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黒羽織其の六 妖刀さがし
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「・・・私はどうなっても良いのです・・ですが・・兆斎は・・ここにいる兆斎だけは・・助けてやりたいのです・・叔父上・・」
「しかし・・しかしな・・酷な事を言うようじゃが・・あれは父の顔を知らんじゃろう・・。闇夜一族には一族の者にしか開かん扉があるはずじゃ。その扉を知るのは一族の血を持つ者のみ。自らの血を知らぬあの子では・・扉どころか行く道も分らんじゃろうて・・」
「・・・・叔父上・・」
「今となっては、仕様のない話ではあるがのう・・」
「あの方は・・私が身籠った頃にはもう亡くなられておいででした・・。あの方に関する物を何も持たずに出た私が悪いのです・・・」
「・・・そう自らを責めようとするでない。せめて・・汀様が頼りにされていた卯月様か・・不可視蝶がいれば良いのじゃが・・」
「・・・・・・」
朝もやの影に隠れるように重い空気が、ただ静かに流れていく。
「・・・・イワナ・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・死ぬなよ・・・」
それだけを言うと、その者は他に行くところがあると足早に家から去って行ってしまった。
平安の時代。人間と妖怪は互いに手を取り合って生きていたという。
妖怪たちが貴族社会の中に進出するまでは見えなかった光景だったが、鬼の一族が平安京を急襲し、今まで人間だけのものだったはずの空を一瞬にして灰に変えてしまった。
それからは、神無月という名の妖怪が帝の位につき、全ての官位を妖怪の方が上になるように変え、それまで都を支えていた公卿連中を始め、上級の貴族達の官位を次々に退位させていったとも聞く。ただ、上級・下級を問わず、天屋一族が貴族社会の中で頭角を現すことで、表面上は互いに上手くいっているという関係を見せていただけに、この動きは妖怪たちにとってはまさに青天の霹靂だったともいえよう。
その日を境に、姉の表情には陰りが見えるようになった。
はたと見ただけでは分からない。
「・・・・・・・・・・・・・・」
ただ、兆斎は昨日と同じ穏やかな日が、ただずっと続けば良いとそう思っていた。
深夜の急襲を耳にするまでは・・・。
それからひと月を待たずして、兆斎の住む村は業火に包まれた。
わぁぁあああと逃げ惑う多くの声が、遠くに聞こえる。
その声に最初に気が付いたのは、兆斎であった。
「ね・・姉やん・・」
藁や蓑が燃えて燻ぶる煙が、部屋へと入って来る。
ふと外を見に行けば群青の空の下、赤黒く燃える炎の渦がはるか先を照らしていた。
「に・・・・・逃げましょう!兆斎」
「う・・うん」
姉のその声で、兆斎は走った。
取るものもとりあえず、住んでいた家を離れて姉と共に逃げるように、ただ走った。
「・・・ここまで来れば・・大丈夫かしら・・」
ぜいぜいはぁはぁと切れる息を整えながら、そう話す姉の表情は硬い。
「・・・・・・」
「兆斎!」
「・・・・・・?」
「あっ・・兄さま!」
よく見ればこちらに向かって走って来る者の姿が見える。よく見ればいつも家に来てくれる親しい友人達の姿だった。
しかし、どうも様子がおかしい。
何かを叫びながら、誰もがこちらに向かって駆けて来るではないか。
「・・・・?」
「逃げろ!」
「今すぐ・・」
「姉ちゃん連れて逃げ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
―・・・どさりと、鈍い音がした。
ひとり、また一匹と斬り倒される者が見える。
昨日まで笑って話していた者が、次々と倒れていく。
「・・・あ・・あぁ・・」
「姉やん!!」
体中が硬くなって動かない姉の手を、ぐいっと引っ張ると兆斎は夢中で走った。
坂道を滑るように降りて、彼は人里の中へと走って逃げた。
ただ、森ではなく、山ではなく、人々が逃げ惑う群れの中へと彼は自ら突っ込んでいったのだ。
山は危ない。森は危ない。兆斎の耳が、脳が、そう告げている。
逃げるなら人の群れへ。
走るなら逃げる人と共に、皆が皆、状況の分からぬまま前へ前へと走っている。
足がおぼつかない姉の腕をただ引っ張って、彼は無我夢中で走って行った。
そうして一息ついた頃、彼はごうごうと燻ぶり燃え続ける視界の中で、一体起こったのかを姉と共に見る事になったのである。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
無我夢中で気付かなかった。
足元には息絶えた者の手が見える。それはひとりやふたりではなかった。
もうもうと煙る視界の中で、妖怪だけでなく人間の亡骸も同じように瓦礫となった家の端々で倒れているその光景に口元を覆いながら、二匹は呆然と立ち尽くすしかなかった。
「・・・なんて・・ことを・・」
「・・・姉やん・・」
気が付けば人の群れから少しばかり離れてしまっている。
ここにずっといては危ないと、兆斎が踵を返したその時だった。
「兆斎!」
「あ・・お姉はん!」
「ああ・・!無事だったのか!よかっ・・」
そう言いながら走って来る顔見知りの妖怪のお姉さんの身体が、赤い飛翔と共に前のめりにぐらりと揺れる。
「お姉は―‥‥」
そう言いかけて、とっさに駆け寄った兆斎の視界が、鈍い鈍痛と共に暗く歪んだのは、それからすぐの事だった。
「しかし・・しかしな・・酷な事を言うようじゃが・・あれは父の顔を知らんじゃろう・・。闇夜一族には一族の者にしか開かん扉があるはずじゃ。その扉を知るのは一族の血を持つ者のみ。自らの血を知らぬあの子では・・扉どころか行く道も分らんじゃろうて・・」
「・・・・叔父上・・」
「今となっては、仕様のない話ではあるがのう・・」
「あの方は・・私が身籠った頃にはもう亡くなられておいででした・・。あの方に関する物を何も持たずに出た私が悪いのです・・・」
「・・・そう自らを責めようとするでない。せめて・・汀様が頼りにされていた卯月様か・・不可視蝶がいれば良いのじゃが・・」
「・・・・・・」
朝もやの影に隠れるように重い空気が、ただ静かに流れていく。
「・・・・イワナ・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・死ぬなよ・・・」
それだけを言うと、その者は他に行くところがあると足早に家から去って行ってしまった。
平安の時代。人間と妖怪は互いに手を取り合って生きていたという。
妖怪たちが貴族社会の中に進出するまでは見えなかった光景だったが、鬼の一族が平安京を急襲し、今まで人間だけのものだったはずの空を一瞬にして灰に変えてしまった。
それからは、神無月という名の妖怪が帝の位につき、全ての官位を妖怪の方が上になるように変え、それまで都を支えていた公卿連中を始め、上級の貴族達の官位を次々に退位させていったとも聞く。ただ、上級・下級を問わず、天屋一族が貴族社会の中で頭角を現すことで、表面上は互いに上手くいっているという関係を見せていただけに、この動きは妖怪たちにとってはまさに青天の霹靂だったともいえよう。
その日を境に、姉の表情には陰りが見えるようになった。
はたと見ただけでは分からない。
「・・・・・・・・・・・・・・」
ただ、兆斎は昨日と同じ穏やかな日が、ただずっと続けば良いとそう思っていた。
深夜の急襲を耳にするまでは・・・。
それからひと月を待たずして、兆斎の住む村は業火に包まれた。
わぁぁあああと逃げ惑う多くの声が、遠くに聞こえる。
その声に最初に気が付いたのは、兆斎であった。
「ね・・姉やん・・」
藁や蓑が燃えて燻ぶる煙が、部屋へと入って来る。
ふと外を見に行けば群青の空の下、赤黒く燃える炎の渦がはるか先を照らしていた。
「に・・・・・逃げましょう!兆斎」
「う・・うん」
姉のその声で、兆斎は走った。
取るものもとりあえず、住んでいた家を離れて姉と共に逃げるように、ただ走った。
「・・・ここまで来れば・・大丈夫かしら・・」
ぜいぜいはぁはぁと切れる息を整えながら、そう話す姉の表情は硬い。
「・・・・・・」
「兆斎!」
「・・・・・・?」
「あっ・・兄さま!」
よく見ればこちらに向かって走って来る者の姿が見える。よく見ればいつも家に来てくれる親しい友人達の姿だった。
しかし、どうも様子がおかしい。
何かを叫びながら、誰もがこちらに向かって駆けて来るではないか。
「・・・・?」
「逃げろ!」
「今すぐ・・」
「姉ちゃん連れて逃げ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
―・・・どさりと、鈍い音がした。
ひとり、また一匹と斬り倒される者が見える。
昨日まで笑って話していた者が、次々と倒れていく。
「・・・あ・・あぁ・・」
「姉やん!!」
体中が硬くなって動かない姉の手を、ぐいっと引っ張ると兆斎は夢中で走った。
坂道を滑るように降りて、彼は人里の中へと走って逃げた。
ただ、森ではなく、山ではなく、人々が逃げ惑う群れの中へと彼は自ら突っ込んでいったのだ。
山は危ない。森は危ない。兆斎の耳が、脳が、そう告げている。
逃げるなら人の群れへ。
走るなら逃げる人と共に、皆が皆、状況の分からぬまま前へ前へと走っている。
足がおぼつかない姉の腕をただ引っ張って、彼は無我夢中で走って行った。
そうして一息ついた頃、彼はごうごうと燻ぶり燃え続ける視界の中で、一体起こったのかを姉と共に見る事になったのである。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
無我夢中で気付かなかった。
足元には息絶えた者の手が見える。それはひとりやふたりではなかった。
もうもうと煙る視界の中で、妖怪だけでなく人間の亡骸も同じように瓦礫となった家の端々で倒れているその光景に口元を覆いながら、二匹は呆然と立ち尽くすしかなかった。
「・・・なんて・・ことを・・」
「・・・姉やん・・」
気が付けば人の群れから少しばかり離れてしまっている。
ここにずっといては危ないと、兆斎が踵を返したその時だった。
「兆斎!」
「あ・・お姉はん!」
「ああ・・!無事だったのか!よかっ・・」
そう言いながら走って来る顔見知りの妖怪のお姉さんの身体が、赤い飛翔と共に前のめりにぐらりと揺れる。
「お姉は―‥‥」
そう言いかけて、とっさに駆け寄った兆斎の視界が、鈍い鈍痛と共に暗く歪んだのは、それからすぐの事だった。
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