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第二節 落日は海鳴りに燃ゆる8
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西に傾いた太陽の切っ先が、日暮れの時を伝える風にゆらゆらと揺らいだ。
けたたましい馬蹄の音が、サーディナの街を囲む小高い丘の上にこだましている。
リタ・メタリカの美しく勇敢な姫君リーヤティアは、一際高い丘の天辺まで騎馬を走らせると、その手綱を引いて、機敏な仕草で草の上へと飛び降りたのだった。
アスハ―ナから吹き付ける潮風に、なだらかな肩に羽織った緋色のマントを泳がせながら、彼女は、苦々しい顔つきのまま、ふと、未だに痛い右の掌を見やったのである。
晴れ渡る空を映したような紺碧色の瞳が、たおやかに揺れる長い巻き髪の下で不機嫌に細められた。
「・・・・本当に、無粋にも程があります・・・・っ」
遠く轟く海鳴りの音。
落日を迎えつつある空を渡る風の手が、艶やかな紺碧色の髪を浚っては消えていく。
あの不躾なアーシェの魔法剣士は、今、彼女がこんなにも悔しく腹立たしい思いをしていることなど、全く知らないのであろう・・・・
それが更に怒りを助長し、リーヤは、実に複雑で不愉快そうな表情をしながら、その綺麗な唇を軽く噛んだのである。
『真実の闇を持つ者は・・・・・・・・魔王と呼ばれる者ラグナ・ゼラキエル・アーシェは・・・・・・
この、俺だ・・・・・リーヤティア』
あの時、タールファの街で、彼は、確かにそう言った。
戸惑い困惑して、全てを話して欲しいと言いかけた彼女の言葉を、その唇で遮って、彼は、それ以上、何も彼女には話してはくれなかった。
このサーディナに辿り着くまでずっと、相変わらず飄々として、なんらいつもの態度と変わらぬまま。
あの接吻(くちづけ)の一件も、彼女の怒りを煽る原因ではあるが、それよりなにより、これから、一体何が起こるのか、全く何も話してはくれない彼のあの態度に、殊更腹が立って仕方がない。
『いいか・・・・何があっても、おまえは、絶対に躊躇うな、泣き言も言うな・・・・わかったな?』
その言葉が、あれからずっと、リーヤの心に引っかかったまま、離れる事がない。
あの青年は、どれほど身勝手な者なのか・・・・
この先、一体、自分に何が起こると言うのか・・・・
漠然とした不安が、いつもは勇敢で気強い彼女の心に、ゆっくりとその顔をもたげてくる。
城の者たちに黙って王宮を抜け出して以来、ずっと、彼は、彼女のすぐ傍にいた。
その時間の長さは、もしかすると、彼女が心底愛しいと思う、ロータスの大魔法使いと過ごした時間より、ずっと長かったのかもしれない・・・・
傾いた日差しに照らし出され、遠く広がるアスハ―ナの海面が、まるで、宝石を散りばめたようにきらきらと輝き、打ち寄せる漣にたおやかに揺れていた。
つい今しがたまで、此処で戦乱が起こっていたなどと、全く想像もつかぬほど、穏やかに凪いだ濃紺の海・・・・・
しかし、何故だろう・・・
眼前に広がる凪いだ海とは対象的に、リーヤのその胸中には、言いようのない嫌な予感が、まるで嵐の波のように激しく打ち寄せて来るのである。
ふと、その澄み渡る紺碧色の瞳が見上げた東の空に、朧げに白く浮かんだ、満月の影。
この奇妙な胸騒ぎは、一体、何なのだろう・・・・
海から吹き付けてくる潮風が、一瞬、天空高くで鋭く鳴いた・・・
まさに、その時であった。
不意に、リーヤのしなかやな腰に差してある、朱き短剣【マハ・ディーティア(無の三日月)】が、微かに振動したと思うと、その刀身が急速に熱を帯びたのである。
「!?」
どこからともなく吹き付けた冷たい風が、にわかに彼女の肢体を包み込む。
「なに・・・・!?」
渦を巻く蒼き風の只中で、リーヤは、咄嗟に【マハ・ディーティア(無の三日月)】に手をかけた・・・・次の瞬間。
「大丈夫・・・・貴女には・・・・何の危害も加えませぬ・・・・・鍵たる御方」
どこかで聞いたことのある青年の声が、その耳元で囁くようにそう言った。
突然、背後から伸びてきた大きな腕が、リーヤのしなやかな背中ごと両腕を掴み、強い力でその自由を奪ってしまう。
驚愕で大きく目を見開いた彼女の秀麗な頬を、赤銅色の艶やかな髪が、音もなく静かに撫でていく。
「あ、貴方は・・・・っ!?」
驚愕の表情をしたまま、肩越しに素早く背後を振り返ると、その視界の中に飛び込んできたのは、精悍にして繊細な顔立ちをした、美青年ともいうべき、一人の若い男性であったのだ。
西に傾いた太陽の切っ先が、日暮れの時を伝える風にゆらゆらと揺らいだ。
けたたましい馬蹄の音が、サーディナの街を囲む小高い丘の上にこだましている。
リタ・メタリカの美しく勇敢な姫君リーヤティアは、一際高い丘の天辺まで騎馬を走らせると、その手綱を引いて、機敏な仕草で草の上へと飛び降りたのだった。
アスハ―ナから吹き付ける潮風に、なだらかな肩に羽織った緋色のマントを泳がせながら、彼女は、苦々しい顔つきのまま、ふと、未だに痛い右の掌を見やったのである。
晴れ渡る空を映したような紺碧色の瞳が、たおやかに揺れる長い巻き髪の下で不機嫌に細められた。
「・・・・本当に、無粋にも程があります・・・・っ」
遠く轟く海鳴りの音。
落日を迎えつつある空を渡る風の手が、艶やかな紺碧色の髪を浚っては消えていく。
あの不躾なアーシェの魔法剣士は、今、彼女がこんなにも悔しく腹立たしい思いをしていることなど、全く知らないのであろう・・・・
それが更に怒りを助長し、リーヤは、実に複雑で不愉快そうな表情をしながら、その綺麗な唇を軽く噛んだのである。
『真実の闇を持つ者は・・・・・・・・魔王と呼ばれる者ラグナ・ゼラキエル・アーシェは・・・・・・
この、俺だ・・・・・リーヤティア』
あの時、タールファの街で、彼は、確かにそう言った。
戸惑い困惑して、全てを話して欲しいと言いかけた彼女の言葉を、その唇で遮って、彼は、それ以上、何も彼女には話してはくれなかった。
このサーディナに辿り着くまでずっと、相変わらず飄々として、なんらいつもの態度と変わらぬまま。
あの接吻(くちづけ)の一件も、彼女の怒りを煽る原因ではあるが、それよりなにより、これから、一体何が起こるのか、全く何も話してはくれない彼のあの態度に、殊更腹が立って仕方がない。
『いいか・・・・何があっても、おまえは、絶対に躊躇うな、泣き言も言うな・・・・わかったな?』
その言葉が、あれからずっと、リーヤの心に引っかかったまま、離れる事がない。
あの青年は、どれほど身勝手な者なのか・・・・
この先、一体、自分に何が起こると言うのか・・・・
漠然とした不安が、いつもは勇敢で気強い彼女の心に、ゆっくりとその顔をもたげてくる。
城の者たちに黙って王宮を抜け出して以来、ずっと、彼は、彼女のすぐ傍にいた。
その時間の長さは、もしかすると、彼女が心底愛しいと思う、ロータスの大魔法使いと過ごした時間より、ずっと長かったのかもしれない・・・・
傾いた日差しに照らし出され、遠く広がるアスハ―ナの海面が、まるで、宝石を散りばめたようにきらきらと輝き、打ち寄せる漣にたおやかに揺れていた。
つい今しがたまで、此処で戦乱が起こっていたなどと、全く想像もつかぬほど、穏やかに凪いだ濃紺の海・・・・・
しかし、何故だろう・・・
眼前に広がる凪いだ海とは対象的に、リーヤのその胸中には、言いようのない嫌な予感が、まるで嵐の波のように激しく打ち寄せて来るのである。
ふと、その澄み渡る紺碧色の瞳が見上げた東の空に、朧げに白く浮かんだ、満月の影。
この奇妙な胸騒ぎは、一体、何なのだろう・・・・
海から吹き付けてくる潮風が、一瞬、天空高くで鋭く鳴いた・・・
まさに、その時であった。
不意に、リーヤのしなかやな腰に差してある、朱き短剣【マハ・ディーティア(無の三日月)】が、微かに振動したと思うと、その刀身が急速に熱を帯びたのである。
「!?」
どこからともなく吹き付けた冷たい風が、にわかに彼女の肢体を包み込む。
「なに・・・・!?」
渦を巻く蒼き風の只中で、リーヤは、咄嗟に【マハ・ディーティア(無の三日月)】に手をかけた・・・・次の瞬間。
「大丈夫・・・・貴女には・・・・何の危害も加えませぬ・・・・・鍵たる御方」
どこかで聞いたことのある青年の声が、その耳元で囁くようにそう言った。
突然、背後から伸びてきた大きな腕が、リーヤのしなやかな背中ごと両腕を掴み、強い力でその自由を奪ってしまう。
驚愕で大きく目を見開いた彼女の秀麗な頬を、赤銅色の艶やかな髪が、音もなく静かに撫でていく。
「あ、貴方は・・・・っ!?」
驚愕の表情をしたまま、肩越しに素早く背後を振り返ると、その視界の中に飛び込んできたのは、精悍にして繊細な顔立ちをした、美青年ともいうべき、一人の若い男性であったのだ。
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