神在(いず)る大陸の物語~月闇の戦記~【第三章】

坂田 零

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第一節 鋼色の空11

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 ディルは、そんな二人の鋭利な顔つきを交互に見やりながら、額に脂汗を垂らしつつ、それでも、まるで強がるように嘲笑(わら)うのだった。
 醜悪なディルを睨むよう見て、レダは、その甘い色香の漂う秀麗な顔を厳しく歪めている。
 強張った表情で尚もニヤつきながら、ディルは彼女に言うのだった。

「なんだ・・・レダ・・・久しぶりだな?これまた随分と別嬪になったな?
おまえ、この男が誰だか知っていて共にいるのか?こいつは、お頭を・・・・おまえの父親を殺した男だぞ?」

 七年前、アルカロス峠で大盗賊の首領を討ち取った、まだ少年であったシルバに追いすがろうとしたレダを止めたのは、他でもないこのディル・タイラズである。
 湿った風に揺れる艶やかな前髪の下で、レダは、蛾美な眉を苦々しく歪めると『水の弓』に閃光の矢をつがえ、激しい憎しみの光を宿す紅玉の眼差しで、蒼白になったディルの顔を真っ向から睨みつけたのだった。

「ええ・・・・知っているわ・・・・全部、この人から聞いた・・・・
何も知らない私を奴隷商人に売り飛ばした貴方より、この人の方が、よほど正直な男よ!」

「こりゃいいや!おまえ、仇(かたき)に惚れてるのか!?」

 赤茶の髪が張り付く額から、だらだらと緊張の脂汗を垂らしながらも、ディルの減らず口は止まらない。
 彼の視線が、先程から、鋭い顔つきのまま無言でこちらを見つめている、シルバの端正で精悍な顔に向いた。

「『アルカロスの悪魔』を討ち取った色男の魔法剣士さんよ・・・
あんた、このレダが、売られた先で何をさせられてたか知ってるのか?
この女は、伯爵家の良い慰み物だった女よ・・・
昼も夜も玩具みたいになぶられて、とことんまで女の性(さが)を教え込まれた娼婦みたいな女さ!
あんたも、さぞ良・・・・・・・・・・・っ!?」

 次の刹那、空を薙ぐ鋭い音が鋼色の虚空に響き渡り、閃光の如き迅速さで一閃された鋭利な白銀の斬撃が、ディルの醜悪な首を一瞬にして虚空に跳ね飛ばしたのだった。

 鮮血の赤い帯を引いて宙を舞うその首は、言葉を紡ぎ出す形で開かれたまま、自分が絶命した事すら気付いていない。

「!?」

 レダは、ハッと肩を揺らして、屈辱と憎しみにその秀麗な顔を強張らせながらも、傍らに立つシルバの鋭い横顔を顧みたのだった。

 白銀の剣を持つ彼の腕が、真っ直ぐ横に伸ばされたまま静止している。
 その美しい刀身からは鮮血が滴り、鮮やかな赤い斑点を石畳の上に描いていた。
 ぼたりと鈍い音を響かせて、醜悪なディルの首が石畳の上に転がり落ちた。
 首を失った体が、眼前でどしゃりと重い音を立てて、冷たい石畳に倒れ伏す。

 とたん、首領であった者すら殺され、たった一人しかいなくなってしまった盗賊の残党が、慌てて武器を地面に放り投げたのである。

 だが、あまりの恐怖に足がおぼつかず、屈強であるはずのその男は、がたがたとその身を震わせて、静かな怒りを湛え爛と輝くシルバのを、恐々とした様子で見つめるばかりであったのだ。

 漆黒の長い髪が虚空に乱舞する。
 刃の如き鋭利な顔つきのまま、シルバは、低く鋭く、しかし静かに言うのだった。

「命が惜しくば、さっさと失せろ・・・・」

 男は悲鳴を上げて、一目散に街道の森の中へと逃げ込んで行った。
 西の空から湿った空気を運ぶ荒ぶる風が、シルバの広い肩に羽織られた純白のマントを激しく虚空に乱舞させている。

 彼は無言のまま、その端正で精悍な顔を静かなる怒りで満たし、美しい白銀の剣を振って刀身に付着した血のりを払うと、聖剣『ジェン・ドラグナ』を腰の鞘に収めたのであった。 
 深き地中に眠る紫水晶の澄んだ右目が、まるで、凍ついたように身動ぎもしないレダの秀麗な顔を見る。

 藍に輝く艶やかな黒髪の下で、彼女の表情は、耐え難い屈辱と悔しさと、そして深い悲しみに歪んでいた・・・・・
 余計な事は一切聞かず、シルバは、ただ、揺るぎない沈着な口調で言うのだった。

「行こう・・・・・・長居は無用だ」

 純白のマントが、流れるような曲線を描いて石畳の上に舞う。
 長い黒髪が揺れるその広い背中が、ゆっくりとレダに向けられた。

 激しい痛みを伴いじりじりと心を締め上げる過去の残影に、レダは、苦悩の表情で蛾美な眉を寄せ、両手で自分を抱きしめると、うなだれたまま、彼の広い背中を追いかけたのである。

 藍に輝く艶やかな黒髪が、荒ぶる風に激しく揺れる。

 もう・・・忘れかけていたのに・・・・

 屈辱と怒りと、そして悲しみが交差する鮮やかな紅の瞳が、静かに震えた。
甘い色香の漂う綺麗な桜色の唇を噛みしめた時、不意に、そんなレダの背後で、先程まで盗賊達に襲われていた馬車の扉が、ゆっくりと開いたのである。

「旅のお方ですか?危ないところを有難うございました」

 実に丁寧な口調で紡がれたその言葉は、まだ若い青年の物だった。
 その声に、黒馬の手綱に手をかけていたシルバが、静かに背後を振り返る。
 鋭利に煌く紫色の隻眼の先には、彼と同じ年頃だろう華奢な青年が一人、まるで貴族のような上質の衣を纏いそこに立っていた。
 
 青年は、実に申し訳なさそうな顔つきをして、言葉を続けたのである。

「私は、アイヴァン・クレラモンドと申す、呉服商人にございます。
危ない所をお助け頂いたお礼をしたいと、私の母も申していますゆえ、宿をお探しであれば、私の屋敷へどうぞお越しください」

 そう言って、アイヴァンと名乗ったその青年は、やけに丁寧に頭を垂れたのだった。
 そんな様子を、つばの広い象牙色の帽子を被り、それと同じ色をした上質のドレスを纏う貴婦人が、馬車の中から見つめている。

 その時、湿った空気を急速に運び来る荒ぶる風が、遂に、天空から大粒の雨を降らせ始めたのである・・・・

 鋼色の天空を覆う黒い雲の合間に、紫色の雷光が走るそれは、嵐の日の出来事であった・・・・

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