25 / 72
黒羽織その伍 顔なし女
6
しおりを挟む
その篤之進も血まみれになってしまっている。
部屋をのぞいてみれば全員、同じように血まみれだった。
「・・・・・・」
「由利乃・・・?」
片腕に手ぬぐいを持った才蔵が由利乃に近付く。
しゃがみ込んで放心状態の彼の頬を手の甲で擦るように触ると、はっとしたように由利乃が才蔵を見た。
そうして彼は昨夜の出来事を耳にしたのである。
「・・・お前には・・・ちょっと見せたくねえ光景だったからなぁ・・・」
そう言う才蔵の目は優しい。その表情に由利乃はぶすっとした表情を見せたが何も言わなかった。
「私も手伝うよ。才蔵」
「いいって、お前の着物が汚れちまう」
「何言ってるの。こんな時くらい手伝いをさせてよ」
そう言いながら由利乃が立ち上がり、才蔵の片腕に手を伸ばした。
朝餉をする暇もなく、全員で篤之進の部屋の掃除を行い、全てが終わった頃にはもう昼になってしまっていた。
全員、湯を浴びて血を落とすと着物を替えていく。
脱いだ着物は洗濯用のたらいに入れられ、先に入った雫とお涼が次々に洗っては干していった。
「なかなか・・・血は落ちませんね」
「時間が経ちすぎていますからね」
そんな話をしながらも洗濯板に擦りつけながらごしごしと洗い続け、その後ろでは源太と由利乃が障子紙を剥がしては、残り物の飯粒で作った糊を塗り、紙を張り替える作業を繰り返している。
一方、畳屋へ向かおうと才蔵、鉄心、篤之進の三人は三条通りを通って六角通りを歩いていた。
人の往来は相変わらず激しい。不意に鉄心は昨夜の事を口にした。
「大きな声では言えないんですがね」
そう呟く篤之進の表情は暗い。
「・・・女が一人、夜更けにうろついて・・・そんなもん・・・決まってるだろうが・・・」
「これは憶測でしかありません。ですが、恐らく彼女は当ても無くふらふらと歩いていたのだと思います。夜も深く、けして安全とはいえません。真っ暗で此処が何処かも分からない彼女は恐らく何者かに出会ったのでしょう」
「島原まではだいぶ遠い。金を出し渋る奴がいてもおかしくねえ夜だ。女に飢えてる輩がいねえとも限らねえ」
「・・・まさか・・・」
「さぞかし・・・恐ろしかったはずですよ・・・」
そう話す篤之進の表情は暗く、困ったように口元だけが笑っていた。
その瞬間、鉄心眼にずきりと鈍い痛みが走り、彼は歩こうとして差し出した足を止めた。
鉄心の紅い目。それが段々と熱を帯びていく。
水面に落とした血がゆっくりと外側に広がるように、鉄心の眼の色が濃くなっていき、やがて、目の奥に焔が見えた。
「鉄?」
才蔵の声が何処か遠くで聞こえる。
・・・これは、何だ・・・?
夜も更けた頃、暗闇の中をキョロキョロと顔を動かしながら歩く女の姿が見える。
周囲は暗く、町を照らす明かりは何も無い。
女の表情は硬く、裸足のまま歩き回っている。
その女性の前に近付く大きな黒い影が三つ。酔っているのか身体が左右に揺れている。
影が、闇の隙間から女の帯を見た。
下卑た笑いを口元に含みながら影が動く。
女が振り返る。その瞳は影に消え。口元だけが僅かに動いた。
その影は女の姿を捉えると不意に女の腕を取った。
自分よりも大きく太い腕。
ひとつだった腕がふたつ。みっつとだんだん増える。
女の弱い力では、腕に絡み付いた熱を振りほどくことなど不可能に近かった。
それでも踵を返すようにもみ合い、何とか振りほどいた体で、強張った表情のまま走ろうとした女の襟元を影が掴む。
がくんと膝が揺れ、伸びた腕が、ひとつ。女の帯を取った。
衣擦れの絡む音。襦袢に隠れる肌が闇夜の月で露わになった。
下卑た影が、月夜で映る。
それは名も知らぬ男の歪んだ笑みだった。
部屋をのぞいてみれば全員、同じように血まみれだった。
「・・・・・・」
「由利乃・・・?」
片腕に手ぬぐいを持った才蔵が由利乃に近付く。
しゃがみ込んで放心状態の彼の頬を手の甲で擦るように触ると、はっとしたように由利乃が才蔵を見た。
そうして彼は昨夜の出来事を耳にしたのである。
「・・・お前には・・・ちょっと見せたくねえ光景だったからなぁ・・・」
そう言う才蔵の目は優しい。その表情に由利乃はぶすっとした表情を見せたが何も言わなかった。
「私も手伝うよ。才蔵」
「いいって、お前の着物が汚れちまう」
「何言ってるの。こんな時くらい手伝いをさせてよ」
そう言いながら由利乃が立ち上がり、才蔵の片腕に手を伸ばした。
朝餉をする暇もなく、全員で篤之進の部屋の掃除を行い、全てが終わった頃にはもう昼になってしまっていた。
全員、湯を浴びて血を落とすと着物を替えていく。
脱いだ着物は洗濯用のたらいに入れられ、先に入った雫とお涼が次々に洗っては干していった。
「なかなか・・・血は落ちませんね」
「時間が経ちすぎていますからね」
そんな話をしながらも洗濯板に擦りつけながらごしごしと洗い続け、その後ろでは源太と由利乃が障子紙を剥がしては、残り物の飯粒で作った糊を塗り、紙を張り替える作業を繰り返している。
一方、畳屋へ向かおうと才蔵、鉄心、篤之進の三人は三条通りを通って六角通りを歩いていた。
人の往来は相変わらず激しい。不意に鉄心は昨夜の事を口にした。
「大きな声では言えないんですがね」
そう呟く篤之進の表情は暗い。
「・・・女が一人、夜更けにうろついて・・・そんなもん・・・決まってるだろうが・・・」
「これは憶測でしかありません。ですが、恐らく彼女は当ても無くふらふらと歩いていたのだと思います。夜も深く、けして安全とはいえません。真っ暗で此処が何処かも分からない彼女は恐らく何者かに出会ったのでしょう」
「島原まではだいぶ遠い。金を出し渋る奴がいてもおかしくねえ夜だ。女に飢えてる輩がいねえとも限らねえ」
「・・・まさか・・・」
「さぞかし・・・恐ろしかったはずですよ・・・」
そう話す篤之進の表情は暗く、困ったように口元だけが笑っていた。
その瞬間、鉄心眼にずきりと鈍い痛みが走り、彼は歩こうとして差し出した足を止めた。
鉄心の紅い目。それが段々と熱を帯びていく。
水面に落とした血がゆっくりと外側に広がるように、鉄心の眼の色が濃くなっていき、やがて、目の奥に焔が見えた。
「鉄?」
才蔵の声が何処か遠くで聞こえる。
・・・これは、何だ・・・?
夜も更けた頃、暗闇の中をキョロキョロと顔を動かしながら歩く女の姿が見える。
周囲は暗く、町を照らす明かりは何も無い。
女の表情は硬く、裸足のまま歩き回っている。
その女性の前に近付く大きな黒い影が三つ。酔っているのか身体が左右に揺れている。
影が、闇の隙間から女の帯を見た。
下卑た笑いを口元に含みながら影が動く。
女が振り返る。その瞳は影に消え。口元だけが僅かに動いた。
その影は女の姿を捉えると不意に女の腕を取った。
自分よりも大きく太い腕。
ひとつだった腕がふたつ。みっつとだんだん増える。
女の弱い力では、腕に絡み付いた熱を振りほどくことなど不可能に近かった。
それでも踵を返すようにもみ合い、何とか振りほどいた体で、強張った表情のまま走ろうとした女の襟元を影が掴む。
がくんと膝が揺れ、伸びた腕が、ひとつ。女の帯を取った。
衣擦れの絡む音。襦袢に隠れる肌が闇夜の月で露わになった。
下卑た影が、月夜で映る。
それは名も知らぬ男の歪んだ笑みだった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる