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古賀栄智
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「待って。え?栄智が片思いしてるって……」
「旭さんだから。好きな人」
腕を掴む力を緩めると、旭さんは上半身を上げて俺からやや距離を取った。
「嘘マジか。えっと、うん、ちょっと待て。なんかゴメン」
「……気持ち悪い?」
旭さんの顔がひきつっているように見えて、俺は少し離れるように腰を置いた。フラれても構わないと思っていたはずなのに、いざフラれそうになると耳を塞ぎたくなる。
「俺、男から告白されたことないから、冷静になれてない。けど、キモいとかじゃない」
歯切れの悪い言い方でゆっくりそう言った旭さんは、額に手を置いて息を吐いた。
「あー、ごめんな。栄智のベッドに寝たりして。全然気が付かなかったわ」
「それは旭さんのせいじゃねーから」
「うん……でもさ……」
言葉の続きを待ったが、旭さんは何も続けなかった。
「ダメなら、フッてほしい。諦めたいんで」
沈黙が嫌で、そんなことを言った。本当はフラれたいわけないけど、そう言った。
「……栄智って、ゲイっつーか、男が好きなの?あー、差別っぽく聞こえたらゴメン」
俺の要求には答えずに、オブラートに包んだようで包みきれていない質問が返された。
「……たぶん。でもこんなに好きになったのは旭さんだけ」
「そうなんだ……」
感心したような動揺したような声を出した旭さんは、手で顔を撫でるようにしてから、こちらを見た。告白してから初めてまともに目が合う。彼はガリガリと首をかいて、俺の方に少し近づいた。
「まずさ、俺と付き合ってもいいことないよ。俺そんな価値のある男じゃないし」
「俺にとってはある」
即答すると、旭さんは首をかくのをやめた。
低く唸るような声を出して、天井を仰ぎ見たり鼻の頭をかいたりした後、再びこちらを見る。
「1回、キスしてみるか」
「ほぇ」
フラれても気丈に振る舞おうと気持ちの準備をしていたので、言葉が理解できず萌えキャラのような文言を言ってしまい、誤魔化すようにすぐさま咳払いをした。
今この人何て言った?
キスとか言わなかったか?
なんだよキスって。
キス?
脳がバカみたいに同じ言葉を推考する。
「栄智に告られて嫌じゃなかったのは本当だから」
冗談で言ってるのかと思ったが、旭さんは真剣にこちらを見ていた。
「キスしてみたら、なんかわかるかと思って。キスできないなら、そもそも付き合えないし」
キスしてわかることがあるのか、俺にはわからない。でも、好きな人にそんなことを言われて、断れる人間がいるだろうか。
「……旭さんがいいなら、したい、です」
独り言のようにこぼすと、旭さんが膝を折って近づくのがわかる。顔を上げれば至近距離に旭さんの顔があった。
「目、閉じて」
息がかかるほどの距離で囁かれ、俺は慌てて目を閉じた。同時に唇に柔らかいものが当たる。
うそ、やべぇ、ホントに旭さんとキスしてる。
じわりとした温かさを感じたのはほんの僅かな時間だったが、俺の顔はとんでもなく熱くなっていた。キスなんかでこんなに赤面したのは初めてで、顔が離れた途端、恥ずかしさで顔を隠す。旭さんを見やると、唇に指を当てて固まっていた。
「やっぱキモかっただろ。キスなんて」
傷つく前に予防線を張るという女々しいことをして、返答を待つ。
「……全然、よかった」
思案顔のまま、顔を上げた旭さんはそんなことを言った。
「よ、よかった?」
「なんか悩んでても答え出ないなこれ」
何を言ったのかよく聞き取れなかったが何か呟いた旭さんは、突然吹っ切れたように手を打った。
「よし。とりあえず付き合ってみるか」
「はい?」
「付き合ってみて、お互いにダメだなと思ったら別れる。どうよ」
先ほどまで悩み顔はどこへやら、難題を解決したかのような晴々しい顔をした旭さんは、俺の顔色を伺ってきた。急に軽い空気感になったのは気になったが、そんな提案を断る理由が俺にはない。突如降って沸いたようなチャンスを、逃すわけにはいかなかった。
「え、いや、マジでいいんですか?あとでやっぱなしとか言うなよ」
「うん、オッケー。じゃ今から俺達恋人ね」
物凄く軽い感じで恋人宣言をされ、晴れて俺達は恋人になったようだった。
「さてと、栄智も読んでよ漫画。面白いから」
俺が遠ざけた漫画をひょいと取った旭さんは、俺が告白する前の体勢を再現するようにベッドに寝転んだ。新刊を読みたくて恋人関係になろうとか言い出したのかもしれないと卑屈な思いがよぎったが、下手なことを言って恋人関係を破棄されては困るので黙る。
「旭さん、恋人相手でもこんな感じで過ごしてんですか」
旭さんの勢いに流されないように、『恋人』である俺は堂々と隣へ寝転びながら聞くと、「漫画好きな子と付き合ったことない」と気のない返事が返ってきた。
「じゃ、恋人と何してたの旭さん」
「ん~何って……」
パタリと漫画を閉じた旭さんは、途端に俺の首の後ろに手を回して引き寄せた。突然の出来事に目を白黒させていると、そのまま唇が重なる。さっきよりも長いキスが始まって、俺は上手く応えることも集中することもできずただされるがままで固まっていた。
「……こういうこと、ずっとしてる」
顔を離した旭さんは何事もなかったかのように漫画を持ち直した。俺はキスされた体勢で、旭さんの方を向いたまま固まっていた。
待てよ、この人彼女とこんなこと常にしてんのかよ。マジかよ。てか2度目のキスがもう終わってんだけどどういうことだよ。キスに思い出がなさすぎるだろ。
「おい、いい加減1巻目読めってば」
ぐいっと1巻を押し付けられて、やっと体の硬直が解けた。
これから先、旭さんの行動に振り回される自分が鮮明に目に浮かぶ。どうなってしまうのかと不安に苛まれながら、俺は1ページ目を読み始めたのだった。
「旭さんだから。好きな人」
腕を掴む力を緩めると、旭さんは上半身を上げて俺からやや距離を取った。
「嘘マジか。えっと、うん、ちょっと待て。なんかゴメン」
「……気持ち悪い?」
旭さんの顔がひきつっているように見えて、俺は少し離れるように腰を置いた。フラれても構わないと思っていたはずなのに、いざフラれそうになると耳を塞ぎたくなる。
「俺、男から告白されたことないから、冷静になれてない。けど、キモいとかじゃない」
歯切れの悪い言い方でゆっくりそう言った旭さんは、額に手を置いて息を吐いた。
「あー、ごめんな。栄智のベッドに寝たりして。全然気が付かなかったわ」
「それは旭さんのせいじゃねーから」
「うん……でもさ……」
言葉の続きを待ったが、旭さんは何も続けなかった。
「ダメなら、フッてほしい。諦めたいんで」
沈黙が嫌で、そんなことを言った。本当はフラれたいわけないけど、そう言った。
「……栄智って、ゲイっつーか、男が好きなの?あー、差別っぽく聞こえたらゴメン」
俺の要求には答えずに、オブラートに包んだようで包みきれていない質問が返された。
「……たぶん。でもこんなに好きになったのは旭さんだけ」
「そうなんだ……」
感心したような動揺したような声を出した旭さんは、手で顔を撫でるようにしてから、こちらを見た。告白してから初めてまともに目が合う。彼はガリガリと首をかいて、俺の方に少し近づいた。
「まずさ、俺と付き合ってもいいことないよ。俺そんな価値のある男じゃないし」
「俺にとってはある」
即答すると、旭さんは首をかくのをやめた。
低く唸るような声を出して、天井を仰ぎ見たり鼻の頭をかいたりした後、再びこちらを見る。
「1回、キスしてみるか」
「ほぇ」
フラれても気丈に振る舞おうと気持ちの準備をしていたので、言葉が理解できず萌えキャラのような文言を言ってしまい、誤魔化すようにすぐさま咳払いをした。
今この人何て言った?
キスとか言わなかったか?
なんだよキスって。
キス?
脳がバカみたいに同じ言葉を推考する。
「栄智に告られて嫌じゃなかったのは本当だから」
冗談で言ってるのかと思ったが、旭さんは真剣にこちらを見ていた。
「キスしてみたら、なんかわかるかと思って。キスできないなら、そもそも付き合えないし」
キスしてわかることがあるのか、俺にはわからない。でも、好きな人にそんなことを言われて、断れる人間がいるだろうか。
「……旭さんがいいなら、したい、です」
独り言のようにこぼすと、旭さんが膝を折って近づくのがわかる。顔を上げれば至近距離に旭さんの顔があった。
「目、閉じて」
息がかかるほどの距離で囁かれ、俺は慌てて目を閉じた。同時に唇に柔らかいものが当たる。
うそ、やべぇ、ホントに旭さんとキスしてる。
じわりとした温かさを感じたのはほんの僅かな時間だったが、俺の顔はとんでもなく熱くなっていた。キスなんかでこんなに赤面したのは初めてで、顔が離れた途端、恥ずかしさで顔を隠す。旭さんを見やると、唇に指を当てて固まっていた。
「やっぱキモかっただろ。キスなんて」
傷つく前に予防線を張るという女々しいことをして、返答を待つ。
「……全然、よかった」
思案顔のまま、顔を上げた旭さんはそんなことを言った。
「よ、よかった?」
「なんか悩んでても答え出ないなこれ」
何を言ったのかよく聞き取れなかったが何か呟いた旭さんは、突然吹っ切れたように手を打った。
「よし。とりあえず付き合ってみるか」
「はい?」
「付き合ってみて、お互いにダメだなと思ったら別れる。どうよ」
先ほどまで悩み顔はどこへやら、難題を解決したかのような晴々しい顔をした旭さんは、俺の顔色を伺ってきた。急に軽い空気感になったのは気になったが、そんな提案を断る理由が俺にはない。突如降って沸いたようなチャンスを、逃すわけにはいかなかった。
「え、いや、マジでいいんですか?あとでやっぱなしとか言うなよ」
「うん、オッケー。じゃ今から俺達恋人ね」
物凄く軽い感じで恋人宣言をされ、晴れて俺達は恋人になったようだった。
「さてと、栄智も読んでよ漫画。面白いから」
俺が遠ざけた漫画をひょいと取った旭さんは、俺が告白する前の体勢を再現するようにベッドに寝転んだ。新刊を読みたくて恋人関係になろうとか言い出したのかもしれないと卑屈な思いがよぎったが、下手なことを言って恋人関係を破棄されては困るので黙る。
「旭さん、恋人相手でもこんな感じで過ごしてんですか」
旭さんの勢いに流されないように、『恋人』である俺は堂々と隣へ寝転びながら聞くと、「漫画好きな子と付き合ったことない」と気のない返事が返ってきた。
「じゃ、恋人と何してたの旭さん」
「ん~何って……」
パタリと漫画を閉じた旭さんは、途端に俺の首の後ろに手を回して引き寄せた。突然の出来事に目を白黒させていると、そのまま唇が重なる。さっきよりも長いキスが始まって、俺は上手く応えることも集中することもできずただされるがままで固まっていた。
「……こういうこと、ずっとしてる」
顔を離した旭さんは何事もなかったかのように漫画を持ち直した。俺はキスされた体勢で、旭さんの方を向いたまま固まっていた。
待てよ、この人彼女とこんなこと常にしてんのかよ。マジかよ。てか2度目のキスがもう終わってんだけどどういうことだよ。キスに思い出がなさすぎるだろ。
「おい、いい加減1巻目読めってば」
ぐいっと1巻を押し付けられて、やっと体の硬直が解けた。
これから先、旭さんの行動に振り回される自分が鮮明に目に浮かぶ。どうなってしまうのかと不安に苛まれながら、俺は1ページ目を読み始めたのだった。
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