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黒羽織その伍 顔なし女
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しおりを挟む陽も落ちた頃、首から下げられた数珠玉がしゃらんと鳴る。
冷水で身を清めた丁が白い装束姿で室内に入って行く。
四方を囲むように点けられていた行灯の火を消すと、一本の蝋燭だけを点したまま自らの前に置いた。
桶の中に入っている桜祢を源太と雫がたらいのまま持ち上げて、直したばかりの部屋とは違い、一番広い十畳の間へと運ぶと、丁は「これから貴女の顔を探します」とだけ言った。
彼女は何も言わずにゆっくりと頭を垂れただけだったが、それに対して丁は何も言わずに桜祢の前に正座をすると目を閉じ両手指を絡めるように組むと、人差し指だけを伸ばしたまま何かの呪を唱え始めた。
それはあまりにも早口で鉄心には到底聞き取れるものではなかったが、数珠がふわりと浮かんだかと思うと、何処から現れたのか。少しずつ引き寄せられるように丁の周囲に集まってきた沢山の蝶の姿に、ただ口をぱっくりと開けて無意識のうちに見とれてしまっていた。
紫色に光る蝶が丁を囲むように羽を動かしている。
桜祢のたらいからは浮かび上がった赤い血がまるで生きているかのようにゆっくりと動き始めた。
それは透明な水の中に血を垂らしたように静かな動きだったが、それを確かめるように不可視蝶の放つ鱗粉が、はらはらと丁の白い装束を淡く照らし、もう少しで呪文を言い終わろうとした時だった。
「危ないっ!」
源太の拳が勢いよく丁の背中に伸びてくる、と同時に由利乃が呪を唱え始めた。
蝋燭の火は自然に消え、丁の不可視蝶だけが周囲を淡く照らしている。
不可視蝶の隙間を縫うように、黒く蠢く墨字がゆらりと浮かぶ。丁を庇うように背を向けた二人は、襲いかかろうとする邪気を前にして、表情を変えること無く構えの姿勢を取った。
「ほっ」
源太が邪気に向かって拳を叩きつける、と同時に粉砕された邪気は火の粉のように散り、桜の青い光が浮かぶ。その横では由利乃が呪を唱え、邪気の影に隠れるように襲いかかる怨霊をことごとく内部から粉砕していった。
ぶわりと空を裂く度に、青く光る桜が由利乃の青白い肌をゆっくりと照らしてゆく。
怨霊は何も話さない。それは不気味に蠢く邪気も同じだった。
「・・・」
側に立つ才蔵と鉄心は、側に置いていた自らの妖刀を構えると、一歩下がって邪気に向かって腕を振り下ろした。
ぐにゃりとへこむような感触、覚えのある感覚に鉄心の唇が歪む。
と、同時に、才蔵の背に向かって飛びかかる怨念の影を見つけるや否や
「危ないっ!」
と叫び、駆け出した速度を緩めることなく、滑るように怨念を切り裂いた。
鉄心は片腕しか使えない才蔵の背に自身の背を合わせるように立ち上がると、部屋中を飛び交う怨霊に視線を向けた。
「なんて数だ・・・」
無意識に鉄心が呟く。
「・・・参ったな」
才蔵が呟いた声に鉄心の背がぞくりと震える。
「まさか、囲まれた?」
飛んでくる怨霊に気を取られ、気付くのが一寸遅かった。
いつのまに集まったのか。
五十を超えようかという数の怨霊が一斉に天井から二人を見下ろしている。
ひやりと伝う冷気と、鼻腔をくすぐる腐臭に鉄心の肌が粟立った。
「・・・・・・」
ごくりと唾を飲む。彼の瞳はいつの間にか赤い光を放ち、ゆらゆらと不気味に揺れている。
「気付いたか?」
才蔵の声に黙って頷く。彼は鉄心が頷いたのを知ると、肩を揺らした。
「怨霊や邪気だけじゃねえ、何かが混ざってやがる」
「これは、何でしょう?」
「知るかよ。俺に聞くんじゃねえ、と言いたいとこだがなぁ」
「才蔵さん?」
「これはちっとばかし、骨が折れるぜ。篤兄」
才蔵の声に、鉄心は鼻でゆっくりと息を吸い吐いた。
彼はかくかくと震える歯を隠すように唇を真一文字に引き結ぶと、より強く妖刀を握り、天井へと視線を向けた。
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