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第二節 落日は海鳴りに燃ゆる21
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ロータスの雅な大魔法使いの元に、青珠の守り手たる青き魔豹リュ―インダイルが、その背中に見習い魔法使いの少年を負って姿を現したのは、サーディナの街を覆い尽くしていた薄闇が完全に消失し、たおやかな落日の光が凪いだ海に降り注ぎ始めた時だった・・・
山のように折り重なったサングダ―ル兵の骸と、漣が打ち寄せる港を背景にして、大魔法使いスターレット・ノア・イクス・ロータスは、驚いたようにその綺麗な銀水色の瞳を見開くと、咄嗟に、リュ―インダイルの元へと駆け寄ったのである。
「ウィルト・・・・!」
『あんずる事はないロータスの者よ、眠っているだけだ』
青き魔豹は、口を開かぬまま、どこか愉快そうにそう言うと、ゆっくりと石畳の上に腹を着きながら、金色の瞳で、スターレットの雅で秀麗な顔を見つめすえたのだった。
その言葉に、スターレットは、異国のマントを羽織る広い肩で安堵したように息を吐くと、その知的で薄い唇で小さく微笑したのである。
リュ―インダイルの背中に頬を埋めたまま、安心しきったような顔で眠っている愛弟子ウィルタール・グレイを覗きこみながら、スターレットは、どこか愉快そうにその銀水色の瞳を細めるのだった。
そんな彼に向かって、リュ―インダイルは、実に可笑しそうな声色で言うのである。
『私の姿を見たとたん、気が抜けたように倒れおってな・・・・この通り寝てしまった、そなたの弟子は、誠に器用な芸当ができる者よ』
『手間をかけたな・・・・そなたは、青珠の森の守り手か?
もう一人の守り手には、エトワーム・オリアで会ったが、そなたに会うのは初めてだな?私はスターレット、そなたは?』
『リュ―インダイルだ・・・・・森の水鏡に、この街に溢れた死人の群れが映った故、妖精王の銘にて此処に参ったのだ・・・・それに、調度、野暮用もあったことだしな』
まるで微笑むように金色の瞳を細め、そう言ったリュ―インダイルに、吹き付ける海風に輝くような蒼銀の髪を揺らしながら、スターレットは、ふと、怪訝そうに小首を傾げてみせたのだった。
石畳に片膝を着くと、海風に紺色のマントを揺らしながら、彼は、その銀水色の瞳で不思議そうにリュ―インダイルの瞳を覗きこむ。
『青珠の守り手に・・・野暮用とは・・・?』
『いや、私に野暮用があった訳ではない・・・・・・それにしても・・・』
そう言って、リュ―インダイルは、真っ直ぐに、スターレットの雅で秀麗な顔を仰ぎ見ると、殊更愉快そうな口調で言葉を続けたのである。
『そなたは、レクリニクスにはあまり似ておらぬな・・・?
あの男は、随分と無骨であったゆえ、そなたのように雅やか姿はしていなかった、剣を取る姿の方が似合いの男であったからな』
『レクリニクスを知っているのか?』
レクリニクス・ハーン・ロータス・・・それはかつて、魔王ラグナ・ゼラキエルと戦った、ロータス一族の大魔法使いたる者の余りにも有名な名である。
アーシェ一族の大魔法使いオルトランと共に、一年にも及ぶ壮絶な戦を潜り抜け、そして、魔王の骸をレイ・ポルドンに封じ、その呪いを絶つ為の『糧』を作り上げた人物・・・
それがレクリニクスである・・・
リュ―インダイルは、どこか懐かしむように首を傾げると、静かな口調で、答えて言った。
『知っている・・・・・あの戦に関わりし者のことは、大抵な・・・・
私も、そして、白銀の守り手アノストラールも、少なからずあの戦に関わりし者だ・・・・あの時のことは、今でも昨日のことのようによく覚えている・・・・
レクリニクスのことも、オルトランのことも、イグレシオのことも・・・我友であったレイラングのことも・・・・そして、ラグナ・ゼラキエルと、エメルディナのこともな・・・・・』
リュ―インダイルの口から、【エメルディナ】という名が出た瞬間、不意に、穏やかであったスターレットの顔が、どこか鋭く厳しく歪んだのである。
金色に輝く青き魔豹の瞳を覗き込みながら、綺麗な眉を寄せスターレットは、思わずリュ―インダイルに問い返すのだった。
『・・・・・リュ―インダイル、今、何と言った?エメルディナと・・・そう言ったか?』
『大鷹の姫(ジルファルコ・ナーザー)エメルディナ・・・・・我青珠の王と同じ血を持つ、封魔の妖精の名だ』
リュ―インダイルは、僅かに金色の瞳を細めると、海風に青き毛並みを揺らしながら、静かにそう言った。
揺れる蒼銀の髪の下から、真っ直ぐにリュ―インダイルを見つめすえながら、スターレットは、紺色のマントを海風に翻し、神妙な面持ちで綺麗な眉を寄せたのである。
『レスタラスの遺跡で、エメルディナの幻と出会った・・・・
あの女性(にょしょう)は、私に「箱庭を探せ」とそう言った・・・・
その入り口はランダムルの尾根にある・・・
「箱庭」は唯一、ゼラキエルの城に通じる場所だと・・・
「箱庭」とは一体何を意味するものなのだ・・・・?
そなたなら、知っているか?リュ―インダイル?
エメルディナの言う「箱庭」には一体何があるというのだ・・・?』
『・・・・・・・・・』
アスハ―ナ内海に落ち行く燃えるような落日が、リュ―インダイルの毛並みを紫色に染め上げていく。
ロータスの雅な大魔法使いの元に、青珠の守り手たる青き魔豹リュ―インダイルが、その背中に見習い魔法使いの少年を負って姿を現したのは、サーディナの街を覆い尽くしていた薄闇が完全に消失し、たおやかな落日の光が凪いだ海に降り注ぎ始めた時だった・・・
山のように折り重なったサングダ―ル兵の骸と、漣が打ち寄せる港を背景にして、大魔法使いスターレット・ノア・イクス・ロータスは、驚いたようにその綺麗な銀水色の瞳を見開くと、咄嗟に、リュ―インダイルの元へと駆け寄ったのである。
「ウィルト・・・・!」
『あんずる事はないロータスの者よ、眠っているだけだ』
青き魔豹は、口を開かぬまま、どこか愉快そうにそう言うと、ゆっくりと石畳の上に腹を着きながら、金色の瞳で、スターレットの雅で秀麗な顔を見つめすえたのだった。
その言葉に、スターレットは、異国のマントを羽織る広い肩で安堵したように息を吐くと、その知的で薄い唇で小さく微笑したのである。
リュ―インダイルの背中に頬を埋めたまま、安心しきったような顔で眠っている愛弟子ウィルタール・グレイを覗きこみながら、スターレットは、どこか愉快そうにその銀水色の瞳を細めるのだった。
そんな彼に向かって、リュ―インダイルは、実に可笑しそうな声色で言うのである。
『私の姿を見たとたん、気が抜けたように倒れおってな・・・・この通り寝てしまった、そなたの弟子は、誠に器用な芸当ができる者よ』
『手間をかけたな・・・・そなたは、青珠の森の守り手か?
もう一人の守り手には、エトワーム・オリアで会ったが、そなたに会うのは初めてだな?私はスターレット、そなたは?』
『リュ―インダイルだ・・・・・森の水鏡に、この街に溢れた死人の群れが映った故、妖精王の銘にて此処に参ったのだ・・・・それに、調度、野暮用もあったことだしな』
まるで微笑むように金色の瞳を細め、そう言ったリュ―インダイルに、吹き付ける海風に輝くような蒼銀の髪を揺らしながら、スターレットは、ふと、怪訝そうに小首を傾げてみせたのだった。
石畳に片膝を着くと、海風に紺色のマントを揺らしながら、彼は、その銀水色の瞳で不思議そうにリュ―インダイルの瞳を覗きこむ。
『青珠の守り手に・・・野暮用とは・・・?』
『いや、私に野暮用があった訳ではない・・・・・・それにしても・・・』
そう言って、リュ―インダイルは、真っ直ぐに、スターレットの雅で秀麗な顔を仰ぎ見ると、殊更愉快そうな口調で言葉を続けたのである。
『そなたは、レクリニクスにはあまり似ておらぬな・・・?
あの男は、随分と無骨であったゆえ、そなたのように雅やか姿はしていなかった、剣を取る姿の方が似合いの男であったからな』
『レクリニクスを知っているのか?』
レクリニクス・ハーン・ロータス・・・それはかつて、魔王ラグナ・ゼラキエルと戦った、ロータス一族の大魔法使いたる者の余りにも有名な名である。
アーシェ一族の大魔法使いオルトランと共に、一年にも及ぶ壮絶な戦を潜り抜け、そして、魔王の骸をレイ・ポルドンに封じ、その呪いを絶つ為の『糧』を作り上げた人物・・・
それがレクリニクスである・・・
リュ―インダイルは、どこか懐かしむように首を傾げると、静かな口調で、答えて言った。
『知っている・・・・・あの戦に関わりし者のことは、大抵な・・・・
私も、そして、白銀の守り手アノストラールも、少なからずあの戦に関わりし者だ・・・・あの時のことは、今でも昨日のことのようによく覚えている・・・・
レクリニクスのことも、オルトランのことも、イグレシオのことも・・・我友であったレイラングのことも・・・・そして、ラグナ・ゼラキエルと、エメルディナのこともな・・・・・』
リュ―インダイルの口から、【エメルディナ】という名が出た瞬間、不意に、穏やかであったスターレットの顔が、どこか鋭く厳しく歪んだのである。
金色に輝く青き魔豹の瞳を覗き込みながら、綺麗な眉を寄せスターレットは、思わずリュ―インダイルに問い返すのだった。
『・・・・・リュ―インダイル、今、何と言った?エメルディナと・・・そう言ったか?』
『大鷹の姫(ジルファルコ・ナーザー)エメルディナ・・・・・我青珠の王と同じ血を持つ、封魔の妖精の名だ』
リュ―インダイルは、僅かに金色の瞳を細めると、海風に青き毛並みを揺らしながら、静かにそう言った。
揺れる蒼銀の髪の下から、真っ直ぐにリュ―インダイルを見つめすえながら、スターレットは、紺色のマントを海風に翻し、神妙な面持ちで綺麗な眉を寄せたのである。
『レスタラスの遺跡で、エメルディナの幻と出会った・・・・
あの女性(にょしょう)は、私に「箱庭を探せ」とそう言った・・・・
その入り口はランダムルの尾根にある・・・
「箱庭」は唯一、ゼラキエルの城に通じる場所だと・・・
「箱庭」とは一体何を意味するものなのだ・・・・?
そなたなら、知っているか?リュ―インダイル?
エメルディナの言う「箱庭」には一体何があるというのだ・・・?』
『・・・・・・・・・』
アスハ―ナ内海に落ち行く燃えるような落日が、リュ―インダイルの毛並みを紫色に染め上げていく。
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