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黒羽織其の六 妖刀さがし
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「まずは・・俺やない。姉やんにご飯をあげないかん」
そう思い歩いて行く道すがら、いろんな人とすれ違った。透き通るような兆斎の髪は、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。その髪を見て「譲ってほしい」という人が、次から次へと現れた。
見た事のある顔の人。若い人。そうではない人。近付いてきた人の顔は男女様々だったが、兆斎は手にした髪を渡す前に『何か食べるものと交換してほしい』と言った。
その声に最初は文句を言われるかと思ったが、予想に反して、声をかけてきた人は文句を言うわけでもなく、彼に様々な物を譲ってくれた。
麻袋に入ったアワやヒエ。よく分からない木の実の種。中には先ほどまで川で釣りをしていたという人も、釣れたばかりの魚を一匹、譲ってくれた。
兆斎は言われるがままに髪の束を小分けにしてそれを渡すと同時に品を受け取り、いつの間にか彼の両手は、よく分からない麻袋でいっぱいになったのだった。
「・・・・・・・・・・・」
ピタピタと袋の中で動く魚を押さえながら、別れたばかりの人達を見る。
どの人も機嫌が良さそうで、談笑しながら歩いて行く様を見て、兆斎は最初「あれ?」と思った。怒るわけでもない。文句を言われるわけでもない。石を投げるわけでもない。
よくよく考えてみれば、あの人たちの中には子どもが一人もいなかったのだ。
「・・・・・」
沢山の疑問符を頭の上で回転させながら、兆斎はもと来た道をゆっくりと戻っていく。
家が見えてくると、外に出て自分を探す姉の姿が目に入った。そういえば、髪の束を持って何も言わずに家を出て来てしまった事を思い出して、少しばかり罪悪感が脳裏を過る。
しかし、そのチクチクとした罪悪感も、両手いっぱいに荷物を抱えた兆斎に驚いて、駆け寄ってくる姉の姿に、かき消されてしまった事もまた事実ではあった。
その日は、食べ物を入れておく小箱の中が、貰ったばかりの食糧でいっぱいになった記念すべき日になった。
兆斎は、釣ったばかりの魚を焼く姉の後姿を見て、どこか胸の奥がじんわりと温かくなったような、くすぐったいような、何とも妙な気持ちに包まれていた。
魚を食べるのは久しぶりだ。それを嬉しそうに焼く姉の姿を見たのも、また久しぶりだった。
その日の夕餉の魚は、姉に全部渡すことにしよう。きっと、姉はまた自分は要らないと言うかもしれない。けれど、そう言われても何日も食べていない姉の方が先だと自分に言い聞かせながら、兆斎は姉の背中を目で追っていた。
兆斎が、短くなった前髪で見た景色は、その日から少し変わったように思う。
いつ、どこに行くにも彼は姉の姿を追った。山に生えている山菜や木の実を取りに行く時も。川に釣りに行く時も。毎日、姉と共に外に出ていた。
外に出て気が付いたことがある。
姉と共に村の近くで山菜を取ったり、川で魚を捕まえていると、同じように木の実や山菜を取っていたり、川に来た人達と顔なじみになった。最初は疑問符が残ったが、毎日のように顔を合わせていると不思議なもので仲良くなってしまう。
若い男の人、年配の女性。道行く人は様々だった。その人たちは、今まで出会った誰よりも、兆斎と姉に優しかった気がする。姉の顔色が悪いと誰かが気が付くと、姉に魚や木の実を譲ってくれる。姉はそれに何度も頭を下げていた。その様を見て、兆斎も同じように頭を下げた事もある。
それから、兆斎と姉は人間だけでなく、その近くに住む別の妖怪とも顔なじみになった。
その妖怪たちは、人間と普通に会話をして同じように生活をしていた。
今まで彼が見ていた景色とは何かが違う。
その妖怪たちは、兆斎にも優しかった。
妖怪だけでなく、人間も優しかった。
何度も姉に会いに来て、何かを話して帰っていく。
そんな男性も何人かはいた気がする。
姉に気が合って、何度も求婚を申し込もうとした男性だったのだろうかと、今ならばあの時の会話の意味も容易に推測することが可能になるが、生憎、その時の兆斎は幼かったので、会話の意味がよく分かっていなかった。
姉は、どの男性の声にも首を縦には振ろうとしなかった。ただ、申し訳なさそうに首を振るだけで、それ以上は何も言わず、男性もまた、何も言おうとはしていなかったため、幾月かでその光景も見えなくなってしまったが、それでも変わらず若い男性達は兆斎と姉に優しくしてくれた。
一緒に魚を捕まえに行ったり、木の実を拾いに行ったり、兆斎が熱を出した時には何度も薬草を取りに行ってくれたり、また水を汲んで取り替えてくれたりもした。
その一方で、姉の態度に不満を持つ者も少なくは無かった。何か袋のような物を手にして家に来る男性も幾人かおり、その度に姉は『頂く事は出来ません』と何度も頭を下げていた。
何も言わずに家を出る男性の事が気になった兆斎は、耳を隠す為に布を被り、家の戸口にある御簾を少しばかり開けて外を見た。
「・・・・・・・・・・・」
数人の男性と、何かを話している背中が見える。その者達は、よほどこちらが気になるのか。何度も、振り返ってこちらを見ている。
その表情には見覚えがあった。
「・・・・・・・・・」
何か嫌な予感がして、兆斎の胸がざわざわと騒ぎ始める。
『嫌な予感がする』
その理由ははっきりとは分からない。
はっきりとは分からないその時の予感が現実になる日が来ようとは、その時の兆斎には思いもつかなかった。
そう思い歩いて行く道すがら、いろんな人とすれ違った。透き通るような兆斎の髪は、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。その髪を見て「譲ってほしい」という人が、次から次へと現れた。
見た事のある顔の人。若い人。そうではない人。近付いてきた人の顔は男女様々だったが、兆斎は手にした髪を渡す前に『何か食べるものと交換してほしい』と言った。
その声に最初は文句を言われるかと思ったが、予想に反して、声をかけてきた人は文句を言うわけでもなく、彼に様々な物を譲ってくれた。
麻袋に入ったアワやヒエ。よく分からない木の実の種。中には先ほどまで川で釣りをしていたという人も、釣れたばかりの魚を一匹、譲ってくれた。
兆斎は言われるがままに髪の束を小分けにしてそれを渡すと同時に品を受け取り、いつの間にか彼の両手は、よく分からない麻袋でいっぱいになったのだった。
「・・・・・・・・・・・」
ピタピタと袋の中で動く魚を押さえながら、別れたばかりの人達を見る。
どの人も機嫌が良さそうで、談笑しながら歩いて行く様を見て、兆斎は最初「あれ?」と思った。怒るわけでもない。文句を言われるわけでもない。石を投げるわけでもない。
よくよく考えてみれば、あの人たちの中には子どもが一人もいなかったのだ。
「・・・・・」
沢山の疑問符を頭の上で回転させながら、兆斎はもと来た道をゆっくりと戻っていく。
家が見えてくると、外に出て自分を探す姉の姿が目に入った。そういえば、髪の束を持って何も言わずに家を出て来てしまった事を思い出して、少しばかり罪悪感が脳裏を過る。
しかし、そのチクチクとした罪悪感も、両手いっぱいに荷物を抱えた兆斎に驚いて、駆け寄ってくる姉の姿に、かき消されてしまった事もまた事実ではあった。
その日は、食べ物を入れておく小箱の中が、貰ったばかりの食糧でいっぱいになった記念すべき日になった。
兆斎は、釣ったばかりの魚を焼く姉の後姿を見て、どこか胸の奥がじんわりと温かくなったような、くすぐったいような、何とも妙な気持ちに包まれていた。
魚を食べるのは久しぶりだ。それを嬉しそうに焼く姉の姿を見たのも、また久しぶりだった。
その日の夕餉の魚は、姉に全部渡すことにしよう。きっと、姉はまた自分は要らないと言うかもしれない。けれど、そう言われても何日も食べていない姉の方が先だと自分に言い聞かせながら、兆斎は姉の背中を目で追っていた。
兆斎が、短くなった前髪で見た景色は、その日から少し変わったように思う。
いつ、どこに行くにも彼は姉の姿を追った。山に生えている山菜や木の実を取りに行く時も。川に釣りに行く時も。毎日、姉と共に外に出ていた。
外に出て気が付いたことがある。
姉と共に村の近くで山菜を取ったり、川で魚を捕まえていると、同じように木の実や山菜を取っていたり、川に来た人達と顔なじみになった。最初は疑問符が残ったが、毎日のように顔を合わせていると不思議なもので仲良くなってしまう。
若い男の人、年配の女性。道行く人は様々だった。その人たちは、今まで出会った誰よりも、兆斎と姉に優しかった気がする。姉の顔色が悪いと誰かが気が付くと、姉に魚や木の実を譲ってくれる。姉はそれに何度も頭を下げていた。その様を見て、兆斎も同じように頭を下げた事もある。
それから、兆斎と姉は人間だけでなく、その近くに住む別の妖怪とも顔なじみになった。
その妖怪たちは、人間と普通に会話をして同じように生活をしていた。
今まで彼が見ていた景色とは何かが違う。
その妖怪たちは、兆斎にも優しかった。
妖怪だけでなく、人間も優しかった。
何度も姉に会いに来て、何かを話して帰っていく。
そんな男性も何人かはいた気がする。
姉に気が合って、何度も求婚を申し込もうとした男性だったのだろうかと、今ならばあの時の会話の意味も容易に推測することが可能になるが、生憎、その時の兆斎は幼かったので、会話の意味がよく分かっていなかった。
姉は、どの男性の声にも首を縦には振ろうとしなかった。ただ、申し訳なさそうに首を振るだけで、それ以上は何も言わず、男性もまた、何も言おうとはしていなかったため、幾月かでその光景も見えなくなってしまったが、それでも変わらず若い男性達は兆斎と姉に優しくしてくれた。
一緒に魚を捕まえに行ったり、木の実を拾いに行ったり、兆斎が熱を出した時には何度も薬草を取りに行ってくれたり、また水を汲んで取り替えてくれたりもした。
その一方で、姉の態度に不満を持つ者も少なくは無かった。何か袋のような物を手にして家に来る男性も幾人かおり、その度に姉は『頂く事は出来ません』と何度も頭を下げていた。
何も言わずに家を出る男性の事が気になった兆斎は、耳を隠す為に布を被り、家の戸口にある御簾を少しばかり開けて外を見た。
「・・・・・・・・・・・」
数人の男性と、何かを話している背中が見える。その者達は、よほどこちらが気になるのか。何度も、振り返ってこちらを見ている。
その表情には見覚えがあった。
「・・・・・・・・・」
何か嫌な予感がして、兆斎の胸がざわざわと騒ぎ始める。
『嫌な予感がする』
その理由ははっきりとは分からない。
はっきりとは分からないその時の予感が現実になる日が来ようとは、その時の兆斎には思いもつかなかった。
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