神在(いず)る大陸の物語~月闇の戦記~【第三章】

坂田 零

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第一節 鋼色の空22

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 調度その時、見習魔法使いウィルタールは、アーシェの魔法剣士とリタ・メタリカの姫がいるだろう居間の扉の前で、何ゆえか、またしても一人固まっていたのである。

 扉の向こうから聞こえてきた二人の会話に、何となく入りづらい雰囲気があったため、立ち聞きするつもりはなかったのだが、扉を開けるか開けぬか迷っているうちに、結局、全てを聞いてしまう羽目になってしまった。

 明るい茶色の髪の下で、まだあどけなさを残す青い瞳が、どこか、切なそうに歪められる。
 あの無敵とも言うべきアーシェの魔法剣士ジェスターは、一体、どんな思いで、師である者をその手に掛けたのか・・・・

 ついついそれを、自分とロータスのスターレットに照らし合わせてしまい、なんだか、ひどくやるせない気持ちになってくる・・・・

 多分、自分なら・・・きっと、ジェスターのようにはいかないだろうと・・・

 あの青年の強さを実感しながらも、その悲しみの深さが、じんわりとウィルタールの胸に伝わってきて、思わず、潤んだ瞳を片手で拭った。

 その時である・・・

 不意に、そんな彼の視界の隅に、なにやら、見知らぬ幼い少女が立って、彼は思わず、驚いたようにその華奢な肩を振わせたのだった。

「え?」

 ゆっくりとそちらに振り返ると、眠たそうに目を擦りながら5~6歳と思しき、可愛らしい少女が一人、きょとんとした顔つきをして、半べそをかきそうなウィルタールの顔を、真っ直ぐに仰いでいたのである。
 ふんわりとした栗色の髪と、大きくて丸い紺色の瞳・・・・
 その面影が、彼の知っている誰かに似ていて、ウィルタールは、なにやら怪訝そうに、彼女の可愛らしい顔を凝視したのである。

 彼女が誰に似ているのか、喉元まで出かかっているのに、何故か思い起こせないでいる。
 困惑したように眉根を寄せているウィルタールを、大きな瞳で仰ぎながら、少女はきょとんとしたまま言うのだった。

「兄様はだぁれ・・・?母様は?」

「か、母様・・・??もしかして、ネデラさんの・・・娘?結婚してるなんて、言ってなかったのに・・・!」

 素っ頓狂な声でそんなことを呟いたウィルタールに、少女は、不思議そうに小首を傾げると、ハッと華奢な肩を震わせて、何かを思い出したかのように、その小さな唇をOの字に開いたのだった。

「あ!・・・・そうだ・・・・今日は、お客さんがくるって、風さんが言ってたんだ」

「え・・・えぇ!?風さん・・・・・・て、ま、まさか・・・風の精霊のこと!?」

 なんだか訳がわからず、その少女の可愛らしい顔をまじまじと見つめるウィルタールの聴覚に、不意に、廊下の奥にある台所の方から、ネデラの声が響いて来たのである。

「エルダ、起きたの?お客様にご挨拶しなさい」

 そんなことを言いながら、この家の主たるネデラ・ブランカが、ゆっくりとした歩調で、随分と間抜けな表情をしているだろうウィルタールの傍らに歩み寄ってきた。
 そして彼女は、一度、にこやかにウィルタールの顔を見やると、優しく微笑みながら、娘であろうその少女のふんわりとした栗色の髪を撫でたのである。

「母様ぁ、ね?本当にお客さんきたでしょ?」

 エルダ、と呼ばれた少女は、にっこりと笑いながら、そんなネデラの腰の辺りにしがみつく。

「やっぱりこの子は娘さん!?ネデラさん、結婚してたんですか!」

 ウィルタールは、驚いたように大きな青い両眼を見開くと、ネデラに向かって、裏返った声でそんなことを問いかける。
 彼女は、どこか愉快そうに、しかし実に穏やかに笑うと、まだ、あどけなさの残るウィルタールの顔をゆっくりと顧みて言うのだった。

「結婚はしてないわ・・・・この子の父親は、この子が生まれる前に亡くなったから・・・」

「そう・・・だったんですか・・・・」

 そう言って、実に気の毒そうな顔つきをしたウィルタールに、ネデラは再び、穏やかに微笑みかけたのである。
 廊下の窓を叩くけたたましい雨の音。
 吹き荒ぶ暴風と、暗い空に轟く雷鳴。
 窓の外で荒れ狂う激しい嵐も、やがて、上がる時が来るだろう・・・



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