日々是好日

四宮

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2.和やかな宴という名の歓迎会

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「なあ、昂遠」
「はい?」
「今日は楽しかったか?」

隣を歩くリョが問う。
熊の獣人族の血が流れているだけあって、体格は昂遠よりも遥かに大きい。
けれどその大きさに守られているような気がして、昂遠はホッと息を吐くと「ええ。凄く、凄く楽しかったです」と微笑んだ。

「そうか。それは良かった」
「俺達もー」
「?」
「楽しかったぞ~!!!」
「おー!」
「ちったあ静かにしろ!てめえら!真夜中だぞ!」
「えぇー」
「つまんなーい!」
「酒だ!酒!酒持ってこーい!!」
「そうだそうだ!酒持ってこぉーい!」
「飲み足りないぞー!!」
「酒だー!」
「ふはっ」
「え?」

肩を組んだまま、ぶうぶうと口を尖らせる友に堪えきれなくなったのか、昂遠が腹部を抑え、ふるふると肩を震わせ始めた。
クックックッと笑う昂遠の姿に呆気に取られていた一同だったが、小さく前後に揺れる彼の背を前にして段々と笑顔に変わり、そのまま昂遠に向かって飛びついた。

「ぅぐおっ!?」
「飲むぞぉ~!」
「あーもう仕方ねえなぁ」

民家が並ぶ通りを歩いていると一軒の小さな屋台が目についた。
ちらりと屋台に視線を向けてみれば、店頭に烏賊や干し肉。魚の干物といった日持ちがしそうな品が酒瓶と共に売られているのが見える。
この時間帯ともなれば、流石に買い物客も限られてくる。
もしかすると昼間は別の商品を販売しているのかもしれない。そんな事をふと思う。

蛙の鳴き声を耳にしながら通りを抜ければ、民家の壁が見えてきた。
町や屋台も殆ど見られないその通りはひっそりと静まり返っており、土を踏む音だけが寂しく響き、ぼんやりと灯る提灯の赤い光が闇に紛れてゆらりと揺れた。

「あ、そういえば・・・」

背後から抱き着かれたまま、わしゃわしゃと皆に頭を撫でられていた昂遠コウエンだったが、ハタと何かに気付いたようにリョに視線を向けた。

「あの、これから皆でお邪魔しても大丈夫でしょうか?」
「ん?」
皆に連れられて意気揚々と歩いていた昂遠の声にリョの目が丸くなる
考えてみれば、リョにだって家族がいるだろう。しかも今は真夜中だ。

いくら彼自身が大丈夫だと言ってもリョと昂遠を加えて六名でお邪魔するなんて迷惑以外の何者でもない。
その事に気付いた瞬間、ほろ酔い気分もどこへやら。一瞬にして酔いが醒めた昂遠コウエンはカラカラと乾いた喉をそのままにリョの顔を見た。

「あのっ、っと。ご家族の方にご迷惑ではありませんか?」
後ろから伸びてくる腕を器用に避けながら話す昂遠コウエンの眉間に皺が寄る。

「ああ」
一方、隣を歩くリョの表情は変わらず、それが一層昂遠コウエンを不安にさせた。

「めうぇいわくじゃないぞぉぉぉ!」
「そうだそうだぁぁあ~!うぇっごほっごほっ」
「だいじょうぶかよぉ~!」

ああもうこの酔っ払い共め。そう言いたくなる気持ちをグッと抑える。

「俺なら問題ないぞ」
「え?」
「家には俺しか住んでないんだ。だから遠慮しなくていい」
「あ・・・そうな・・・」
「遠慮せず行くぞ~!」
「うわっ!」

リョの声に昂遠が返事をしようとした瞬間、背後から伸びた友の腕が昂遠の背に触れる。
バンバンと勢いよく背中を叩きながら騒ぐ友の表情に昂遠も苦笑いを返すしかなかった。

「お前らは、ちったあ遠慮しろよ!」
「ええ~!!」
「もう昂遠以外、床で寝ろ!床で!」
「ええ~!!」
「けちぃ~!!」

少し肌寒い夜の風を余所に、賑やかに騒ぐ友の声に笑みを浮かべる昂遠の表情に、リョはホッと息を吐くとゆっくりと前を向いた。

まだまだ夜は明けそうにない。
騒ぐ声を耳にして、これは賑やかな夜になりそうだなとリョの眉が僅かに下がったのだった。
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