黒羽織

四宮

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黒羽織其の六 妖刀さがし

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『お願いがあります。篤之進様』
『なんでしょうか』
『この今の世の中の事を教えてください。僕は此処に流されて来ました。そのせいでこの世の中の事を何も知りません。お願いです。今、この京では何が起こっているのですか?』
『鉄君・・』
『もし、辻斬りが今後も行われるのなら、何か理由があるはずです。辻斬りが起こりそうな場所に猫又が来るかもしれない。だから、京の街を歩いて散策してみる事から始めようと思います』
そう話す鉄心の目は真剣そのもので、篤之進は何も言わずに頷くと瓦版と何冊かの教本を彼の前に大きく広げた。
そうして更に一冊の本を用意すると、鉄心にそれを読ませることにしたのだった。

その本には、今この世の中で何が起こっているのか。
ペリーという名の外国人が黒船で浦賀に来航し、幕府に開国を要求した事。
日米和親条約が結ばれた事。
大老の井伊直弼が日米修好通商条約という名の不平等条約を結んだ事。
安政の大獄が開始された事や、その井伊直弼が桜田門外の近くで水戸藩士に暗殺された事などが事細かに書かれていた。

その中には以前、鉄心が湯屋で耳にした寺田屋事件の事も書かれており、それらを読みながら一つ一つ分からない事を質問しては篤之進が、それに答えるという形を取りながら、この世の中の事を説明していったのである。
瓦版には土佐や長州、薩摩といった藩邸の場所も書かれており、彼はそれらに墨で丸印をつけると
『もし、暗殺が行われるとしたらこの三つの藩が怪しいと思います』
と言いながら
『鉄君。土佐藩には気をつけなさい』
と、声をひそめた。
『何故ですか?』
そう問い掛ける鉄心に対して
『これは何処の藩にも言える事なのですが、あまり良い噂を耳にした記憶が無いのです。大丈夫だとは思いますが・・』
と、言い終えた後で、何度も気をつけなさいと念を押しながら篤之進は、鉄心にあるものを持たせることにした。

『これがきっと役に立つ事があるかもしれません』
と言い、彼は広げていた瓦版を丸めている。
一方、鉄心は渡された物をまじまじと見つめながら首を傾げたままだ。
『・・・・木札・・・・?』
そう、それは何も書かれていない小さな古い木札だったのである。

一方、篤之進から借りた瓦版を覗き込みながら歩いていた鉄心は・・。
「ここが・・・土佐藩邸・・・」
なんて、でかさなんだ・・・そう呟かずにはいられなかった。
借りた瓦版には三条大橋と、四条大橋の間を取った場所に丸印がされている。
河原町通りをウロウロと歩いては立ち止まり、歩いては立ち止まるという行為を何度も繰り返しながら、その壁を口を開けたままあんぐりと見上げるしかなかった。

「・・・・・・・・」
眼前には、ずーっと長く続く土造りの壁と、同じような建物ばかりが広がっている。
周囲をキョロキョロと見渡しながら、ええっと言わんばかりの表情で口を歪ませた。
それもそのはず、鉄心が探す土佐藩邸の近くには、彦根や盛岡、越前といったほかの藩邸も軒を連ねていたのである。
「・・・これでは埒があかない・・・・・」
鉄心は頬を指で引っかくと、来た道を戻り始めた。
何処か茶店に入って冷たい物でも食べる事にしようかなあ・・などと考えながら、才蔵が立ち寄る馴染みの店に向かって歩く事にしたのだった。
彼の目の前を幾人かの幽霊が通り過ぎて行く。それを横目にしながら、今日も暑いなと頬をつたう汗を袖で拭った。

その日の夜。
暁八つ深夜二時頃ともなれば、京の街もひっそりとした静けさを保っている。
しかしここ島原だけは違っていた。
島原は幕府が唯一公認している遊郭のことで、大きな島原大門からは、提灯の灯りに照らされて木の葉が紫色に染まる光景がはっきりと見て取れる。
「・・・・・・・・・・」
そこの置屋の一室で、華月は肘をついたまま口を尖らせていた。

その目の前には、昨晩、鉄心が顔を合わせた派手な着物の男が座っている。
その隣には狐月がいた。
その二匹を遠巻きに見るように別の男が座っている。
その男の名は葉月と夜月という。
幡屋の一軒で鉄心達と遭遇した人物だ。
しかし、どの面々も表情は暗いままだった。

華月は床入りに焚く妖邪香の香木を何本も畳の上に積みながら
「父上はカンカンだ。無理もないさ。こう毎日毎日、生気の抜き取られた魂ばかりが集まったんじゃ、冥府にも送れやしないとぼやいてる」
と、重い口を開いている。
「無理もないな。魂の生気が抜けたままじゃ、生き返るもなにもあったもんじゃない」
と、狐月が呟く。
「はよう、猫又をなんとかせんといけまへんなあ。華月はん」
派手な着物の男は、指で自分の銀髪を先ほどから弄んでいる。
どこか人形を彷彿とさせるその髪型と、ピンと伸びた猫の耳が特徴的なその男の伸びた睫毛が僅かに揺れた。その姿に自身の黒髪をガシガシと掻きながら、華月が難しい表情のまま兆斎に視線を向けた。

「そうは言ってくれるがなあ。兆斎・・・」
兆斎と呼ばれた男が、うん?と首を傾げながら華月を見るが、その表情からは何も読み取る事が出来ないままだ。
「俺達がたどり着く頃には、仏はごろごろ。肝心の猫又はいやしねえ」
「この前、やっと猫又を見つけたと思うたんやが・・邪魔が入って仕留める事が出来んかったさかい・・・次はと思うが・・さても困った」
「邪魔・・・?」
華月の声が低くなる。
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