エテルノ・レガーメ2

りくあ

文字の大きさ
40 / 116
第4章:記憶の欠片

第39話

しおりを挟む
「お待たせしてしまい、申し訳ありません。」
「そんな事ないよ。私もさっき部屋に戻って来たからね。」

付き人と思われる黒い服の女が、男の上着を脱がせ始めた。ラフな格好になった男は、部屋の奥に置かれた椅子にゆっくりと腰を下ろした。

「お話というのは何でしょうか?」
「最近、この辺りを嗅ぎ回る輩がウロウロしていてね。君に片付けて欲しいんだ。」
「連れてくる必要はないのですか?」
「あぁ。消してくれればそれで構わない。やり方も後始末も、君に任せるよ。」
「わかりました。」

深く頭を下げ、部屋を後にした。
見張り役の男がいた路地まで戻ってくると、大通りの人混みへ紛れ込んだ。この辺りを嗅ぎ回る輩とやらは、恐らくこの大通りから路地へ入っていくに違いない。
人の流れに身を任せ、しばらく様子をうかがう事にした。歩いているとローブの裾が何かに引っかかり、後ろを振り返った。そこには、僕のローブを握りしめる少女の姿があった。

「君は誰?」
「…。」

彼女は無言のまま、ただただこちらを見つめていた。

「迷子?」

ボロボロの服を着ている彼女は、言葉が分からないのか口を開こうとしない。

「悪いけど忙しいんだ。離して。」

彼女は小さく首を横に振り、ローブを握る手の力を一層強めた。

「言葉はわかるのか…。迷子じゃないなら何?君と話してる時間は無い。」

彼女は、空いている手でお店の方を指さした。お店の前に、赤いリンゴが沢山並んでいる。

「お腹がすいたの?」

首を縦に振る彼女は、僕を店まで連れていきたいのかローブを引っ張り出した。

「わかった!わかったから引っ張らないで!」

渋々店のリンゴを購入すると、彼女にそれを手渡した。

「これで満足?」

彼女は満足したのか、両手でリンゴを抱えてその場から走っていった。

「全く…なんだったんだ。」

気を取り直して観察を続けたが、それらしき人物が姿を現す事はなかった。



「ラン。ちょっといいかな?」
「何でしょうか?」

数日後、僕は再び頭領に呼び出された。
彼はゆっくりと僕に近付き、突然脚を蹴り飛ばした。バランスを崩した僕は、その場に膝をついた。

「言ったよね?ウロウロする輩を消して欲しいって。」
「も、申し訳ありません。あれからずっと探しているのですが、中々見つけられず…。」
「昨日、そいつが私の所まで来たんだ。そりゃぁ大変だったよ。私が手を汚さない為に君達がいるのにさ。」

すると、部屋の奥から現れた付き人の女が、薄汚れた服を着た子供を床に投げ飛ばした。その子供は、数日前に僕のローブを掴んで来た少女と瓜二つだった。彼女は床に横たわったまま、ピクリとも動いていなかった。

「その子供が…輩だったのですか?」
「そう。私は大人だと言った覚えは無い。」
「申し訳ありません。子供だと思い、油断していました。」
「君が優しい男なのは知ってる。でも、仕事が出来ないならこの組織には必要ない。」
「もう一度チャンスを下さい!次こそは…必ず成し遂げて見せます。」
「その言葉、しっかり行動で示してくれる事を祈るよ。今日はもう下がっていい。明日またここへ来るように。」
「…わかりました。」

僕はゆっくりと立ち上がり、レジデンスへ帰る事にした。



「あ…フラン…。おかえりなさい…。」

廊下を歩いていると、本を抱えて歩く少女が声をかけてきた。彼女は一見幼く見えるが、学生の僕より格が高い幹部の一員だ。

「レム様…!ただいま戻りました。」
「学校の帰り…ですか?遅くまで…大変ですね。」
「遅くなってすみません。課題が中々進まなかったんです。」
「謝る事は…無いです…。頑張りましたね。」
「ありがとうございます。」
「そういえば…エレナが、フランの分のご飯も用意してました。食堂に行けば、あると思います…。」
「わかりました。」
「沢山食べて…ゆっくり休んで下さいね。」

軽く会釈をした彼女は、階段の方へと歩いて行った。せっかく用意された物を食べないのは失礼だと思い、来た道を引き返して食堂に向かった。
カゴに入ったパンと、スープが入った鍋がテーブルの上に置かれている。鍋を火にかけてスープを温めていると、廊下の方から微かに足音が聞こえてきた。

「フランか?随分遅かったな。」

足音の正体は、この建物レジデンスの主である、ライガヴィヴァンだった。彼は右手にカップを握っていて、どうやら飲み物を取りに来たらしい。

「す、すみません…ヴァン様。」
「別に怒っている訳じゃない。忙しかったのか?」
「はい。ヴァン様も、まだお仕事されてるんですか?」
「あぁ。ちょっと問題が起きてな。その、後始末をしている所だ。」
「そうですか…。あ、今お湯を沸かしますね…!」
「いや、もう飲み物は必要ない。これを片付けに来ただけだ。」
「それでしたら、僕が洗っておきます。」
「いいや、気持ちだけでいい。お前は俺達の家族であって、使用人では無いからな。俺に構わず、食べてくれ。」

そういうと彼は僕の横に立ち、カップを水で洗い始めた。
僕は温まったスープを器に盛り付け、テーブルに運んで席に着いた。すると、カップを片付け終えた彼も、僕の向かいの席に腰を下ろした。

「…今日、何かあったか?」
「え?」

彼は心配そうな表情でこちらを見ていた。僕は目線を器の方に逸らし、何もなかったように振舞った。

「特に変わった事はありません。疲れたからかもしれませんね。」
「そうか。じゃあ、俺は部屋に戻る。疲れているなら、早く休め。」
「はい。お気遣いありがとうございます。」

そう言い残し、彼は食堂から出て行った。



「フランくーん。」

翌日、僕はエーリと呼ばれる吸血鬼養成学院に来ていた。ここは、ある年齢に達した吸血鬼達が集い、魔法や戦闘術を身につける為の施設だ。僕もここに毎日通い、上級吸血鬼になるべく勉学に励んでいる。

「僕に何か用?」
「フランくんって、あのレジデンスに住んでるんでしょー?」
「今度、あたし達も遊びに連れてってよ~。」

突然声をかけてきた見知らぬ女子生徒達が、僕の腕に抱きついてそう言った。

「ごめんね?僕も住まわせて貰ってる身だから、僕の一存では決められないんだ。」
「そうなのー?ざんねーん。」
「無理なら仕方ないっか~。」

申し出をやんわりと断ると、彼女達は僕の元を離れていった。
レジデンスの幹部達とお近付きになりたい生徒達が、僕に声をかけて来る事は日常茶飯事だった。入学してから数年が経ち、断り方もすっかり板に付いてしまった。



長い階段を上り、その先にある扉を開いた。風が一気に吹き抜け、僕は目を細めた。
椅子に座って話を聞くだけでは、勿体ないくらいの快晴。屋上に生徒の姿はなかった。1人になりたい時、僕はたまにここへやって来る。

「は~…。」

壁にもたれ掛かり、その場に座り込んだ。
エーリでは、沢山の事を学べる。だが、それを心から楽しんでいる訳では無い。僕の周りには、常に生徒で溢れているが、心を許せる人は1人も居ない。
この場所は、僕にとって息苦しさしかなかった。

「あ…そこ…。」

声が聞こえ、顔をあげると少し離れた所に1人の女子生徒が立っていた。前髪が長く、顔が見えない。僕は、またレジデンスに来たい生徒が話しかけてきたと思い、その場にゆっくり立ち上がった。

「僕に用事かな?」
「い、いや…その…。場所…。」
「場所?」

彼女はモジモジしながら、僕が座っていた場所を指さした。

「そこ…いつも、私が座って…。」
「あー…。ここ、君の特等席だったのか。ごめんね。勝手に座っちゃって。」
「う、うう…ううん!わ、私の特等席…とかじゃ…なくて、その…。」
「?」
「落ち着くの…。ここだと…誰も来ないし、見つかりづらいし…。あなたも…逃げて来たの?」
「別に逃げて来た訳じゃ…」

「逃げてきた訳じゃない。」と言いかけて、僕は言葉に詰まってしまった。ここへ来たのは、誰かに話しかけられる事から逃げたかったからだ。

「…ううん。逃げたかったのかも。中々、1人になれなくてね…。」
「それなら…この場所、使ってもいいよ。」
「それだと、君の場所が無くなっちゃうけど…いいの?」
「私は…ここの他にも、いい場所知ってる…から…。」
「へぇ…。ここ以外にもあるんだ。」
「もし良かったら…案内しようか…?」
「え?いいの?」
「嫌じゃ…なかったらだけど…。」
「せっかくだから教えてもらおうかな。案内してくれる?」
「う、うん…!」

女子生徒と共に、人気の少ない場所を巡った。
学校中を歩き回り、彼女と別れてしばらく経ってから、名前を聞いていなかった事に気が付いた。もう会う事も無いだろうと思い、その時は特に気にも止めなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!

アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。 思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!? 生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない! なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!! ◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

処理中です...