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黒羽織其の六 妖刀さがし
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「猫又を見つけた?」
冥府に一番近い場所。冥府殿は、この世とあの世の中間に存在している。
その建物は平安時代を彷彿とさせる造りになっていて、自室で横になっていた華月は兆斎からの報告に寝ていた体を起き上がらせた。
その隣には髪の長い女の幽霊が数人同じように腰を下ろしている。
どの女も着物の前が肌蹴て、肌が露になったままだ。
両肩を出し胸の前で帯を結んだ女が一人、団扇を静かに動かしながら華月に風を当てている。ここでは幽霊も現世のような透明で蒼白い姿ではなく、まるで人間のように触れる事が出来るとあって、幽霊たちも人間と同じように過ごしているのだ。
むしろ、ここでは肉体の方が邪魔なのかもしれない。
「・・・・・・・・・・」
長羽織を肩に掛けたまま、着流し姿の彼を見たのは久しぶりだと兆斎は思う。
こんなにくつろいだ様子の彼を見たのは、いつ以来だろうか。そんな事を彼は思った。
もしかするとお楽しみの直後だったのかもしれない。
「・・・それで、猫又の出所は・・?」
「人間の・・それも独特の死臭に飲まれた男の刀に憑いとりますわぁ。すぐにそいつ斬って猫又だけもろて帰ろ思いましたんやけんど・・まあ、それは後でも宜しいよって、先に我々をコケにしてくれよった猫目の阿呆共にお礼をしに行こかと思っとります」
「何?」
兆斎のその言葉に、華月の表情が険しくなる。
「・・・・・お前だけでか?・・」
「ええ」
「心配だ。俺も行こう。一寸時間をくれ。着替えをしたい」
「あらぁ。宜しいんで?お邪魔でしたんと違いますのん?」
「はあぁっ?」
立ち上がり女が用意した着物に手を伸ばしながら、僅かに華月の声が上擦った。
「・・・・・」
「華月はんのそういうとこ。やっぱりええですなぁ」
くつくつと笑いをかみ殺す兆斎に向かって、何を言い出すかと思えばと言いたげな表情で華月は眺めていたのだが、やがて諦めたように溜息を吐くと彼に背を向けたのである。
「・・・・」
着物を着替えるのを手伝おうと女の幽霊が手を伸ばす。それを構わないと静止しながら、華月は女に羽織っていた長羽織を脱いで手渡した。
襦袢を着ようと着替える華月の様子を、遠巻きに兆斎は眺めている。
「・・・・・・・」
着物の下に隠された無駄な肉のついていない逞しい背中。
しかしその背中を見た兆斎の眉間には微かに皺が寄っている。
何故か?その背中には、上から斜めに腰の辺りまで抉られたように深く斬られた傷痕が消えずに残っていたからだ。
その傷跡を見る度に、兆斎の心の臓が一際高い音を立てる。
疼く古傷に蓋をするように兆斎が華月の背中から目を逸らすと、それに気づいたのか。
いつも着ている着物に袖を通した華月が袴の帯を結びながら「どうした?」と、振り向いた。
「いえ?相変わらずええ男やなあと見惚れてましたンや」
そう言いながら先ほどの表情を隠すように、兆斎がうっとりとした表情を見せる。
その表情に長棍を手にした華月が近付いてきては「馬鹿野郎」と、軽く彼の頭をペシッと叩いた。
「あてっ」
「馬鹿な事言ってないでさっさと行くぞ」
「あーい」
そう言いながら兆斎は差していた刀とは違う、槍のように長い武器を手にしている。
しかしその切っ先は、蛇の口のように牙がついた奇妙な形をしていた。
「奴らは同じ所に二度いない習性がある。厄介だな・・」
「ほんまやねえ・・ほんまに上手く隠してはりますなあ」
現世に現れた二匹は、のんびりとした足取りで東山の山中を歩いている。
何処までも続く獣道。ここを人間が通るなんて事はまず無いだろうと華月は思う。
この東山からだいぶ離れた場所に、清水という名の寺があるという。
空が灰色に覆われているせいで、山全体が黒い影に覆われ不気味さが漂う中を、二匹は黙したまま、山道を歩いている。
ただ、じゃりじゃりとした砂を踏む音だけが静かに響いた。
「しかし・・・華月はんも意外とやりますなあ」
「何がだ・・?」
「好いた女子はんしか、ほんまに抱かんなんて言うて・・・きっちりと男の本懐は遂げてはったんやなあ・・」
袖で目頭を押さえながら、うんうんと頷く兆斎に「はあっ?」と声を荒げる華月の声が重なった。
「・・・三人も一度にやなんて・・・はあぁっ・・やっぱりわしの華月はんは違いますわあ・・・」
「・・はっ!?・・あっ・・あいつらは違う!何も無い!お前と一緒にするな!この色情魔!」
「まったまたぁ~この期に及んで、しらを切るやなんて華月はんらしゅうない」
笑いをかみ殺しながら歩いている兆斎のその表情は、何処から見ても楽しそうだ。
「だから違う!あいつらは何故か側に寄ってくるんで・・そのままにしてただけだ」
「・・・・・・・・」
素直や無いお方やねえ・・そう呟いた彼の声は華月には届かなかった。
「でもやなぁ、華月はん」
「なんだ・・?」
「おなごはんが、あんなあられもない格好しとったら・・腰のもんが疼きますやろお」
「・・まだ言うか・・島原の女たちも大変だな・・これの相手をしなきゃならんとは・・・」
「島原の女狐はんらは・・一度深みにはまったら・・もうあきまへん。あの口・・あの腰の動き・・もう・・あないな動きをされたら・・そらぁ男の腰は砕けてもおかしゅうないです」
と身振り手振りで華月に話している。
今日の彼は酷く上機嫌だった。
冥府に一番近い場所。冥府殿は、この世とあの世の中間に存在している。
その建物は平安時代を彷彿とさせる造りになっていて、自室で横になっていた華月は兆斎からの報告に寝ていた体を起き上がらせた。
その隣には髪の長い女の幽霊が数人同じように腰を下ろしている。
どの女も着物の前が肌蹴て、肌が露になったままだ。
両肩を出し胸の前で帯を結んだ女が一人、団扇を静かに動かしながら華月に風を当てている。ここでは幽霊も現世のような透明で蒼白い姿ではなく、まるで人間のように触れる事が出来るとあって、幽霊たちも人間と同じように過ごしているのだ。
むしろ、ここでは肉体の方が邪魔なのかもしれない。
「・・・・・・・・・・」
長羽織を肩に掛けたまま、着流し姿の彼を見たのは久しぶりだと兆斎は思う。
こんなにくつろいだ様子の彼を見たのは、いつ以来だろうか。そんな事を彼は思った。
もしかするとお楽しみの直後だったのかもしれない。
「・・・それで、猫又の出所は・・?」
「人間の・・それも独特の死臭に飲まれた男の刀に憑いとりますわぁ。すぐにそいつ斬って猫又だけもろて帰ろ思いましたんやけんど・・まあ、それは後でも宜しいよって、先に我々をコケにしてくれよった猫目の阿呆共にお礼をしに行こかと思っとります」
「何?」
兆斎のその言葉に、華月の表情が険しくなる。
「・・・・・お前だけでか?・・」
「ええ」
「心配だ。俺も行こう。一寸時間をくれ。着替えをしたい」
「あらぁ。宜しいんで?お邪魔でしたんと違いますのん?」
「はあぁっ?」
立ち上がり女が用意した着物に手を伸ばしながら、僅かに華月の声が上擦った。
「・・・・・」
「華月はんのそういうとこ。やっぱりええですなぁ」
くつくつと笑いをかみ殺す兆斎に向かって、何を言い出すかと思えばと言いたげな表情で華月は眺めていたのだが、やがて諦めたように溜息を吐くと彼に背を向けたのである。
「・・・・」
着物を着替えるのを手伝おうと女の幽霊が手を伸ばす。それを構わないと静止しながら、華月は女に羽織っていた長羽織を脱いで手渡した。
襦袢を着ようと着替える華月の様子を、遠巻きに兆斎は眺めている。
「・・・・・・・」
着物の下に隠された無駄な肉のついていない逞しい背中。
しかしその背中を見た兆斎の眉間には微かに皺が寄っている。
何故か?その背中には、上から斜めに腰の辺りまで抉られたように深く斬られた傷痕が消えずに残っていたからだ。
その傷跡を見る度に、兆斎の心の臓が一際高い音を立てる。
疼く古傷に蓋をするように兆斎が華月の背中から目を逸らすと、それに気づいたのか。
いつも着ている着物に袖を通した華月が袴の帯を結びながら「どうした?」と、振り向いた。
「いえ?相変わらずええ男やなあと見惚れてましたンや」
そう言いながら先ほどの表情を隠すように、兆斎がうっとりとした表情を見せる。
その表情に長棍を手にした華月が近付いてきては「馬鹿野郎」と、軽く彼の頭をペシッと叩いた。
「あてっ」
「馬鹿な事言ってないでさっさと行くぞ」
「あーい」
そう言いながら兆斎は差していた刀とは違う、槍のように長い武器を手にしている。
しかしその切っ先は、蛇の口のように牙がついた奇妙な形をしていた。
「奴らは同じ所に二度いない習性がある。厄介だな・・」
「ほんまやねえ・・ほんまに上手く隠してはりますなあ」
現世に現れた二匹は、のんびりとした足取りで東山の山中を歩いている。
何処までも続く獣道。ここを人間が通るなんて事はまず無いだろうと華月は思う。
この東山からだいぶ離れた場所に、清水という名の寺があるという。
空が灰色に覆われているせいで、山全体が黒い影に覆われ不気味さが漂う中を、二匹は黙したまま、山道を歩いている。
ただ、じゃりじゃりとした砂を踏む音だけが静かに響いた。
「しかし・・・華月はんも意外とやりますなあ」
「何がだ・・?」
「好いた女子はんしか、ほんまに抱かんなんて言うて・・・きっちりと男の本懐は遂げてはったんやなあ・・」
袖で目頭を押さえながら、うんうんと頷く兆斎に「はあっ?」と声を荒げる華月の声が重なった。
「・・・三人も一度にやなんて・・・はあぁっ・・やっぱりわしの華月はんは違いますわあ・・・」
「・・はっ!?・・あっ・・あいつらは違う!何も無い!お前と一緒にするな!この色情魔!」
「まったまたぁ~この期に及んで、しらを切るやなんて華月はんらしゅうない」
笑いをかみ殺しながら歩いている兆斎のその表情は、何処から見ても楽しそうだ。
「だから違う!あいつらは何故か側に寄ってくるんで・・そのままにしてただけだ」
「・・・・・・・・」
素直や無いお方やねえ・・そう呟いた彼の声は華月には届かなかった。
「でもやなぁ、華月はん」
「なんだ・・?」
「おなごはんが、あんなあられもない格好しとったら・・腰のもんが疼きますやろお」
「・・まだ言うか・・島原の女たちも大変だな・・これの相手をしなきゃならんとは・・・」
「島原の女狐はんらは・・一度深みにはまったら・・もうあきまへん。あの口・・あの腰の動き・・もう・・あないな動きをされたら・・そらぁ男の腰は砕けてもおかしゅうないです」
と身振り手振りで華月に話している。
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