青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

文字の大きさ
71 / 88
第7章:移りゆく季節

第70話

しおりを挟む
「アーちゃん!行こう!海に!」
「...海?」

食事をしている私の元へ、勢いよく扉を開いたヴィーズがやって来た。近くに座ってグラスを磨いていたグリが、呆れた様な表情を浮かべる。

「何言ってんだ?突然。」
「最近、暑くなって来たでしょ?そろそろ、海水浴に行きたいなーと思って。」 
「...かいすいおくって何?」
「海に行って遊ぶんだ。海で泳いだり、ビーチで砂遊びをしたり、日差しで肌を焼いたり...。海で出来る事は色々あるから、退屈しないし楽しいと思うよ?」

泳いだ事も砂遊びをした事も無かった私は、彼の言葉にとても興味が湧いた。

「おいヴィーズ。てめぇ1人で連れてくつもりか?」
「そのつもりだけど...あ!グリくんも一緒に行きたかった?」
「違ぇよ。2人じゃ危なくねぇかって事だ。」
「僕がちゃんと見てるから大丈夫だよ。先に戻って準備してくるね。食べ終わったら部屋で待ってて。迎えに行くから。」

私の返事を待つ事無く、彼は食堂を後にした。そんな彼を見て、グリは小さなため息をつく。

「あいつ...完全に浮かれてやがるな。」
「...浮かれ?」
「気ぃ抜いて、変な奴に絡まれねぇと良いが...。」
「...絡まれ?」
「アスール。絶対にヴィーズと離れんなよ?」
「...分かった。」
「それと、知らねぇ奴には...」
「...ついて行かない。」
「...本当に分かってんだろうな?」

騎士から離れず、知らない人にはついて行かない。それは、今までに何度も言い聞かされた言葉だ。
食事を終えて部屋に戻り、準備を整えたヴィーズと共に玄関へ向かった。建物の外は強い日差しが降り注ぎ、肌を撫でる風が熱気を運んでくる。

「...ねぇアーちゃん。前は、手や身体に触れるの抵抗無かったよね?どうして今は嫌なの?」
「...怖いから。」
「それって、昔の怖かった出来事を思い出したって事?」
「...分からない。」
「うーん...。一度は心を許してもらえたと思ったのに、残念だなぁ...。」
「...心許す?」
「うん。仲良くなった...というか、信用してもらえたのがすごく嬉しかったんだ。」

信用という言葉は、以前モーヴが教えてくれた言葉の1つだ。相手の言葉や行動が、嘘ではなく本当であると信じる事を意味している。

「...ビズの事、しんよーしてる。」
「でも怖いんでしょ?それって、僕に怖い事されるんじゃないかって、心のどこかで思ってるって事だと思うよ。」
「...そうなの?」
「アーちゃんの気持ちは、アーちゃんにしか分からないよ。でも、僕の気持ちは出会った時から変わってない。君の家族を見つけて、幸せに暮らして欲しい...と思ってる。」
「...幸せ?」

首を傾げる私の前に、彼は腰を下ろした。同じ高さに並んだ水色の瞳が、私を真っ直ぐ見つめている。
彼に初めて出会った時、その瞳の輝きに吸い込まれそうになった事を思い出した。

「無くした記憶も感情も、僕が一緒に取り戻してあげる。だから、アーちゃんも僕を信じて一緒に頑張って欲しいな。」

目の前に差し出された手に、恐る恐る手を重ねた。
彼の体温が、冷えきった私の手をじんわりと温める。以前は冷たいと感じた彼の手が、今は心地よい温かさに思えた。

「...分かった。」
「よし!それじゃ、まずは水着を見に行こうか。」
「...水着?」
「服のまま水に入ったら風邪をひいちゃうでしょ?だから、濡れても大丈夫な服に着替えなきゃ。」
「...分かった。」

彼の案内でやって来た店は、様々な形の服が置かれていたが、今までに見た事の無い形状をしていた。
自分ではよく分からなかったので、店で働く女性に選んでもらい、それを購入して海へ向かった。



「ねーねー。お兄さんも一緒に遊ぼー?」

海辺に用意されたテントで水着に着替えると、外で待っていたヴィーズが見知らぬ女性と話をしていた。

「ごめんね。お誘いは嬉しいけど、先約が居るんだ。」
「あたし達、複数人で遊ぶのも全然おっけーだよー?」
「あの子を1人にさせられないから、僕が見て...あ。アーちゃん!」

手を振りながら駆け寄ってくる彼は、服を脱いだ上半身にフードの着いた上着を羽織り、膝上丈の短いズボンを着用している。

「...それ水着?」
「うん。昨年はルーくんと来たから、その時に買ったんだ。」
「えー!かわいー!この子、お兄さんの妹ちゃん?」
「お姉さん達と、一緒に遊ばないー?」

先程、彼と話をしていた女性達が私の元へ歩み寄る。すると、彼の背後から現れた男性の物と思われる腕が、ヴィーズの肩からぶらりと垂れ下がった。

「こんな所で、油売ってたのか?」
「あれ?グリくん?何でここ...」
「向こうでジンガが探してんぞ?...悪ぃけど、こいつもそいつも俺の連れなんで。行くぞアスール。」

女性達の間を抜けて、海に向かって歩き出した2人の後を追いかける。今朝の会話では、グリはここへ来ないと言っていたはずだ。

「...グイもかいすいおく?」
「違ぇよ。監視役だ監視役。」
「...監視?」
「僕1人でも大丈夫って言ったのに。」
「さっきみたいに、女に絡まれてもか?話をしてる間に、こいつがどっか行ったらどうすんだよ。」
「なーんだ。グリくんは僕じゃなくて、アーちゃんの事を心配し...」
「監視つったろ。迷子やら事件やらに巻き込まれたら、こっちが迷惑すんだよ。」
「...それも心配?」
「迷惑と心配は違ぇよ。」
「ところで、向こうにジンくんがいるって言ってたけど...本当に来てるの?」
「いる訳ねぇだろ。あんなの嘘に決まっ...」
「...ジガいた。」
「はぁ!?あいつ...まさか、俺の後をつけて来たんじゃ...。」

私の目線の先に、細長い棒とバケツを持っているジンガの姿がある。グリは外出用の服を着ているが、彼の格好はヴィーズの水着と似た服を着用していた。

「副団長に治癒士に調理師...全員揃っているな。」
「おいジンガ。留守番を頼んだはずなのに、何でここに居んだよ。」
「それなら書士に任せて来た。」
「あいつの仕事を増やしてどうすんだよ...。」
「ねぇ。ジンくんが持ってるそれ、釣り道具だよね?釣りをする為に来たの?」
「あぁ。魚が取れれば夕飯の足しになるし、魚が取れるまでの間、治癒士の監視も出来る。竿は2本用意したから、副団長も一緒にどうだ?」
「ぼ、僕は遠慮しておこうかな...。せっかく海に来たなら、泳ぎたいし。」
「なら、俺とジンガで釣りするか。アスールを連れてくなら、あんま沖まで行くんじゃねぇぞ?」
「もちろんそのつもりだよ。泳ぐ事自体、初めてかもしれないしね。」
「…どうしたら泳げる?」
「僕がちゃんと教えてあげるから、まずは準備運動から始めようか。」

ジンガとグリの元を離れ、波が打ち寄せる砂浜へとやって来た。

「泳ぐ時は普段使わない筋肉を使うから、怪我をしないように前もってほぐしておく必要があるんだ。今から僕がやる動きを、真似してみて。」
「...分かった。」

彼の動作を真似しながら、大きく身体を動かした。すると今度は、砂の上に座り込み、脚を伸ばし始める。

「あ、ちょっと待って...!アーちゃんは立ったまま、僕の背中をゆっくり押してくれないかな?」
「...それも運動?」
「立った状態よりも、こうして地面に座った方が、もも裏がよく伸びるんだ。アーちゃんの背中は僕が押してあげるから、まずはやってみてくれる?」

彼の背後へ回り込み、背中に両手を当てて、力を込める。

「...こう?」
「もっと強くても良いよ?」
「...分かった。」

言われた通り、彼の背中に向かって思い切り力を込めた。

「痛たたた!!!」

悲鳴をあげるヴィーズの声に驚き、慌てて手を離す。すると、彼は両足を抱え込み、その場にうずくまってしまった。

「...っ!怪我どこ?どこ痛い?」
「ふふ...あはは!」

突然笑い出す彼を見て、私は首を傾げる。

「...何で笑う?」
「あはは...ごめんごめん。ちょっとからかおうと思ったら、アーちゃんがあまりにも真剣だったから...可笑しくて。」
「...からかおうと?」
「からかうって言うのは...わざと嘘をついて、相手の反応を見る事だよ。嘘をつくのは良くない事だけど、親しい間柄の場合は例外もあるんだ。」
「...よく分からないけど分かった。」

彼が痛くないであろう力加減で背中を押し、身体を伸ばしていく。

「じゃあ次はアーちゃんの番ね。僕も思いっきりしてあげるから、任せてよ。」
「...嫌。怪我したくない。」
「冗談冗談...!ちゃんと優しくするから安心して?」
「...本当?」
「あれ?僕の事信用してるんじゃなかった?」
「.........任せる。」
「痛かったら言ってね?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...