上 下
24 / 43

第二節 落日は海鳴りに燃ゆる4

しおりを挟む
         *
 内海アスハ―ナからの海風が、一瞬、甲高い声を上げて空を駈けた。
 太陽の切っ先に照らし出され、艶かな紺碧色の長い巻き髪が、輝きながらゆらゆらと虚空で踊っている。
 リタ・メタリカの美しくも勇敢な姫君リーヤティアは、晴れ渡る空の色を映す澄んだ紺碧色の瞳を鋭く細め、何故か、やけに不機嫌そうな顔つきをして、目の前に立っているアーシェの魔法剣士を睨むように見つめていた。
 そんな彼女を、実に訝しそうな表情で眺めながら、アーシェの魔法剣士ジェスター・ディグは、鮮やかな朱の衣を纏う胸元で腕を組み、相も変わらず無粋な口調で言ったのである。

「なんだよ・・・・?何か言いたいことでもあるのか?だったらさっさと言え・・・気持ち悪いんだよ、さっきから」

「気持ち悪いですって!?ジェスター!貴方こそ、私に何か言うことはありませんか!?私を馬鹿にするもの好い加減にしなさい!!」

「はぁ・・・・?」

 秀麗なその顔を、沸き立つ怒りで殊更厳しく歪めるリーヤを、ジェスターは、訳がわからないと言った様子でまじまじと見つめ据える・・・・
 その怒りの根源が、どこにあるのかさっぱり理解していない彼に、リーヤは、蛾美な眉を眉間に寄せ、ますます憤慨したのである。

「まぁ、貴方にとっては、所詮『それぐらい』の事なのですね・・・!
これではっきりと判りました、貴方は男の風上にもおけない、軽薄で最低な人間です!!」

「・・・・・何言ってんだおまえ?誰が最低だって?」

 揺れる見事な栗毛の下で、実に心外そうに形の良い眉を吊り上げて、ジェスターは、その燃え盛る炎の如き緑玉の瞳で、リーヤの大きな瞳を睨むように顧みた。
 その視線に負けじと、リーヤは、彼の端正な顔を真っ向から睨み付けて、やけにムキになった強い口調で答えて言ったのである。

「貴方に決まっているではありませんか!?」

「はぁ?だから、何なんだよおまえは?さっきから無意味に突っかかってくると思えば、その言いよう?じゃじゃ馬には言われたくない台詞だな?」

「何ですって!?今何と言いました!?」

「おまえは、一国の姫とは思えん程手のつけられないじゃじゃ馬だって言ったんだよ、聞こえなかったか?」

「・・・・・・貴方と言う人は、どこまで無粋なのですか!?」

 怒り心頭したリーヤの手が、不意に腰の剣にかかった。

 サーディナ提督府の城壁に、純白のマントを羽織った広い背中を凭れかけて、先程から、そんな二人のやりとりを聞いていた白銀の守護騎士シルバ・ガイが、さも可笑しくてたまらないと言うように肩を震わせた。
 漆黒の長い黒髪が海風に浚われて、ふわりと広い胸元に零れ落ちる。
 もう、笑いをこらえるのに必死といった様子のシルバとは対象的に、その傍らに立つ見習魔法使いウィルタールは、何故かおたおたと狼狽し、どこか怒ったような視線で、随分と高い位置にあるシルバの端正な顔を仰ぎ見たのである。

「シ、シルバ様!笑ってないで!止めてくださいよ!!姫は、また剣を抜きかねませんよ!?」

「リーヤ姫が剣を抜けば、あいつは受けて立つだけの話だ・・・・・・やらせておけ」

「はぁ!?何を仰るんですか!?姫が本気でジェスター様に切りかかったらどうするおつもりですか!?」

「そうなった所で、あいつだって本気で姫とやりあう気はないさ」

「もう!なんでそんな呑気なことが言えるのですかっ・・・!?」

「呑気か・・・?そうだなぁ、呑気と言うより・・・・・・あの二人の話は聞いていると面白くて、止めに入る気にもならん」

 深き地中に眠る紫水晶の隻眼を細めながら、シルバは、いつものように落ち着き払った声色でそう答えると、愉快そうに一笑した。

「それを呑気だと言っているのですよ!あぁもぉ・・・・」

 そんなシルバを、大きな青い瞳でまじまじと見つめやると、ウィルタールは、脱力したように、華奢な肩をがっくりと落としたのである。
しおりを挟む

処理中です...