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黒羽織其の六 妖刀さがし
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あれはいつの話だったか・・そんなに前の話ではなかったように思うが、酒の力が強すぎて泥酔していたような記憶はある。確かにその記憶はあるのだが、遊女を目にした記憶は無く、酔いが覚めて初めて、隣でわんわん泣く遊女の姿を目にした時には、流石に困ってしまった。いつの間にか女の着物も結い上げた髪も崩れている。
・・・はて・・?
辺りを見渡せば、床の周辺には女の帯や着物が散乱している。
全く記憶が無い。自分の袴も着物も女の着物の上に重なっているではないか。
ズキンズキンと頭痛が酷いのは恐らく気のせいではないはずだ。
「・・・・・・・・・・・」
「・・ひっぐ・・・もう、ウチが壊れたらどうしてくれるん・・?唯一の商売道具やのに・・なんでいっつもやめてくれへんの・・痛いてゆうたのに・・髪の毛千切れたらどうしてくれるん・・痣になったらウチ・・客の相手できひんようになる・・・」
と、わあぁぁぁと泣かれた時もあったが、どんな言葉を言われても、泣かれても以蔵の中に罪悪感が芽生える事は無く、その女を背に淡々と着物に袖を通して帰って来たことだけは確かだった。
それ以前に、あの女の名前すら知らないというのに。
名前は知らないが、部屋中に焚き詰める香と、女から匂うあの強い残り香は嫌いではなかった。
酒も女子も興味が無いのだ。本当の話。連れて行かれなければ、島原に自分から行くことは無いし、行きたいとも思わない。酒のどこが美味いというのだろう。
口に含んだ瞬間、咽るような圧迫感と、喉元にツンと来るあの苦い感触は好きではないし、この女子が別嬪だとか器量が良いとか、そんな事の何が楽しいのか。まったく理解が出来ないままだ。
土佐の女子も京の女子も変わりはしない。
どれだけ着飾ろうが、寝乱れて喘ぐ声に何の違いも無いだろうに。
女子を抱こうという感情さえも以蔵には無かったのだ。
彼の興味はそこにはなかった。
以蔵の興味をひくもの・・それは-・・・。
「以蔵さぁ」
「・・・?」
刀に凭れてうつうつとしていたらしい。
不意に声を掛けられて目を覚ますと、影に隠れるように映る田中新兵衛の袴が見える。
彼の袴はいつも糊付けがされたように、皺ひとつ見られない綺麗なままだった。
その袴も着物も彼の几帳面さと神経質さを表しているようで、以蔵はそれが嫌いではなかった。
田中新兵衛は土佐の以蔵とは違う薩摩の人間である。
以蔵よりも少しばかり年が若く、癖のある長い髪を整えずに結い上げているせいか、髪の毛先が色んな方向に向いてしまっている。
藩の違う田中新兵衛が寓居にいる事は珍しくなく、毎日のように寓居に泊まっては自分達と過ごす事が殆どなので、皆も新兵衛がいる事が当たり前のようになっていた。
詳しい経緯を以蔵は耳にした事が無いが、武市半平太の義兄弟であると後に武市本人から聞いた時は、なんとも不愉快な気分で満たされたものである。
しかし、彼の剣を間近で見たときには武市とは違う感覚に心が躍り、それからの縁で一緒に行動する事が多かった。
最初は発音のせいもあったかもしれないが、新兵衛の話す薩摩の言葉が聞き取りにくかったものの、一緒に行動を共にするうちに、いつの間にか彼の言葉使いが土佐に似てきた時には、苦笑いを隠すしかなかったのも事実である。
薩摩の言葉使いは土佐とは違う。かといって最初の頃に耳にした薩摩の言葉とも違う気もする。
恐らく話しているうちに自然と薩摩と土佐の言葉が混ざってしまったのだろう。
何を言っているのか聞き取れない時もあるが、以蔵はこの男が苦手ではなかった。
不思議な男だと思う。
その謎めいた表情の奥には何があるのか。
「・・なんじゃ・・新兵衛か・・」
「・・・・・武市さぁが呼んでおいもす・・」
「先生が?」
よっこらしょと立ち上がる。まだ頭はぼんやりとしていたが、武市先生に呼ばれたのだからしっかりせねばと首を左右に数回振り、新兵衛と別れ、武市半平太の待つ部屋へと足を運んだ。
途中、土佐藩士とすれ違った。目があったものの何も言わずに通り過ぎて行く。
自分の歩き方は、他の人とはどうも違うらしい。いつも俯いては、前のめりになって、のっそりのっそりと身体を少しばかり揺らしながら歩いてしまう。
これは昔からの悪い癖で、だらしがないと新兵衛にも数回刺を刺されたが、どうしてもこればかりは治す事が出来なかった。
伸びきった前髪から覗く片目が、ぎょろりと廊下を捉える。
障子戸が見えた。
・・・はて・・?
辺りを見渡せば、床の周辺には女の帯や着物が散乱している。
全く記憶が無い。自分の袴も着物も女の着物の上に重なっているではないか。
ズキンズキンと頭痛が酷いのは恐らく気のせいではないはずだ。
「・・・・・・・・・・・」
「・・ひっぐ・・・もう、ウチが壊れたらどうしてくれるん・・?唯一の商売道具やのに・・なんでいっつもやめてくれへんの・・痛いてゆうたのに・・髪の毛千切れたらどうしてくれるん・・痣になったらウチ・・客の相手できひんようになる・・・」
と、わあぁぁぁと泣かれた時もあったが、どんな言葉を言われても、泣かれても以蔵の中に罪悪感が芽生える事は無く、その女を背に淡々と着物に袖を通して帰って来たことだけは確かだった。
それ以前に、あの女の名前すら知らないというのに。
名前は知らないが、部屋中に焚き詰める香と、女から匂うあの強い残り香は嫌いではなかった。
酒も女子も興味が無いのだ。本当の話。連れて行かれなければ、島原に自分から行くことは無いし、行きたいとも思わない。酒のどこが美味いというのだろう。
口に含んだ瞬間、咽るような圧迫感と、喉元にツンと来るあの苦い感触は好きではないし、この女子が別嬪だとか器量が良いとか、そんな事の何が楽しいのか。まったく理解が出来ないままだ。
土佐の女子も京の女子も変わりはしない。
どれだけ着飾ろうが、寝乱れて喘ぐ声に何の違いも無いだろうに。
女子を抱こうという感情さえも以蔵には無かったのだ。
彼の興味はそこにはなかった。
以蔵の興味をひくもの・・それは-・・・。
「以蔵さぁ」
「・・・?」
刀に凭れてうつうつとしていたらしい。
不意に声を掛けられて目を覚ますと、影に隠れるように映る田中新兵衛の袴が見える。
彼の袴はいつも糊付けがされたように、皺ひとつ見られない綺麗なままだった。
その袴も着物も彼の几帳面さと神経質さを表しているようで、以蔵はそれが嫌いではなかった。
田中新兵衛は土佐の以蔵とは違う薩摩の人間である。
以蔵よりも少しばかり年が若く、癖のある長い髪を整えずに結い上げているせいか、髪の毛先が色んな方向に向いてしまっている。
藩の違う田中新兵衛が寓居にいる事は珍しくなく、毎日のように寓居に泊まっては自分達と過ごす事が殆どなので、皆も新兵衛がいる事が当たり前のようになっていた。
詳しい経緯を以蔵は耳にした事が無いが、武市半平太の義兄弟であると後に武市本人から聞いた時は、なんとも不愉快な気分で満たされたものである。
しかし、彼の剣を間近で見たときには武市とは違う感覚に心が躍り、それからの縁で一緒に行動する事が多かった。
最初は発音のせいもあったかもしれないが、新兵衛の話す薩摩の言葉が聞き取りにくかったものの、一緒に行動を共にするうちに、いつの間にか彼の言葉使いが土佐に似てきた時には、苦笑いを隠すしかなかったのも事実である。
薩摩の言葉使いは土佐とは違う。かといって最初の頃に耳にした薩摩の言葉とも違う気もする。
恐らく話しているうちに自然と薩摩と土佐の言葉が混ざってしまったのだろう。
何を言っているのか聞き取れない時もあるが、以蔵はこの男が苦手ではなかった。
不思議な男だと思う。
その謎めいた表情の奥には何があるのか。
「・・なんじゃ・・新兵衛か・・」
「・・・・・武市さぁが呼んでおいもす・・」
「先生が?」
よっこらしょと立ち上がる。まだ頭はぼんやりとしていたが、武市先生に呼ばれたのだからしっかりせねばと首を左右に数回振り、新兵衛と別れ、武市半平太の待つ部屋へと足を運んだ。
途中、土佐藩士とすれ違った。目があったものの何も言わずに通り過ぎて行く。
自分の歩き方は、他の人とはどうも違うらしい。いつも俯いては、前のめりになって、のっそりのっそりと身体を少しばかり揺らしながら歩いてしまう。
これは昔からの悪い癖で、だらしがないと新兵衛にも数回刺を刺されたが、どうしてもこればかりは治す事が出来なかった。
伸びきった前髪から覗く片目が、ぎょろりと廊下を捉える。
障子戸が見えた。
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