青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

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第7章:移りゆく季節

第76話

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「アーちゃーん。準備出来たー?」

食事の後、自室で着替えをしている私の元にヴィーズがやって来た。上着のボタンを留めながら、彼の方を振り返ると、その視線はベッドの上に横たわるクロマの方へ向いている。

「あれ?こんなぬいぐるみ、いつの間に…。」
「…部屋に落ちてた。」
「誰かが買ってきて置いたのかな?フワフワで可愛いね。」

彼はクロマを両手で掴み取り、頭や身体を撫で始める。何か不審な所がないか、探っているかの様な手つきに見えた。

「…準備、終わった。」
「あ、うん。それじゃ、ガルセク王子を迎えに行こうか。」



今回の依頼は、ガルセク王子とアウルムを連れ、ソンブルと言う村へ送り届けるというものだ。その村に風の精霊が祀られた祠があり、王子はそこで祈りを捧げて国の繁栄を願うのだと言う。
そんな話を聞かされているうちに、馬車はあっという間に目的の村へ到着した。

「送迎ご苦労。俺達が戻るまで好きに過ごせ。」
「分かりました。そうさせて頂きます。」
「…私も?」
「そうッスね。今日の目的は、ガルセク様が祠へ行く事なんで…護衛は俺1人で十分ッス。」
「…私、何で来た?」
「いちいち理由が必要か?どうせ暇だと思ったから、連れて来ただけだ。…みなまで言わせるな。」

王子は言葉を吐き捨てるようにそう言い残し、アウルムを連れて村の奥へ姿を消した。

「きっとアーちゃんに、この村を観光させたかったんだね。」
「…暇だから?」
「それは彼なりの照れ隠しで、本当は家族の手がかりを見つけて欲しいんだと思うな。せっかくの機会だし、村を見て回ろうよ。」
「…分かった。」

村の賑わいは、ビエントの街中よりも静かで人の姿もまばらだった。何より特徴的なのは、この辺一帯が、高い山に挟まれた渓谷と呼ばれる土地だという事だ。陽の光が差し込みにくく、まだ昼間だと言うのに街灯の明かりが道を照らしている。
建物が立ち並ぶ広場を歩いていると、上から吹き降ろす様な突風が私達に襲いかかった。

ーカラカラカラ!

頭上からガラスがぶつかり合う様な音が聞こえ、両耳に手を当ててその場に蹲る。
隣を歩いていたヴィーズが、すかさず私の前に回り込み、地面に膝を着いた。

「大丈夫?今の…怖かった?」
「…風強い。」
「ビックリしたよね…。手を繋いで歩こうか?」
「…へーき。」

その場に立ち上がると、私の方を見上げる彼の表情が、何か言いたそうにしていた。

「この辺りは、精霊の力が強いから時折強い風が吹くって言われてるんだ。…でも大丈夫。僕に良い考えがあるよ。」

すると彼は自身の肩に手を伸ばし、慣れた手つきでマントを外した。風を上手く包み込み、ふわりと広がった青い布が私の頭上に覆い被さる。

「これでどう?」

マントに頭が包み込まれ、彼の声がいつもより小さく聞こえる。再び強風が襲いかかるが、先程のような恐怖は感じなかった。
不思議と落ち着いた気分になれるのは、耳が包まれて音が小さく聞こえるからなのか…彼が身に纏う、バニラの香りがするからなのか…真意は定かでは無い。

「…ビズは?」
「僕は怖いんじゃなくて嫌なだけだから、我慢できるよ。ア…ー…ル…が怖くなかったらそれで良い。」

彼の口から、アーブルという言葉が聞こえたような気がした。

「…アーブル知ってる?」
「アーブル?アーちゃんの知り合い?」
「…知らない。」
「音を聞こえにくくしたから、聞き間違えたのかな?」
「…そうかも。」
「もう怖くないみたいだね。それじゃあ、向こうの…」
「やめろよ!」

音が聞こえにくくなったにも関わらず、少年の様な叫び声が私の耳に届いた。
視線の先に、私と同じくらいの背丈の子供達が数人で輪を作り、中央に1人の少女が座り込んでいるのが見える。
私達は吸い寄せられるかの様に、彼等の元へ歩み寄った。

「君達、ちょっと良いかな?何か揉めてるみたいだけど…どうかしたの?」
「あっ…。」
「な、なんでもないです!早く行こーぜ!」
「え?あ…ちょっ…!」

引き留めようとするヴィーズの横をすり抜けて、少年達は散り散りに走り去って行った。ただ1人、地面に座り込む少女を残して。

「大丈夫?」
「あ…ありがとうお兄ちゃん!」
「どういたしまして。怪我はしてない?」
「うん!」

差し出された彼の手を取り、少女はその場にゆっくり立ち上がった。服の裾を手で叩き、地面の土を払い落とす。

「さっきの子達に、意地悪されたの?」
「ち、違うよ!あたしが悪いの…!急に花を咲かせたから、ビックリさせちゃって…。」
「花を咲かせるって事は…魔法が使えるの?」
「え!?どうして分かるの?」

彼女の目の前に手の平を広げ、ヴィーズは氷の塊を作り出した。こうして彼が魔法の力を使い、氷を生み出す所は何度か見た事がある。

「僕も魔法で花を作れるんだ。君が言うように、咲かせるとは少し違うけどね。」
「すごーい!氷で出来たお花なんて、初めて見たわ!」
「この子も魔法が使えるよ。」
「そうなの!?」
「…花咲く、出来ない。咲くの見たい。」 
「お、驚くかもしれないよ…?」
「驚いても、君を傷付けるような事はしないよ。だから、少しだけ見せて貰えないかな?」
「…分かった。お兄ちゃんの素敵なお花に負けないくらい、綺麗なお花を咲かせるね。」

少女は胸に手を当て、大きく息を吸い込んだ。彼女の声が音を奏で、優しい歌声に包まれる。
すると、地面から次々と植物が生え始め、私達の周囲があっという間に花畑になった。

「おいメレ!何をしておる!」

地面に落とした視線を戻すと、彼女の後ろから杖を持った男性が歩み寄って来るのが見える。メレと呼ばれた少女は、歌う事をやめて後ろを振り返った。

「あっ...おじいちゃん...。」
「村の中では魔法を使うなと、あれ程言っとったのに...!」
「ご、ごめんなさい...!」
「僕が彼女にお願いしたんです。彼女を責めないであげて下さい。」
「あんたらは旅人さんかね?今見た事は、村の者に言わんでくれんか。」
「はい...分かりました。」
「婆さんが待っとる。帰るぞメレ。」
「お兄ちゃん達...またね。」

大きく手を振る彼女の表情は、どこか悲しげだった。



「歌声で花を咲かせる魔法かぁ...。それは俺も見てみたかったッスね。」
「...凄いだった。」

用事を終えたアウルムとガルセク王子の2人と合流し、先程会った少女の話をした。村の出入口に建てられた門が、歩みを進めるにつれてどんどん小さくなっていく。

「にわかには信じがたい話だな。地属性の魔法の一種か?」
「いえ。彼女はティールサファイアアイでした。くすんではいましたが、風属性の魔法かと。」
「...チールサハイア?」
「濃い緑...って感じッスかね。あそこに生えてる木の緑に、少し黒を足した感じの色ッス。」

アウルムの指が、街道沿いに生えた木を指し示す。汗ばむ季節を迎え、自然の緑がより一層鮮やかになったのを目の当たりにした。

「黒と言ったか?まさかそいつは魔族じゃないだろうな。」
「ま、まさか...!こんな所に暮らしてる魔族なんて居ないッスよ!」
「彼女には、おじいさんが居るようでした。魔族とは考えにくいと思います。」
「悪さをしなければ、目立つ事が無い小さい村だ。魔族が潜んでいてもおかしくな...」

ーゴゴゴゴ

村の門をくぐってしばらくしてから、遠くの方で岩が崩れるような音が聞こえて来た。私はその場で歩みを止め、ヴィーズは村の方を振り返る。

「どうかしたんッスか?」
「村の方から、地響きの様なものが...。」
「...見てくる。」
「あ、おい青女!」
「お2人はここで待機を...!僕が様子を見て来ます。」

ヴィーズと共に村へ駆け戻ると、崩れた崖が建物を押し潰し、大きな土砂の山が出来ていた。

「...土いっぱい。」
「ここの建物の住人は?」
「え?えぇ...確か、若い夫婦とお子さんが居たと思うけど...。」
「うわぁぁぁーん!ママー!パパー!」

近くの村人に、状況の聞き込みをしていると、土砂の近くで泣きじゃくる子供の姿を見つけた。少年の服や顔には、土と思われる汚れが付着している。

「君はこの家に住んでる子?」
「だ、誰...?」
「パパとママを助けに来たんだ。建物の中に居るのかい?」
「助けてくれるの!?お願いお兄ちゃん!ママとパパを助けて!」
「分かった。僕に任せて。...アーちゃんは、この子の怪我を治してくれる?」
「...分かった。」

少年の治療をする間、ヴィーズは土砂に向かって勢いよく水を発射していた。
彼は氷だけでなく、水属性の魔法も扱う事が出来る。そもそも氷という属性は存在せず、水属性の一部なのだとビオレータから聞いた事があった。私が光だけでなく、電気を放つ事が出来るのも同じ原理だと言う。

「っ...。量が多すぎてキリがない...。急がないといけないのに...。」

水が打ち付ける音ともに、彼の口から焦りの言葉が漏れる。水を流し続けているが、彼一人では手に負えない量なのだろう。

「アーちゃん!ガルセク様とアウルム様を呼んで来てくれる?彼等の助けが必要なんだ!」
「...分かった。」

様子を見に集まった村人達の間を、縫うように走り抜け、村の外で待つ2人の元へ急いだ。
事情を説明し、彼等を連れて村に戻ると、土砂の前でしゃがみ込むヴィーズの姿があった。彼の背中から、横たわる子供の脚が除き見える。

「...ビズ?」
「ヴィーズ!下敷きになった人達は、どこに...」
「全員無事です。彼女が...助けてくれました。」

彼の腕に抱かれていたのは、先程出会った少女のメレだった。彼女は目をつぶり、眠ったように動かなくなっている。

「え?この子が...助けたんッスか?」

周囲を見渡すと、先程までは無かった木の根が、建物に覆いかぶさった土砂をかき分けるように生えている事に気がついた。

「...エレのまほー?」
「うん...。彼女の歌で、大きな木の根っこが地面から生えてきて...。埋まった人達を外に連れ出してくれたんだ。」
「みんな助かったって事ッスよね?何でそんなに悲しそうな顔...。」
「よせアウルム。...見れば分かるだろう。」

彼等の視線が、メレに集まる。何かを察したのか、アウルムの表情が曇り始めた。
私はヴィーズの上着に手を伸ばし、彼女の治療を申し出る。

「アーちゃん...彼女は、怪我してる訳じゃ無いよ。」
「...寝てる?」
「青女。魔力を限界まで使い果たしたら、俺達はどうなるか分かるか?」
「...死ぬ。」
「そうだ。それが今の...この少女の状況だ。」

王子の言葉で、私はようやくメレの死に直面した。
つい先程まで笑顔で歌っていた少女が、笑顔だけでなく命までも失ってしまった。
身体の奥から込み上げてくる感情が視界を滲ませ、目から溢れ出した水が頬を伝い、足元に咲いていた1輪の花に潤いを与えた。
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