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黒羽織其の六 妖刀さがし
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「では・・その篤之進様が話されていた猫又と言うのは・・」
鉄心の問いに、彼は一度深く瞳を閉じると、また話し始めた。
「猫又は付喪神とは全く異なる生き物です。見た目は尾が二つに割れている猫にしか見えません。ですが、彼らの餌は持ち主と相手が持つ生気なのですよ」
「・・生気・・」
「ええ」
鉄心が呟いたその声を耳にしながらも、篤之進はそのまま話を続けている。
「付喪神になろうと思えば、相当の時間がかかります。けれど、猫又には時間は関係ないのです。物が新しくとも古くとも手にした者の感情や生気を餌にする・・そうですね・・。
もしかすると・・猫又は辻斬りなどで誰かに刀を向ける者の刀に取り憑く習性があるのかもしれませんね。刀を持つ者が感じる想いと持ち主の生気、それに刀自身が持つ念をも喰らって生きている猫又が、力を発散するとは考えにくい。溜めるだけ溜めたそれらは、やがて大きく膨らんでいくでしょうから、膨らむ前に何とかしなければ」
篤之進のその言葉を耳にしながら、鉄心は数日前に源太が話していた刀の事を思い出した。
あの時、彼は何と言っていたのだろうか・・?
「ああ・・だから・・刀が錆びてしまったのですね」
「ええ。そうです。刀自身も生きているということなのかもしれませんね」
「じゃあ、猫又が次に向かうとしたら・・」
「厄介ですね・・・次に誰かが斬られるであろう場所に向かわなくてはいけません」
「・・・・・」
なんて事だ。そう鉄心は思った。この広い京の都で、次に斬られるかもしれない者を探すなんて・・・。
そもそも、次にこの人が斬られますなんて看板や立て札があるはずも無く、また一人一人に聞いて回るわけにもいかない。
「・・・お先真っ暗とはこのことですねえ・・・」
はあああっともう何度目かの溜息を吐きながら、篤之進は困ったように足を崩すと前髪を何度もかき上げていた。
その時、鉄心にはピンと心当たりがあるような気がして
「篤之進様・・・お願いがあります」
「・・・え・・・」
そう話す鉄心の顔は、真剣そのものだったのだ。
さて、一方。
八月も十九日になった。
暗殺を前日に控え、岡田以蔵は一人土佐藩の屋敷を出て街を歩いていた。
越後の尊攘志士の本間精一郎を暗殺せよとの命が下ったのは、もう何日も前の話になる。
新兵衛が武市半平太にそう命令された時、以蔵はその中には入っていなかった。
「何故ですか?先生。何故、わしを使うてくれんがですか」
武市の寓居にて、以蔵は武市の前で正座をしている。その後ろには新兵衛が足を崩した状態で座っていた。
行灯の火がゆらりと揺れる。
目の前の武市は始終、正座をして腕を組み渋い顔をしたまま目を閉じていた。
「・・・おまんはいかん」
「何故ですか!先生!!わけを教えてつかぁさい!」
「おまんは・・人を斬ったらいかんがじゃ!」
カッと目を見開いた武市の声が部屋に響く。
弾かれたように、びくっと以蔵の身体が強張った。
武市はもとより威圧感の漂う男である。色白で目鼻立ちの整った顔ではあるが、笑う事は殆どない。
可哀想に、以蔵はすっかり畏縮してしまっている。
項垂れて小さくなっている背中を見て、新兵衛はハラハラとその成り行きを見守っていたが、やがて崩していた足を正すと
「・・・・・武市さぁ・・行かせてやってはいかんのじゃろうか・・・」
「・・何?」
その声に、ギロリと武市が新兵衛を睨んだ。その目力にびくりと彼の背中が強張る。
「・・・今回の天誅・・どうもわし一人では、成せん気がすう・・じゃっどん、以蔵さぁがいうとどうにも・・・・心強い気が・・するんでごわす・・・」
と歯切れの悪い言い方をしながら、以蔵の背中に視線を向けたものの、彼は変わらず畏縮したまま、しゅんと小さくなってしまっている。
「・・・・」
武市はまた腕を組んだまま目を閉じた。
そうして溜息をひとつ吐くと観念したように呟いた。
「――――・・・以蔵」
「・・は・・っ」
「・・・・おまんも行け」
「・・・・・・」
以蔵は最初、自分と新兵衛だけで充分だと思った。
しかし半平太は念には念をとのことで、二人の他にも六人の浪士を同行させると告げたのである。
鉄心の問いに、彼は一度深く瞳を閉じると、また話し始めた。
「猫又は付喪神とは全く異なる生き物です。見た目は尾が二つに割れている猫にしか見えません。ですが、彼らの餌は持ち主と相手が持つ生気なのですよ」
「・・生気・・」
「ええ」
鉄心が呟いたその声を耳にしながらも、篤之進はそのまま話を続けている。
「付喪神になろうと思えば、相当の時間がかかります。けれど、猫又には時間は関係ないのです。物が新しくとも古くとも手にした者の感情や生気を餌にする・・そうですね・・。
もしかすると・・猫又は辻斬りなどで誰かに刀を向ける者の刀に取り憑く習性があるのかもしれませんね。刀を持つ者が感じる想いと持ち主の生気、それに刀自身が持つ念をも喰らって生きている猫又が、力を発散するとは考えにくい。溜めるだけ溜めたそれらは、やがて大きく膨らんでいくでしょうから、膨らむ前に何とかしなければ」
篤之進のその言葉を耳にしながら、鉄心は数日前に源太が話していた刀の事を思い出した。
あの時、彼は何と言っていたのだろうか・・?
「ああ・・だから・・刀が錆びてしまったのですね」
「ええ。そうです。刀自身も生きているということなのかもしれませんね」
「じゃあ、猫又が次に向かうとしたら・・」
「厄介ですね・・・次に誰かが斬られるであろう場所に向かわなくてはいけません」
「・・・・・」
なんて事だ。そう鉄心は思った。この広い京の都で、次に斬られるかもしれない者を探すなんて・・・。
そもそも、次にこの人が斬られますなんて看板や立て札があるはずも無く、また一人一人に聞いて回るわけにもいかない。
「・・・お先真っ暗とはこのことですねえ・・・」
はあああっともう何度目かの溜息を吐きながら、篤之進は困ったように足を崩すと前髪を何度もかき上げていた。
その時、鉄心にはピンと心当たりがあるような気がして
「篤之進様・・・お願いがあります」
「・・・え・・・」
そう話す鉄心の顔は、真剣そのものだったのだ。
さて、一方。
八月も十九日になった。
暗殺を前日に控え、岡田以蔵は一人土佐藩の屋敷を出て街を歩いていた。
越後の尊攘志士の本間精一郎を暗殺せよとの命が下ったのは、もう何日も前の話になる。
新兵衛が武市半平太にそう命令された時、以蔵はその中には入っていなかった。
「何故ですか?先生。何故、わしを使うてくれんがですか」
武市の寓居にて、以蔵は武市の前で正座をしている。その後ろには新兵衛が足を崩した状態で座っていた。
行灯の火がゆらりと揺れる。
目の前の武市は始終、正座をして腕を組み渋い顔をしたまま目を閉じていた。
「・・・おまんはいかん」
「何故ですか!先生!!わけを教えてつかぁさい!」
「おまんは・・人を斬ったらいかんがじゃ!」
カッと目を見開いた武市の声が部屋に響く。
弾かれたように、びくっと以蔵の身体が強張った。
武市はもとより威圧感の漂う男である。色白で目鼻立ちの整った顔ではあるが、笑う事は殆どない。
可哀想に、以蔵はすっかり畏縮してしまっている。
項垂れて小さくなっている背中を見て、新兵衛はハラハラとその成り行きを見守っていたが、やがて崩していた足を正すと
「・・・・・武市さぁ・・行かせてやってはいかんのじゃろうか・・・」
「・・何?」
その声に、ギロリと武市が新兵衛を睨んだ。その目力にびくりと彼の背中が強張る。
「・・・今回の天誅・・どうもわし一人では、成せん気がすう・・じゃっどん、以蔵さぁがいうとどうにも・・・・心強い気が・・するんでごわす・・・」
と歯切れの悪い言い方をしながら、以蔵の背中に視線を向けたものの、彼は変わらず畏縮したまま、しゅんと小さくなってしまっている。
「・・・・」
武市はまた腕を組んだまま目を閉じた。
そうして溜息をひとつ吐くと観念したように呟いた。
「――――・・・以蔵」
「・・は・・っ」
「・・・・おまんも行け」
「・・・・・・」
以蔵は最初、自分と新兵衛だけで充分だと思った。
しかし半平太は念には念をとのことで、二人の他にも六人の浪士を同行させると告げたのである。
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