、一番に連絡したのは特殊部隊の鬼と恐れられていた男だった。

 「宮下さん!あたし……あたしっ……」

 宮下総一郎は彼女の所属する特殊部隊の高位であった。

 「オジサン風情の立場じゃあ……どうにかするのは、むじいかなぁーー。でもさぁー、まだ、若ぇーんだから、危険な任務なんかよりも安全な場所でゆっくりすんのもいいんじゃねーかなぁ?しっかり国家公務員としての給料も入ることだしよー」

 彼女は予想外だった。信頼していた大先輩から発せられた言葉に足が震え、その場にへたり込んでしまった。勿論、どうにかして欲しかったわけでは無かった。
 しかし、正義感で世の為、人の為と言ってしまえば傲慢にしても、平和を守るために尽力したいという誠心は人一倍あった。
  辛く苦しい訓練にも耐えて努力してきた彼女にとっては、これほどにむごい仕打ちの後にかけられる言葉としては不相応で、人生最大の悲哀を感じせざるおえない。



 表向きは長期捜査の一環でも、実質は人事異動。蝉の声が道路からでも聞こえる暑い八月。
 警視庁特殊捜査課の彼女のデスクの荷物ーー段ボール二つ分という簡素なソレがトランク内で揺れる音と、冷房の音だけがパトカーの車内で響く。
 運転席には額に汗をにじます宮下総一郎。
 助手席には気まずいという感情を通り越して、覇気のない表情を浮かべている彼女が窓ガラスの淵に ひじを置いて通り過ぎていく白線をただ眺める。二時間の沈黙にしびれを切らした総一郎が、二回り年下の後輩に声をかける。

 「なぁ、その……なんだ。前の捜査官の残したマニュアルとやらがあるそうだ。目……通したか?」

 「異動先の……お部屋にあるので。まだ見てません。それより、宮下さんは知ってるんですよね?捜査対象って。出所したばかりの凶悪犯とか何かですか?」

 「そっ……それはだな……」

 言葉に詰まらせるベテランの顔を横目で見て彼女は悲しく笑った。

 「いいんです。すいません。私みたいな組織の汚点がそんな危険かつ重要な仕事を任さられるわけないですよね」

 「パトカーじゃ、録音マイクがあるから話せない。でもなぁ、大切な任務だ」

  丁度、会話が途切れた瞬間にパトカーは停止した。

 そこは、三階建ての廃ビルだった。無機質な白色が夏の日の下では揺れているように彼女は感じた。

 よっこらしょっと、宮下が若い後輩の荷物の入った段ボールを二つ軽そうに持ち上げる。年の割に鍛え抜かれた両腕が彼の生き様を象徴しているようだ。一階の少し古めの引き戸を開くと空調だろうか。涼しい風が彼女の身を包んだ。

 「そんじゃあ、俺は二階で挨拶してくるから。ちょっと待ってろ」

 「あっ、はい」

 引き戸を開けたら土間があり、すぐに腰あたりまでの段差。その先に生活空間のようなスペースが広がる。
 奥に入ると、二枚のマニュアルと印字された茶封筒にキスマークが押されている。
  一瞬の間を開けてから、読まずにそっと茶封筒を裏返した。

 「……なかなか、下りてこないなぁ」

  一階入り口の横にある、もう一つの扉からコンクリートの階段をゆっくり上がる。二階の古びた鉄枠の扉の向こうから声が聞こえてきた。

 「あぁ、今、下で待たせているんだ。あいつは、真面目で一生懸命なやつなんだ。よろしく頼むぞ」

 扉越しに、宮下の低めの声が聞こえ、もう一人の若めのだんせいの声も聞こえてくる。内容もそれなりに聞き取れたはずだ。

 「私の監視者だ。しっかりしてくれていないと困る。日和だっているんだ」

 「もう、日和ちゃんも中学生かぁ」

 総一郎は、まるで自分の孫の成長を感じる祖父のように感慨にふける。

 「もう少ししたら帰ってくるから、総一郎も残っておいてくれ。日和が喜ぶ」

 扉の勢いよく開かれる音が、彼女の真後ろで聞こえる。

 「ひゃっ!!」

 リズミカルな足音が近づいてきたのと、同時に元気な声が彼女の背後から掛けられた。

 「お姉ちゃん、誰ですか?」

 その声に反応し私は扉を開いた。日和と私に挟まれて立ち膝だったであろう彼女が、うつ伏せにつんのめるというカオスな状況が生まれた。

 「日和、おかえり」

 「ただいまです!照望さん!!」

 自己紹介が彼女の上司。総一郎を通して彼女に告げられる。

 「彼が、涼川照望。お前が監視する相手だ」

 「よろしく。お嬢さん」

 ピシッと敬礼をして彼女━━堂川どうかわ清香きよかは、私と日和と初めて顔を合わせた。

 涼しいエアコンの風が充満した部屋を人の暖かい空気が包んだ。


━━四年後。


 今や肩甲骨けんこうこつの下先まで伸びた黒髪は、警視庁配属頃の動きやすさを優先させていたベリーショートの面影を一つも残していない。
 彼女自身、前監視者のマニュアルの内容は期待こそしていなかったが意外と分かりやすかったと笑っている。今となっては、日和とは家族同然まで仲が良くなり『きよねー』と呼ばれている。

 「きよねー!ただいまー!これ、きよねーのお土産です」

 「あーー、日和ちゃん。修学旅行楽しかった?お帰りなさい」

 警視庁特殊課所属の監視者としての彼女の仕事は、私━━現名げんめい涼川照望のつねの身辺調査。戸籍などの不備や欠落の解消、法的手続き云々と共にボディガードを取り行うことだ。



 要するに……死ねない私を、監視、警護すること。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...