君は僕の心を殺す〜SilkBlue〜

坂田 零

文字の大きさ
19 / 22

【18、愛情】

しおりを挟む
 世の中は、クリスマスシーズンで浮かれていた。  

 その頃、俺自身、仕事も音楽も立て込み過ぎてた忙しかった上に、里佳子さんも仕事が忙しいようだった。
 でも、その忙しい合間に会って、確かめるようにお互いの体を重ねていたのも確かな事だった。
 
 ただ、12月に入ってからの彼女は、どこか様子が違っていた。
 その頃の彼女は、会うと子供みたいに俺に抱きついてきて、何故か、少し思い詰めた表情をしてから笑う事が、癖みたいになっていた。

 その表情は気になっていたが、なんとなく聞けないまま過ごしていた。

 彼女の部屋にもしばらく行ってない。

 あの時、彼女が言ってた子供云々の話もなんだか気になってはいたし、そのあとも抱き合ったあとで意味深なことを言っていたりしたが、真意を聞けないまま時間を消費していた。

 12月も半ばを過ぎ、クリスマスが目前に迫った、夜の事だった。

 なんの予兆もなく、予感もなく、その時はほんとに、突然、訪れた。

 いや…

 俺が気付かなかっただけで、予兆はいくつもあったのかもしれない。

 その夜は、ライブの帰りに、仕事終わりの彼女をマンションまで迎えにいくことになっていた。

 21時を回った頃、彼女のマンションの駐車場に車を停めると、彼女の部屋の電気は消えていた。

 「……?」

 不思議に思って、LINEを鳴らそうとした時、不意に、車の助手席のドアを叩く音がした。

 振り返ると、長かった髪を肩の辺りまで切った、スーツ姿の彼女がいた。

 彼女はなんとなく寂しそうに笑って、ドアを開けた。

 「お帰り、ライブお疲れさま!」

「里佳子さん、髪切った?」

「うん、似合う?」

「ははは、似合う似合う!」

「なにそれ、全然心こもってない!」

 「こもってるよ!」

   俺がそう答えると、里佳子さんは一度笑って、そして、急に神妙な顔になった。

 「樹くん…部屋、行こう」

「え?あぁ…うん」

 飯を食いに行こうと言ってたのに、急にどうしたのかと、俺は不思議に思ったが、彼女の言うまま、彼女の部屋へと向かった。

 彼女が、見慣れたドアを開けた時、俺はハッとした。

 すっかり家具が運びだされ、開け放たれた寝室のドアの向こうには、カーテンのない窓。
 ただ、ベランダから差し込む薄い月明かりだけが、綺麗に磨かれた床を照らしていた。

 驚いた俺に振り返ると、里佳子さんは、悲しそう笑って、パンプスを脱ぎ捨てて、何もなくなった部屋へと入っていった。
 
「…引っ越すの?」

 事態が飲み込めないままそう聞いた俺に、里佳子さんは小さく頷く。
 スニーカーを脱いで、部屋の中に足を踏み入れた俺に振り返ると、彼女は、感情を圧し殺すように静かに言った。

 「あたし…
ずっと、暖かい家庭に憧れてたんだ…
 両親は仲が悪くて、家に居場所なんかなかったんだけど、母が厳しかったから、家にいるしかなくて…
 だからあたしは、結婚したら、そんな家庭にはしないって、そう思ってたんだ…」

「……里佳子さん……?」

「あたし……
信ちゃんにプロポーズされたんだ…
10月のあの時に……」

「え………っ!?」

 その言葉に、俺は驚いて里佳子さんの顔を見つめてしまう。
 あの時、様子がおかしかったのは、そのせいだったんだと、俺は今さらそれに気づいた。

 「プロポーズされた時、あたし……
 ほんとに嬉しくて……
 いつもモンハンばっかで、あたしになんか関心がないと思ってたのに、ちゃんと将来のこと考えてくれてた事が、嬉しくて…
 でも、それ以上に……っ」

 そこまで言って、里佳子さんは、暗い部屋の中で言葉を詰めた。
 そして、崩れ落ちるように床に座り込むと、今にも泣きそうになりながら、言葉を続けた。

「悲しかった……っ」

 俺は驚いて、思わず、座りこんだ里佳子さんのそばで膝を付く。
 そのまま、彼女を抱き締めて、俺は、何も言えないまま黙るしかなかった。

「………」

「なんで悲しいのって…あたし思った…
 悲しいのは……っ
 このプロポーズを受けてしまったら、もう、樹くんには会えないと思ったから…っ」

「なんでっ?また会えばいいじゃん…
 今まで通り、時間作って、また会えばいいじゃん…っ」

 思わずそう言った俺の腕を、里佳子さんが押し返す。

 「会えないよっ!
今だって、十分苦しいのに…っ!
信ちゃんのことは好きだよ、でも、樹くんに対する好きとは違うの!
 樹くんのことは…もっと好き…っ
だけど、そんな自分があたしはずるすぎて嫌だった!」

「里佳子さん……」   

 「樹くんがミキちゃんを部屋に泊めたって聞い た時…
 あたし、ほんとは…
 もう終わりにしようと思ったの…
 これで楽になれるって…
 苦しくなくなるって…
 でも、樹くんを失うと思ったら、もっともっと、苦しくなって…っ」  

 「………」

 俺は、僅かに抵抗する彼女の体を、強引に引き寄せて強く抱き締めた。
 彼女の中に、そんな葛藤があったことなんて、まるで知らなかった俺は、どんな言葉をかけたらいいのかわからなくなって、こうするしかできなかった。
 
 その時、ぼんやりと気がついた…
 だけど、これが当たってるかどうかなんてわからない…
 あの時「子供が作りたい」と俺に言ったのは、もしかすると、俺と先のことを考えたいって意味だったんじゃないかと…
 今となっては、真意はまるでわからない…

 里佳子さんは、薄暗く寒い部屋の中で、静かに俺の背中を抱き締め返した。
 細い肩が震えている。

 「あたし、信ちゃんのプロポーズ受けた…
 でも、樹くんの顔を見ちゃうと、言い出せなくて…
 樹くんに触られると、ますます、言えなくなって…
 あたしの、心、もう、限界…」

 「里佳子さん……
 ごめん…
 俺、なんにも気づいてなかった…
 ごめん…」

「樹くん……あたし…
 あたし、もう……
 二度と樹くんとは会わない……」

「………っ?!」

「この部屋は明日で引き払うんだ…
もう、信ちゃんと暮らすことになってる…
会社も、今日、辞めてきた…
あたし、信ちゃんの所に……戻るね」

「…………」

 いつになく強い口調でそう言った彼女の顔を、俺は、言葉を失ってただ見つめ返した。
 彼女は、ぱっと俺の腕をすり抜けて、赤い口紅が塗られた唇を噛み締めている。

 俺自身、今、ここでどんな事態が起こっているのか、把握しきれてなかった。

 俺を見つめる彼女は、いつになく、強い表情をしていた。

 だけど、その瞳には、涙を一杯に貯めていた…

    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

田舎の幼馴染に囲い込まれた

兎角
恋愛
25.10/21 殴り書きの続き更新 都会に飛び出した田舎娘が渋々帰郷した田舎のムチムチ幼馴染に囲い込まれてズブズブになる予定 ※殴り書きなので改行などない状態です…そのうち直します。

還暦妻と若い彼 継承される情熱

MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。 しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。 母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。 同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。

処理中です...