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【8、揺曳】

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 「ごめんね、なんか、樹くんのこと呼びたくなっちゃって…」
 
 迎えに来てくれた彼の車の助手席で、変な罪悪感を感じた私は、思わずそう言った。
 今夜、彼はバイトが休みだったみたいで、すぐに来てくれた…
 彼の時間を奪った私。
 罪悪感はそこ…?
 違う…それだけじゃないよね… 

 彼は、近所にあるショッピングモールのがらんとした大きな駐車場に車を停めた。
 そして、前屈みになってハンドルにもたれかかると、彼は少し心配そうに言う。
 
「いや、いいんだけどさ… なんか珍しかったから、驚いた。
 どしたん?」

「…付き合って10年、喧嘩なんかした事なかったんだけど、あたし、今日、信ちゃんと喧嘩してきた」

「え?
 何で喧嘩なんかしたの?」

「私さ…
 信ちゃんが一緒にいる時に、信ちゃんがゲームやってようが、漫画読んでようが、 テレビ見てようが、今まで全然気にならなかったんだけど…
 なんでだろうね …?
 今日、こっちに置いてあった荷物を届けに行ってきたんだ、信ちゃんとこ。
 でもね、信ちゃん、ずっとモンハンやってるんだよね。
 それって全然いつものことなんだけど、せっかく遠い所から、わざわざ荷物持って行ってあげたのに…
 声掛けたって生返事で、ずっとモンハンやってたんだよね。
…なんかさ、それ見てたらすごい頭に来ちゃって、一方的に文句言って帰ってきた」

「それ喧嘩じゃなくね?喧嘩にもなってないじゃん、で、店長なんだって?」

「連絡なんてないよ、だってモンハンやってるし」

「…あ~」

 何故か彼はくすっと笑った。
だから私は、真剣になって言葉を続ける。

「信ちゃんはあたしに無関心なんだよ、 自分の好きなことしてればそれで満足なの…こうやって離れてみてさ、あたしって一体彼のなんなのかなって、最近ほんとそれ思ってる」

「……まぁ、あれじゃん、付き合い長いから、仕方ないんじゃん?」

 仕方なくない!って思わず反論したくなったけど、私は一呼吸置いて、勢いをつけて言葉を続ける。

「仕方ないって言えばそうなんだけど、このままあんな態度なら、あたし…っ」

 信ちゃんと別れる!
 そう言いかけて、私ははっと言葉を止めた。
 今、勢いだけで、彼にこれを言ったらいけない。

 だって、この言葉は…
 まるで彼に、私の気持ちを押し付けるようなものだもの…

 この人はまだ23歳、私は30歳。
 いくらなんでも、こんな年上からそんなこと言われたら、重いよね…
 それに…
 私はまだ、この人が私をどう思ってるか知らない…
 女友達の延長なのか…
 元上司の彼女だから気を使ってくれてるのか…
 それとも…

 私は思わずうつ向いて押し黙り、彼も、何故か押し黙った。
 

「………」

「………」

 彼が今、どんな表情をしてるのか、見るのが怖い。
 おばさんが何言ってんの? って顔してるかもしれないし、どん引きしてるかもしれないし…
 余計なこと言ったかも…
 どうしよう… 

 そう思った時。
 不意に、私の体が大きな腕に浚われた。
  一瞬びっくりする。
  温かい腕が、ぎゅっと私を抱きしめる。
  すごい勢いで、鼓動が跳ねた。
  気づいたら、真剣な表情をする彼の顔が、私の鼻先に付くか着かないかの場所にあった。

「拒否しないと…キスするよ…」

「……………」

 恥ずかしい…っ
 私は思わず視線を逸らす。
 でも、どうしよう…
 嫌じゃない…
 全然嫌じゃない…
 むしろ、私…

「………いいよ」 

 私は、思わず、そう答えた。

 
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