防波堤女子、百合っ子にロックオンされる

虎ノ門栄子

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○男二人で買い出しとか

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 なぜ彼らが「彼氏」の一種の言い方の「彼ぴっぴ」の略の「ぴっぴ」という言い方を知っていたのかというと、中学三年生の秋に付き合い始めてから、隼人が初めて裕吾の家に遊びに行ったとき、彼の女子大生の姉が「明日はぴっぴとのデート♪」と騒いでいたからである。

 ちなみにその人が家にいたせいで、ホモップル間のいやらしいムードは霧散し、その日は普通にリビングで勉強と対戦テレビゲームをして終わった。

 ちなみにそれからも、度々二人が勇気を出してお互いの家に行った際は、家族が家に戻ってきたり、母が自室に電撃訪問してきたりしたため、いやらしいことは一回もしていない。

 いつからだろう、付き合いたての頃は胸中で互いに対する性欲が渦巻いていたはずなのに__互いにガツガツしていたはずなのに__、高校生になって性欲が収まったせいか最近は気恥ずかしくて手を繋ぐことすらできない。ちなみにこの二人は一度もキスすらできていない。ウブすぎる。付き合っているのは、名ばかりのようにも思える。



 バスの吊革に二人は掴まる。

 周囲には、同じ高校の生徒や少数だが社会人も乗っている。

 公共の場だからか二人はゆいといる時のように軽口を叩き合うのではなく、黙ってスマホをいじっている。

 隼人の携帯の画面に、上からメッセージの通知が現れた。



「あ、母さんからメッセージ。『おつかい行ってきて』だって」



「おう、付き合う。……次の駅で降りるか」



 手を繋ぐのは恥ずかしいが、想いは変わらない。

 できることならずっと二人は一緒で居たい。



(同棲とか、してみてえな……口には出さないけど)



 次の駅は、岩代里商店街前だ。

 近年できたショッピングモールに覇権を奪われそうになったが、何とかしぶとく生き残りショッピングモールを敵視している商店街だ。

 二人にとっては、小さい頃から慣れ親しんだ区域である。







「にんじん、じゃがいも、たまねぎ、豚バラ肉……」



「カレーか?」



「いいや、肉じゃがらしい」



 二人は一歩分の幅を開けて、商店街を歩く。

 前方から、柄物のシャツやワンピースを着た集団が歩いてくる。



「あら~、隼人ちゃん、裕吾ちゃん久しぶり」



「相変わらずイケメンねえ」



 40から50代の親しみやすいご婦人方が二人を取り囲んだ。

 茶髪で八重歯、幼なじみの前では快活な笑みを浮かべる十六歳の藤堂裕吾。

 こうみえて実は、人見知りの彼は黙り込んだ。



「学校帰り?」



「ええ、おつかいを頼まれまして」



「今日ねえ、田中さんちの八百屋のじゃがいもが安いのよぉ」



「ピーマンもね」



「お得な情報、ありがとうございます」



 隼人は美麗な笑みを浮かべて頭をぺこりと下げた。

 ご婦人方はぽっと顔を赤らめ「いいのよお」と言って手を振って去っていった。



(こいつ……愛想があるように見せかけるのは巧いんだから)



 裕吾は強張った肩の筋肉を緩めた。 





 田中さんちの八百屋に赴いた後、そばの肉屋で豚バラ肉を買う。



「へい、まいど」



 斜め後ろから、放課後で遊ぶ女子高生達が「あの二人、かっこよくない?」と騒ぐ。

 隼人は、右手に袋を下げ、左手で学生鞄を持った裕吾の右隣で共に歩く。

 商店街に隣接している公園を抜けて、在るバス停に二人は向かうことにした。

 隼人の目線は、裕吾の空いた右手に向く。

 裕吾はすりっと微かな音を立てて、自分の手にすり寄ってきたそれを見た途端、ばくばくと心臓は音を立て、裕吾の手は汗ばんだ。

 二人はしばらく無言で手を繋ながら歩いていたが、通り過ぎる商店街の客や住民の視線を受けて、裕吾からぱっと手を離した。

 そもそも、二人は人の目を気にするタチなのである。

 ゆいは違うが。

 

 二人は、パンダの遊具のそばを横切る。

 パンダに乗っていた女児が、ぽっーと二人を見つめていた。



 裕吾は「あ……」とある可能性に思い至り、声を出した。

 隼人はものすごい勇気を出して、自分から手を繋いでいたのかもしれなかったのだ。

 罪悪感のようなものを感じ、裕吾は口を開く。彼はそんなに器用な性格じゃない。



「なあ、お前、楽しいか」



 隼人の顔をちらりと伺う裕吾。

 しかし、隼人は裕吾の思い浮かべていた表情では無かった。



「ああ、幸せだよ」



 ふわりと、彼は笑った。

 桜なんてとっくに散っているのに、桜の花弁が舞い踊るような美しい笑顔だった。

 隼人は、左手で前髪をいじって、少し潤んだ瞳でこう言った。



「何だか、僕らセックスなんてしたら死んじゃうね」



 表情も、言葉も、扇情的だ。

 裕吾は、隼人の艶っぽさにごくりと息をのんだ。

 それと同時に、裕吾は何だか怖くなった。

 恋人同士なのに、愛おしい相手なのに。

 怖い。



「ねえ、裕……」



 隼人が裕吾の名前を呼び終わる前に、バス停にバスが来た。



「き、来たぞ。乗ろうぜ!」



 そして、裕吾は早足でバスのスロープを先に行った。

 すると、視界の向こうに、見知った顔が二人居た。

 空いたバスの二人掛けの椅子で、談笑している。



「おい、裕吾……」



「おーい、ゆい!」



「ヘタレ」



 隼人はむっと眉を寄せて、悪態ついた。
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