神在(いず)る大陸の物語~月闇の戦記~【第三章】

坂田 零

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第一節 鋼色の空14

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『古の妖精の姫よ・・・・何ゆえ私の元に現れた?何か、伝えたいことがあるのか?』

 怪訝そうに綺麗な眉を潜めて、スターレットは、古の言語でそう彼女に語りかける。
 彼女は、凛と引き締まった強い表情のまま、唇を開かずに答えて言うのだった。

『蒼き狼(ロータス)の者よ、そなたが此処にいるということは、私の愛した炎神が、この世に舞い戻ったということなのであろう・・・』

 『そなたの・・・・愛した・・・炎神・・・・?それは、ラグナ・ゼラキエル・アーシェのことか?』
 
『・・・・あの者は気高くも強く、そして孤高の者であった・・・・
良く聞くがいい、蒼き狼の者よ、そなたが探している炎神の城は私の城だ・・・・』

『それは・・・どういう事だ・・・?』

『・・・あの者は、この地から魔を解き放ち、封魔の城である私の城を、自らの居城とした・・・』

『それは、一体、何故?』

『あの城は・・・私の墓標・・・・強力な封魔の力は、何者をも寄せ付けぬ結界を作り上げることができる・・・そして、あの城には、今尚、私の体が在る・・・・
あの城の結界を作り上げているのは・・・・この私自身・・・・』

『なに・・・・?』

『私は・・・あの時、あの者の手に掛かることを望んだ・・・・・・・』

 立ち昇る金色の光の中で、そう言った彼女の甘い琥珀色の瞳が、ふと、ひどく悲し気な面持ちで伏せられる。
 輝く光粒の中にたゆたう、長く美しい紅の髪。
 その眼差しを開くこともなく、彼女は、静かな口調で言葉を続けた。

『・・・あの者は、それに答えた・・・・だが・・・・』

 彼女が、次の言葉を出しかけた、まさにその瞬間だった。
 不意に、白く煙る上空が紫色に閃いて、にわかにそこに出現した暗黒の炎が、幾筋もの黒い帯を引き、まるで、夜 空に降る流星の如く、スターレットの眼前に聳える大理石の巨大な柱へと、豪速で落下してきたのである。

「!?」

 スターレットが、驚愕に両眼を見開いた次の刹那。
 激しい轟音と共に飛来した無数の黒き炎が、降り積もる砂塵を巻き上げて、あろうことか、古の遺跡を一瞬にして打ち砕いたのである。
 千々に砕けた柱の破片が虚空に弾け飛び、舞い上がる砂塵と瓦礫の最中で、あの美しい妖精の女王の姿が、掻き消されるようにその姿を失っていく。

『エメルディナ!!』

 そう叫んだスターレットの両眼が、禍々しくも神々しい深紅の色へと変貌する。
 彼の纏う疾風の壁に、吹き飛んだ瓦礫がしたたかにぶつかると、鋭い閃光の光を上げながら、砂塵舞う虚空へと弾き返された。

『蒼き狼の者よ、箱庭を探すがいい・・・・あの場所は、あの城で唯一、外界に繋がる場所・・・・』

 その言葉を最後に、『大鷹の姫』と呼ばれた古の美しき妖精の女王は、燃え立つ暗黒の炎と砂塵の中にその姿を消して行った・・・・
 巻き起こる守りの疾風に、雅やかな蒼銀の髪と蒼きローブを乱舞させながら、深紅の輝きを宿すスターレットの両眼が苦々しく細められ、その鋭利な視線が激しい風が吹き荒ぶ白い天空を仰ぎ見る。

 たゆたう雲の合間に浮かび上がる、雷の如き紫色の閃光。
 その向こう側に、あの魔王と呼ばれる青年の気配がある。
 鋭く天空を睨むロータスのを嘲笑うかのように、ゆっくりと、禍々しいその気配が遠ざかっていく。
 それと同時に、彼の脳裏に直接響いてくる、実に邪な青年の声があった。

『ロータスの者よ、恐れも知らずこの地に足を踏み入れたことは誉めてやる・・・・
そなたの相手は、やがてゆるりとしてやろう、それまで、我が城を探して足掻くがいい・・・・そなが心を揺らしたあの女は、まもなく我が僕となる・・・』

 それは、明らかに、あの魔王と呼ばれる青年の声であった。
 スターレットは、深紅に輝く両眼を鋭く見開いて、この天空の何処かにいよう闇の者に向かい、激昂するまま大きく叫びを上げたのだった。

『ならば、あの女性(にょしょう)が闇に呑まれる前に、必ずやこの私がそなたから奪い返そう!!
そなたの破滅も、もう間近だ!!ラグナ・ゼラキエル!!』

 吹き荒ぶ風に、スターレットのその叫びが掻き消されていく。
 徐々に消え行く闇の魔王の気配に、雅で秀麗な彼の顔が、心中から滲み出る口惜しさで厳しく歪んだ。

 あの妖精の女王は、姿が掻き消される間際に『箱庭を探せ』と言った・・・・

 箱庭。

 彼女の伝える箱庭とは、一体、どこにあるものなのか・・・・

 この遺跡のどこかにそれがあるのか、あるいは、別の場所にあるのか・・・・
 綺麗な眉を鋭く眉間に寄せて、ロータス一族の雅なは、ぎりりと奥歯を噛みしめた。
 急がねば、あの異国の女剣士は、やがてその体から人間の血を全て失ってしまう・・・・

「ラレンシェイ・・・・無事でいろ・・・・すぐに行く・・・・」

 呟くようにそう言った彼の声は、古の遺跡のしじまに吹き荒ぶ、嵐を呼ぶ湿った風に舞い飛んだ。
 鋭く細めた視線で、瓦礫と成り果てた大理石の柱を睨むように見つめた時、砕け散った柱の一欠片が、不意に、金色の淡い光を放ち始めたのである。

 吹き荒ぶ風に、スターレットの羽織る蒼いローブが流れるように翻った。
 伸ばした長い指先が、砂塵に埋もれたその破片に触れる。

 とたん、瓦礫であるはずのそれが、眩いばかりの金色の輝きを放ち始めたのだった。
 そこから伸び上がる細い光の帯が、天空を突き抜けるように虚空に棚引くと、厚い雲の合間で屈折して、彼に何かを伝えるが如く、真っ直ぐに西を指し示したのである。

「・・・・・・」

 スターレットは、その雅で秀麗な顔を鋭く厳しく歪め、揺れる蒼銀の髪の隙間から覗く深紅の両眼で、金色の光の切っ先が示す方向を睨むように見つめたのだった。
 瓦礫と成り果てた封魔の地に、甲高い悲鳴を上げながら、湿った風が吹き付けている。

 金色の帯がたゆたう西からは、波乱と共に、嵐がやってきていた・・・・

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