黒羽織

四宮

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黒羽織その伍 顔なし女

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その篤之進も血まみれになってしまっている。
部屋をのぞいてみれば全員、同じように血まみれだった。

「・・・・・・」
「由利乃・・・?」
片腕に手ぬぐいを持った才蔵が由利乃に近付く。
しゃがみ込んで放心状態の彼の頬を手の甲で擦るように触ると、はっとしたように由利乃が才蔵を見た。
そうして彼は昨夜の出来事を耳にしたのである。

「・・・お前には・・・ちょっと見せたくねえ光景だったからなぁ・・・」
そう言う才蔵の目は優しい。その表情に由利乃はぶすっとした表情を見せたが何も言わなかった。
「私も手伝うよ。才蔵」
「いいって、お前の着物が汚れちまう」
「何言ってるの。こんな時くらい手伝いをさせてよ」
そう言いながら由利乃が立ち上がり、才蔵の片腕に手を伸ばした。

朝餉をする暇もなく、全員で篤之進の部屋の掃除を行い、全てが終わった頃にはもう昼になってしまっていた。
全員、湯を浴びて血を落とすと着物を替えていく。
脱いだ着物は洗濯用のたらいに入れられ、先に入った雫とお涼が次々に洗っては干していった。
「なかなか・・・血は落ちませんね」
「時間が経ちすぎていますからね」
そんな話をしながらも洗濯板に擦りつけながらごしごしと洗い続け、その後ろでは源太と由利乃が障子紙を剥がしては、残り物の飯粒で作った糊を塗り、紙を張り替える作業を繰り返している。

一方、畳屋へ向かおうと才蔵、鉄心、篤之進の三人は三条通りを通って六角通りを歩いていた。
人の往来は相変わらず激しい。不意に鉄心は昨夜の事を口にした。
「大きな声では言えないんですがね」
そう呟く篤之進の表情は暗い。

「・・・女が一人、夜更けにうろついて・・・そんなもん・・・決まってるだろうが・・・」
「これは憶測でしかありません。ですが、恐らく彼女は当ても無くふらふらと歩いていたのだと思います。夜も深く、けして安全とはいえません。真っ暗で此処が何処かも分からない彼女は恐らく何者かに出会ったのでしょう」
「島原まではだいぶ遠い。金を出し渋る奴がいてもおかしくねえ夜だ。女に飢えてる輩がいねえとも限らねえ」
「・・・まさか・・・」
「さぞかし・・・恐ろしかったはずですよ・・・」
そう話す篤之進の表情は暗く、困ったように口元だけが笑っていた。

その瞬間、鉄心眼にずきりと鈍い痛みが走り、彼は歩こうとして差し出した足を止めた。
鉄心の紅い目。それが段々と熱を帯びていく。
水面に落とした血がゆっくりと外側に広がるように、鉄心の眼の色が濃くなっていき、やがて、目の奥に焔が見えた。

「鉄?」
才蔵の声が何処か遠くで聞こえる。

・・・これは、何だ・・・?

夜も更けた頃、暗闇の中をキョロキョロと顔を動かしながら歩く女の姿が見える。
周囲は暗く、町を照らす明かりは何も無い。
女の表情は硬く、裸足のまま歩き回っている。

その女性の前に近付く大きな黒い影が三つ。酔っているのか身体が左右に揺れている。
影が、闇の隙間から女の帯を見た。
下卑た笑いを口元に含みながら影が動く。
女が振り返る。その瞳は影に消え。口元だけが僅かに動いた。
その影は女の姿を捉えると不意に女の腕を取った。
自分よりも大きく太い腕。
ひとつだった腕がふたつ。みっつとだんだん増える。
女の弱い力では、腕に絡み付いた熱を振りほどくことなど不可能に近かった。
それでも踵を返すようにもみ合い、何とか振りほどいた体で、強張った表情のまま走ろうとした女の襟元を影が掴む。
がくんと膝が揺れ、伸びた腕が、ひとつ。女の帯を取った。
衣擦れの絡む音。襦袢に隠れる肌が闇夜の月で露わになった。
下卑た影が、月夜で映る。

それは名も知らぬ男の歪んだ笑みだった。
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