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黒羽織其の六 妖刀さがし
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それから鉄心は近くの茶店に以蔵を連れて行くと、そこの店の娘に串団子とお茶を二皿注文した。
そこの茶店を利用したのは初めてだったが、からし色の小袖に身を包んだ娘は「二皿ですね。まいど」と笑って店の奥へと姿を消して行った。
笑顔の似合う人だなと、そんなことをついつい思う。
すぐに注文した串団子が茶と共に運ばれてくる。
皿の中には三本の串団子が盛られており、それはまだ温かかい。
トンっと軽い音を立ててお皿を置くと、一礼してその女は去って行ってしまった。
「・・いきなりの無礼を、お許しください」
かしこまって、鉄心は目の前にいる以蔵に深々と頭を下げた。
以蔵は何も言わないまま、差した刀を横に置き、椅子に腰を降ろしている。
「信じてくださらなくとも構いません。私は物の怪の類を祓う仕事をしております。名を鉄心と申します。今回、ある辻斬りに関わっているとされる物の怪が、あなたの刀に取り憑いてしまっているので、声をかけさせて頂いたのです」
鉄心の話に以蔵は眉ひとつ動かさなかった。ただ、じっと自身の刀に視線を向けている。
「・・・・・こん刀にか・・」
「そうです。この刀に取り憑いていますものは、人の魂を喰らい刀を錆びさせてしまう力を持っている恐ろしいものなのです」
眼前に座す鉄心と名乗ったその少年は、真面目な表情を崩さないままこちらを見ている。
もし話が冗談であれば、表情の何処かに笑みが見えるだろう。けれど鉄心のその表情は真面目そのもので、とても冗談を言っているようには見えなかった。
「・・・・その話が本当じゃという証拠は何も無いんじゃろ?」
そう話す以蔵の声は冷たく、返す言葉が見つからぬまま鉄心は目を伏せた。
「・・・・はい」
「話にならん・・」
「・・・・あの・・」
「こん話はもう終りにしとおせ・・」
そう言って、以蔵は刀に手を添えたまま、ガタリと席を立った。
彼は懐から何か袋を取り出すと三十文を卓上に置いている。その様子に鉄心の眼が丸くなった。
「え・・・・」
「子に奢ってもらうんは、好かんきにのう。おまんの分も払っちゃる」
「・・そんな・・お金をお支払いするのは私の方で・・」
ガタンと席を立ちかけた鉄心を、片手で制しながら以蔵は彼を見た。
「子どもが大人に遠慮すなぁ・・かまんき。そうじゃ。わしの分の団子も食うて帰りや」
先ほどまでの緊迫した空気が、一瞬変わる。
以蔵は鉄心の頭に手を伸ばすと、笑みを浮かべたまま優しく撫でた。
「まっこと・・ちんな奴じゃのう」
無意識にそんな言葉がついて出てしまう。鉄心をよくよく見れば着物の丈が合っていないのか、ぶかぶかとしていて襦袢の襟が見えてしまっている。
もしかすると腕を引いた時に崩れてしまったのかもしれない。
いつもなら、けして自分から子供に手を伸ばそうなんて思ったことはないのに・・。
不思議なこともあるものだ、と思った。
「――――――・・・・・!」
一方、優しく頭を撫でる以蔵の手の感触と、その大きさに鉄心は一瞬言葉を失ってしまった。
「・・・・・・・・・」
そうして・・・彼の目は射抜かれたように大きくなる。
それはまるで、失った兄を想わせるほどに温かくて優しい笑顔だったからだ。
「・・・・・・」
以蔵が店を出てから暫く。
すっかり気落ちした鉄心は、肩を落としたまま机をじっと眺めている。
「よくよく考えてみれば・・」
あまりにも突拍子の無い事を言うなとは自分でも思っていた。
しかし、それしか思いつかなかったのもまた事実ではあった。あの時、ただ何も考えずに袖を掴んだりしなければ、こんな事にはならなかったのかもしれない。
「・・・・・・・・・」
しかし、猫又は刀に取り憑いて魂を食らう危険なものに変わりは無く、何の前触れも無く刀に憑いた猫又が暴走をしないとも限らない。
もし暴走してしまったら・・・。
「手遅れになってしまう・・・・!」
やはりあの人にもう一度会わなくては・・・。鉄心はガタリと席を立つと六本の串団子をもごもごと頬張り、全て茶で流し込んだ。
一気に頬張ってしまったせいで、喉が詰まりそうなくらいに息苦しい。
もごもごさせたまま懐からお金の入った袋を取り出すと、三十文を卓上に乗せ「おひゃい、ふぁいほうよ」と子女に声をかける。
以蔵が支払った三十文は、やはり返さねばと目の前にあるお金を袋に入れて懐に戻し、早々に店を出ることにした。
「・・・・雨が降るかもしれない」
そう呟いた彼の目線の先には、ゴロゴロと無気味に動く灰色の空が広がっていた。
そこの茶店を利用したのは初めてだったが、からし色の小袖に身を包んだ娘は「二皿ですね。まいど」と笑って店の奥へと姿を消して行った。
笑顔の似合う人だなと、そんなことをついつい思う。
すぐに注文した串団子が茶と共に運ばれてくる。
皿の中には三本の串団子が盛られており、それはまだ温かかい。
トンっと軽い音を立ててお皿を置くと、一礼してその女は去って行ってしまった。
「・・いきなりの無礼を、お許しください」
かしこまって、鉄心は目の前にいる以蔵に深々と頭を下げた。
以蔵は何も言わないまま、差した刀を横に置き、椅子に腰を降ろしている。
「信じてくださらなくとも構いません。私は物の怪の類を祓う仕事をしております。名を鉄心と申します。今回、ある辻斬りに関わっているとされる物の怪が、あなたの刀に取り憑いてしまっているので、声をかけさせて頂いたのです」
鉄心の話に以蔵は眉ひとつ動かさなかった。ただ、じっと自身の刀に視線を向けている。
「・・・・・こん刀にか・・」
「そうです。この刀に取り憑いていますものは、人の魂を喰らい刀を錆びさせてしまう力を持っている恐ろしいものなのです」
眼前に座す鉄心と名乗ったその少年は、真面目な表情を崩さないままこちらを見ている。
もし話が冗談であれば、表情の何処かに笑みが見えるだろう。けれど鉄心のその表情は真面目そのもので、とても冗談を言っているようには見えなかった。
「・・・・その話が本当じゃという証拠は何も無いんじゃろ?」
そう話す以蔵の声は冷たく、返す言葉が見つからぬまま鉄心は目を伏せた。
「・・・・はい」
「話にならん・・」
「・・・・あの・・」
「こん話はもう終りにしとおせ・・」
そう言って、以蔵は刀に手を添えたまま、ガタリと席を立った。
彼は懐から何か袋を取り出すと三十文を卓上に置いている。その様子に鉄心の眼が丸くなった。
「え・・・・」
「子に奢ってもらうんは、好かんきにのう。おまんの分も払っちゃる」
「・・そんな・・お金をお支払いするのは私の方で・・」
ガタンと席を立ちかけた鉄心を、片手で制しながら以蔵は彼を見た。
「子どもが大人に遠慮すなぁ・・かまんき。そうじゃ。わしの分の団子も食うて帰りや」
先ほどまでの緊迫した空気が、一瞬変わる。
以蔵は鉄心の頭に手を伸ばすと、笑みを浮かべたまま優しく撫でた。
「まっこと・・ちんな奴じゃのう」
無意識にそんな言葉がついて出てしまう。鉄心をよくよく見れば着物の丈が合っていないのか、ぶかぶかとしていて襦袢の襟が見えてしまっている。
もしかすると腕を引いた時に崩れてしまったのかもしれない。
いつもなら、けして自分から子供に手を伸ばそうなんて思ったことはないのに・・。
不思議なこともあるものだ、と思った。
「――――――・・・・・!」
一方、優しく頭を撫でる以蔵の手の感触と、その大きさに鉄心は一瞬言葉を失ってしまった。
「・・・・・・・・・」
そうして・・・彼の目は射抜かれたように大きくなる。
それはまるで、失った兄を想わせるほどに温かくて優しい笑顔だったからだ。
「・・・・・・」
以蔵が店を出てから暫く。
すっかり気落ちした鉄心は、肩を落としたまま机をじっと眺めている。
「よくよく考えてみれば・・」
あまりにも突拍子の無い事を言うなとは自分でも思っていた。
しかし、それしか思いつかなかったのもまた事実ではあった。あの時、ただ何も考えずに袖を掴んだりしなければ、こんな事にはならなかったのかもしれない。
「・・・・・・・・・」
しかし、猫又は刀に取り憑いて魂を食らう危険なものに変わりは無く、何の前触れも無く刀に憑いた猫又が暴走をしないとも限らない。
もし暴走してしまったら・・・。
「手遅れになってしまう・・・・!」
やはりあの人にもう一度会わなくては・・・。鉄心はガタリと席を立つと六本の串団子をもごもごと頬張り、全て茶で流し込んだ。
一気に頬張ってしまったせいで、喉が詰まりそうなくらいに息苦しい。
もごもごさせたまま懐からお金の入った袋を取り出すと、三十文を卓上に乗せ「おひゃい、ふぁいほうよ」と子女に声をかける。
以蔵が支払った三十文は、やはり返さねばと目の前にあるお金を袋に入れて懐に戻し、早々に店を出ることにした。
「・・・・雨が降るかもしれない」
そう呟いた彼の目線の先には、ゴロゴロと無気味に動く灰色の空が広がっていた。
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