黒羽織

四宮

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序章・一話

08

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歩くとキシキシと鳴る廊下を進んで行く。と、急に男が立ち止まり、閉じられた襖の前で上体を低くしながら「源太です。今よろしいでしょうか?」と声を掛けた。
すると「入りなさい」と奥から声がかかり、源太と呼んだその人は静かに襖を開けると影虎に入るように目配せをした。

それに黙って従い中へと入る。中からは墨の匂いがぷんとした。
斜めには小さな格子窓が見える。
「おや。お客さんかい?」
目の前に正座の姿勢で腰を下ろしていたのは、源太よりも少し年上の男だった。
髪を後ろで一つに纏め、濃い緑色の着物の上に茶色の羽織を肩に掛けた人が、柔和な笑みを浮かべながら影虎を見ている。眼鏡姿のその男性の纏う空気は優しく、どこかふんわりと温かいものだった。
「座りなさい」と促されて二人は畳の上に腰を落ち着けた。
後ろから静かに襖の閉まる音がする。

「柳庵和尚から話は窺っています。私の名前は篤之進。まあ家主のようなものです」
そこまで言って彼は笑った。
ニコニコと笑う表情は温かく、周囲の人を和ませる気質の持ち主だと影虎は思った。
「あ・・あの・・和尚はなぜ私を・・」
と言いかけた影虎の声を篤之進は片手で遮ると
「少し失礼するよ」
と言い、彼は影虎の前にズイッと顔を近づけた。
両手で彼の目元にそっと触れると、何かを射抜くような視線で彼の目をジッと見ている。
影虎はそのままの姿勢で息も出来ずに暫らく固まっていたが、ふっと篤之進が手を離すと開放されたようにはあっと息を大きく吸い吐いた。

「やあ。失礼した。君の目が少し気になってね」
「私の目ですか?」
「うむ。君の目だが、ここ数日ばかりヒリヒリと痛むような事はなかっただろうか?」
「あ・・・」
「あったのであれば、教えて欲しい」
「・・・ありました。焼けるように熱かった事が・・」
影虎のその言葉に、篤之進の顔つきが先程よりも険しくなる。
そうして、目を閉じたまま何かを考えるように腕を組むと、暫らく唸っていたのだが、何かを決心したように、ゆっくりと顔を上げて影虎を見た。
「結論を言う前に、何があったのか話してはもらえないだろうか・・・」
その言葉に、影虎の心の臓が一際大きくドクンと揺れたのである。



          『黒羽織』


「・・・あれは・・いつの事だったか見当もつきません・・」
俯いて肩を降ろした彼に向かって「それでもかまわないよ」と篤之進が言う。
影虎の背中を源太が押し、その手が温かいと感じながら、彼はゆっくりと顔を上げた。
ふと微笑む源太と目が合って、彼は頷くとゆっくりと話し始めた。

「あれは・・今思い出しても体が震えます」
影虎の話はこうである。
今から数日前、朝もやがかかるほんの少し前のことだった。物見台に立っていた者から雲行きが怪しいと通達が来たのだ。当然、状況がつかめない仲間達はこぞって藁から出ると一斉に外に出始めた。その中には兄もいた。
紺色の忍び装束に身を包んだ彼の側にいた影虎の眼前に飛び込んできた光景は、轟々と蠢く赤黒い奇妙な空だった。
それはまるで、生き物のような動きをしていて非常に気味が悪く、その雲がだんだんと広がってきたと思いきや、急に食べるように仲間に襲い掛かったのだという。

「・・・何が起こったのか・・・わからない」
思い出すだけでグッと喉の奥が締め付けられるように苦しくなる。
我慢しようにも零れ落ちる言の葉は容赦なく影虎の記憶を呼び戻し、次第に嗚咽へと変わっていった。
身動きなど取れるはずもないまま、ひとり、またひとりと、食われるように赤黒い影にさらわれていく光景が鮮明に甦る。
絶えず耳に入って来るのは、仲間の悲鳴と呻く声。
今まで生活していていた家も、普通に見ていた花々も業火の中に飲み込まれていく中で、いくつもの腕が伸びては消えた。
灰色に染まる視界の中で焦げた肉と木片の臭いが風に乗ってこちらへと向かって来る。
周囲は熱く、焼けるように喉が苦しかった。
その中で、自分の兄が黒い影に飲み込まれる様を目撃した彼は、何とかして救おうとしたのだが、逆に自分も影の中に飲み込まれてしまい、両目はその日から燃えるように熱を持ってしまったのだという。

「・・・それからです。街で物の怪を見るようになったのは・・あれは・・人では無かった」
「・・・つらい事を思い出させてすまなかった」
と、篤之進は影虎の頭を撫でた。その仕草が優しくて、影虎の眼からは大粒の涙がいくつも頬を伝い落ちていく。
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