神在(いず)る大陸の物語~月闇の戦記~【第一章】

坂田 零

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第二節 白銀の守り手 青珠(せいじゅ)の守り手6

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 レダの脳裏に急速に蘇ってくる、まだ少女であった頃の悲しい記憶の断片に、彼と同じ容姿を持つ一人の少年の姿があった。
 遠い記憶の中で、鮮血に染まった剣を下ろしたその少年の向こう側には、優しかったはずの父親が、首を落とされた無残な姿で地面に横たわっている・・・・。

 忘れるはずもない、それは、夕闇に暮れかける西の空が、不吉な程に赤く輝いていた日の事だった。
 その前後の記憶は、何故か抜け落ちたように彼女の記憶から忘れ去られている・・・。
 しかし、今も鮮やかに脳裏を過ぎるその光景は、確かに父が死んだあの日の光景であった。
 彼女の悲鳴に振り返ったその少年の頬には、父の体から飛び散ったものであろう鮮血の斑点が描かれており、ただ、細められた紫色の隻眼と、鮮やかな茜色の空の輝きが、生々しいほどに鮮明に蘇る。

「おまえ・・・・おまえは・・・・あの時の!?七年前・・・・私の父を殺したあの剣士ではないのか・・・・・!!?」

 甘い色香の漂う桜色の唇で叫ぶように紡がれたのは、やはりフレドリック・ルードの言語であった。
 爛と輝いた紅の両眼が、みるみる憎しみに満ち溢れていく。
 彼女の手に構えられた弓に、にわかに、青い閃光の矢が輝くように出現した。

 透明な青い弓弦(ゆんづる)が、軋む音を立てて一杯に引かれる。
 シルバは、形の良い眉を僅かに眉間に寄せると、閃光の矢が結ぶ鋭利な切っ先に臆す様子もなく、ただ、紫水晶の右目を細めただけで、身動(みじろ)ぎもせず、秀麗な顔を憎しみに満たした、美しい青珠の森の弓士を見つめすえるばかりであった。
 深い森の最中に、緊迫の糸が張り詰めた時、不意に、ざわめく木々の合間から、弓弦を引き絞ったレダに、誰かが声をかけてきた。

『レダ、その者はそなたの敵ではない・・・・弓を下ろせ』

 静かな口調で紡がれる、古の言語。
 同時に、高い木の枝から、一匹の青い豹が、音もなく地面に着地してくる。
 それは、レダと同じ、青珠の森の守り手たる魔豹、リューインダイルであった。
 リューインダイルは、静かな口調のまま、言葉を続ける。

『いくらそなたでも、その者には勝てまい・・・その前に、その者はそなたの同朋たる者だ・・・・討つ者が違う』

 その言葉に、鮮やかな紅の瞳を細めると、レダは、ゆっくりと構えた弓を下に下ろした。
 青玉の弓につがえられた青い閃光の矢が、弾けるように消えて行く。
 足音も立てずに、未だ憎しみの感情をふつふつと湧きたてるレダの傍らに立つと、リューインダイルは、その金色の眼差しを静かに、純白のマントを翻すシルバに向けたのであった。

『すまない、白銀の守り手の者よ・・・・レダは、守り手になってまだ日が浅い、許してくれ』

『いや・・・・気にするな、闇の者が蔓延(はびこ)り始めたばかりだ、勘違いされても仕方ない』

 リューインダイルが用いる古の言語で、シルバは静かにそう答えて言った。

『私の名はリューインダイル、青珠の守り手だ。そなたの通り名は?』

 リューインダイルの問いかけに、シルバは、純白のマントを羽織った広い肩で、どこか安堵したように息を吐くと、利き手に持ったままでいる白銀の剣を腰の鞘に収めたのであった。
 同時に、彼の広い胸元から、銀竜の鎧がふぅっと消え失せる。
 彼は、一度静かに瞑目すると、再び、深い地中に眠る紫水晶のような澄んだ右目をゆっくりと開いたのだった。

『シルバ・ガイだ。
まさか、こんな所で青珠の守り手に遭遇するとはな・・・・
やはり、青珠の森にも何か起こったようだな?リューインダイル?』

『察しの通りだ、シルバ・・・そちらも、何事かあったようだな?』

 リューインダイルのその言葉に、ようやく合点がいったように、彼は、小さくため息をつくと、鋭い顔つきをしたまま言葉を続けるのだった。

『もう一人の白銀の守り手、アノストラールがいなくなった。
青珠の森の異変に気付いて、様子を見に行くと言ったきり戻らない』

『・・・・闇の者と遭遇したか?』

『おそらく・・・・』

 艶のある低い声で短くそう言うと、シルバは、ふと天空を仰いで、風の精霊達に聞こえるように低く叫んだのだった。

『サリオ、出てきていいぞ!』

 その言葉は、瞬時に風に運ばれて、深い森のどこかにいるであろう、あの妖精の少女の耳に届いたはずだ。
 僅かな時間が過ぎた時、不意に、森の木々がざわめいて、緑に萌える草木の合間から、エメラルドグリーンの髪を持つ可愛らしい妖精の少女が、一頭の黒馬の手綱を引いた姿でゆっくりとその場に現れたのだった。

『シルバ!よかった!心配してた!』

 鼻を鳴らす馬の首を撫でながら、白銀の森の女王の娘サリオ・リリスは、シルバの隣に歩み寄りながらくったくなく微笑んだのだった。
 そんな彼女の姿に、リューンダイルは、僅かばかり驚いた様子で低く声を上げるのである。
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