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黒羽織その伍 顔なし女
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「・・・・・・」
餌を前にした獣のように見下ろす怨霊の隙間を縫うように、透明な光を放ちながら跳びかかる妙な生き物に向かって何度も妖刀を振り下ろす、と同時に先程までの邪気や怨霊とは異なる動きに鉄心の足が止まった。
刃に触れているはずなのに、斬った感覚がない。それどころか、液体のようにするりと刀の隙間をすり抜け、ふふふと嗤うのだ。
その様は、紅を差した女の唇とよく似ていた。。
「・・・さっ才蔵さ・・・」
「ああ?」
「かっ顔が・・・」
「ああ?あるだろうな!そりゃあ!」
するりするりとすり抜ける相手の動きに翻弄されて苛立つ才蔵の声を背に、鉄心は『これは冷静にならねば』と一度、自身の動きを止めた。
嗤う唇は何処から見ても女の人にしか見えない。けれど、こちらに向かって来る生き物はそれとは異なり、口からは牙が生え、眼球はぎょろりとしている。
全身は毛に覆われ、硬く長い鋭利な爪は驚くほど長く、肉まで裂けてしまいそうだ。
一見、獣のようだが、気を抜けば見失う程に動きが速い。
かと思いきや、目の前でゆらゆらと映るそれは、何処から見ても女のようだった。
長く艶のある黒髪に、ふっくらとした頬。小さく紅を差した唇。
幾重にも重ねた衣の袖から覗く細い指。
側に寄るだけでふわりと香る甘く花のような、微かな匂い。
酔いそうな果実の甘い香に隠れるように、ふわりと微笑むその表情は何処から見ても美しく、それでいて隙が無い。
無垢な悪意に潜むその表情に、鉄心はふうと息を吐くと力を込めて相手に視線を向けた。
「なんだ・・・?」
途端にずきりと鈍い痛みが頭部を貫く。
燃えるように熱を帯びた眼球が何かを探るように左右に動き、その狭間を縫うように濁った景色が一瞬、脳裏を過ぎった。
「・・・ぐ」
誰かが何かを叫ぶ声がする。
血に塗れた腕はだらりと落ちて、ぼたぼたと落ちる赤い血に塗れるように長い金色の髪がばさりと落ちた。
既に事切れる寸前なのだろう、ひとではない何かに向かって、伸ばされたいくつもの腕が身に着けていた狩衣の衣に伸びる。
それをさせまいとする単衣姿の女の髪をむんずと掴み、ずるずると引きずる者の口元には笑みが浮かんでいる。
その周辺にはただ嘲り笑う声だけが響き、どちらのものかも分からぬ帯の上に重なるように剥がれた衣の裾が見えた。
「・・・やめ・・・やめろ・・・」
無意識に顔を覆った鉄心の指ががくがくと揺れる。
心の臓を何者かに鷲掴みにされたような鈍い痛みが全身に広がり、膝を折りかけたその刹那、耳に届いた声にはたと我に返って眼前を見た。
指の隙間から見たそれは獣の顔ではなく、長く伸びた黒髪をそのままに顔を歪ませて叫ぶ女の声だった。
『おぞましや・・・まだ斯様な殺しをなさるつもりか・・・』
『憎らしや・・・陰陽師どもがあぁぁぁっ!!』
『ひとなぞ要らぬ・・・!』
『滅ぼしてくれようぞ!我が一族の恨みや思い知るがいい!』
不意に何かを呟く女達の手が鉄心に向かって伸ばされる。
跳ねのけようと思うのに、するりとすり抜けるだけで上手くかわす事が出来ないままだ。
伸びた腕に纏わりつくように引っ付く黒煙の隙間から覗く女の眼球はとうに無く、瞼が開く度に漆黒の闇がこちらへと向かって来る。
消え入りそうなその姿は怨霊によく似ていたが、天井からずしりと感じる大岩のような重みに鉄心の唇が僅かに切れた。
「ぐっ!」
首を掴まれ呼吸が出来ないまま見上げると、そこにいたのは平安時代の貴族の装束を纏った女の霊だった。
はっきりと映るその姿に驚きを隠せないまま目を見開いた鉄心に、その女は憎らしげな表情を隠そうとしないまま、ぎりぎりと喉元を締め付けていく。
「ぐぅっ・・・!」
なんて力だ・・・。これが怨念のものとはいえあまりにも凄まじい。
掴まれた手を剥がそうと手を伸ばし叩こうにも、その腕は動くどころか、纏わりつく黒煙が鉄心の袖をずるずると這いずり、その心地の悪さに背筋が強張った。
「・・・息が・・・ぁ・・・でき・・・な・・・」
首を千切られるかと思うくらいに締め上げられ、鉄心の視界が次第にぼんやりと滲んでいく。
その女の表情はにやりと狡猾な笑みを浮かべたままだ。
餌を前にした獣のように見下ろす怨霊の隙間を縫うように、透明な光を放ちながら跳びかかる妙な生き物に向かって何度も妖刀を振り下ろす、と同時に先程までの邪気や怨霊とは異なる動きに鉄心の足が止まった。
刃に触れているはずなのに、斬った感覚がない。それどころか、液体のようにするりと刀の隙間をすり抜け、ふふふと嗤うのだ。
その様は、紅を差した女の唇とよく似ていた。。
「・・・さっ才蔵さ・・・」
「ああ?」
「かっ顔が・・・」
「ああ?あるだろうな!そりゃあ!」
するりするりとすり抜ける相手の動きに翻弄されて苛立つ才蔵の声を背に、鉄心は『これは冷静にならねば』と一度、自身の動きを止めた。
嗤う唇は何処から見ても女の人にしか見えない。けれど、こちらに向かって来る生き物はそれとは異なり、口からは牙が生え、眼球はぎょろりとしている。
全身は毛に覆われ、硬く長い鋭利な爪は驚くほど長く、肉まで裂けてしまいそうだ。
一見、獣のようだが、気を抜けば見失う程に動きが速い。
かと思いきや、目の前でゆらゆらと映るそれは、何処から見ても女のようだった。
長く艶のある黒髪に、ふっくらとした頬。小さく紅を差した唇。
幾重にも重ねた衣の袖から覗く細い指。
側に寄るだけでふわりと香る甘く花のような、微かな匂い。
酔いそうな果実の甘い香に隠れるように、ふわりと微笑むその表情は何処から見ても美しく、それでいて隙が無い。
無垢な悪意に潜むその表情に、鉄心はふうと息を吐くと力を込めて相手に視線を向けた。
「なんだ・・・?」
途端にずきりと鈍い痛みが頭部を貫く。
燃えるように熱を帯びた眼球が何かを探るように左右に動き、その狭間を縫うように濁った景色が一瞬、脳裏を過ぎった。
「・・・ぐ」
誰かが何かを叫ぶ声がする。
血に塗れた腕はだらりと落ちて、ぼたぼたと落ちる赤い血に塗れるように長い金色の髪がばさりと落ちた。
既に事切れる寸前なのだろう、ひとではない何かに向かって、伸ばされたいくつもの腕が身に着けていた狩衣の衣に伸びる。
それをさせまいとする単衣姿の女の髪をむんずと掴み、ずるずると引きずる者の口元には笑みが浮かんでいる。
その周辺にはただ嘲り笑う声だけが響き、どちらのものかも分からぬ帯の上に重なるように剥がれた衣の裾が見えた。
「・・・やめ・・・やめろ・・・」
無意識に顔を覆った鉄心の指ががくがくと揺れる。
心の臓を何者かに鷲掴みにされたような鈍い痛みが全身に広がり、膝を折りかけたその刹那、耳に届いた声にはたと我に返って眼前を見た。
指の隙間から見たそれは獣の顔ではなく、長く伸びた黒髪をそのままに顔を歪ませて叫ぶ女の声だった。
『おぞましや・・・まだ斯様な殺しをなさるつもりか・・・』
『憎らしや・・・陰陽師どもがあぁぁぁっ!!』
『ひとなぞ要らぬ・・・!』
『滅ぼしてくれようぞ!我が一族の恨みや思い知るがいい!』
不意に何かを呟く女達の手が鉄心に向かって伸ばされる。
跳ねのけようと思うのに、するりとすり抜けるだけで上手くかわす事が出来ないままだ。
伸びた腕に纏わりつくように引っ付く黒煙の隙間から覗く女の眼球はとうに無く、瞼が開く度に漆黒の闇がこちらへと向かって来る。
消え入りそうなその姿は怨霊によく似ていたが、天井からずしりと感じる大岩のような重みに鉄心の唇が僅かに切れた。
「ぐっ!」
首を掴まれ呼吸が出来ないまま見上げると、そこにいたのは平安時代の貴族の装束を纏った女の霊だった。
はっきりと映るその姿に驚きを隠せないまま目を見開いた鉄心に、その女は憎らしげな表情を隠そうとしないまま、ぎりぎりと喉元を締め付けていく。
「ぐぅっ・・・!」
なんて力だ・・・。これが怨念のものとはいえあまりにも凄まじい。
掴まれた手を剥がそうと手を伸ばし叩こうにも、その腕は動くどころか、纏わりつく黒煙が鉄心の袖をずるずると這いずり、その心地の悪さに背筋が強張った。
「・・・息が・・・ぁ・・・でき・・・な・・・」
首を千切られるかと思うくらいに締め上げられ、鉄心の視界が次第にぼんやりと滲んでいく。
その女の表情はにやりと狡猾な笑みを浮かべたままだ。
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