黒羽織

四宮

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序章・一話

09

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そんな彼の体を支えるように源太の腕が伸び、篤之進はソッと目配せをすると源太に退室するように促した。
去り際「また、夜にでも話をしよう」と話す篤之進の声が聞こえた気もしたが、最後まで聞き取ることは出来なかった。
「・・・・・・・・・・」
篤之進の部屋を出てから源太は何か考え事をしていたが、庭に出るかと言い、彼を縁側から外に連れ出すことにしたのである。

「どう思います?和尚」
小さな客が退室して暫くの間、篤之進は何かを考えるように俯いていたが、ふと立ち上がり、格子窓近くの場所へと腰を下ろした。
雑音が消えた部屋の中で、呟くように発したその声が静寂の淵へ溶けていく。
「奴らが気付かんわけがないからのう」
その問いに答えるように別の声が響いてくる。姿形はどこにも見られない。
同じ部屋に腰を下ろしていたとしても、篤之進にしか聞き取ることが出来ないその声の主は、最初に影虎が出会った和尚だった。

「・・・出来る限り、力を尽くします」
「そうしてやってくれ・・」
「ああ。そうです。和尚」
「なにかの?」
「・・・晴明の情報は得られそうですか?」
「あやつは雲のように消えて行きおったままじゃ・・」
「そう・・・ですか」
篤之進の声を最後に、それっきり和尚の気配も声も聞こえなくなってしまった。

「・・・・・・・・・・」
ふうと息を吐きながら篤之進は腕を組み直す。その背を抱きしめるように彼の背中に近づいて来る者がいる。
その気配を感じ取りながら、篤之進の表情が先ほどよりも柔らかくなった。
青く透明な色をしているその姿は女性のようにしなやかで、何処か儚い。
美しく伸ばされた腕がゆっくりと彼の胸元へと降りていく感触を感じながら、篤之進もまたゆっくりと目を閉じた。
「どうしたのかな?清乃」
まるで猫が甘えるように、彼の肩に自分の顔を摺り寄せながら微笑む女性がいる。
彼女の名前は清乃という。篤之進が唯一愛する女性だ。
「まったく・・君という人は・・・」
「・・・・・・・」
そう呟いた彼の顔もまた、清乃と同じように微笑んでいた。

「変なことを思い出させてすまんね・・」
庭を歩きながら、源太が言う。
ふるふると、ただ影虎は首を横に振った。
「・・でもこの町は何だか変です・・」
「うん?」
「あのような物の怪は初めて見ました」
「・・そうだなあ・・」
それきり、源太は何も言おうとはしなかった。

縁側に向けて歩いていくと、やがて誰かの足が視界に入った。
誰だろうと足の主に視線を向けると、源太が「ひーさん」と呼んでいる体格の良い男だった。
彼は縁側で柱に凭れるように、腰を下ろしている。
「・・・・あ・・」
「ん?」
二人に気が付いたのだろう。その男もまた影虎達に視線を向けた。
彼の側には、ところてんの入ったお皿が置かれている。
「ところてん買ってきたのか・・?」
「ああ」
他愛も無い会話をしながら、源太がその男の隣に座るのを見た影虎もまた、同じように腰を下ろすことにした。
「・・それで・・?」
「うん?」
「こいつは此処に住むのか・・?」
ジッと身を乗り出しながら男が影虎を見た。
眉は相変わらず吊り上がっていて目つきが悪いものの、怒っているわけではなさそうだ。
「まだ、ちゃんとした話はしていないよ」
と、源太は言う。
「まあ。追い出すなんて事はしねえだろうな。篤兄のことだから」
「まあ。そうだろうな・・」
それきり、二人は何も話さなくなってしまった。
三人の中を穏やかで暖かい風が通り過ぎる。
『気持ちいいなぁ』
不意に、そんな言葉が吐く息に消えていく。

こんな気持ちになれたのは、久しぶりだ。
知らない家、知らない人と座っているのに、この穏やかな気持ちは何だろう?と疑問に思う。けれど、そっと目を閉じるとポカポカと暖かい日差しのおかげもあって、影虎は数日ぶりにホッと一息つく事が出来たのである。

「飯は・・こいつの分も用意するんだろ?」
「ああ。細かい話は何もしてないんだけど・・」
「大根・・掘らねえとな・・」
ぽつりと男が呟く。
「米も多めに炊かねえと・・まだ・・干物あったかな・・最近また物価が上がってきちまったからな・・まったく鎖国のままでいりゃあいいものを・・」
と、ぶつぶつと口を動かしながら立ち上がると、彼はどこかへ消えてしまった。
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