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第3章:使命
第35話
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「アスールくん。ちょっといいかな?」
玄関先の草花に水やりをしていると、ルスケアが私を見つけてこちらへ歩み寄って来た。
「…何?」
「今日は何か予定ある?」
「…よてー?」
「前もって決まってる用事とか、やりたい事があるかな?」
「…無い。」
「なら良かった。それなら、私と一緒にお出かけしない?」
「…お出かけ?」
周りの風景が、ものすごい速さで駆けていく。普段では味わえない疾走感に、私の心拍も早くなっていくのを感じた。
「アスールくん大丈夫?怖くない?」
「…へーき。」
ルスケアが手網を引く馬に乗り、私達はフォンミィを目指していた。彼の言うお出かけは、アロマで使う花を摘みにいく事らしい。
ジンガと馬に乗った時よりも強く風を受け、私の髪は後ろへ大きくなびいていた。
「もっと私に、もたれかかって良いよ。姿勢を正したままだと疲れちゃうから。」
「…分かった。」
後ろに跨る彼に背中を預けると、彼の体温が背中からじんわりと伝わってきた。馬上特有の揺れも相まって、何だかとても心地よく感じる。
「この前、ジンガくんと馬に乗ったんだってね。」
「…ゆっくり歩いた。」
「じゃあ、走るのはこれが初めてかな?」
「…早い。凄い。」
「本当は、ユオダスさんに反対されたんだけど…。どうしても連れて行きたいってお願いしたら、速歩までだったら良いって言ってもらえたんだ。」
「…はやーし?」
「馬には、4つの走り方があるんだ。歩く速度の常歩。小走りくらいの速歩。走る速度の駈歩。物凄い速さで走るのが襲歩。今私達が乗ってる馬が、速歩なんだ。」
「…早いけど早くない?」
「そうだね。馬からしたら、比較的ゆっくりなスピードだよ。」
「…馬、凄い。」
私は前方に伸びた、馬の首に手を触れた。風になびく毛を撫でると、馬が短く鳴き声をあげた。
目的の花畑に辿り着き、先に馬を降りたルスケアが私に向かって手を差し伸べる。その手を掴んで飛び降りると、彼は慌てて反対側の腕を伸ばした。
「わわっ…!」
宙に浮いた身体を彼が受け止め、その反動でくるりと1回転して地面に倒れ込んだ。
「いてて…。」
「…いい匂い。」
地面に咲いている花との距離が近くなり、私は甘い香りに包まれた。
「あはは…!そうだね。」
私の下敷きになった彼は、なぜだかとても生き生きとしていた。
それから花畑の中央に腰を下ろし、2人で花を摘み始める。
「…これは?」
「それはオキナグサだね。全草に細かい毛があるのが特徴だよ。」
「…こっちは?」
「それは…イベリスかな?甘い香りの花を咲かせる植物なんだ。」
「…甘い匂いする。」
「あっ…!シロツメクサが咲いてる。」
彼は少し離れた場所に咲く、小さな白い花を摘み取った。
「…どんな花?」
「これはね、花冠を作るのに最適なんだ。」
「…花かんむい?」
「一緒に作ってみる?簡単だからすぐ出来ると思うよ。」
「…みる。」
「じゃあ、この花をいっぱい摘んで貰える?あ、茎は長めに残してね。」
「…分かった。」
私はシロツメクサを沢山摘み取り、彼に教わりながら花冠を作り始めた。何本も何本も花を編み込んでいき、やがて大きな輪が出来あがった。
「…出来た?」
「うん。花冠は、こうやって頭に乗せるものなんだ。」
彼は私の手元から花冠を掴み取ると、私の頭上に腕を伸ばした。頭に何かが乗る感覚と共に、草花の香りが鼻を抜けていく。
「久しぶりに作ったら、私まで夢中になっちゃった。」
「…むちゅー?」
「物事に集中して取り組む事だよ。私もアロマを作ってると、つい夢中になって時間を忘れちゃう事があるんだ。」
「…むちゅー、良くない?」
「そんな事ないよ。夢中になれる物があるのは、とっても素敵な事だと思う。アスールくんにも、夢中になれる何かが見つかると良いね。」
私は彼と共に【夢中】の感情を体感したのだった。私を夢中にさせる素敵な物は、一体どこにあるのだろう?そんな事を考えながら、私達は摘んだ花を持って近くの水辺を訪れた。
「こんな所に湖なんてあったんだね…。」
「…みずーみ?」
「大きな水溜まりの事だよ。川や海とはちょっと違って、水の流れが無いのが特徴だね。」
「…雨が溜まった?」
「うーん…そこまではちょっと分からないなぁ。」
「…ビオレタに聞いてみる。」
「うん。それが良いね。」
「…あそこ、誰か居る。」
「え?どこ?」
湖の向こうに見える人影を指さすと、彼はその場にしゃがんで指の先に視線を移した。
男性と思われる人影は、その場にしゃがみ込んで花を摘み取った。匂いを嗅ぐような動作をしたかと思われたその瞬間…鮮やかな赤色の花が茶色く濁った色に変化していき、花びらがヒラヒラと舞い落ちていく。
「花が…枯れた?あんな事が出来るなんて…まさか魔族!?」
「…瞳、黒い。捕まえる?」
「私1人じゃ、難しいと思う…。相手がこっちに気付く前に、ここから離…」
彼は私の手を掴み、男性から後退る。しかし、足元で枝が折れる音が聞こえたのか、男性はこちらに気付き、近くの茂みに身を隠した。
「…居なくなった。」
「いや…まだ近くで様子を伺ってるはず…。今のうちに離れよう。」
「…あれ何?」
私は、湖の側に立っている大きな石の塊を指さす。石が立つと言う表現は、言葉として合っているか分からないが…石の塊は木をなぎ倒し、こちらへ向かってゆっくりと歩み寄っていた。
「なっ…何あれ!?」
「…石の塊?」
「私が足止めするから、急いで馬の所まで走って!」
彼は持っていたカゴを私に預け、腰に下げた剣を引き抜いた。言われた通りに来た道を戻って行き、馬の側へ駆け寄る。それなりに距離は離れているが、ここからでも剣を振る彼の姿が見えた。
石の塊は彼に向かって腕を振り上げ、地面を強く叩きつける。小石や砂が飛び散り、彼に向かって飛んでいく。
彼は石の塊を前に引く事なく立ち向かい、細い剣で中心部を何度も突き刺す。もちろん相手は石なので、少々岩肌が削れる程度では動きを止める事は無かった。
すると彼は剣を持つ方と反対の手を伸ばし、魔法の力で水を発射した。放たれた水は石の塊の足元を濡らし、彼は再び中心部に向かって剣を振る。足元が滑りやすくなったせいか、石の塊は後ろにバランスを崩し、湖から大きな水しぶきがあがった。
剣を収めてしばらく周囲を見渡し、彼はこちらへ向かって駆け寄って来た。
「アスールくん!あの大きな石の塊は!?」
「…ルスキャが水溜まりに落とした。」
「え?そうなの?」
自分でした事を、まるで他人事のように語る彼に首を傾げた。
「…覚えて無い?」
「あはは…。多分、レイピアを握ったんだね。」
「…レイピア?」
「私が使ってる武器の事だよ。剣先が尖ってて、斬ると言うより…突く事を目的とした剣をレイピアって言うんだ。」
「…細いのに折れない。不思議。」
「ローゼくんの特製だからね。彼が作る武器は、王様も認める逸品だし…っと!さっきの魔族がまた襲いかかって来るとも限らないから、そろそろ帰ろうか。」
再び馬に乗って帰って来た私達は、カゴを持ってルスケアの部屋に向かった。彼の部屋に置かれたテーブルの上に、見た事のない道具が並べられている。
「…これ何?」
「あ、これ?これは蒸留器って言って、花からオイルを抽出…ちょっとアスールくんには難しいかもしれないね。」
「…アロマ作るのに必要?」
「これを使ってアロマオイルを作るんだ。それなりに時間も手間もかかるんだけどね…。」
「…これから作れない?」
「それなら大丈夫。前もってオイルを作っておいたから、今日はこれを使おう。」
彼が取り出した液体はガラスの瓶に入っていて、陽の光を反射してキラキラと輝いて見えた。
「材料を準備するから、ちょっと座って待っててね。」
近くの椅子に腰を下ろし、私は窓の方へ視線を向けた。
「…窓キラキラ。」
「ん?あぁ…それは香水の瓶だね。」
「…アロマと何違う?」
「アロマは火をつけないと香りがしないけど、香水は液体を付けるだけで良いんだ。建物の中だけじゃなくて、外に出ても香りが長持ちするんだよ。」
「…作れる?」
「あーうん。材料があるから作れると思うけど…。アスールくんも香水が欲しいの?」
「…ビズにプレゼント。」
「え?ヴィーズ様に?」
「…靴買ってくれたお礼。お礼するならプレゼントが良いって、ビオレタ言ってた。」
「なるほどね。じゃあ…アロマを作った後に、香水も作ってみようか。」
以前買ってきた蜜蝋を溶かし、摘んで来た花びらとオイルを容器に流し込む。アロマが固まるのを待っている間に、彼は香水の材料をテーブルの上に並べ始めた。
透明な液体を瓶に注ぎ、細い棒を使ってオイルを数滴垂らして混ぜる。混ぜる度に香りが広がり、部屋の中がバニラの甘い香りに包まれた。
出来上がった香水を小さな瓶に詰め、青い色の紐で飾り付けた。
「…出来た?」
「うん。はいどうぞ。」
彼から瓶を受け取り、私はお礼の言葉を口にした。
「…ありがとう。」
「ふふっ。どういたしまして。」
「…どいたしまして?」
「ありがとうへの返事だよ。ヴィーズ様は今日お休みだから…建物のどこかには居ると思うよ。」
「…分かった。」
私は香水の瓶をポケットに入れ、彼の部屋を出た。廊下を歩きながら、ヴィーズの姿を探す。
「お?アスールやん。散歩しとるんかー?」
アルトゥンの声が聞こえ、後ろを振り返る。彼は、食材の入った紙袋を腕に抱えていていた。
「…ビズ探してる。」
「ヴィーズ?部屋に居らんかったん?」
「…鍵かかってた。」
「じゃあ、どっか出かけたんやろうなぁ。」
「…建物の中、居ない?」
「どうやろ?俺は見てへんから分からんけど…。」
「…探してみる。」
「お、おう!もうすぐ日が暮れるから、外行く時は誰かに声かけるんやでー?」
再び廊下を歩き出し、中庭や馬小屋の辺りをうろつくが彼の姿はどこにも見当たらなかった。
「どうしたアスール。捜し物か?」
2階から声が聞こえて上を見上げると、こちらを見下ろすユオダスの姿が見えた。階段を降りて来る彼に、私はヴィーズの居場所を尋ねる。
「…ビズどこ?」
「あぁ…。ヴィーズなら、多分裏山に居ると思うぞ。」
「…裏山?」
彼は窓の側に歩み寄り、外を指さした。視線の先に、緑が生い茂る盛り上がった大地が見える。
「建物の裏に小高い山が見えるな?あそこが裏山だ。」
「…外で何してる?」
「あいつは昔から、訓練する姿を人に見られるのが嫌いなんだ。だから、人が少ない裏山で隠れて訓練をしている。」
「…何で嫌?」
「気になるなら本人に聞いてみたらどうだ?俺が案内してやろう。ついて来い。」
外に出て馬小屋を通り過ぎ、奥にある木の柵に取り付けられた扉を開いた。緩やかな上り坂を登っていき、木々が生い茂る森の中へと足を踏み入れる。
「ここに危険な野生動物は居ないが…1人では来ないようにな。」
「…何で?」
「魔族や不審者が現れないとも限らないからだ。お前1人では対処出来ない。」
「…私もくんえんしたら、強くなる?」
「強くはなるだろうが…魔族の力は、我々人間を上回っている。対処出来る人間自体が、そう多くは無い。」
彼と話をしていると、遠くの方に立っているヴィーズを見つけた。氷の剣を握りしめ、前方をじっと見つめる彼はいつになく硬い表情をしている。
「…ビズいた。」
「何?ここからでも見えるのか?なら、俺は先に帰るからな。」
「…何で?」
「俺はヴィーズに用がある訳じゃない。夕飯までには帰って来るんだぞ?」
「…分かった。」
来た道を戻って行くユオダスを見送り、私は森の奥へ歩みを進める。風が木々を揺らす音と共に、空を斬る剣の音が耳に届く。
「っ…!誰!?」
ヴィーズは私の足音に気付き、声を上げた。辺りを見回す彼と目が合う。すると彼の顔は、強ばった表情から驚きの表情へと変化した。
「ア、アーちゃん?何で…」
「…ユオアス案内した。」
「ユーくんか…通りで…。」
彼は私から目を逸らし、手に握りしめた氷の剣が剣先からボロボロと砕け散った。
「…くんえん終わり?」
「うん…。今日はもう良いかな。」
「…何で隠れてくんえん?」
「見られたくないんだ。だってかっこ悪いでしょ?」
「…かっこ悪い?」
「…アーちゃんには分からないよね。ごめん。」
彼は私に背を向け、歩き出した。私は慌てて彼の後を追いかけ、手を握りしめた。
「…シュゾン、帰ろ。」
何も言わない彼の手は、いつも以上に酷く冷たかった。
玄関先の草花に水やりをしていると、ルスケアが私を見つけてこちらへ歩み寄って来た。
「…何?」
「今日は何か予定ある?」
「…よてー?」
「前もって決まってる用事とか、やりたい事があるかな?」
「…無い。」
「なら良かった。それなら、私と一緒にお出かけしない?」
「…お出かけ?」
周りの風景が、ものすごい速さで駆けていく。普段では味わえない疾走感に、私の心拍も早くなっていくのを感じた。
「アスールくん大丈夫?怖くない?」
「…へーき。」
ルスケアが手網を引く馬に乗り、私達はフォンミィを目指していた。彼の言うお出かけは、アロマで使う花を摘みにいく事らしい。
ジンガと馬に乗った時よりも強く風を受け、私の髪は後ろへ大きくなびいていた。
「もっと私に、もたれかかって良いよ。姿勢を正したままだと疲れちゃうから。」
「…分かった。」
後ろに跨る彼に背中を預けると、彼の体温が背中からじんわりと伝わってきた。馬上特有の揺れも相まって、何だかとても心地よく感じる。
「この前、ジンガくんと馬に乗ったんだってね。」
「…ゆっくり歩いた。」
「じゃあ、走るのはこれが初めてかな?」
「…早い。凄い。」
「本当は、ユオダスさんに反対されたんだけど…。どうしても連れて行きたいってお願いしたら、速歩までだったら良いって言ってもらえたんだ。」
「…はやーし?」
「馬には、4つの走り方があるんだ。歩く速度の常歩。小走りくらいの速歩。走る速度の駈歩。物凄い速さで走るのが襲歩。今私達が乗ってる馬が、速歩なんだ。」
「…早いけど早くない?」
「そうだね。馬からしたら、比較的ゆっくりなスピードだよ。」
「…馬、凄い。」
私は前方に伸びた、馬の首に手を触れた。風になびく毛を撫でると、馬が短く鳴き声をあげた。
目的の花畑に辿り着き、先に馬を降りたルスケアが私に向かって手を差し伸べる。その手を掴んで飛び降りると、彼は慌てて反対側の腕を伸ばした。
「わわっ…!」
宙に浮いた身体を彼が受け止め、その反動でくるりと1回転して地面に倒れ込んだ。
「いてて…。」
「…いい匂い。」
地面に咲いている花との距離が近くなり、私は甘い香りに包まれた。
「あはは…!そうだね。」
私の下敷きになった彼は、なぜだかとても生き生きとしていた。
それから花畑の中央に腰を下ろし、2人で花を摘み始める。
「…これは?」
「それはオキナグサだね。全草に細かい毛があるのが特徴だよ。」
「…こっちは?」
「それは…イベリスかな?甘い香りの花を咲かせる植物なんだ。」
「…甘い匂いする。」
「あっ…!シロツメクサが咲いてる。」
彼は少し離れた場所に咲く、小さな白い花を摘み取った。
「…どんな花?」
「これはね、花冠を作るのに最適なんだ。」
「…花かんむい?」
「一緒に作ってみる?簡単だからすぐ出来ると思うよ。」
「…みる。」
「じゃあ、この花をいっぱい摘んで貰える?あ、茎は長めに残してね。」
「…分かった。」
私はシロツメクサを沢山摘み取り、彼に教わりながら花冠を作り始めた。何本も何本も花を編み込んでいき、やがて大きな輪が出来あがった。
「…出来た?」
「うん。花冠は、こうやって頭に乗せるものなんだ。」
彼は私の手元から花冠を掴み取ると、私の頭上に腕を伸ばした。頭に何かが乗る感覚と共に、草花の香りが鼻を抜けていく。
「久しぶりに作ったら、私まで夢中になっちゃった。」
「…むちゅー?」
「物事に集中して取り組む事だよ。私もアロマを作ってると、つい夢中になって時間を忘れちゃう事があるんだ。」
「…むちゅー、良くない?」
「そんな事ないよ。夢中になれる物があるのは、とっても素敵な事だと思う。アスールくんにも、夢中になれる何かが見つかると良いね。」
私は彼と共に【夢中】の感情を体感したのだった。私を夢中にさせる素敵な物は、一体どこにあるのだろう?そんな事を考えながら、私達は摘んだ花を持って近くの水辺を訪れた。
「こんな所に湖なんてあったんだね…。」
「…みずーみ?」
「大きな水溜まりの事だよ。川や海とはちょっと違って、水の流れが無いのが特徴だね。」
「…雨が溜まった?」
「うーん…そこまではちょっと分からないなぁ。」
「…ビオレタに聞いてみる。」
「うん。それが良いね。」
「…あそこ、誰か居る。」
「え?どこ?」
湖の向こうに見える人影を指さすと、彼はその場にしゃがんで指の先に視線を移した。
男性と思われる人影は、その場にしゃがみ込んで花を摘み取った。匂いを嗅ぐような動作をしたかと思われたその瞬間…鮮やかな赤色の花が茶色く濁った色に変化していき、花びらがヒラヒラと舞い落ちていく。
「花が…枯れた?あんな事が出来るなんて…まさか魔族!?」
「…瞳、黒い。捕まえる?」
「私1人じゃ、難しいと思う…。相手がこっちに気付く前に、ここから離…」
彼は私の手を掴み、男性から後退る。しかし、足元で枝が折れる音が聞こえたのか、男性はこちらに気付き、近くの茂みに身を隠した。
「…居なくなった。」
「いや…まだ近くで様子を伺ってるはず…。今のうちに離れよう。」
「…あれ何?」
私は、湖の側に立っている大きな石の塊を指さす。石が立つと言う表現は、言葉として合っているか分からないが…石の塊は木をなぎ倒し、こちらへ向かってゆっくりと歩み寄っていた。
「なっ…何あれ!?」
「…石の塊?」
「私が足止めするから、急いで馬の所まで走って!」
彼は持っていたカゴを私に預け、腰に下げた剣を引き抜いた。言われた通りに来た道を戻って行き、馬の側へ駆け寄る。それなりに距離は離れているが、ここからでも剣を振る彼の姿が見えた。
石の塊は彼に向かって腕を振り上げ、地面を強く叩きつける。小石や砂が飛び散り、彼に向かって飛んでいく。
彼は石の塊を前に引く事なく立ち向かい、細い剣で中心部を何度も突き刺す。もちろん相手は石なので、少々岩肌が削れる程度では動きを止める事は無かった。
すると彼は剣を持つ方と反対の手を伸ばし、魔法の力で水を発射した。放たれた水は石の塊の足元を濡らし、彼は再び中心部に向かって剣を振る。足元が滑りやすくなったせいか、石の塊は後ろにバランスを崩し、湖から大きな水しぶきがあがった。
剣を収めてしばらく周囲を見渡し、彼はこちらへ向かって駆け寄って来た。
「アスールくん!あの大きな石の塊は!?」
「…ルスキャが水溜まりに落とした。」
「え?そうなの?」
自分でした事を、まるで他人事のように語る彼に首を傾げた。
「…覚えて無い?」
「あはは…。多分、レイピアを握ったんだね。」
「…レイピア?」
「私が使ってる武器の事だよ。剣先が尖ってて、斬ると言うより…突く事を目的とした剣をレイピアって言うんだ。」
「…細いのに折れない。不思議。」
「ローゼくんの特製だからね。彼が作る武器は、王様も認める逸品だし…っと!さっきの魔族がまた襲いかかって来るとも限らないから、そろそろ帰ろうか。」
再び馬に乗って帰って来た私達は、カゴを持ってルスケアの部屋に向かった。彼の部屋に置かれたテーブルの上に、見た事のない道具が並べられている。
「…これ何?」
「あ、これ?これは蒸留器って言って、花からオイルを抽出…ちょっとアスールくんには難しいかもしれないね。」
「…アロマ作るのに必要?」
「これを使ってアロマオイルを作るんだ。それなりに時間も手間もかかるんだけどね…。」
「…これから作れない?」
「それなら大丈夫。前もってオイルを作っておいたから、今日はこれを使おう。」
彼が取り出した液体はガラスの瓶に入っていて、陽の光を反射してキラキラと輝いて見えた。
「材料を準備するから、ちょっと座って待っててね。」
近くの椅子に腰を下ろし、私は窓の方へ視線を向けた。
「…窓キラキラ。」
「ん?あぁ…それは香水の瓶だね。」
「…アロマと何違う?」
「アロマは火をつけないと香りがしないけど、香水は液体を付けるだけで良いんだ。建物の中だけじゃなくて、外に出ても香りが長持ちするんだよ。」
「…作れる?」
「あーうん。材料があるから作れると思うけど…。アスールくんも香水が欲しいの?」
「…ビズにプレゼント。」
「え?ヴィーズ様に?」
「…靴買ってくれたお礼。お礼するならプレゼントが良いって、ビオレタ言ってた。」
「なるほどね。じゃあ…アロマを作った後に、香水も作ってみようか。」
以前買ってきた蜜蝋を溶かし、摘んで来た花びらとオイルを容器に流し込む。アロマが固まるのを待っている間に、彼は香水の材料をテーブルの上に並べ始めた。
透明な液体を瓶に注ぎ、細い棒を使ってオイルを数滴垂らして混ぜる。混ぜる度に香りが広がり、部屋の中がバニラの甘い香りに包まれた。
出来上がった香水を小さな瓶に詰め、青い色の紐で飾り付けた。
「…出来た?」
「うん。はいどうぞ。」
彼から瓶を受け取り、私はお礼の言葉を口にした。
「…ありがとう。」
「ふふっ。どういたしまして。」
「…どいたしまして?」
「ありがとうへの返事だよ。ヴィーズ様は今日お休みだから…建物のどこかには居ると思うよ。」
「…分かった。」
私は香水の瓶をポケットに入れ、彼の部屋を出た。廊下を歩きながら、ヴィーズの姿を探す。
「お?アスールやん。散歩しとるんかー?」
アルトゥンの声が聞こえ、後ろを振り返る。彼は、食材の入った紙袋を腕に抱えていていた。
「…ビズ探してる。」
「ヴィーズ?部屋に居らんかったん?」
「…鍵かかってた。」
「じゃあ、どっか出かけたんやろうなぁ。」
「…建物の中、居ない?」
「どうやろ?俺は見てへんから分からんけど…。」
「…探してみる。」
「お、おう!もうすぐ日が暮れるから、外行く時は誰かに声かけるんやでー?」
再び廊下を歩き出し、中庭や馬小屋の辺りをうろつくが彼の姿はどこにも見当たらなかった。
「どうしたアスール。捜し物か?」
2階から声が聞こえて上を見上げると、こちらを見下ろすユオダスの姿が見えた。階段を降りて来る彼に、私はヴィーズの居場所を尋ねる。
「…ビズどこ?」
「あぁ…。ヴィーズなら、多分裏山に居ると思うぞ。」
「…裏山?」
彼は窓の側に歩み寄り、外を指さした。視線の先に、緑が生い茂る盛り上がった大地が見える。
「建物の裏に小高い山が見えるな?あそこが裏山だ。」
「…外で何してる?」
「あいつは昔から、訓練する姿を人に見られるのが嫌いなんだ。だから、人が少ない裏山で隠れて訓練をしている。」
「…何で嫌?」
「気になるなら本人に聞いてみたらどうだ?俺が案内してやろう。ついて来い。」
外に出て馬小屋を通り過ぎ、奥にある木の柵に取り付けられた扉を開いた。緩やかな上り坂を登っていき、木々が生い茂る森の中へと足を踏み入れる。
「ここに危険な野生動物は居ないが…1人では来ないようにな。」
「…何で?」
「魔族や不審者が現れないとも限らないからだ。お前1人では対処出来ない。」
「…私もくんえんしたら、強くなる?」
「強くはなるだろうが…魔族の力は、我々人間を上回っている。対処出来る人間自体が、そう多くは無い。」
彼と話をしていると、遠くの方に立っているヴィーズを見つけた。氷の剣を握りしめ、前方をじっと見つめる彼はいつになく硬い表情をしている。
「…ビズいた。」
「何?ここからでも見えるのか?なら、俺は先に帰るからな。」
「…何で?」
「俺はヴィーズに用がある訳じゃない。夕飯までには帰って来るんだぞ?」
「…分かった。」
来た道を戻って行くユオダスを見送り、私は森の奥へ歩みを進める。風が木々を揺らす音と共に、空を斬る剣の音が耳に届く。
「っ…!誰!?」
ヴィーズは私の足音に気付き、声を上げた。辺りを見回す彼と目が合う。すると彼の顔は、強ばった表情から驚きの表情へと変化した。
「ア、アーちゃん?何で…」
「…ユオアス案内した。」
「ユーくんか…通りで…。」
彼は私から目を逸らし、手に握りしめた氷の剣が剣先からボロボロと砕け散った。
「…くんえん終わり?」
「うん…。今日はもう良いかな。」
「…何で隠れてくんえん?」
「見られたくないんだ。だってかっこ悪いでしょ?」
「…かっこ悪い?」
「…アーちゃんには分からないよね。ごめん。」
彼は私に背を向け、歩き出した。私は慌てて彼の後を追いかけ、手を握りしめた。
「…シュゾン、帰ろ。」
何も言わない彼の手は、いつも以上に酷く冷たかった。
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