日々是好日

四宮

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3.残夜、その背後にて

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「・・・・・・」

暗闇にのそりと動く影がある。
その影はウロウロと左右を見渡すと、慣れた手つきで蝋燭ロウソクに火を着けた。

昂遠コウエンは?」
「寝た」
「そっか」

はあと息を深く吐きながら狐の獣人族、サクと、猫の獣人族、ソウは寝ころんでいた体をゆっくりと起こすとフウと息を吸い吐いた。

「どうするの?これから」

そう話すサクの目は冷たい。

「・・・・・・」

サクの問いにリョは何も答えようとはせず、何か思案するように床に視線を向けたままだ。

「まさか、あんなの拾って来るなんて思ってなかった」
「ああ。それは僕も驚いた」

ソウが頷く。

「あいつもあいつだ。俺達と同じじゃない。人族だ。ここがどんな国なのか知らないのか」
「フハハッ!」

サクの言葉に、ソウが口元に手を当てたまま、肩を震わせている。
吹き出すのをこらえたように笑うのは彼の癖だ。

「そりゃあ、知らないからこそ言えた台詞だったんじゃない?」
「あー。おかしい」そう呟いた彼は、床に転がったままの酒壷シュコ(お酒の入った小さな壷)をゆっくりと持ち上げると耳元で左右に揺らし始めた。

「おい、飲みすぎだ。せめて茶に変えろ」

リョの言葉にソウの手がピタリと止まる。
彼は「ハイハイ」と肩をスクめると手にしていた酒壷シュコ(お酒の入った小さな壷)をコトリと置いた。

「他国に比べると茶葉が安価アンカで手に入るっていうのはありがたいよね」
「他国は茶葉が倍の値段だって言うしな」
「それで?」
「?」
「?」

ソウの声にリョサクの頭上に疑問符が浮き上がる。
しばしの沈黙。その壁を破ったのはソウの言葉だった。

「誰が湯を沸かす?もしかして僕?」
「・・・」
「・・・・・・」
「だな」
「がんばれよ」
「どうしてさ。普通は家主がするんじゃないの」
「散々、家の中を引っ掻き回した奴が言う言葉なのかそれは」
「・・・頑張りまーす」

よっこらせと立ち上がったソウの長い尻尾が揺れる。
その背を見送った二名は、互いに息を吐き出すと酒杯が転がったままの卓に視線を向けた。

「・・・話は戻るけど」
「・・・ああ」
「何で拾おうと思ったの?」
「・・・や、文句が言いたいわけじゃないよ?」
「分かってる」

サクの言葉にリョは一度開きかけた口を閉じてしまった。
分かっている。本当は分かっているのだ。自分でも無謀なことをしたものだ、と。
自分の身を案じてくれているのはサクだけじゃない。
恐らく、この家に集ってくれた皆も同じだろう。

「・・・似ていたんだ」
「誰に?」

ポテポテと微かな足音が聞こえる。その音に視線を向けてみれば、茶を淹れる為に厨房に行っていたソウの姿だった。

「速かったな」
「・・・ちょっと待て」
「ん?」
「・・・・・・何だそれ。もしかして水か?」

眉間に皺を寄せたまま、サクが問う。
ソウは手にしていた茶壺チュフウ(急須)を持ち上げてみせると、ニッコリと微笑んだ。

「よく考えてみたらさあ。僕。熱いの苦手なんだよね」
「・・・」
「・・・そういった事は早く言ってくれると助かる」
「食うのは好きなんだけどなあ」
「・・・もう水でいいや。水で」

サクは力の抜けた笑顔でソウから茶壺チュフウを受け取ると、転がったままの酒杯を並べ、水を注ぎ始めた。

「それで?」
「?」
「誰に似てるって」
「ああ」

サクから酒杯を受け取りながら、リョが頷く。
彼は注がれたばかりの水を飲み干すと、酒杯を卓に戻した。
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