26 / 43
第二節 落日は海鳴りに燃ゆる6
しおりを挟む
女心というものは、実に複雑な作りをしている。
それは、この勇猛果敢な姫君もなんら変わらないのだ・・・・
彼女とて、まだうら若き女性である、タールファの街で、彼女の言葉を遮るために、無粋にも彼は一国の姫君の唇を奪ったのだ。
ましてやあの時、憤慨する彼女に向かって、彼はその接吻(くちづけ)を『それぐらい』の事と言い放った・・・・
そしてつい今しがたのあれだ・・・
彼女にしてみれば、その二つの行動は軽薄でしかなく、どこか複雑な女心はひどく毛羽立ち、それでも悪びれない彼に対して、剣を抜く寸前にまでなった・・・・と、そう言う訳なのである・・・・
「タールファでの事柄、今、此処で私に謝りなさい!!貴方は軽薄すぎます!!」
「何を言ってるんだおまえ?何で俺がおまえに謝らなきゃならない?馬鹿か?」
腰の剣に手をかけたまま、ますます憤慨するリーヤの顔を、本当に何も気付いていない様子で、ジェスターは、ひどく不愉快そうに見つめている。
その態度に、リーヤの秀麗な顔が、殊更鬼気迫る形相で歪んだ。
不意に、腰の剣にかかっていた彼女の利き手が、ふわりと宙に浮く。
そして・・・・
振り上がったその掌が、全く身構えていなかった彼の左頬を、それこそなんの容赦も手加減も無しに、派手な音を上げて張り飛ばしたのである。
その平手は、歴戦の魔法剣士の体が、思わずよろけるほどの凄まじい威力を持っていた・・・・
「痛って―――っ!!おいおまえ!?何なんだ一体!?」
虚空に舞った栗色の髪束が、豪力の平手を食らったその頬に零れ落ち、何故自分が殴られねばならぬのか、全くその理由もわからず、ジェスターは、形の良い眉を吊り上げてそう声を上げた。
「自分で考えなさい!!このうつけ者!!」
それでも怒りの収まらないリーヤは、強い口調でそう言い放つと、くるりと彼に背中を向けたのである。
紺碧色の長い巻き髪を揺らしながら、止まり木に繋がれた騎馬の手綱を解き、リーヤは、実に不機嫌なしかめ面をして、機敏な仕草で鞍に飛び乗った。
綺麗な眉を眉間に寄せたまま、強く馬腹を蹴ると、彼女は、紺碧色の長い巻き髪と緋色のマントを棚引かせながら、街の東へと走り去ってしまったのである。
「あ!姫!どこに行かれるのです!?リーヤ姫!!」
ぽかんと口を開けて呆然としていたウィルタールが、咄嗟に彼女を呼び止めようとするが、彼女の駆る騎馬の騎影は、あっと言う間に遠くなっていく・・・
おたおたと狼狽するウィルタールの隣では、もはや、そのあまりの可笑しさに堪きれなくなったシルバが、純白のマントを羽織る肩を揺らしながら、腹を抱えて笑い始めたのである。
「ジェスター!おまえ!随分と派手に食らったな!?タールファでリーヤ姫に何をしたんだ?」
「はぁ?何もしてねーよ!おまえ、笑い過ぎだぞシルバ!」
「おまえがまともに張り飛ばされるなんて!バースが生きてた頃以来だ!」
揺れる前髪の隙間から、未だ笑いの収まらぬシルバをジロリと睨み付けて、ジェスターは、実に不愉快そうな顔つきで片手を髪に突っ込んだ。
一体、リーヤが何を思って手を上げたのか、ジェスターには、まったくもってその理由が判らない・・・・
「何怒ってんだ?あの女?」
「あの口ぶりは、タールファで、おまえがと言わんばかりだったが?」
「馬鹿か!?誰があんなじゃじゃ馬!」
不機嫌そうに振り返ったジェスターのしかめ面を、シルバは、殊更愉快そうに見つめやりながら、一旦笑いを収め、いつも通りの冷静で沈着な口調で言うのである。
「そうか?おまえと姫は、存外気が合うように見えるが?」
「ふざけるな!あんな我が儘女と俺を一緒にするな!」
苦々しく眉間を寄せながら、ジェスターは、片手で見事な栗色の髪をかき上げて、大きくため息をつくと、シルバの傍らの城壁に背中を凭れかける。
いつになく不愉快そうな旧知の友を、その紫水晶の右目でちらりと見やり、シルバは、その凛々しい唇で小さく微笑った。
「・・・・あの様子じゃ、リーヤ姫は、今宵がどんな日か、まだ、知らないようだな?
・・・・・何も、話していないのか?」
相も変わらず不機嫌そうな顔つきをしたまま、ジェスターは、ふと、前髪の隙間から覗く鮮やかな緑玉の瞳を、傾いた日差しが照らし出す空へと向けたのである。
たおやかに吹き付けてくる海風が、彼の纏う朱の衣の長い裾を揺らし、シルバの羽織る純白のマントまで浚って虚空に消えていった。
僅かばかり黙り込んでから、ゆっくりと前で腕を組んだジェスターが、意図して低めた声で言う。
それは、この勇猛果敢な姫君もなんら変わらないのだ・・・・
彼女とて、まだうら若き女性である、タールファの街で、彼女の言葉を遮るために、無粋にも彼は一国の姫君の唇を奪ったのだ。
ましてやあの時、憤慨する彼女に向かって、彼はその接吻(くちづけ)を『それぐらい』の事と言い放った・・・・
そしてつい今しがたのあれだ・・・
彼女にしてみれば、その二つの行動は軽薄でしかなく、どこか複雑な女心はひどく毛羽立ち、それでも悪びれない彼に対して、剣を抜く寸前にまでなった・・・・と、そう言う訳なのである・・・・
「タールファでの事柄、今、此処で私に謝りなさい!!貴方は軽薄すぎます!!」
「何を言ってるんだおまえ?何で俺がおまえに謝らなきゃならない?馬鹿か?」
腰の剣に手をかけたまま、ますます憤慨するリーヤの顔を、本当に何も気付いていない様子で、ジェスターは、ひどく不愉快そうに見つめている。
その態度に、リーヤの秀麗な顔が、殊更鬼気迫る形相で歪んだ。
不意に、腰の剣にかかっていた彼女の利き手が、ふわりと宙に浮く。
そして・・・・
振り上がったその掌が、全く身構えていなかった彼の左頬を、それこそなんの容赦も手加減も無しに、派手な音を上げて張り飛ばしたのである。
その平手は、歴戦の魔法剣士の体が、思わずよろけるほどの凄まじい威力を持っていた・・・・
「痛って―――っ!!おいおまえ!?何なんだ一体!?」
虚空に舞った栗色の髪束が、豪力の平手を食らったその頬に零れ落ち、何故自分が殴られねばならぬのか、全くその理由もわからず、ジェスターは、形の良い眉を吊り上げてそう声を上げた。
「自分で考えなさい!!このうつけ者!!」
それでも怒りの収まらないリーヤは、強い口調でそう言い放つと、くるりと彼に背中を向けたのである。
紺碧色の長い巻き髪を揺らしながら、止まり木に繋がれた騎馬の手綱を解き、リーヤは、実に不機嫌なしかめ面をして、機敏な仕草で鞍に飛び乗った。
綺麗な眉を眉間に寄せたまま、強く馬腹を蹴ると、彼女は、紺碧色の長い巻き髪と緋色のマントを棚引かせながら、街の東へと走り去ってしまったのである。
「あ!姫!どこに行かれるのです!?リーヤ姫!!」
ぽかんと口を開けて呆然としていたウィルタールが、咄嗟に彼女を呼び止めようとするが、彼女の駆る騎馬の騎影は、あっと言う間に遠くなっていく・・・
おたおたと狼狽するウィルタールの隣では、もはや、そのあまりの可笑しさに堪きれなくなったシルバが、純白のマントを羽織る肩を揺らしながら、腹を抱えて笑い始めたのである。
「ジェスター!おまえ!随分と派手に食らったな!?タールファでリーヤ姫に何をしたんだ?」
「はぁ?何もしてねーよ!おまえ、笑い過ぎだぞシルバ!」
「おまえがまともに張り飛ばされるなんて!バースが生きてた頃以来だ!」
揺れる前髪の隙間から、未だ笑いの収まらぬシルバをジロリと睨み付けて、ジェスターは、実に不愉快そうな顔つきで片手を髪に突っ込んだ。
一体、リーヤが何を思って手を上げたのか、ジェスターには、まったくもってその理由が判らない・・・・
「何怒ってんだ?あの女?」
「あの口ぶりは、タールファで、おまえがと言わんばかりだったが?」
「馬鹿か!?誰があんなじゃじゃ馬!」
不機嫌そうに振り返ったジェスターのしかめ面を、シルバは、殊更愉快そうに見つめやりながら、一旦笑いを収め、いつも通りの冷静で沈着な口調で言うのである。
「そうか?おまえと姫は、存外気が合うように見えるが?」
「ふざけるな!あんな我が儘女と俺を一緒にするな!」
苦々しく眉間を寄せながら、ジェスターは、片手で見事な栗色の髪をかき上げて、大きくため息をつくと、シルバの傍らの城壁に背中を凭れかける。
いつになく不愉快そうな旧知の友を、その紫水晶の右目でちらりと見やり、シルバは、その凛々しい唇で小さく微笑った。
「・・・・あの様子じゃ、リーヤ姫は、今宵がどんな日か、まだ、知らないようだな?
・・・・・何も、話していないのか?」
相も変わらず不機嫌そうな顔つきをしたまま、ジェスターは、ふと、前髪の隙間から覗く鮮やかな緑玉の瞳を、傾いた日差しが照らし出す空へと向けたのである。
たおやかに吹き付けてくる海風が、彼の纏う朱の衣の長い裾を揺らし、シルバの羽織る純白のマントまで浚って虚空に消えていった。
僅かばかり黙り込んでから、ゆっくりと前で腕を組んだジェスターが、意図して低めた声で言う。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる