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第二節 落日は海鳴りに燃ゆる6
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女心というものは、実に複雑な作りをしている。
それは、この勇猛果敢な姫君もなんら変わらないのだ・・・・
彼女とて、まだうら若き女性である、タールファの街で、彼女の言葉を遮るために、無粋にも彼は一国の姫君の唇を奪ったのだ。
ましてやあの時、憤慨する彼女に向かって、彼はその接吻(くちづけ)を『それぐらい』の事と言い放った・・・・
そしてつい今しがたのあれだ・・・
彼女にしてみれば、その二つの行動は軽薄でしかなく、どこか複雑な女心はひどく毛羽立ち、それでも悪びれない彼に対して、剣を抜く寸前にまでなった・・・・と、そう言う訳なのである・・・・
「タールファでの事柄、今、此処で私に謝りなさい!!貴方は軽薄すぎます!!」
「何を言ってるんだおまえ?何で俺がおまえに謝らなきゃならない?馬鹿か?」
腰の剣に手をかけたまま、ますます憤慨するリーヤの顔を、本当に何も気付いていない様子で、ジェスターは、ひどく不愉快そうに見つめている。
その態度に、リーヤの秀麗な顔が、殊更鬼気迫る形相で歪んだ。
不意に、腰の剣にかかっていた彼女の利き手が、ふわりと宙に浮く。
そして・・・・
振り上がったその掌が、全く身構えていなかった彼の左頬を、それこそなんの容赦も手加減も無しに、派手な音を上げて張り飛ばしたのである。
その平手は、歴戦の魔法剣士の体が、思わずよろけるほどの凄まじい威力を持っていた・・・・
「痛って―――っ!!おいおまえ!?何なんだ一体!?」
虚空に舞った栗色の髪束が、豪力の平手を食らったその頬に零れ落ち、何故自分が殴られねばならぬのか、全くその理由もわからず、ジェスターは、形の良い眉を吊り上げてそう声を上げた。
「自分で考えなさい!!このうつけ者!!」
それでも怒りの収まらないリーヤは、強い口調でそう言い放つと、くるりと彼に背中を向けたのである。
紺碧色の長い巻き髪を揺らしながら、止まり木に繋がれた騎馬の手綱を解き、リーヤは、実に不機嫌なしかめ面をして、機敏な仕草で鞍に飛び乗った。
綺麗な眉を眉間に寄せたまま、強く馬腹を蹴ると、彼女は、紺碧色の長い巻き髪と緋色のマントを棚引かせながら、街の東へと走り去ってしまったのである。
「あ!姫!どこに行かれるのです!?リーヤ姫!!」
ぽかんと口を開けて呆然としていたウィルタールが、咄嗟に彼女を呼び止めようとするが、彼女の駆る騎馬の騎影は、あっと言う間に遠くなっていく・・・
おたおたと狼狽するウィルタールの隣では、もはや、そのあまりの可笑しさに堪きれなくなったシルバが、純白のマントを羽織る肩を揺らしながら、腹を抱えて笑い始めたのである。
「ジェスター!おまえ!随分と派手に食らったな!?タールファでリーヤ姫に何をしたんだ?」
「はぁ?何もしてねーよ!おまえ、笑い過ぎだぞシルバ!」
「おまえがまともに張り飛ばされるなんて!バースが生きてた頃以来だ!」
揺れる前髪の隙間から、未だ笑いの収まらぬシルバをジロリと睨み付けて、ジェスターは、実に不愉快そうな顔つきで片手を髪に突っ込んだ。
一体、リーヤが何を思って手を上げたのか、ジェスターには、まったくもってその理由が判らない・・・・
「何怒ってんだ?あの女?」
「あの口ぶりは、タールファで、おまえがと言わんばかりだったが?」
「馬鹿か!?誰があんなじゃじゃ馬!」
不機嫌そうに振り返ったジェスターのしかめ面を、シルバは、殊更愉快そうに見つめやりながら、一旦笑いを収め、いつも通りの冷静で沈着な口調で言うのである。
「そうか?おまえと姫は、存外気が合うように見えるが?」
「ふざけるな!あんな我が儘女と俺を一緒にするな!」
苦々しく眉間を寄せながら、ジェスターは、片手で見事な栗色の髪をかき上げて、大きくため息をつくと、シルバの傍らの城壁に背中を凭れかける。
いつになく不愉快そうな旧知の友を、その紫水晶の右目でちらりと見やり、シルバは、その凛々しい唇で小さく微笑った。
「・・・・あの様子じゃ、リーヤ姫は、今宵がどんな日か、まだ、知らないようだな?
・・・・・何も、話していないのか?」
相も変わらず不機嫌そうな顔つきをしたまま、ジェスターは、ふと、前髪の隙間から覗く鮮やかな緑玉の瞳を、傾いた日差しが照らし出す空へと向けたのである。
たおやかに吹き付けてくる海風が、彼の纏う朱の衣の長い裾を揺らし、シルバの羽織る純白のマントまで浚って虚空に消えていった。
僅かばかり黙り込んでから、ゆっくりと前で腕を組んだジェスターが、意図して低めた声で言う。
それは、この勇猛果敢な姫君もなんら変わらないのだ・・・・
彼女とて、まだうら若き女性である、タールファの街で、彼女の言葉を遮るために、無粋にも彼は一国の姫君の唇を奪ったのだ。
ましてやあの時、憤慨する彼女に向かって、彼はその接吻(くちづけ)を『それぐらい』の事と言い放った・・・・
そしてつい今しがたのあれだ・・・
彼女にしてみれば、その二つの行動は軽薄でしかなく、どこか複雑な女心はひどく毛羽立ち、それでも悪びれない彼に対して、剣を抜く寸前にまでなった・・・・と、そう言う訳なのである・・・・
「タールファでの事柄、今、此処で私に謝りなさい!!貴方は軽薄すぎます!!」
「何を言ってるんだおまえ?何で俺がおまえに謝らなきゃならない?馬鹿か?」
腰の剣に手をかけたまま、ますます憤慨するリーヤの顔を、本当に何も気付いていない様子で、ジェスターは、ひどく不愉快そうに見つめている。
その態度に、リーヤの秀麗な顔が、殊更鬼気迫る形相で歪んだ。
不意に、腰の剣にかかっていた彼女の利き手が、ふわりと宙に浮く。
そして・・・・
振り上がったその掌が、全く身構えていなかった彼の左頬を、それこそなんの容赦も手加減も無しに、派手な音を上げて張り飛ばしたのである。
その平手は、歴戦の魔法剣士の体が、思わずよろけるほどの凄まじい威力を持っていた・・・・
「痛って―――っ!!おいおまえ!?何なんだ一体!?」
虚空に舞った栗色の髪束が、豪力の平手を食らったその頬に零れ落ち、何故自分が殴られねばならぬのか、全くその理由もわからず、ジェスターは、形の良い眉を吊り上げてそう声を上げた。
「自分で考えなさい!!このうつけ者!!」
それでも怒りの収まらないリーヤは、強い口調でそう言い放つと、くるりと彼に背中を向けたのである。
紺碧色の長い巻き髪を揺らしながら、止まり木に繋がれた騎馬の手綱を解き、リーヤは、実に不機嫌なしかめ面をして、機敏な仕草で鞍に飛び乗った。
綺麗な眉を眉間に寄せたまま、強く馬腹を蹴ると、彼女は、紺碧色の長い巻き髪と緋色のマントを棚引かせながら、街の東へと走り去ってしまったのである。
「あ!姫!どこに行かれるのです!?リーヤ姫!!」
ぽかんと口を開けて呆然としていたウィルタールが、咄嗟に彼女を呼び止めようとするが、彼女の駆る騎馬の騎影は、あっと言う間に遠くなっていく・・・
おたおたと狼狽するウィルタールの隣では、もはや、そのあまりの可笑しさに堪きれなくなったシルバが、純白のマントを羽織る肩を揺らしながら、腹を抱えて笑い始めたのである。
「ジェスター!おまえ!随分と派手に食らったな!?タールファでリーヤ姫に何をしたんだ?」
「はぁ?何もしてねーよ!おまえ、笑い過ぎだぞシルバ!」
「おまえがまともに張り飛ばされるなんて!バースが生きてた頃以来だ!」
揺れる前髪の隙間から、未だ笑いの収まらぬシルバをジロリと睨み付けて、ジェスターは、実に不愉快そうな顔つきで片手を髪に突っ込んだ。
一体、リーヤが何を思って手を上げたのか、ジェスターには、まったくもってその理由が判らない・・・・
「何怒ってんだ?あの女?」
「あの口ぶりは、タールファで、おまえがと言わんばかりだったが?」
「馬鹿か!?誰があんなじゃじゃ馬!」
不機嫌そうに振り返ったジェスターのしかめ面を、シルバは、殊更愉快そうに見つめやりながら、一旦笑いを収め、いつも通りの冷静で沈着な口調で言うのである。
「そうか?おまえと姫は、存外気が合うように見えるが?」
「ふざけるな!あんな我が儘女と俺を一緒にするな!」
苦々しく眉間を寄せながら、ジェスターは、片手で見事な栗色の髪をかき上げて、大きくため息をつくと、シルバの傍らの城壁に背中を凭れかける。
いつになく不愉快そうな旧知の友を、その紫水晶の右目でちらりと見やり、シルバは、その凛々しい唇で小さく微笑った。
「・・・・あの様子じゃ、リーヤ姫は、今宵がどんな日か、まだ、知らないようだな?
・・・・・何も、話していないのか?」
相も変わらず不機嫌そうな顔つきをしたまま、ジェスターは、ふと、前髪の隙間から覗く鮮やかな緑玉の瞳を、傾いた日差しが照らし出す空へと向けたのである。
たおやかに吹き付けてくる海風が、彼の纏う朱の衣の長い裾を揺らし、シルバの羽織る純白のマントまで浚って虚空に消えていった。
僅かばかり黙り込んでから、ゆっくりと前で腕を組んだジェスターが、意図して低めた声で言う。
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