3 / 43
第一節 開戦の調べ2
しおりを挟む
*
濃紺の海原を渡る風の精霊達が、けたたましい警告の声を上げている。
紅蓮の炎を上げて燃え盛るサーディナの街と、深く湾曲した入り江を背景にして、【破滅の鍵】と呼ばれるリタ・メタリカの美しく勇敢な姫君は、怪訝そうに眉根を寄せたのだった。
そのなだらかな肩に羽織られた緋色のマントと、長い紺碧色の巻き髪が激しく虚空に乱舞している。
晴れ渡る空の色を映したような紺碧色の両眼が見つめる先には、異国の美しい女剣士が、実に愉快そうな表情をして立っていたのだった。
吹き付ける強い海風に煽られて、その見事な赤毛の長い髪が、濃紅の軍服を纏った肩でたゆたう様に揺れている。
戦人の装いで凛と輝く茶色の両眼。
広い額に巻かれた赤い布と、しなやかに引き締まる腰に履かれた鋼の剣。
それは、先程、ロータスの若き大魔魔法使いと共に姿を現したエストラルダのアストラ剣士、ラレンシェイ・ラージェであったのだ。
そんな彼女に向かって、傍らにいる軍馬の手綱を取りながら、なにやら強い口調でリタ・メタリカの姫君リーヤティアは言うのである。
「スターレットが探していたのは・・・・・貴女だったのですね?」
リーヤには、この異国の女剣士の顔に見覚えがあった。
あの日、リタ・メタリカの王宮に魔王と呼ばれる者が現れた夜、制止を振り切って魔王に立ち向かおうとした彼女を、ひどく無粋な方法で助けてくれたのが、このラレンシェイである。
ラレンシェイは、濃紅の軍服を纏うふくよかな胸元で腕を組むと、その妖艶な唇で可笑しそうに微笑うのだった。
「頼んだ覚えはないのでございますが・・・・あの者、妙に律儀な男のようでして・・・・」
「・・・・・・」
リーヤの大きな瞳が、怒ったように鋭く細められる。
しかし、そんな彼女の視線に臆す様子もなく、ラレンシェイは、どこか余裕のある表情をして、再び小さく微笑したのだった。
そんな二人の合間に立って、大魔法使いスターレットの愛弟子ウィルタールが、何ゆえか、やけにおどおどしながら、そんな両者の秀麗な顔を交互に見やっていたのである。
タールファを出てからのリーヤは、エトワーム・オリアを出た時以上に機嫌が悪く、その理由を作ったのは、どうやらアーシェの魔法剣士ジェスターであるらしいが、まだ少年で未熟なウィルタールには、恐ろしくてその訳など聞けるはずもない・・・・
しかも、このサーディナの地に姿を現したスターレットが、この異国の女剣士を連れていたせいで、リーヤの神経はますます毛羽(けば)立ってしまったようだった・・・・
見るからに挙動不審なウィルタールをよそに、リーヤは、強い視線でラレンシェイの美麗な顔を見つめ据えながら、静かだがどこか鋭い口調で言うのだった。
「スターレットはそういう人ですから・・・・忠実で義理深い、昔からそうでした」
「忠実で義理深いがゆえに、優柔不断で決断力がない、実に世話の焼ける者でもありましょう?殿下?」
まるでからかうようにそう言ったラレンシェイに、リーヤの秀麗な顔は、ますます厳しく歪むばかりである。
もう、この状況があまりにも恐ろしすぎて、ウィルタールは落ち着くことが出来ず、ただひたすらおろおろするばかりだ。
一体、何がどうなって、彼の敬愛する若きロータスの大魔法使いが、この異国の女剣士を此処に連れて来たかは知る由もないが・・・・
今のこの状況は、余りにも悪すぎる。
とにもかくにも、ひたすら狼狽えているウィルタールを尻目に、かの異国の女剣士は、相変わらず落ち着いた口調で言葉を続けるのだった。
「そのような怖いお顔をなさると、せっかくの美しさが台無しになりますぞ?
私は、あの男に救われた身ゆえ、その恩を返しに参っただけのこと。
人相手の戦なら、私は玄人でありますれば・・・・・・それに、あの者は貴女様の婚約者でありましょう?
私などに嫉妬するのは、大きな間違いにございますよ?」
「なんですって?私がいつ嫉妬などしました!?」
「おや・・・違うのですか?貴女様の今のお姿は、そういう風に見えますが?」
強く反論したリーヤに向かって、ラレンシェイは実に可笑しそうに笑って見せる。
未熟なウィルタールには、この両者の合間に割って入る勇気もなく、まだあどけなさの残る顔を殊更蒼白にするばかりだ。
激昂していくリーヤの秀麗な顔を、ウィルタールが怖気づいた青い瞳で見やった時、その視界の中で彼女は、不意に、傍らにいた葦毛の騎馬に飛び乗ったのだった。
苛立ったその表情から察するに、ラレンシェイの言葉は、どうやら当たらずとも遠からずであったのだろう・・・・
「姫!ど、どちらへ行かれるのですか!?」
咄嗟にウィルタールがそんな声を上げた。
「決まっています!サーディナの街に行くのです!!ここでこうしている間にも、サングダ―ル軍はどんどん街に侵攻しているのですよ!」
「あ!お、お待ちください!!姫!!リーヤ姫!!」
ひどく驚愕した様子で青い両眼を大きく見開くと、ウィルタールは、馬上にいるリーヤティアに向かって、思わず片手を差し伸ばしたのだった。
しかし、既に馬頭をサーディナの街へと巡らせていたリーヤは、蛾美な眉を厳しく吊り上げて、晴れ渡る空を映したような紺碧色の両眼を、凛と強く鋭く輝かせると、強い口調で言い放ったのである。
「待てる訳がありません!先に行きます!!サーディナはもう火の海なのですよ!?」
「ハッ!」と短い掛け声をかけて、リーヤのブーツが馬腹を蹴った。
とたん、高く嘶いた騎馬が、けたたましい馬蹄を轟かせて、燃え盛る港町に向けて海岸線を駆け出して行く。
「あ!!姫!!リーヤ姫!!」
泡を食って二、三歩駆け出したウィルタールであったが、もはや追いつく訳もなく、狼狽する青い瞳の中で、リタ・メタリカの美しく果敢な姫君の姿はどんどん遠くなって行った。
濃紺の海原を渡る風の精霊達が、けたたましい警告の声を上げている。
紅蓮の炎を上げて燃え盛るサーディナの街と、深く湾曲した入り江を背景にして、【破滅の鍵】と呼ばれるリタ・メタリカの美しく勇敢な姫君は、怪訝そうに眉根を寄せたのだった。
そのなだらかな肩に羽織られた緋色のマントと、長い紺碧色の巻き髪が激しく虚空に乱舞している。
晴れ渡る空の色を映したような紺碧色の両眼が見つめる先には、異国の美しい女剣士が、実に愉快そうな表情をして立っていたのだった。
吹き付ける強い海風に煽られて、その見事な赤毛の長い髪が、濃紅の軍服を纏った肩でたゆたう様に揺れている。
戦人の装いで凛と輝く茶色の両眼。
広い額に巻かれた赤い布と、しなやかに引き締まる腰に履かれた鋼の剣。
それは、先程、ロータスの若き大魔魔法使いと共に姿を現したエストラルダのアストラ剣士、ラレンシェイ・ラージェであったのだ。
そんな彼女に向かって、傍らにいる軍馬の手綱を取りながら、なにやら強い口調でリタ・メタリカの姫君リーヤティアは言うのである。
「スターレットが探していたのは・・・・・貴女だったのですね?」
リーヤには、この異国の女剣士の顔に見覚えがあった。
あの日、リタ・メタリカの王宮に魔王と呼ばれる者が現れた夜、制止を振り切って魔王に立ち向かおうとした彼女を、ひどく無粋な方法で助けてくれたのが、このラレンシェイである。
ラレンシェイは、濃紅の軍服を纏うふくよかな胸元で腕を組むと、その妖艶な唇で可笑しそうに微笑うのだった。
「頼んだ覚えはないのでございますが・・・・あの者、妙に律儀な男のようでして・・・・」
「・・・・・・」
リーヤの大きな瞳が、怒ったように鋭く細められる。
しかし、そんな彼女の視線に臆す様子もなく、ラレンシェイは、どこか余裕のある表情をして、再び小さく微笑したのだった。
そんな二人の合間に立って、大魔法使いスターレットの愛弟子ウィルタールが、何ゆえか、やけにおどおどしながら、そんな両者の秀麗な顔を交互に見やっていたのである。
タールファを出てからのリーヤは、エトワーム・オリアを出た時以上に機嫌が悪く、その理由を作ったのは、どうやらアーシェの魔法剣士ジェスターであるらしいが、まだ少年で未熟なウィルタールには、恐ろしくてその訳など聞けるはずもない・・・・
しかも、このサーディナの地に姿を現したスターレットが、この異国の女剣士を連れていたせいで、リーヤの神経はますます毛羽(けば)立ってしまったようだった・・・・
見るからに挙動不審なウィルタールをよそに、リーヤは、強い視線でラレンシェイの美麗な顔を見つめ据えながら、静かだがどこか鋭い口調で言うのだった。
「スターレットはそういう人ですから・・・・忠実で義理深い、昔からそうでした」
「忠実で義理深いがゆえに、優柔不断で決断力がない、実に世話の焼ける者でもありましょう?殿下?」
まるでからかうようにそう言ったラレンシェイに、リーヤの秀麗な顔は、ますます厳しく歪むばかりである。
もう、この状況があまりにも恐ろしすぎて、ウィルタールは落ち着くことが出来ず、ただひたすらおろおろするばかりだ。
一体、何がどうなって、彼の敬愛する若きロータスの大魔法使いが、この異国の女剣士を此処に連れて来たかは知る由もないが・・・・
今のこの状況は、余りにも悪すぎる。
とにもかくにも、ひたすら狼狽えているウィルタールを尻目に、かの異国の女剣士は、相変わらず落ち着いた口調で言葉を続けるのだった。
「そのような怖いお顔をなさると、せっかくの美しさが台無しになりますぞ?
私は、あの男に救われた身ゆえ、その恩を返しに参っただけのこと。
人相手の戦なら、私は玄人でありますれば・・・・・・それに、あの者は貴女様の婚約者でありましょう?
私などに嫉妬するのは、大きな間違いにございますよ?」
「なんですって?私がいつ嫉妬などしました!?」
「おや・・・違うのですか?貴女様の今のお姿は、そういう風に見えますが?」
強く反論したリーヤに向かって、ラレンシェイは実に可笑しそうに笑って見せる。
未熟なウィルタールには、この両者の合間に割って入る勇気もなく、まだあどけなさの残る顔を殊更蒼白にするばかりだ。
激昂していくリーヤの秀麗な顔を、ウィルタールが怖気づいた青い瞳で見やった時、その視界の中で彼女は、不意に、傍らにいた葦毛の騎馬に飛び乗ったのだった。
苛立ったその表情から察するに、ラレンシェイの言葉は、どうやら当たらずとも遠からずであったのだろう・・・・
「姫!ど、どちらへ行かれるのですか!?」
咄嗟にウィルタールがそんな声を上げた。
「決まっています!サーディナの街に行くのです!!ここでこうしている間にも、サングダ―ル軍はどんどん街に侵攻しているのですよ!」
「あ!お、お待ちください!!姫!!リーヤ姫!!」
ひどく驚愕した様子で青い両眼を大きく見開くと、ウィルタールは、馬上にいるリーヤティアに向かって、思わず片手を差し伸ばしたのだった。
しかし、既に馬頭をサーディナの街へと巡らせていたリーヤは、蛾美な眉を厳しく吊り上げて、晴れ渡る空を映したような紺碧色の両眼を、凛と強く鋭く輝かせると、強い口調で言い放ったのである。
「待てる訳がありません!先に行きます!!サーディナはもう火の海なのですよ!?」
「ハッ!」と短い掛け声をかけて、リーヤのブーツが馬腹を蹴った。
とたん、高く嘶いた騎馬が、けたたましい馬蹄を轟かせて、燃え盛る港町に向けて海岸線を駆け出して行く。
「あ!!姫!!リーヤ姫!!」
泡を食って二、三歩駆け出したウィルタールであったが、もはや追いつく訳もなく、狼狽する青い瞳の中で、リタ・メタリカの美しく果敢な姫君の姿はどんどん遠くなって行った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる