閑却な日の思い出

雪莉月花

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雨の日の思い出

二十二話

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「謝らないで。今夜は温かいシチューを作るから。お風呂、先入って。濡れてるでしょ、風邪引くよ」



 旦那は、淡々と早口で喋る。余裕が、なくなっているようだった。


「うん。服、濡らしちゃってごめんね」






「僕はいいから。まこちゃんが、また体調崩さないようにしないと」




 


 ちくり、と胸が刺されたような痛みがした。痛みは、芯から全体に広がっていき、ついには手足の先まで硝子で切ったような感覚がした。どこもかしこも麻痺していくようだった。自分の手を見てみると、血色の悪い、泥まみれの細い手があった。指輪が、汚れてしまって、何度も擦って、だけどより汚くなって。焦りながら、なんども息を吸い込んだ。




 また、体調を崩してしまうのだろうか。


 また、彼のせいで。




「ごめんね、ごめん」





 じわりと、旦那の肩を模様のように濡らす。もう、戻れないのだろうか、私は。また、ささいなことから彼を思い出して、こうやって散り散りに乱れていくのだろうか。嫌だ、もう揺れるのは。誰か、一人に、永遠に支配されたい。私が死ぬまで、支配して、めちゃくちゃに塗り替えられたい。私の色が、分からなくなるまで、執念に塗りつぶして欲しい。






 雨の中に二人、寄り添って飲まれていく。ただ、細い岐路を辿って。しんしんと降る雨は、冷たく、私たちの温度と比例していた。くっついて、体が、ひとつに溶けていく感覚が広がる。だけど、二人の心だけはすこしずつはなれて、遠くなっていく気がした。壊れる音が、遠くの方で雨の音と一緒に聞こえた。






ーーーーーーーーーーーー






「ひろくん、怒ってる…よね」





 温かいご飯を前に、か細く尋ねた。シチューは人参、じゃがいも、鶏肉など具沢山で、側にはバターやしめじで炊いたご飯があった。私は目の前にある、美味しそうなご飯には手をつけず、ただ箸を握りしめる。



「怒ってない。僕は生まれてから一度も怒ったことがないんだ」




「じゃあ…」




「じゃあ?」



「じゃあなんでそんなに、怖い顔をしているの」








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