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第15章︰夢のような時間
第133話
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「ルカ。入るぞ。」
翌日、ライガが僕の部屋へやって来た。ベッドの端に座って一緒に本を読んでいたルナが、立ち上がって彼の元に近づいていく。
「朝早くにどうしたの?」
「昨日、コウ様から頂いた推薦状の件で話があって来た。…話し合いの結果、お前をレジデンスの幹部にする事が決まった。」
「やったー!よかったね、ルカ!」
「う、うん…!でもいいの?7人になっちゃうけど…。」
「元々ルナが幹部だったからな。今回は特例という事で了承を得た。」
「そっか…。ありがとうライガ!」
「別に礼は要らない。今後は幹部として恥じぬよう、ヴェラからしっかり指導を受けろ。」
「わかった!」
彼は要件を言い終えると、早々に部屋を出て行った。
「この事、早くヴェラに話した方がいいんじゃない?今日からでも、薬の事色々教えて貰おうよ!」
「そうだね!」
僕は部屋を飛び出して、ヴェラの元へ向かった。
「ならまずは、薬草集めからだな。」
「え~。ストックとかないの?」
「お前達の為にストックを使えると思うか?必要な薬草は、この紙にまとめておいた。これを見ながら集めてきなさい。」
「う、うん。わかった…!」
タクトが服用している血の生成を促す薬メタンギシスを作る為、森へ材料を集めに出かけた。
レジデンスの近くにある森の中で、ミグとルナの2人と共に薬草を詰み始めた。
「なぁルカ。なんで劇薬だって言われてるこの薬を作るんだ?副作用を無くす為に、改良するって話だったろ?」
「改良する前に、元になる薬が作れない事には、どこを改良したらいいかわからないでしょ?まずは作れる様になってから、色んな薬草を組み合わせてみるのがいいと思うんだ。」
「そうか…なるほどな。」
「ミグは頭で考えるんじゃなくて、手足を動かせばいいの!」
「…はいはい。」
「ルナもだよ?こき使う訳じゃないけど…沢山必要だから、頑張って集めてね?」
「…はぁ~い。」
集め終えた薬草を持ち帰ると、ヴェラの部屋の隣にある薬剤室へと運び込んだ。
「よーし!これでようやく、薬の調合が出来るね!」
「なんでお前が張り切ってるんだよ。作るのはルカだろ?」
「えー!?私も作ろうと思ってたのに!」
「ルナが作って悪いって事はないんだし、一緒に作ろっか。ミグは薬草をすり潰すのを手伝ってもらってもいい?」
「それはいいけど…長時間使い魔を使役してたら、お前が疲れないか?」
「吸血鬼の能力に慣れる為にわざとそうしてるの。大丈夫大丈夫!疲れたら休むから…!」
「無理すんなよ?倒れたら薬どころじゃなくなるんだからな?」
そう言って彼は、僕の頭を軽く撫でた。
本来使い魔は主の命令で動くものだが、彼はまるで兄のように僕の事を常に気にかけてくれている。
「ありがとうミグ。」
「もー。ミグは心配症だなぁ。」
「お前は心配しなさすぎだ。使い魔としての自覚を持て…!」
「はいはーい。」
「全く…。」
ミグの言葉を軽くあしらったルナを見て、彼は呆れた表情を浮かべた。
「あはは。僕には2人がいてくれれば、それだけで嬉しいよ。」
「ルカ…。」
「…そ、そろそろ作業を始めよっか!2人共お願いね。」
「うん!」「任せろ。」
「あ…。」
「…あっ。」
美味しそうな匂いにつられて食堂へやって来ると、調理場で料理をしているエレナと目が合った。
「…何かご用?」
「えと…美味しそうな匂いがしたから、つい…。何を作ってるの?」
「これは私とレーガの分ですわ。あなたの分まで作っていません。」
「そ、そうだよね…。」
「…もうすぐ終わりますから、後はご自分で好きに作ってくださいまし。」
「う、うん!ありがとうエレナ。」
椅子に座ってしばらく待っていると、彼女は出来上がった料理をトレーに乗せ、無言のまま食堂から立ち去って行った。
「エレナって呼んだのまずかったかな…。」
「同じ幹部なんだから、まずいって事はないだろ。まだ慣れてなくて、話をするのが気まずいだけじゃないか?」
僕の事を心配したミグが、隣に姿を現した。
「ルナみたいに、エレナと仲良く出来ればいいんだけど…。」
「流石にそれは無理だろ。男と女じゃ違うもんだって。」
「そっかぁ…。」
ルナを可愛がってくれた面倒見のいい彼女の事を、僕は姉のようだと思っていた。しかし今ではその面影もなく、冷たい態度を取っている彼女を見ると少々寂しい気持ちになる。
「それより、飯を食べに来たんだろ?なんか作ってやるから元気出せって。」
「あ、それならミグの得意料理、作り方を教えてくれない?」
「作り方を覚えてどうするんだ?」
「え?じ、自分で食べたいからだよ…?」
「本当か~?」
彼は目を細め、口元に笑みを浮かべている。苦し紛れについた嘘も、どうやら彼にはお見通しらしい。
「教えてくれないならいいよ!適当に真似して作るから…。」
「わかったわかった。教えるからそう怒るなって。」
調理場に立ち、彼に作り方を教わりながら調理を開始した。ルナの身体の中にいた頃も、こうして何度か料理を教わって彼女に食べさせていた事が随分前のように感じる。
彼と話をしながら出来上がった料理を食べ、再び部屋へと戻って行った。
「あ、レーガ…!」
廊下を歩いていた彼の背中を見つけ、声をかけた。こちらを振り返った彼の元に駆け寄ると、ポケットから1通の封筒を取り出した。
「何?」
「これ、レーガに郵便だよ。玄関に届いてたんだ。」
「…そう。」
彼は短い返事を返し、僕の手から封筒を奪い取った。
「ちょっと待ってよレーガ!」
「わ…ルナ!?」
その様子を見ていたルナが身体の外に飛び出し、歩き出した彼を引き止めた。
「どうかした?僕に何か用事?」
「この間の事、ちゃんとルカに謝って。」
「えー?何かしたっけ?」
僕と話をしていた時の素っ気ない態度から一変、彼は彼女に対して笑いかけている。女性好きの彼にとって、男の僕に興味がない事はわかったいた。しかし、あからさまに嫌っているのを目の当たりにすると、多少は傷つくものだ。
「とぼけないでよ!レジデンスの前で言い争いになった時、ルカの事を「ルナの劣化版のくせに」とか言ったでしょ!?」
「あーあれかぁ。ごめんごめん。比較されたら嫌だったよね?」
「そういう意味じゃなくて…!悪く言った事を謝って…」
「どうして謝る必要があるの?事実でしょ?」
「そんな事ない!」
「むしろ、ルナより優れてるのはどういう所なのか教えて欲しいなぁ。僕には見つけられなくてね~。」
「…もういい!レーガの馬鹿!行こうルカ!」
「え?あ、ちょっ…!」
彼女は僕の腕を掴み、強引に引っ張り出した。後ろを振り返ると、廊下の真ん中に取り残されたレーガが、何故だか悲しみを帯びた表情をしているように見えた。
「ルカ。明後日までにこれを頼む。」
「はーい。」
メタンギシスを繰り返し作っている合間にも、幹部の仕事としての薬作りも併用して行っていた。
ヴェラから依頼書を受け取ると、薬剤室に保管されている薬草を調合して薬を作り上げる。材料がなければ摘みに行き、保管している量が少なくなればまた摘みに行く。毎日のようにそれを繰り返していた。
「疲れてないか?ルカ。」
「え?うん。大丈夫だよ。」
仕事が一段落し、机に向かって報告書を書いている所へミグが姿を現した。そのすぐ後ろには、心配そうな表情をしているルナが立っている。
「薬ばっかり作ってて疲れないの?」
「うーん…なんて言うか、ルナの身体の中にいた時もこんな感じだったし、血を使って薬を作るのもだいぶ慣れて来たかな。」
「なら、マッサージしてやるよ。こっちに横になれ。」
左腕を彼に掴まれ、ベッドの方へと引き寄せられた。
「え、いいよ…!そんなに疲れる事してな…」
「少しくらい休憩してもいいでしょ?私も、ミグのマッサージを覚えようと思ってるんだよね。ルカがマッサージされてる所を見て、勉強したいの!」
「別に出来るようになる必要ないよ!」
「いいから…ほら!」
「わ!?」
ルナに背中を押され、ベッドの上に倒れ込んだ。すかさずミグが上に跨り、背中に手を触れた。
「ルカって結構頑固だよな。疲れないか?そういうの。」
「される方より、する方が僕には合ってるよ…。」
「ルカは頑張り屋さんだから、見えない所に疲れが溜まってると思うよ?」
「うーん…そうなのかなぁ?」
「おいルナ。ちゃんと見てろよ?」
「わ、わかってるよ…!」
「なんか…実験台にされてる気分…。」
彼にマッサージをされている間、フランの事が頭をよぎった。ここへ来てからエレナやレーガは見かけるものの、フランの姿をまだ1度も見ていない。嵐に巻き込まれたあの日から、彼の安否を確認出来ていなかった。そんな事を考えながら、重くなった瞼をそっと閉じた。
翌日、食堂へ向かう途中で大量の本を抱えたフィーが、階段を下りているのを見つけた。
「あ、フィー…」
「え?あっ…!」
こちらを向いた事で階段を踏み外し、持っていた本が宙を舞った。
「ミグ!」
「っと…!」
身体の外に出てきたミグが、体勢を崩した彼女を受け止めた。慌てて駆け寄ると、彼はその場に彼女を立たせた。
「ごめんねフィー!急に声をかけたから…」
「い、いえ…。私が…ぼーっとしてたのが悪いですから…。」
「怪我はないですか?」
「はい…大丈夫です。」
散らばった本を拾い上げ、床に積み上げていく。
「こんなに沢山の本、どこに持って行く所だったの?」
「書庫です…。ライガに頼まれたので…。」
「書庫なんてあったんだ!どんな本が置いてあるのか、興味あるなぁ~。」
「えっと…書庫は私とライガしか入らないようにと…言われているので…。」
「あー…そうなんだ…。残念だなぁ。」
「それでしたら、書庫の前までお運びします。1人でこの量を運ぶのは大変でしょうから。」
「だ、大丈夫です…!多ければ、数回に分けて往復すれば済みますし…。」
「でもほら!僕とミグも手伝ったら1回で終わるよ?そしたら別の事に時間が使えるでしょ?そうしなよフィー。」
「そこまで…言うのなら…。」
「任せて!じゃあ、はい。ミグもお願いね。」
「あぁ。」
手分けして本を運び、書庫の部屋の前で彼女と別れた。エレナやレーガと違って、彼女は以前と変わらずに接してくれている事が素直に嬉しかった。
「ねぇルナ。何の本読んでるの?」
「あ、えっと…。」
彼女は慌てて本を閉じ、それを隠すように両手を乗せた。
「あ、ごめん…。いちいち聞くことじゃなかったね…。」
「ううん!そんな事ないけど……ちょっと恥ずかしいなって…」
「え?」
「ルカ。ちょっと散歩しないか?天気もいいし。」
「あーうん…そうしようかな!ルナは本を読んでていいよ。ミグと2人で行ってくるね。」
「うん…!行ってらっしゃい…。」
ミグと共に部屋を抜け出し、近くの森へやって来た。毎日のように薬草を摘みに来る、庭のような森の中を奥へと歩き進めて行く。
「さっきのはちょっと無神経な質問じゃないか?ルカ。」
「そ…そんなにまずい事聞いたかな…?」
「本の事を聞くのが悪い訳じゃないけど…何読んでるか聞かれたくない本を読む事だってあるだろ?」
「えー?そんな事ある?」
「お前はないのか?」
「うーん…読む本と言ったら、魔導書か図鑑か古文書くらいだけど…。」
「そんな頭が痛くなりそうな本を、毎日のようによく読んでられるな…。」
「ルナも僕と同じ様なのを読んでると思ってたけど…。ミグは、ルナがどんな本を読んでるか知ってるの?」
「具体的には知らないけど…あいつが好きなのは童話だろ?前に話してたのを聞いた事がある。」
「あぁ~!そういえば、そんな本を読んでるの見た事あったなぁ。…けど、それって読んでたら恥ずかしいと思うものかな?」
「うーん…流石にそこまではわからないな。」
「そっか…。とにかく、あまり触れない方がいいって事だね…勉強になったよ…。」
「お前も読んでみるっていうのはどうだ?そしたら、ルナと話せる話題が増えるだろうし。」
「それはいい考えだね!今度、ルナにオススメの童話教えてもらおっと。ミグも一緒にどう?」
「いや…俺はいい…。」
彼は渋い顔をして、目を逸らした。
「えー!ミグが言い出したのに?」
「文字を読んでると頭痛くなるんだよ!人には向き不向きがあってだな…」
「あ…そろそろ戻ろっか!ヴェラから頼まれてた薬の調合をしなきゃ。」
「あ、あぁ…そうだな。」
なんでも出来る彼にも苦手な事があるのを知って、少し親近感が湧いたような気がした。
翌日、ライガが僕の部屋へやって来た。ベッドの端に座って一緒に本を読んでいたルナが、立ち上がって彼の元に近づいていく。
「朝早くにどうしたの?」
「昨日、コウ様から頂いた推薦状の件で話があって来た。…話し合いの結果、お前をレジデンスの幹部にする事が決まった。」
「やったー!よかったね、ルカ!」
「う、うん…!でもいいの?7人になっちゃうけど…。」
「元々ルナが幹部だったからな。今回は特例という事で了承を得た。」
「そっか…。ありがとうライガ!」
「別に礼は要らない。今後は幹部として恥じぬよう、ヴェラからしっかり指導を受けろ。」
「わかった!」
彼は要件を言い終えると、早々に部屋を出て行った。
「この事、早くヴェラに話した方がいいんじゃない?今日からでも、薬の事色々教えて貰おうよ!」
「そうだね!」
僕は部屋を飛び出して、ヴェラの元へ向かった。
「ならまずは、薬草集めからだな。」
「え~。ストックとかないの?」
「お前達の為にストックを使えると思うか?必要な薬草は、この紙にまとめておいた。これを見ながら集めてきなさい。」
「う、うん。わかった…!」
タクトが服用している血の生成を促す薬メタンギシスを作る為、森へ材料を集めに出かけた。
レジデンスの近くにある森の中で、ミグとルナの2人と共に薬草を詰み始めた。
「なぁルカ。なんで劇薬だって言われてるこの薬を作るんだ?副作用を無くす為に、改良するって話だったろ?」
「改良する前に、元になる薬が作れない事には、どこを改良したらいいかわからないでしょ?まずは作れる様になってから、色んな薬草を組み合わせてみるのがいいと思うんだ。」
「そうか…なるほどな。」
「ミグは頭で考えるんじゃなくて、手足を動かせばいいの!」
「…はいはい。」
「ルナもだよ?こき使う訳じゃないけど…沢山必要だから、頑張って集めてね?」
「…はぁ~い。」
集め終えた薬草を持ち帰ると、ヴェラの部屋の隣にある薬剤室へと運び込んだ。
「よーし!これでようやく、薬の調合が出来るね!」
「なんでお前が張り切ってるんだよ。作るのはルカだろ?」
「えー!?私も作ろうと思ってたのに!」
「ルナが作って悪いって事はないんだし、一緒に作ろっか。ミグは薬草をすり潰すのを手伝ってもらってもいい?」
「それはいいけど…長時間使い魔を使役してたら、お前が疲れないか?」
「吸血鬼の能力に慣れる為にわざとそうしてるの。大丈夫大丈夫!疲れたら休むから…!」
「無理すんなよ?倒れたら薬どころじゃなくなるんだからな?」
そう言って彼は、僕の頭を軽く撫でた。
本来使い魔は主の命令で動くものだが、彼はまるで兄のように僕の事を常に気にかけてくれている。
「ありがとうミグ。」
「もー。ミグは心配症だなぁ。」
「お前は心配しなさすぎだ。使い魔としての自覚を持て…!」
「はいはーい。」
「全く…。」
ミグの言葉を軽くあしらったルナを見て、彼は呆れた表情を浮かべた。
「あはは。僕には2人がいてくれれば、それだけで嬉しいよ。」
「ルカ…。」
「…そ、そろそろ作業を始めよっか!2人共お願いね。」
「うん!」「任せろ。」
「あ…。」
「…あっ。」
美味しそうな匂いにつられて食堂へやって来ると、調理場で料理をしているエレナと目が合った。
「…何かご用?」
「えと…美味しそうな匂いがしたから、つい…。何を作ってるの?」
「これは私とレーガの分ですわ。あなたの分まで作っていません。」
「そ、そうだよね…。」
「…もうすぐ終わりますから、後はご自分で好きに作ってくださいまし。」
「う、うん!ありがとうエレナ。」
椅子に座ってしばらく待っていると、彼女は出来上がった料理をトレーに乗せ、無言のまま食堂から立ち去って行った。
「エレナって呼んだのまずかったかな…。」
「同じ幹部なんだから、まずいって事はないだろ。まだ慣れてなくて、話をするのが気まずいだけじゃないか?」
僕の事を心配したミグが、隣に姿を現した。
「ルナみたいに、エレナと仲良く出来ればいいんだけど…。」
「流石にそれは無理だろ。男と女じゃ違うもんだって。」
「そっかぁ…。」
ルナを可愛がってくれた面倒見のいい彼女の事を、僕は姉のようだと思っていた。しかし今ではその面影もなく、冷たい態度を取っている彼女を見ると少々寂しい気持ちになる。
「それより、飯を食べに来たんだろ?なんか作ってやるから元気出せって。」
「あ、それならミグの得意料理、作り方を教えてくれない?」
「作り方を覚えてどうするんだ?」
「え?じ、自分で食べたいからだよ…?」
「本当か~?」
彼は目を細め、口元に笑みを浮かべている。苦し紛れについた嘘も、どうやら彼にはお見通しらしい。
「教えてくれないならいいよ!適当に真似して作るから…。」
「わかったわかった。教えるからそう怒るなって。」
調理場に立ち、彼に作り方を教わりながら調理を開始した。ルナの身体の中にいた頃も、こうして何度か料理を教わって彼女に食べさせていた事が随分前のように感じる。
彼と話をしながら出来上がった料理を食べ、再び部屋へと戻って行った。
「あ、レーガ…!」
廊下を歩いていた彼の背中を見つけ、声をかけた。こちらを振り返った彼の元に駆け寄ると、ポケットから1通の封筒を取り出した。
「何?」
「これ、レーガに郵便だよ。玄関に届いてたんだ。」
「…そう。」
彼は短い返事を返し、僕の手から封筒を奪い取った。
「ちょっと待ってよレーガ!」
「わ…ルナ!?」
その様子を見ていたルナが身体の外に飛び出し、歩き出した彼を引き止めた。
「どうかした?僕に何か用事?」
「この間の事、ちゃんとルカに謝って。」
「えー?何かしたっけ?」
僕と話をしていた時の素っ気ない態度から一変、彼は彼女に対して笑いかけている。女性好きの彼にとって、男の僕に興味がない事はわかったいた。しかし、あからさまに嫌っているのを目の当たりにすると、多少は傷つくものだ。
「とぼけないでよ!レジデンスの前で言い争いになった時、ルカの事を「ルナの劣化版のくせに」とか言ったでしょ!?」
「あーあれかぁ。ごめんごめん。比較されたら嫌だったよね?」
「そういう意味じゃなくて…!悪く言った事を謝って…」
「どうして謝る必要があるの?事実でしょ?」
「そんな事ない!」
「むしろ、ルナより優れてるのはどういう所なのか教えて欲しいなぁ。僕には見つけられなくてね~。」
「…もういい!レーガの馬鹿!行こうルカ!」
「え?あ、ちょっ…!」
彼女は僕の腕を掴み、強引に引っ張り出した。後ろを振り返ると、廊下の真ん中に取り残されたレーガが、何故だか悲しみを帯びた表情をしているように見えた。
「ルカ。明後日までにこれを頼む。」
「はーい。」
メタンギシスを繰り返し作っている合間にも、幹部の仕事としての薬作りも併用して行っていた。
ヴェラから依頼書を受け取ると、薬剤室に保管されている薬草を調合して薬を作り上げる。材料がなければ摘みに行き、保管している量が少なくなればまた摘みに行く。毎日のようにそれを繰り返していた。
「疲れてないか?ルカ。」
「え?うん。大丈夫だよ。」
仕事が一段落し、机に向かって報告書を書いている所へミグが姿を現した。そのすぐ後ろには、心配そうな表情をしているルナが立っている。
「薬ばっかり作ってて疲れないの?」
「うーん…なんて言うか、ルナの身体の中にいた時もこんな感じだったし、血を使って薬を作るのもだいぶ慣れて来たかな。」
「なら、マッサージしてやるよ。こっちに横になれ。」
左腕を彼に掴まれ、ベッドの方へと引き寄せられた。
「え、いいよ…!そんなに疲れる事してな…」
「少しくらい休憩してもいいでしょ?私も、ミグのマッサージを覚えようと思ってるんだよね。ルカがマッサージされてる所を見て、勉強したいの!」
「別に出来るようになる必要ないよ!」
「いいから…ほら!」
「わ!?」
ルナに背中を押され、ベッドの上に倒れ込んだ。すかさずミグが上に跨り、背中に手を触れた。
「ルカって結構頑固だよな。疲れないか?そういうの。」
「される方より、する方が僕には合ってるよ…。」
「ルカは頑張り屋さんだから、見えない所に疲れが溜まってると思うよ?」
「うーん…そうなのかなぁ?」
「おいルナ。ちゃんと見てろよ?」
「わ、わかってるよ…!」
「なんか…実験台にされてる気分…。」
彼にマッサージをされている間、フランの事が頭をよぎった。ここへ来てからエレナやレーガは見かけるものの、フランの姿をまだ1度も見ていない。嵐に巻き込まれたあの日から、彼の安否を確認出来ていなかった。そんな事を考えながら、重くなった瞼をそっと閉じた。
翌日、食堂へ向かう途中で大量の本を抱えたフィーが、階段を下りているのを見つけた。
「あ、フィー…」
「え?あっ…!」
こちらを向いた事で階段を踏み外し、持っていた本が宙を舞った。
「ミグ!」
「っと…!」
身体の外に出てきたミグが、体勢を崩した彼女を受け止めた。慌てて駆け寄ると、彼はその場に彼女を立たせた。
「ごめんねフィー!急に声をかけたから…」
「い、いえ…。私が…ぼーっとしてたのが悪いですから…。」
「怪我はないですか?」
「はい…大丈夫です。」
散らばった本を拾い上げ、床に積み上げていく。
「こんなに沢山の本、どこに持って行く所だったの?」
「書庫です…。ライガに頼まれたので…。」
「書庫なんてあったんだ!どんな本が置いてあるのか、興味あるなぁ~。」
「えっと…書庫は私とライガしか入らないようにと…言われているので…。」
「あー…そうなんだ…。残念だなぁ。」
「それでしたら、書庫の前までお運びします。1人でこの量を運ぶのは大変でしょうから。」
「だ、大丈夫です…!多ければ、数回に分けて往復すれば済みますし…。」
「でもほら!僕とミグも手伝ったら1回で終わるよ?そしたら別の事に時間が使えるでしょ?そうしなよフィー。」
「そこまで…言うのなら…。」
「任せて!じゃあ、はい。ミグもお願いね。」
「あぁ。」
手分けして本を運び、書庫の部屋の前で彼女と別れた。エレナやレーガと違って、彼女は以前と変わらずに接してくれている事が素直に嬉しかった。
「ねぇルナ。何の本読んでるの?」
「あ、えっと…。」
彼女は慌てて本を閉じ、それを隠すように両手を乗せた。
「あ、ごめん…。いちいち聞くことじゃなかったね…。」
「ううん!そんな事ないけど……ちょっと恥ずかしいなって…」
「え?」
「ルカ。ちょっと散歩しないか?天気もいいし。」
「あーうん…そうしようかな!ルナは本を読んでていいよ。ミグと2人で行ってくるね。」
「うん…!行ってらっしゃい…。」
ミグと共に部屋を抜け出し、近くの森へやって来た。毎日のように薬草を摘みに来る、庭のような森の中を奥へと歩き進めて行く。
「さっきのはちょっと無神経な質問じゃないか?ルカ。」
「そ…そんなにまずい事聞いたかな…?」
「本の事を聞くのが悪い訳じゃないけど…何読んでるか聞かれたくない本を読む事だってあるだろ?」
「えー?そんな事ある?」
「お前はないのか?」
「うーん…読む本と言ったら、魔導書か図鑑か古文書くらいだけど…。」
「そんな頭が痛くなりそうな本を、毎日のようによく読んでられるな…。」
「ルナも僕と同じ様なのを読んでると思ってたけど…。ミグは、ルナがどんな本を読んでるか知ってるの?」
「具体的には知らないけど…あいつが好きなのは童話だろ?前に話してたのを聞いた事がある。」
「あぁ~!そういえば、そんな本を読んでるの見た事あったなぁ。…けど、それって読んでたら恥ずかしいと思うものかな?」
「うーん…流石にそこまではわからないな。」
「そっか…。とにかく、あまり触れない方がいいって事だね…勉強になったよ…。」
「お前も読んでみるっていうのはどうだ?そしたら、ルナと話せる話題が増えるだろうし。」
「それはいい考えだね!今度、ルナにオススメの童話教えてもらおっと。ミグも一緒にどう?」
「いや…俺はいい…。」
彼は渋い顔をして、目を逸らした。
「えー!ミグが言い出したのに?」
「文字を読んでると頭痛くなるんだよ!人には向き不向きがあってだな…」
「あ…そろそろ戻ろっか!ヴェラから頼まれてた薬の調合をしなきゃ。」
「あ、あぁ…そうだな。」
なんでも出来る彼にも苦手な事があるのを知って、少し親近感が湧いたような気がした。
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