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第2章:シュヴァリエ
第16話
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「えー!?アスールも一緒に行くの!?」
食事をしていたローゼが、持っていたフォークを置いて席から立ち上がった。向かいの席で、同じように食事をしていたユオダスが、口に含んだ食べ物を飲み込んで口を開く。
「今回の任務は、どうしてもお前達2人の協力が必要だ。何も、魔族と戦えと言ってる訳では無い。」
「僕が必要とされるのは分かるけど、なんでアスールなの?しかも、夜の任務なんて…子供に務まるとは思えないんだけど?」
「それは、任務の内容を聞いてから判断してくれ。」
食事の後、いつもなら部屋に戻って寝る時間だが…どうやら今日は、彼等と共に外へ行くらしい。
ユオダスの話は難しくてよく分からなかったが、とにかく私は彼等について行けばそれで良いと言う。
「貴族の不正取引かぁ…。噂には聞いてたけど、本当にあるんだね…そんな事。」
「私も噂程度の情報だけど…不定期に開かれる、仮面舞踏会で行われてるそうだよ。」
ユオダスの隣に座るルスケアが、謎の言葉を口にした。
「…かめぶとーかい?」
「仮面舞踏会!…って、あれだよね?仮面を付けて参加する…ダンスパーティーの事でしょ?」
「簡単に言えばそうだ。顔を隠すから、秘密の話をするにはもってこい…という事だな。」
「えっと…僕もアスールも、ダンスの経験は無いんだけど…?」
「その辺は、俺とルスケアに任せておけば良い。お前には、聞き込みの方に注力してもらいたいからな。」
「なるほど…!ルスケアさんは元々貴族だもんね。知り合いも居るだろうし、こういう場にも慣れてるって事か。」
「…貴族?」
「詳しい話は移動しながらにしよう。まずは、用意した服に着替えてくれ。アスールの着替えはローゼにお願いしたい。お前の服も一緒に置いてある。」
「仕方ないなぁ…分かったよ。」
「馬車の手配をしておくから、着替えが終わったら玄関前に集合してね。」
食事を終えて、ローゼと共に部屋へ戻る。
用意された服は裾が長く、ヒラヒラとしていた。胸元にあしらわれた光る石が、部屋の明かりを反射してキラキラと輝く。
いつもの服と勝手が違い、着替えに苦戦する私は彼の手を借りて、着替えを終えて階段を降りた。
「あ、2人共、着替…」
「ユオダスさん!僕が必要だとか言ってたのは、こういう事だったの!?」
玄関前で待っていた2人の元へ、ローゼが歩み寄る。
私の部屋に用意されていたのは、どちらも女性用のドレスだった。男性である彼も当然、私と似たような女性物の服を身につけている。
「仕方ないだろう。俺やルスケアでは、合うサイズが無かった。」
「僕じゃなくても、ヴィーズさんとかビオレータさんでも良かったでしょ!?」
「ヴィーズ様は、体調が優れないらしいんだ。ビオレータさんは…こういう催し自体を嫌がるし…。」
「女装するって分かってたら、僕だって嫌だったよ!」
「で、でも…すごく似合ってるよ?」
「褒められても全然嬉しくない!!!」
「時間がない。そろそろ出発しよう。」
女性の服を嫌がるローゼを無理やり引き連れ、私達は外に停められていた馬車へ乗り込んだ。
「さっきの話の続きだけど…そもそも貴族って言うのは、王様と一緒にみんなの暮らしを良くしようと…色んな仕事をしている人達の事なんだ。」
「で、今僕達が向かってる場所で貴族達が集まって、楽しくダンスを踊りましょーって催しをやってるんだよね?」
「表向きはそうなんだけど…。中には、不正な取引の場に選ぶ人も居るんだよね。」
「そもそも、不正な取引って言われてもよく分からないんだけど…どういうのが不正なの?」
「取引自体が不正だよ。本来、貴族の間で行われる取引には、双方の同意と内容を書類にまとめて報告する義務があるんだ。でも…舞踏会に書類を持ち込む貴族はいない。もちろん、内容を報告する事もしないって事。」
彼等の話のほとんどが理解出来ず、私は首を傾げた。
「…よく分からない。」
「お子様は分からなくてもいーの。じゃあ、取引そうな人を見つけたら捕まえれば良いんだね。」
「私達は、あくまで貴族のフリをしないとダメだよ?騎士だってバレたら、追い出されるだろうから…。」
「でもさぁ…百歩譲ってアスールを連れて行くのは分かるけど、僕が女装をする必要は無くない?」
「舞踏会の参加条件に、男女2人組である必要があるんだって。調査するには人手が必要だから、私とユオダスさんだけじゃダメなんだ。」
「なんでそんな条件があるの…?」
「舞踏会のダンスは、男女でペアを組むワルツが基本だから…参加者の性別が偏っちゃうと舞踏会が成り立たないからだと思う。」
「女装するだけでも嫌なのに、女として見られなきゃいけないとか…屈辱的過ぎる…!」
ローゼはドレスの裾を握りしめ、眉間に皺を寄せていた。
「そうそう…!今回は仮面舞踏会だから、この仮面を身に付けてね。アスールくん。途中で外したらダメだからね?」
「...分かった。」
彼から受け取った仮面は、鼻から上を隠せるような形になっている。どう身につけて良いか分からずに眺めていると、隣に座るローゼが手伝ってくれた。
「それと、人が沢山居るだろうから…迷子にならないように、私達から離れないでね?もしはぐれても、知らない人にはついて行っちゃダメだよ?」
「顔を隠してて、知らない人と僕達を見分けられるかな?」
「それなら大丈夫。予め、仮面にバニラの香水を付けておいたんだ。鼻が利くアスールくんなら、バニラの匂いで判別出来ると思う。」
「なるほど。鼻が利くのって、結構便利だね。それに比べて…アルの鼻は、役に立った試しが無いのに。」
「お前達。準備は出来たか?そろそろ着くぞ。」
馬車の外から、ユオダスの声が聞こえて来た。
しばらくして馬は歩みを止め、私達は大きな建物の中へ足を踏み入れた。
中の部屋はシュヴァリエメゾンのどの部屋よりも広く、街中と同じくらい沢山の人で賑わっていた。
「うわぁ…。貴族ってこんなに沢山居るの?」
「ここに居るのはほんの一部だ。全ての貴族が参加する訳ではない。」
「怪しまれるような事があったら、私の名前を出して下さい。2人は友人、アスールくんは妹という事にしておきます。」
「分かった。俺はローゼと聞き込みをしてくる。」
ユオダスとローゼは腕を組み、仲のいい男女のフリをして人混みの中へ入って行った。
「アスールくん。喉は乾いてない?何か飲み物を取りに行こうか?」
「…行く。」
彼と手を繋ぎ、部屋の端に置かれているテーブルへと歩み寄った。その上に、色とりどりの液体が入ったガラスが並べられている。
「すみません…。ノンアルコールはありますか?」
「それでしたら、こちらにございます。」
「ありがとうございます。」
近くの男性と会話を交わしたルスケアは、橙色の飲み物を手に取り、私に差し出した。
「はいこれ。」
「…何、聞いた?」
「あぁ…。アスールくんが飲めそうなジュースが無いか聞いたんだ。飲み物には色々種類があって、アルコールが含まれているものは、大人しか飲んじゃダメなんだ。」
「…あうこーる?」
「私はアルコールについて、そんなに詳しくないから…今度、ビオレータさんに聞…」
「ねぇあなた?ちょっと良いかしら?」
話をしている私達の元に、1人の女性がやって来た。彼女も私と同じようにドレスを身にまとい、大きな鳥の羽が付いた仮面を被っている。
「はい…。何でしょうか?」
「良かったら、私と1曲…踊って下さらないかしら?」
「えっと…すみません。妹を1人には出来ないので…。」
「それじゃあ…そちらのお嬢さんは、俺と踊ってもらおうかな?」
女性の後ろから、帽子をかぶった髪の長い女性が現れた。彼女はドレスを着ていなかったが、ローゼのようにわざと男性物の服を身につけているらしい。
「い、妹は…人見知りで…」
ダンスというものに興味があった私は、差し出された彼女の手を握りしめた。
「…へーき。」
「じゃ、じゃあ…終わったら、またここに戻ってきてね?」
「…分かった。」
彼女に手を引かれ、部屋の中央へ誘われた。
「お兄ちゃんは心配性だね。」
「…心配しょー?」
「君の事を気にかけ過ぎているって事さ。こういう場所には、初めて来るのかい?」
「…ダンス、知らない。」
「おや?ダンスを知らないのか…。だったら、俺に任せて?君に、ダンスの楽しさを教えてあげるよ。」
彼女は私の腰に手を添え、音に合わせて足を踏み出した。
「足の動きを真似してごらん?リズムに乗って、ステップを踏むんだ。」
彼女の足に合わせ、私も同じように足を踏み出す。
「もっと俺の方を見て?下ばっかり見てたら、つまらないよ。」
身体を左右に動かす度に、編み込まれた彼女の髪が大きく揺れる。その長さは腰に届くほど長く、艶々としていた。
「ステップには慣れてきたみたいだね。それじゃあ次は…ターンだ!」
彼女に強く手を引かれ、身体がくるりと1回転した。ドレスの裾が風を受け、花が咲いたようにフワッと広がる。
「そういえば…君の名前を聞いて居なかったね。聞いてもいいかい?」
「…アスール。」
「アスールちゃんか。俺はバイラール。世界を旅する踊り子さ。」
「…踊り子?」
「踊る事が、俺の生き甲斐なのさ。」
「…生き甲斐?」
「生きる為に踊り、踊る為に生きる…それが俺なんだ。」
風が強く吹き付け、彼女の髪が大きくなびいた。ダンスに夢中になっていたせいで、いつの間にか外へ移動していた事に全く気が付かなかった。
「アスールー!」
遠くの方から、ローゼの物と思われる声が聞こえて来る。
「おや…。どうやら、お迎えが来たようだね。」
彼女はダンスの足を止め、その場に片膝をついた。
「アスールちゃん。また会おう。」
私の手の甲に唇を近付け、彼女はその場から立ち去って行った。声のした方を向き、彼の元へ歩み寄る。
「知らない人について行くなって言われてたのに、なんでついて行っちゃうかなぁ!?」
ローゼは私に、大きな声を浴びせた。嫌悪感に襲われ、咄嗟に両手で耳を塞ぐ。
「ローゼ。あまり大きな声を出すな。無事に見つかったなら、それで良い。」
「ルスケアさんが、めちゃくちゃ心配してたよ?ホールに戻ろ。」
彼等と共に建物の中へ戻ると、テーブルの近くに立っているルスケアの姿を見つけた。
「あっ…アスールくん!」
こちらへ駆け寄った彼は、そのままの勢いで私を抱き締めた。風に乗って、甘く優しいバニラの香りが鼻を抜ける。
「良かった…いつまで経っても戻って来ないから、心配だったんだ…。」
「…ルスキャ…苦しい。」
「あ、ごめん…。」
彼の腕から解放された私の側に、今度はローゼがしゃがみ込んだ。
「もー。せっかく髪の毛セットしたのに乱れちゃったよ。」
編み込まれた私の髪を解き、彼は再び髪の毛を編み始めた。
「それはお前がやったのか?」
「僕以外に誰が出来るって言うの?」
「ローゼくんは、手先が器用だもんね。」
「…きよー?」
「細かい作業が得意なんだ。物作りが好きだから、自然と出来るようになったって感じだけどね。」
彼はその場に立ち上がり、私の頭に手を乗せた。
「これでよし!でー…聞き込みの成果だけど…。」
「ここだと誰かに聞かれるかもしれない。人気の少ない場所に移動して話そう。」
ホールを離れ、人が少ないであろう場所へ向かう為、大きな扉を開けて建物の外へ出た。
「…ユオアス。」
「どうした?トイレか?」
「…不審者。」
「何?どこだ?」
しゃがみ込んだ彼の顔の側で腕を伸ばし、木の影に隠れながら歩いている不審な人影を指さした。
「仮面についてる大きな鳥の羽…。あれって、さっき聞き込みした人が言ってた取引相手じゃ…!」
「追いかけるぞ…!」
「ちょ…!ドレスじゃ走れな…」
「ローゼくんは、アスールくんをお願い!」
ユオダスとルスケアが真っ先に走り出し、不審者を追いかけて行った。その後に続き、私も彼等の後ろを駆け出す。
「ちょっとー!アスールまで置いて行かないでよー!」
前方を走っているルスケアが、建物の裏へ回り込む。後を追いかけて角を曲がると、建物の近くで立ち止まるユオダスの後ろ姿を見つけた。
彼が見つめていたのは、草花の上でダンスを踊る男女の姿だった。
「な、何するのよ!今すぐこのダンスをやめなさい!」
「そんな釣れない事言わないでよ。俺とダンスの時間をもっと楽しもうじゃないか。」
「な、何ですか?この異様な光景…。」
「俺にも何が何だか…。」
身体が左右に揺れる度、編み込まれた長い髪が風になびく姿に、私は見覚えがあった。
「…バイラル。」
「ア、アスールの知り合いか?」
「あ…!あの人、さっきアスールくんをダンスに誘ってた…。」
「おやおや?アスールちゃんじゃないか。さっきぶりだね。元気にしてたかい?」
彼女はこちらへ手を振りながら、女性とダンスを踊り続ける。私達の存在に気づいてもなお、ダンスの足を止めるつもりは無いらしい。
「お取り込み中すまないが、その女性をこちらに渡して貰えないだろうか?」
「どうしてだい?彼女が何か、悪い事でもしたのかな?」
「正確にはまだしていませんが…詳しく話を聞きたいんです。ですから…」
「それなら渡せないなぁ。彼女は俺と踊ってるんだ。見ればわかるだろう?」
「あたしはあんたと踊りたくて踊ってるんじゃないのよー!何で踊りをやめられないの!?どうなってるのよ、これー!」
女性が叫ぶのと同時に、急な突風が吹いて彼女の帽子が宙に舞い上がった。帽子が無くなった彼女の頭に、立派な角が生えているのが見える。
「ま、魔族!?なんでこんな所に!?」
「おや…バレちゃったみたいだね。」
「おい貴様…!彼女に一体どんな魔法を…」
「バレちゃったなら仕方ない…。ここは逃げさせてもらうしかないね。また会おう。アスールちゃんとその仲間達!」
彼はその場でクルクルと回転し始め、目にも止まらぬ早さで回転した後に姿が見えなくなった。
「な、何だったの?あの魔族…。」
「ルスケア!彼女を!」
「あ、はい…!」
息を切らしながら地面に座り込む女性を捕まえ、ルスケアは彼女を役所へ連れて行った。
ユオダスとローゼが聞いた情報通り、大きな鳥の羽が付いた仮面を身につけていた彼女が不正取引をしていた貴族だと言う事が判明したのは、翌日になってからだった。
食事をしていたローゼが、持っていたフォークを置いて席から立ち上がった。向かいの席で、同じように食事をしていたユオダスが、口に含んだ食べ物を飲み込んで口を開く。
「今回の任務は、どうしてもお前達2人の協力が必要だ。何も、魔族と戦えと言ってる訳では無い。」
「僕が必要とされるのは分かるけど、なんでアスールなの?しかも、夜の任務なんて…子供に務まるとは思えないんだけど?」
「それは、任務の内容を聞いてから判断してくれ。」
食事の後、いつもなら部屋に戻って寝る時間だが…どうやら今日は、彼等と共に外へ行くらしい。
ユオダスの話は難しくてよく分からなかったが、とにかく私は彼等について行けばそれで良いと言う。
「貴族の不正取引かぁ…。噂には聞いてたけど、本当にあるんだね…そんな事。」
「私も噂程度の情報だけど…不定期に開かれる、仮面舞踏会で行われてるそうだよ。」
ユオダスの隣に座るルスケアが、謎の言葉を口にした。
「…かめぶとーかい?」
「仮面舞踏会!…って、あれだよね?仮面を付けて参加する…ダンスパーティーの事でしょ?」
「簡単に言えばそうだ。顔を隠すから、秘密の話をするにはもってこい…という事だな。」
「えっと…僕もアスールも、ダンスの経験は無いんだけど…?」
「その辺は、俺とルスケアに任せておけば良い。お前には、聞き込みの方に注力してもらいたいからな。」
「なるほど…!ルスケアさんは元々貴族だもんね。知り合いも居るだろうし、こういう場にも慣れてるって事か。」
「…貴族?」
「詳しい話は移動しながらにしよう。まずは、用意した服に着替えてくれ。アスールの着替えはローゼにお願いしたい。お前の服も一緒に置いてある。」
「仕方ないなぁ…分かったよ。」
「馬車の手配をしておくから、着替えが終わったら玄関前に集合してね。」
食事を終えて、ローゼと共に部屋へ戻る。
用意された服は裾が長く、ヒラヒラとしていた。胸元にあしらわれた光る石が、部屋の明かりを反射してキラキラと輝く。
いつもの服と勝手が違い、着替えに苦戦する私は彼の手を借りて、着替えを終えて階段を降りた。
「あ、2人共、着替…」
「ユオダスさん!僕が必要だとか言ってたのは、こういう事だったの!?」
玄関前で待っていた2人の元へ、ローゼが歩み寄る。
私の部屋に用意されていたのは、どちらも女性用のドレスだった。男性である彼も当然、私と似たような女性物の服を身につけている。
「仕方ないだろう。俺やルスケアでは、合うサイズが無かった。」
「僕じゃなくても、ヴィーズさんとかビオレータさんでも良かったでしょ!?」
「ヴィーズ様は、体調が優れないらしいんだ。ビオレータさんは…こういう催し自体を嫌がるし…。」
「女装するって分かってたら、僕だって嫌だったよ!」
「で、でも…すごく似合ってるよ?」
「褒められても全然嬉しくない!!!」
「時間がない。そろそろ出発しよう。」
女性の服を嫌がるローゼを無理やり引き連れ、私達は外に停められていた馬車へ乗り込んだ。
「さっきの話の続きだけど…そもそも貴族って言うのは、王様と一緒にみんなの暮らしを良くしようと…色んな仕事をしている人達の事なんだ。」
「で、今僕達が向かってる場所で貴族達が集まって、楽しくダンスを踊りましょーって催しをやってるんだよね?」
「表向きはそうなんだけど…。中には、不正な取引の場に選ぶ人も居るんだよね。」
「そもそも、不正な取引って言われてもよく分からないんだけど…どういうのが不正なの?」
「取引自体が不正だよ。本来、貴族の間で行われる取引には、双方の同意と内容を書類にまとめて報告する義務があるんだ。でも…舞踏会に書類を持ち込む貴族はいない。もちろん、内容を報告する事もしないって事。」
彼等の話のほとんどが理解出来ず、私は首を傾げた。
「…よく分からない。」
「お子様は分からなくてもいーの。じゃあ、取引そうな人を見つけたら捕まえれば良いんだね。」
「私達は、あくまで貴族のフリをしないとダメだよ?騎士だってバレたら、追い出されるだろうから…。」
「でもさぁ…百歩譲ってアスールを連れて行くのは分かるけど、僕が女装をする必要は無くない?」
「舞踏会の参加条件に、男女2人組である必要があるんだって。調査するには人手が必要だから、私とユオダスさんだけじゃダメなんだ。」
「なんでそんな条件があるの…?」
「舞踏会のダンスは、男女でペアを組むワルツが基本だから…参加者の性別が偏っちゃうと舞踏会が成り立たないからだと思う。」
「女装するだけでも嫌なのに、女として見られなきゃいけないとか…屈辱的過ぎる…!」
ローゼはドレスの裾を握りしめ、眉間に皺を寄せていた。
「そうそう…!今回は仮面舞踏会だから、この仮面を身に付けてね。アスールくん。途中で外したらダメだからね?」
「...分かった。」
彼から受け取った仮面は、鼻から上を隠せるような形になっている。どう身につけて良いか分からずに眺めていると、隣に座るローゼが手伝ってくれた。
「それと、人が沢山居るだろうから…迷子にならないように、私達から離れないでね?もしはぐれても、知らない人にはついて行っちゃダメだよ?」
「顔を隠してて、知らない人と僕達を見分けられるかな?」
「それなら大丈夫。予め、仮面にバニラの香水を付けておいたんだ。鼻が利くアスールくんなら、バニラの匂いで判別出来ると思う。」
「なるほど。鼻が利くのって、結構便利だね。それに比べて…アルの鼻は、役に立った試しが無いのに。」
「お前達。準備は出来たか?そろそろ着くぞ。」
馬車の外から、ユオダスの声が聞こえて来た。
しばらくして馬は歩みを止め、私達は大きな建物の中へ足を踏み入れた。
中の部屋はシュヴァリエメゾンのどの部屋よりも広く、街中と同じくらい沢山の人で賑わっていた。
「うわぁ…。貴族ってこんなに沢山居るの?」
「ここに居るのはほんの一部だ。全ての貴族が参加する訳ではない。」
「怪しまれるような事があったら、私の名前を出して下さい。2人は友人、アスールくんは妹という事にしておきます。」
「分かった。俺はローゼと聞き込みをしてくる。」
ユオダスとローゼは腕を組み、仲のいい男女のフリをして人混みの中へ入って行った。
「アスールくん。喉は乾いてない?何か飲み物を取りに行こうか?」
「…行く。」
彼と手を繋ぎ、部屋の端に置かれているテーブルへと歩み寄った。その上に、色とりどりの液体が入ったガラスが並べられている。
「すみません…。ノンアルコールはありますか?」
「それでしたら、こちらにございます。」
「ありがとうございます。」
近くの男性と会話を交わしたルスケアは、橙色の飲み物を手に取り、私に差し出した。
「はいこれ。」
「…何、聞いた?」
「あぁ…。アスールくんが飲めそうなジュースが無いか聞いたんだ。飲み物には色々種類があって、アルコールが含まれているものは、大人しか飲んじゃダメなんだ。」
「…あうこーる?」
「私はアルコールについて、そんなに詳しくないから…今度、ビオレータさんに聞…」
「ねぇあなた?ちょっと良いかしら?」
話をしている私達の元に、1人の女性がやって来た。彼女も私と同じようにドレスを身にまとい、大きな鳥の羽が付いた仮面を被っている。
「はい…。何でしょうか?」
「良かったら、私と1曲…踊って下さらないかしら?」
「えっと…すみません。妹を1人には出来ないので…。」
「それじゃあ…そちらのお嬢さんは、俺と踊ってもらおうかな?」
女性の後ろから、帽子をかぶった髪の長い女性が現れた。彼女はドレスを着ていなかったが、ローゼのようにわざと男性物の服を身につけているらしい。
「い、妹は…人見知りで…」
ダンスというものに興味があった私は、差し出された彼女の手を握りしめた。
「…へーき。」
「じゃ、じゃあ…終わったら、またここに戻ってきてね?」
「…分かった。」
彼女に手を引かれ、部屋の中央へ誘われた。
「お兄ちゃんは心配性だね。」
「…心配しょー?」
「君の事を気にかけ過ぎているって事さ。こういう場所には、初めて来るのかい?」
「…ダンス、知らない。」
「おや?ダンスを知らないのか…。だったら、俺に任せて?君に、ダンスの楽しさを教えてあげるよ。」
彼女は私の腰に手を添え、音に合わせて足を踏み出した。
「足の動きを真似してごらん?リズムに乗って、ステップを踏むんだ。」
彼女の足に合わせ、私も同じように足を踏み出す。
「もっと俺の方を見て?下ばっかり見てたら、つまらないよ。」
身体を左右に動かす度に、編み込まれた彼女の髪が大きく揺れる。その長さは腰に届くほど長く、艶々としていた。
「ステップには慣れてきたみたいだね。それじゃあ次は…ターンだ!」
彼女に強く手を引かれ、身体がくるりと1回転した。ドレスの裾が風を受け、花が咲いたようにフワッと広がる。
「そういえば…君の名前を聞いて居なかったね。聞いてもいいかい?」
「…アスール。」
「アスールちゃんか。俺はバイラール。世界を旅する踊り子さ。」
「…踊り子?」
「踊る事が、俺の生き甲斐なのさ。」
「…生き甲斐?」
「生きる為に踊り、踊る為に生きる…それが俺なんだ。」
風が強く吹き付け、彼女の髪が大きくなびいた。ダンスに夢中になっていたせいで、いつの間にか外へ移動していた事に全く気が付かなかった。
「アスールー!」
遠くの方から、ローゼの物と思われる声が聞こえて来る。
「おや…。どうやら、お迎えが来たようだね。」
彼女はダンスの足を止め、その場に片膝をついた。
「アスールちゃん。また会おう。」
私の手の甲に唇を近付け、彼女はその場から立ち去って行った。声のした方を向き、彼の元へ歩み寄る。
「知らない人について行くなって言われてたのに、なんでついて行っちゃうかなぁ!?」
ローゼは私に、大きな声を浴びせた。嫌悪感に襲われ、咄嗟に両手で耳を塞ぐ。
「ローゼ。あまり大きな声を出すな。無事に見つかったなら、それで良い。」
「ルスケアさんが、めちゃくちゃ心配してたよ?ホールに戻ろ。」
彼等と共に建物の中へ戻ると、テーブルの近くに立っているルスケアの姿を見つけた。
「あっ…アスールくん!」
こちらへ駆け寄った彼は、そのままの勢いで私を抱き締めた。風に乗って、甘く優しいバニラの香りが鼻を抜ける。
「良かった…いつまで経っても戻って来ないから、心配だったんだ…。」
「…ルスキャ…苦しい。」
「あ、ごめん…。」
彼の腕から解放された私の側に、今度はローゼがしゃがみ込んだ。
「もー。せっかく髪の毛セットしたのに乱れちゃったよ。」
編み込まれた私の髪を解き、彼は再び髪の毛を編み始めた。
「それはお前がやったのか?」
「僕以外に誰が出来るって言うの?」
「ローゼくんは、手先が器用だもんね。」
「…きよー?」
「細かい作業が得意なんだ。物作りが好きだから、自然と出来るようになったって感じだけどね。」
彼はその場に立ち上がり、私の頭に手を乗せた。
「これでよし!でー…聞き込みの成果だけど…。」
「ここだと誰かに聞かれるかもしれない。人気の少ない場所に移動して話そう。」
ホールを離れ、人が少ないであろう場所へ向かう為、大きな扉を開けて建物の外へ出た。
「…ユオアス。」
「どうした?トイレか?」
「…不審者。」
「何?どこだ?」
しゃがみ込んだ彼の顔の側で腕を伸ばし、木の影に隠れながら歩いている不審な人影を指さした。
「仮面についてる大きな鳥の羽…。あれって、さっき聞き込みした人が言ってた取引相手じゃ…!」
「追いかけるぞ…!」
「ちょ…!ドレスじゃ走れな…」
「ローゼくんは、アスールくんをお願い!」
ユオダスとルスケアが真っ先に走り出し、不審者を追いかけて行った。その後に続き、私も彼等の後ろを駆け出す。
「ちょっとー!アスールまで置いて行かないでよー!」
前方を走っているルスケアが、建物の裏へ回り込む。後を追いかけて角を曲がると、建物の近くで立ち止まるユオダスの後ろ姿を見つけた。
彼が見つめていたのは、草花の上でダンスを踊る男女の姿だった。
「な、何するのよ!今すぐこのダンスをやめなさい!」
「そんな釣れない事言わないでよ。俺とダンスの時間をもっと楽しもうじゃないか。」
「な、何ですか?この異様な光景…。」
「俺にも何が何だか…。」
身体が左右に揺れる度、編み込まれた長い髪が風になびく姿に、私は見覚えがあった。
「…バイラル。」
「ア、アスールの知り合いか?」
「あ…!あの人、さっきアスールくんをダンスに誘ってた…。」
「おやおや?アスールちゃんじゃないか。さっきぶりだね。元気にしてたかい?」
彼女はこちらへ手を振りながら、女性とダンスを踊り続ける。私達の存在に気づいてもなお、ダンスの足を止めるつもりは無いらしい。
「お取り込み中すまないが、その女性をこちらに渡して貰えないだろうか?」
「どうしてだい?彼女が何か、悪い事でもしたのかな?」
「正確にはまだしていませんが…詳しく話を聞きたいんです。ですから…」
「それなら渡せないなぁ。彼女は俺と踊ってるんだ。見ればわかるだろう?」
「あたしはあんたと踊りたくて踊ってるんじゃないのよー!何で踊りをやめられないの!?どうなってるのよ、これー!」
女性が叫ぶのと同時に、急な突風が吹いて彼女の帽子が宙に舞い上がった。帽子が無くなった彼女の頭に、立派な角が生えているのが見える。
「ま、魔族!?なんでこんな所に!?」
「おや…バレちゃったみたいだね。」
「おい貴様…!彼女に一体どんな魔法を…」
「バレちゃったなら仕方ない…。ここは逃げさせてもらうしかないね。また会おう。アスールちゃんとその仲間達!」
彼はその場でクルクルと回転し始め、目にも止まらぬ早さで回転した後に姿が見えなくなった。
「な、何だったの?あの魔族…。」
「ルスケア!彼女を!」
「あ、はい…!」
息を切らしながら地面に座り込む女性を捕まえ、ルスケアは彼女を役所へ連れて行った。
ユオダスとローゼが聞いた情報通り、大きな鳥の羽が付いた仮面を身につけていた彼女が不正取引をしていた貴族だと言う事が判明したのは、翌日になってからだった。
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