青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

文字の大きさ
16 / 88
第2章:シュヴァリエ

第15話

しおりを挟む
「…ジガ、動物の言葉分かる?」

少し離れた所でお湯に浸かるジンガに、私は問いかけた。

「いいや。動物は好きだが、言葉が分かる訳じゃない。」
「…馬、ジガの言う事聞いてた。言葉ないのに、何で分かる?」
「何となくだ。」
「…何となく?」

中庭で、アルトゥンに付きまとっていた猫の事を思い返す。
猫がご飯を欲しがっていたのを「何となく」で感じ取っていた私は、ジンガに話を聞けばその理由が分かるかもしれないと思ったのだ。

「すまない…。俺は、喋るのが得意じゃないんだ。」
「…話す、苦手?」
「そうだ。」

しばらく沈黙が流れた後、彼は再び口を開いた。

「動物は、欲しい物は欲しい…嫌な物は嫌だと示してくれる。だが…人間の考えは複雑で分かりにくい。人の心を読み取るのは…苦手だ。」

彼が多くを語らないのは、自分の事を隠したいからでは無かった。
私も口数が多い方では無いが、気になる事があれば問いかけ、知らない事は知ろうとする。そんな私に対し、彼はあまり物事に興味が無いのだろう。

「…出る。」
「あぁ。先に上がってくれ。」

一足先に脱衣所へ戻り、ルスケアから貰った耳栓を使って髪を乾かす。ドライヤーの音への不快感は、ほとんど感じられなかった。
それぞれ人によって好きな物と苦手な物が違っていて、とても興味深い。好きと言うものが私にはまだよく分からないが…彼等と話をしているうちに、少しずつ分かるようになるだろう。



外はすっかり暗くなり、次第に雨が降り始めた。
食事を終えて部屋に戻り、アルトゥンに灯してもらったアロマの火をぼんやりと眺める。
時折窓の外から、強い光が差し込む。少し遅れてゴロゴロと音を立て、私の眠りを邪魔してくる。ドライヤーの音と同じような不快感が、私の心をざわつかせた。
ベッドに横になっても寝れそうにないと悟った私は、部屋を抜け出して書庫へ向かった。



扉を開けて中に入ると、いつも薄暗いはずの書庫が、外の暗さで明るく感じられた。しかし、いつもいるはずのビオレータの姿は、どこにも見当たらない。
ソファーに座り、テーブルの上に置かれていた本を手に取る。それは様々な花の絵が描かれている図鑑で、日中ここを訪れた時に読んでいた本だった。

「こんな遅くに読書ですか?」

声の聞こえた後方を振り返ると、普段より薄着のビオレータが立っていた。彼は肩からタオルを下げていて、髪の毛は濡れたままになっている。

「…ビオレタ、お風呂?」
「えぇ。ようやく仕事が片付いたので。」
「…夜まで仕事?」
「言ったでしょう?俺は忙しいんです。」

彼はタオルで髪を拭きながら、部屋の奥にある大きなソファーに腰を下ろした。彼の身長よりも長く、他のソファーとは見た目も少し違っている。

「…まだ寝ない?」
「寝ますよ?」
「…そはーで寝る?」
「えぇ。俺の部屋はここなので。」
「…ビオレタの部屋...無い?」
「あなたが今使っている部屋が、元々俺の部屋でした。ですが…行き来するのが面倒なので、ここで寝起きしています。」 

私の部屋が、元々空き部屋だという話は聞いていたが…まさか、彼の部屋だったとは思いもしなかった。言われてみると、カーテンの色が彼の髪と同じ紫色だったかもしれない。

「そういうあなたは寝ないのですか?」
「…寝れない。」
「なぜです?」
「…ゴロゴロ聞こえて、寝れない。」
「あぁ…そういえば、外は雷が鳴っていましたね。…怖いのですか?」
「…この辺り、ざわざわする。」

私は胸元に手を当て、服を握りしめた。これは恐怖なのだろうか?それとも、嫌悪なのだろうか?
感情を覚えたばかりの私の心は、どこか不安定で今にも崩れそうだった。

「なら…雷が収まるまで、ここに居ていいですよ。」
「…いいの?」
「部屋に戻っても寝られないのでしょう?寝られそうだと思ったら、部屋に戻れば良いですし。」
「…ビオレタ、隣…座って良い?」
「狭くても良ければ、俺は構いません。」

座っていたソファーから飛び降り、彼の元へ歩み寄る。隣に腰を下ろすと、彼は肩からタオルを取ってソファーの背もたれに掛けた。

「言っておきますが、今日だけですからね。」
「…分かった。」
「頑固かと思えば…素直に従う時もあるですね。」
「…ビオレタ、苦手ある?」
「前にも言いましたが、強い光が苦手です。後は…運動全般でしょうか?」
「…うんどー全般?」
「身体を動かして、汗をかくのが嫌いです。」
「…嫌いと苦手、どう違う?」
「嫌いは、やりたくない事で…苦手は、やりたいのにやれない事でしょうか?」
「…好き嫌い、よく分からない。」
「あなたの場合は…本を読むのは好きで、雷は嫌いのようですね。」
「…ザワザワは嫌い…。」

雷の音で胸がザワザワするのは、どうやら嫌いという感情のせいらしい。しかし、本を読むのは興味があるというだけで、好きかどうかはよく分からなかった。

「あなたは寝れなくても、俺は休みたいので横にならせてもらいます。」

そういうと、彼は私の隣で脚を伸ばし始めた。私はソファーの端へと追いやられ、彼の真似をして隣に横たわろうとした。すると、身体が後ろへ傾き、ソファーから転げ落ちそうになる。

「ちょっ…!?」

彼の腕が私の背中を抑え、身体が引き寄せられた。彼は再び横になり、大きく息を吐いた、

「勘弁してくださいよ…。床に落ちて怪我でもしたら、怒られるのは俺なんですから…。」

彼の心音が、体温と共に伝わってくる。

「…温かい。」
「そりゃあ…お風呂上がりですから。」

心地よい温かさに包まれ、私は瞼を閉じた。



しばらくして目覚めると、視界いっぱいにビオレータの服が映りこんだ。部屋は静まり返り、彼の寝息が頭上から聞こえてくる。
身体を起こしてソファーを離れ、窓に近寄った。雷はすっかり収まり、空が明るくなり始めている。
私は書庫を出て、自室へと戻る事にした。階段を登ろうと手すりに手をかけると、後ろの大きな扉が開く。

「アー…ちゃん…?」

聞き取れるギリギリの小さな声で、扉を開けたヴィーズが私の名前を呼んだ。

「…ビズ、外いた?」
「あー…うん。ちょっとね…。」

いつも明るい彼と同一人物とは思えない程、彼は元気がなく…外が薄暗いせいか、表情までもが暗く見えた。
耳元で光っていたピアスは無くなっていて、彼の頬が赤く腫れている事に気が付く。私は彼の元へ歩み寄り、服の袖を引っ張った。

「…怪我、治す。」
「え?いや…いいよ。…平気。」
「…ダメ。」

ゆっくりとその場にしゃがみ込んだ彼の頬に手を当て、目を閉じた。すっかり冷えきった手が、じんわりと温かくなっていく。

「ありがとう。もう大丈夫。」

彼はそのまま腕をのばし、私を抱き寄せた。彼から香るバニラの匂いは、甘く優しい香りの他に別の匂いが混ざり合っていた。それはルスケアの部屋でも嗅いだ事の無い、強く鼻に刺さるような匂いだった。

「魔力供給…しても良い…?」
「…もうしてる。」
「はは…。そうだね。」

いつもより弱々しい力で抱きしめる彼に、私は問いかけた。

「…何で怪我した?」
「友達に…怒られちゃって。」
「…怒られる?」
「嫌がる事をしたみたいで、嫌われちゃった。僕は友達だと思ってたんだけど…彼女は違ったみたい。」

以前、彼から友達について聞いたことがある。友達とは、家族の次に仲のいい、付き合いのある人だ。
怒られると言うのが何か分からなかったが、彼と友達の間に何かあった事は間違いない。

「ねぇアーちゃん。僕の部屋…来ない?」
「…行く。」

部屋へ行く事に同意すると、彼はそのまま私を抱き上げて階段を登り始めた。扉の鍵を開け、抱えられた私は彼のベッドの上に座らされる。彼は上着を脱ぎ捨て、再び私を抱きしめた。

「…魔力、もう要らない。」
「これは魔力供給じゃなくて…充電。」
「…じゅーでん?」
「僕もアーちゃんを供給してるって事。」
「…よく分からない。」
「しばらく…このままでいさせて…。」
「…分かった。」

黙り込んでしまった彼の部屋を見回すと、ルスケアのアロマが並んでいる隣に、写真立てが飾られていた。薄暗くてあまりハッキリとは見えなかったが、白髪の少年の両脇に、白髪の女性と青髪の男性が写っている。

「…あれ誰?」

問いかけるが、彼は何も答えなかった。

「…ビズ?」

名前を呼ぶと、耳元から彼の寝息が聞こえてきた。私を抱きしめたまま、どうやら眠ってしまったらしい。
腰に回された彼の腕の力が緩み、そのままベッドに倒れ込む。ベッドに横たわった彼に布団を被せ、私は写真立てが置かれている棚の方へ歩み寄った。
白髪の少年は、子供の頃のヴィーズだろうか?目を細める表情が、彼とよく似ている。隣で彼に手を添える白髪の女性はうっすらと目を細め、女性の肩に手を回す青髪の男性は今のヴィーズの顔にそっくりだった。
窓の外から光が差し込み、朝がやってくる。私は彼の部屋を抜け出し、自分の部屋へ戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...