神在(いず)る大陸の物語~月闇の戦記~【第三章】

坂田 零

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第一節 鋼色の空10

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 たかが盗賊如きに見切ることも出来ない、鋭く迅速い白銀の斬撃が、不貞な輩の肩を瞬時に捕らえ、鈍い音を立て一気にその胸までを斬り下ろす。

 噴水のように吹き上がる深紅の鮮血。
 漆黒の長い髪を乱舞させ、返り血を避けるように飛び退いたシルバの脇を、馬上から放たれた青き閃光の矢が豪速で通り過ぎて行った。

 虚空に描かれる美しい水の波紋が、彼に迫った盗賊を弾き飛ばし、涼しやかな水音を立てて、その後方にいた輩の喉元をうなじまで貫き通したのだった。

 紅の蛍が宙に弾け、閃光の矢を食らったその男は、大きく両目を見開いたまま背中から石畳に倒れ込む。
 シルバは、揺るぎない冷静さを保ったまま、紫水晶の右目を爛と煌めかせると、眼前から振り下ろされる重い鋼の斬撃を、僅かに体を傾けてまんまとかわしてしまう。

 刹那、その利き手に携えられた美しいジェン・ドラグナの刀身が、鋭利な閃光の帯を引き、迅速で虚空を二分したのだった。

 凄まじい殺気を持って輝く白銀の剣の切っ先が、正面から迫った男の左胸を、鈍い音を立てて背中まで突き通す。

 瞬時に引き抜かれた白銀の刀身から、どす黒い鮮血が滴り落ち、返り血を避けて飛び退いたシルバの背後から、再び、懲りない輩が、重い斬撃を携えて迫る。

 僅かに身を低くして背後を振り返ると同時に、シルバは、そのしなやかな手首を豪速で翻し、斜め下から伸び上がった鋭い閃光の弧で、不貞な輩の胴を、容赦も無しに真っ二つに両断せしめたのである。

 鮮血と共にぶちまけられた内臓を抱え、支えを失った無残な体がもんどり打って石畳に転がる。
 白銀の刀身を振い、こびりついた血のりを払ったシルバの眼前に、三度鋭利な斬撃が繰り出された。

 鋼色の虚空に純白のマントが棚引き、助走も付けずに高く跳躍した彼の肢体が、無粋な輩の頭上を軽やかに舞う。

 木々を渡る獣のような、しなやかで柔軟な体が宙で軽く捻られて、地面に着地すると同時に、利き手に握られた白銀の剣が、鋭い唸りを上げて閃光の帯を引いた。

 鋭利に煌く湾曲した迅速の弧が、一瞬にして、その背後から頚動脈を浚っていく。
 大きく口を開いたの生首が、自分が絶命したことすら気付かずに、鮮血の帯を引いて宙に撥ね上がった。

 レダの放つ閃光の矢が一直線の青い光を引き、宙を舞う生首のすぐ脇を抜けると、シルバの背後で刃を翳した男の眉間を、涼しい水音を立てながら貫いた。

 彼女の弓から放たれる光の矢は、驚くほどの正確さで、確実に不貞な輩に致命傷を与えていく。

 この時点で、十人はいただろう屈強な男達は、既に二人にまで減っている。

 それは、ほんの僅かな間の出来事だった。

 冷たい石畳の上に、折り重なるように倒れ伏した仲間の姿を見回して、辛うじて命を長らえた不貞な輩どもが、武器を手にしたままその場で硬直したのである。

「な・・・・なんなんだ・・・こいつら!?」

「しょ、賞金稼ぎか!?」

 純白のマントを翻し、利き手に握った白銀の剣の鋭利な切っ先を、生き残った者どもの鼻先に向けると、シルバは、澄んだ紫水晶の右目を鋭く細めて、流暢なリタ・メタリカ語を用いて、いつものように、冷静で沈着な艶のある低い声で言うのだった。

「こんな所でいつまでも油を売っていると、脳天に雷(いかづち)が降るぞ?
刃を引いて大人しく失せれば、命までは取りはしない」

 余りにも冷静な響きを持つその言葉が、ことさら不貞な輩どもの肝を震え上がらせる。
 この時点で、そんなシルバの額に飾られている、見事な銀竜の彫刻が施された白銀の二重サークレットの存在に、

 この不貞な盗賊の生き残りどもは、まだ気付いていないようだった。
 頭と思しき赤茶の髪の男が、無骨な顔を苦々しく歪め、白衣を纏う隻眼の魔法剣士の端正で精悍な顔を悔しそうに見やった。

 その時、何かに気が付いて、その男は、ぶるりとその屈強な肩を震わせたのである。

「・・・・魔法剣士・・・・!?しかも・・・・紫の隻眼だと!?お・・・・おまえ!!
まさか!?・・・・あの時のガキ・・・・・・!?」

 紡がれた言葉は、驚愕と戦慄の言葉であった。
 この不貞な盗賊の頭が、まだ、大盗賊の一員として働いていた頃の話である・・・

 忘れもしない、七年前のあの日、血のように赤く染まった夕闇の最中、フレドリック・ルードとリタ・メタリカとの国境アルカロス峠で、大盗賊ガルフィ一家の首領、『アルカロスの悪魔』と呼ばれたコーネル・ガルフィの首を切り落としたのは、紫色の隻眼と漆黒の髪を持った、えらく腕の立つ少年であった。

 今、彼の眼前にいるこの魔法剣士の青年は、間違いなくあの少年が成長した姿。
 盗賊であるその男の言葉に、シルバは、形の良い眉を僅かばかり怪訝そうに潜め、鋭く細めた視線のまま、蒼白になった男の顔を、真っ直ぐに見つめすえたのである。

 だが、シルバには、その赤茶の髪の男の顔に、全くもって見覚えが無い。
 揺れる漆黒の前髪の下で、不審そうな顔つきをするシルバの隣に、『水の弓』を構えたまま、黒馬を降り立ったレダが、鋭い表情をして立った。

 嵐の到来を予見させる空が、どんどん鋼色に染まっていく。
 西から吹き付ける湿った風に、藍に輝く艶やかな黒髪が激しく虚空に乱舞していた。

 まるで紅玉を填めこんだような鮮やかな紅の瞳が、赤茶の髪の男を直視した、その瞬間、レダは、ぴくりと肩を震わせて、何ゆえか、激しい動揺と驚愕で大きくその両眼を見開いたのである。

「ディル・タイラズ・・・・・・・・!?」

「・・・・おまえ・・・・レダか!?」

 レダと、そして、盗賊の首領たる赤茶の髪の男は、ほぼ同時にそう声を上げた。
 レダの紅色の瞳が、にわかに沸き起こった激昂に満たされていく。

 そんな彼女の異変に気がついて、シルバは、紫水晶の視線を、ちらりとレダの秀麗な顔に流すと、相変わらず沈着
な響きを持つ低い声で問うのだった。

「知り合いか・・・・?」

「・・・・この男は、お父様の友人だと言いながら、私を奴隷商人に売った卑怯な男よ・・・・っ」

 喉の奥から搾り出すような声で、レダはそう答えて言った。
 鋭く細められていたシルバの紫水晶の右目が、再び、ディルと言う名の男の強張った顔を見る。
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