黒羽織

四宮

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黒羽織その伍 顔なし女

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「おお。やってるなあ」
不意に聞こえた声に、思わず鉄心の腕が止まる。
木刀を振り上げたまま、後ろを振り返ると源太と丁が歩いてくるのが見えて、ふっと鉄心の頬も緩んでしまう。
振り上げた木刀を下ろしながら、源太を見る。
「どうしたんですか?」
鉄心が問う。

「これから湯屋に行くんだ。鉄坊も行くだろう?」
その源太の声に、にっこりと笑って頷くと、鉄心は自分の部屋へと走っていった。
何時の間にか、陽は既に傾いてしまっていた。

「・・・ほぅ」
新しい手ぬぐいを首に掛けたまま湯屋を出る。
先ほどまで素振りをしていたせいか、余計にお湯が気持ち良かった。
大きなお風呂は嫌いじゃない。むしろ好きだと思う。
ほかほかと火照った身体に、このそよ風は心地良い。
それにしても、湯屋代が八文ではなく六文というのが引っかかる。

「・・・・・・」
湯屋代を源太に出してもらうのが、ほぼ当たり前になってしまっている事が、何処か後ろめたい。
けれど、どれだけ自分が出すと言っても彼は気にするなと笑うだけで、逆になんだかそれが鉄心にはくすぐったかった。
なんだか兄が増えた気がして、どこか嬉しかったのだ。
もしかすると丁も同じなのかもしれない。そんなことを考えて彼は耳元で鳴く蚊を叩いた。

「ああそうだ。ちょっと寄り道していかないか?」
そんなことを源太が言う。
一瞬、夕餉の事を心配したがそんな事を源太が言うのは珍しいので、鉄心は小さく頷くと彼の後をついて行くことにした。
無意識に首元に手が行ってしまう。どうやら刺されてしまったらしい。
「何処へ行くのですか?」
鉄心の問いに源太は何も答えない。何処か楽しそうに笑うだけだ。
丁も表情を変えずに歩いている。

「・・・ここは・・・」
何時もとは違う道をまっすぐ歩いて行くと、一軒の店の前で源太が足を止めた。
「鉄坊も丁もまだ知らないか・・・」
呟きながら店の中に入っていく彼の後をついて歩く。
店内には数多くの掛け軸が横一列に飾られている。
それは花や鶴だけでなく、風景を描いたものもけして少なくは無かった。

「掛け軸・・・?」
「そう。掛け軸さ」
そう言いながら源太はきょろきょろと店内を見渡している。
誰かを探しているのか、彼の視線は掛け軸を見ていない。

「賽ノ目さん」と呼ぶ声に三人が反応したのは、それから少し経っての事だった。
「噂の掛け軸はこれでございます」
若い店主がするすると掛け軸を紐解いている。
歳は源太よりも少し上だろうか。人のよさそうな顔をしている。
その店主が手にしている掛け軸は、かなり昔のものなのだろう。
紙が痛んで、染みをいくつもこしらえてしまっていた。
紙独自の匂いが鼻をかすめる。
店内に他に人はおらず、しんと静まり返っている。
外からは人の話す声に合わせるように、からころと下駄の音が鳴るだけだ。

「・・・これは・・・」

広げられた眼前の掛け軸を前に、三人は無意識に言葉を失ってしまった。
掛け軸には淡い桜色の着物を着た女性が写っている。

しかし、無いのだ。
肝心のものが、その掛け軸に欠けてしまっている。

「顔が無い・・・」
丁が呟いた。
その掛け軸、首から上が無くなってしまっているではないか。
「・・・・・・・」
店主は申し訳なさそうに目を伏せている。
「この掛け軸は・・およそ寛永の頃に描かれたものだろうと言われています。作画者もこの持ち主も不明の絵で、最初はちゃんと顔があったのですが・・・掛け軸を整理しようと陰干しのために紐解いてみましたら・・・」
「無くなっていたんですね」
その声に店主は肩を落とした。

「・・・無くなったっていうか・・・」
鉄心の声を拾うように丁が首を傾げながら「斬られたみたい」と後に続いた。
彼の眉間には皺が刻まれている。

「この掛け軸は先先代の、そのまた前の代からの品物で、私も小さい頃から何度か目にしておりました・・まさか・・このような・・」
眉間に皺を寄せたまま、掛け軸から目を逸らすように店主が溜息を吐く。

無理もない。
その絵、首から上が斬られてしまったのか。首元から血が滴り落ちているではないか。
まるで生きているようで、鉄心の背中がぞくりと震えた。
誰が見ても薄気味悪い絵だと思うだろう。けれど、鉄心には何処か引っかかるものがあった。
それを上手く言葉に出来ないけれど、確かに何かが引っかかる。

掛け軸を見せてもらった店を出ると、辺りはもうすっかり暗くなってしまっていた。
三人はまた来ますと言い、掛け軸をそのままに歩いてきたのだ。
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