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第一節 鋼色の空20
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懐かしそうに、どこか切なそうに微笑むネデラの顔を、晴れ渡る空のような瞳で見つめながら、リーヤは、そんな彼女の心に飛来しているだろう感情を敏感に感じ取り、桜色の唇で小さく笑うと、言うのであった。
「貴女は今でも・・・・そのバースという人のことが、好きなのですね?」
その言葉に、何も答えず、ネデラは、相変わらず優し気な眼差しでリーヤの秀麗な顔を見つめたまま、唇だけで笑うだけだった。
リーヤは、何の悪気もない様子で、言葉を続けた。
「ジェスターは、自分の素性のこと等、私には何も教えてはくれません。
一度、会ってみたいものです・・・その、バースという人に。
今は、どこにいるのですか?」
「・・・・バースは・・・・もう、いません」
ネデラは、どこか切なそうな顔つきで、穏やかに微笑んだまま、静かにそう答えた。
「・・・・え?」
毛布に包まれたなだらかな肩を僅かに揺らして、その秀麗な頬にかかる湿った髪をかき上げると、リーヤは、怪訝そうに小首を傾げ、まじまじとネデラの顔を見つめ据えたのである。
一瞬、どこか悲し気な表情にその顔を曇らせると、ネデラは、落ち着いた口調で言葉を続けた。
「バースは・・・・死にました・・・・もう、七年近くになります」
「・・・・そう、だったのですか・・・・余計なことを聞きました・・・謝ります」
申し訳なさそうに蛾美な眉を潜めたリーヤに、ネデラは、大きく首を横に振る。
「リタ・メタリカの姫君に謝られたりしたら、私が恐縮してしまいすわ。
お気になさらないで下さい・・・・きっとバースは、あれで幸せだったのです・・・・」
「・・・・どういう、事ですか?」
「バースは、死することで本懐を遂げた・・・だから、満足だったと思います」
そう言ったネデラの脳裏に、再び、あの懐かしくも愛しい人の姿が浮かび上がってきて、彼女は、静かにその紺色の瞳を伏せたのだった。
今でも、鮮やかに蘇ってくる、あの夜の言葉・・・
いつものように、食事の支度をし終えた彼女に向かって、いつものように、蒸留酒の杯を片手に持ったまま、ゆったりと長椅子に腰を落ち着けて、彼は、実に穏やかな口調で彼女に言ったのである。
「ネデラ・・・・もし、私が明日、この命を落としたとしても、決して、この命を奪いし者を、責めたりするな・・・・・」
その言葉の意味が解らずに、ネデラは、ひどく怪訝そうな顔つきをして、彼の隣に腰を下ろした。
きっと、あの時既に、彼は知っていたのだ・・・
自分の死が、もう、目前に迫っている事を・・・
強くも、どこか穏やかな輝きを宿す青い瞳が、栗色の前髪の下で真っ直ぐに彼女の瞳を見つめていた。
凛々しい唇で静かに笑いながら、彼は、こうも言った。
「・・・・そなたは、今まで、よく尽くしてくれた・・・・感謝している」
「何を言ってるの?まるで、本当に死んでしまうみたいじゃない?」
怒ったように眉を吊り上げた彼女の緋色の髪を、彼は、初めて出逢った時のように、まるで幼子をたしなめるかのように、その大きな手で優しく撫でたのである。
忘れるはずもない・・・・
いつも以上に穏やかだった、あの時の彼の顔を・・・
そして・・・・
ゆっくりと、その紺色の瞳を開いて、リタ・メタリカの高貴な姫君の顔を顧みながら、ネデラは、どこか懐かしそうに切なそうに微笑んだ。
そんな彼女の微笑みは、息が詰まるほどの美しさをもっていて、リーヤは、布を羽織ったままでいる、なだらかなその肩をハッと揺らしたのである。
調度その時、リーヤと、そしてネデラの背後で、居間の扉が開かれる音がした。
ゆっくりと背後を振り返ると、そこに立っていたのは、師であり父代わりであった者に良く似た容姿を持つ、まだ歳若い長身の青年だったのである。
それは他でもない、自らを『ジェスター・ディグ(名を棄てた者)』と名乗る魔法剣士であった。
「ジェスター?ウィルトは、どうしました?」
リーヤは、晴れ渡る空の色をした両眼で、濃紺の衣を翻し歩み寄ってきたジェスターの端正な顔を仰ぎ見ると、怪訝そうに綺麗な眉を潜めたのである。
ジェスターは、なにやら愉快そうに笑うと、何の気なしに答えて言うのだった。
「あいつなら、部屋で百面相しながら固まってる」
「はぁ?」
その言葉の意味がまったく解らずに、リーヤは、その秀麗な顔を、ますます怪訝そうにしかめるのである。
そんな彼らの様子を、どこか誇らしげに見やって、ネデラは、静かにきびすを返すと、扉に向かってその歩みを進めていく。
「さて、食事の支度でもしましょうか・・・・」
そんな事を言いながら、ふと、ジェスターの傍らで足を止めると、彼女は、怪訝そうにこちらを振り返った彼の端正な顔を見つめながら、実に穏やかに笑ったのである。
「その服、今の貴方には調度良いみたいね?それ・・・あの人の服よ」
「・・・・どうりで・・・・見たことがあるはずだ・・・・」
ネデラのその言葉に、ジェスターは、ふと、燃え盛る炎のような鮮やかな緑玉の瞳を僅かに細め、自らが纏う濃紺の衣をまじまじと眺めやった。
そんな彼の背中を軽く叩いて、ネデラはおかしそうに言う。
「本当に立派になったわね?昔は、散々バースに叱られて、よく泣きべそかいてたのに」
「・・・・はぁ?」
思わず、つんのめったような顔つきをしたジェスターの緑玉の眼差しが、不意に、ネデラの顔をジロリと睨みつける。
しかし、彼の眼差しなど恐れる様子もなく、ネデラは、くすくすとおかしそうに笑いながら、実にそ知らぬふりをして、扉の向こうへとその姿を消してしまったのである。
「あら・・・・貴方にも、そんな可愛いらしい頃があったのですねぇ・・・?」
扉が閉まる音と同時に、そんな言葉を口にしたのは、他でもない、リタ・メタリカの高貴な姫君リーヤティアであった。
秀麗なその顔を、してやったりと言うような表情に満たし、リーヤは、実に底意地の悪い視線で、無敵とも言うべきアーシェの魔法剣士殿の端正な顔を、舐めるように見上げたのである。
そんな彼女の綺麗な桜色の唇が、なんだかニヤついているのは、決して気のせいなどではないらしい・・・
「なんだと?」
ぴくりと、形の良い眉の角を吊り上げて、ジェスターは、湿った栗毛の前髪の下から、床の上に座り込んだままでいるリーヤの顔をジロリと睨んだ。
「貴女は今でも・・・・そのバースという人のことが、好きなのですね?」
その言葉に、何も答えず、ネデラは、相変わらず優し気な眼差しでリーヤの秀麗な顔を見つめたまま、唇だけで笑うだけだった。
リーヤは、何の悪気もない様子で、言葉を続けた。
「ジェスターは、自分の素性のこと等、私には何も教えてはくれません。
一度、会ってみたいものです・・・その、バースという人に。
今は、どこにいるのですか?」
「・・・・バースは・・・・もう、いません」
ネデラは、どこか切なそうな顔つきで、穏やかに微笑んだまま、静かにそう答えた。
「・・・・え?」
毛布に包まれたなだらかな肩を僅かに揺らして、その秀麗な頬にかかる湿った髪をかき上げると、リーヤは、怪訝そうに小首を傾げ、まじまじとネデラの顔を見つめ据えたのである。
一瞬、どこか悲し気な表情にその顔を曇らせると、ネデラは、落ち着いた口調で言葉を続けた。
「バースは・・・・死にました・・・・もう、七年近くになります」
「・・・・そう、だったのですか・・・・余計なことを聞きました・・・謝ります」
申し訳なさそうに蛾美な眉を潜めたリーヤに、ネデラは、大きく首を横に振る。
「リタ・メタリカの姫君に謝られたりしたら、私が恐縮してしまいすわ。
お気になさらないで下さい・・・・きっとバースは、あれで幸せだったのです・・・・」
「・・・・どういう、事ですか?」
「バースは、死することで本懐を遂げた・・・だから、満足だったと思います」
そう言ったネデラの脳裏に、再び、あの懐かしくも愛しい人の姿が浮かび上がってきて、彼女は、静かにその紺色の瞳を伏せたのだった。
今でも、鮮やかに蘇ってくる、あの夜の言葉・・・
いつものように、食事の支度をし終えた彼女に向かって、いつものように、蒸留酒の杯を片手に持ったまま、ゆったりと長椅子に腰を落ち着けて、彼は、実に穏やかな口調で彼女に言ったのである。
「ネデラ・・・・もし、私が明日、この命を落としたとしても、決して、この命を奪いし者を、責めたりするな・・・・・」
その言葉の意味が解らずに、ネデラは、ひどく怪訝そうな顔つきをして、彼の隣に腰を下ろした。
きっと、あの時既に、彼は知っていたのだ・・・
自分の死が、もう、目前に迫っている事を・・・
強くも、どこか穏やかな輝きを宿す青い瞳が、栗色の前髪の下で真っ直ぐに彼女の瞳を見つめていた。
凛々しい唇で静かに笑いながら、彼は、こうも言った。
「・・・・そなたは、今まで、よく尽くしてくれた・・・・感謝している」
「何を言ってるの?まるで、本当に死んでしまうみたいじゃない?」
怒ったように眉を吊り上げた彼女の緋色の髪を、彼は、初めて出逢った時のように、まるで幼子をたしなめるかのように、その大きな手で優しく撫でたのである。
忘れるはずもない・・・・
いつも以上に穏やかだった、あの時の彼の顔を・・・
そして・・・・
ゆっくりと、その紺色の瞳を開いて、リタ・メタリカの高貴な姫君の顔を顧みながら、ネデラは、どこか懐かしそうに切なそうに微笑んだ。
そんな彼女の微笑みは、息が詰まるほどの美しさをもっていて、リーヤは、布を羽織ったままでいる、なだらかなその肩をハッと揺らしたのである。
調度その時、リーヤと、そしてネデラの背後で、居間の扉が開かれる音がした。
ゆっくりと背後を振り返ると、そこに立っていたのは、師であり父代わりであった者に良く似た容姿を持つ、まだ歳若い長身の青年だったのである。
それは他でもない、自らを『ジェスター・ディグ(名を棄てた者)』と名乗る魔法剣士であった。
「ジェスター?ウィルトは、どうしました?」
リーヤは、晴れ渡る空の色をした両眼で、濃紺の衣を翻し歩み寄ってきたジェスターの端正な顔を仰ぎ見ると、怪訝そうに綺麗な眉を潜めたのである。
ジェスターは、なにやら愉快そうに笑うと、何の気なしに答えて言うのだった。
「あいつなら、部屋で百面相しながら固まってる」
「はぁ?」
その言葉の意味がまったく解らずに、リーヤは、その秀麗な顔を、ますます怪訝そうにしかめるのである。
そんな彼らの様子を、どこか誇らしげに見やって、ネデラは、静かにきびすを返すと、扉に向かってその歩みを進めていく。
「さて、食事の支度でもしましょうか・・・・」
そんな事を言いながら、ふと、ジェスターの傍らで足を止めると、彼女は、怪訝そうにこちらを振り返った彼の端正な顔を見つめながら、実に穏やかに笑ったのである。
「その服、今の貴方には調度良いみたいね?それ・・・あの人の服よ」
「・・・・どうりで・・・・見たことがあるはずだ・・・・」
ネデラのその言葉に、ジェスターは、ふと、燃え盛る炎のような鮮やかな緑玉の瞳を僅かに細め、自らが纏う濃紺の衣をまじまじと眺めやった。
そんな彼の背中を軽く叩いて、ネデラはおかしそうに言う。
「本当に立派になったわね?昔は、散々バースに叱られて、よく泣きべそかいてたのに」
「・・・・はぁ?」
思わず、つんのめったような顔つきをしたジェスターの緑玉の眼差しが、不意に、ネデラの顔をジロリと睨みつける。
しかし、彼の眼差しなど恐れる様子もなく、ネデラは、くすくすとおかしそうに笑いながら、実にそ知らぬふりをして、扉の向こうへとその姿を消してしまったのである。
「あら・・・・貴方にも、そんな可愛いらしい頃があったのですねぇ・・・?」
扉が閉まる音と同時に、そんな言葉を口にしたのは、他でもない、リタ・メタリカの高貴な姫君リーヤティアであった。
秀麗なその顔を、してやったりと言うような表情に満たし、リーヤは、実に底意地の悪い視線で、無敵とも言うべきアーシェの魔法剣士殿の端正な顔を、舐めるように見上げたのである。
そんな彼女の綺麗な桜色の唇が、なんだかニヤついているのは、決して気のせいなどではないらしい・・・
「なんだと?」
ぴくりと、形の良い眉の角を吊り上げて、ジェスターは、湿った栗毛の前髪の下から、床の上に座り込んだままでいるリーヤの顔をジロリと睨んだ。
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