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2話
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翌朝、共有リビングに行くと、このシェアハウスのオーナー・七海さん──ここに住む男の多くが下心を抱いている美人資産家──が待ち構えていたように出迎えてきた。
「おはよう、巡くん!」
「おはようございます、七海さん。朝からいるなんて珍しいですね」
七海さんはシェアハウスに週1回くらいの頻度でやってくる。
大抵は夕飯時に料理を持ってきてくれて、みんなと一緒に食べて帰っていく。
下心いっぱいの男たちは、七海さんを優しいマドンナだと思って一層惚れ込んでいるけど、実際のところ七海さんの定期訪問は男ばかりが住むシェアハウスの傷チェックと『傷をつけるな』という圧力をかけるためらしい。
資産家は自分の資産が一番大切で、とことん合理的にドライで、でも仕事ができる人はそのドライさを見せない、と千明さんが言っていた。
「近くまで来たからついでに寄ったの。それより、今週土曜日空いてたりする?」
「え、あー空いてますけど。なんですか?」
「よかった!映画の無料招待券があるんだけど、私行けなくなっちゃって。もらってくれないかな」
七海さんが困った笑顔でチケットを2枚差し出してくる。
『ただ、愛させて』という題名と男女が抱きしめあっている様子が描かれていた。
公開前から話題になっている恋愛映画だ。
「俺でいいんですか?他にも行きたい人とか──」
「いやぁ実はそれ、元は私のものじゃなくて……」
「俺のだから」
と、七海さんの背後から不機嫌丸出しの男──湊が現れる。
湊とは同い年で大学も同じだけど、たいして仲は良くない。
というか、湊は七海さんに一目ぼれしてこのシェアハウスに移ってきたほど熱狂的に七海さんを愛していて、シェアハウスに住む男たちを全員嫌っている節があるので仲良くなれていない。
「湊くんが一緒に行こうって誘ってくれてたんだけど、土曜日にどうしても外せない仕事が入っちゃって。それでさっき湊くんに返そうとしたら、『いらないから次リビングに来たやつにあげて』って言われちゃったところだったんだ」
「そこに現れたのが、俺だったわけですか。でも湊、本当に良いのか?これ話題作だし……」
「七海さん以外と行っても意味ないから」
案の定、とんでもなく塩対応をしてくる湊に、七海さんは人間関係ちゃんと作った方がいいよとアドバイスしている。
「俺は七海さんと行きたかったんだ。七海さんと一緒ならどこでもいいから」
「うーん、照れちゃうね」
「かわいい。俺以外の前で照れないでほしい」
全然動じていない七海さんに負けずに好意を伝え続ける湊を見ていると、本当にうらやましい気持ちになる。
(俺も、湊くらい素直になれたら……)
「土曜はダメになっちゃって申し訳ないけど、明日の昼間なら空いてるから一緒に買い物行く?」
「ほんと……?あとで連絡する」
「ホント!あっごめん、もう行かないとだ」
足早に去る七海さんをドアのところまで追った湊は、しばらく七海さんの後ろ姿に手を振っていた。
俺はそんな湊を横目にリビングの椅子に座ると、もらったチケットを再び見た。
ペアチケットだ。
誰を誘おうか。
土曜日なら、大学の友達空いてそうだな。
本当は、一緒に出掛けたい人なんて1人だけだろ。
(うるさい、そんなことわかってる。黙ってろ)
お前は黙ってないで行動したらどうなんだ?
(うるさい、うるさい、うるさい)
唐突に始まる不毛な自問自答。
ため息をつくと、目の前の席に湊が座ってきた。
七海さんと一緒に出掛けられる用事ができたことで頭がいっぱいのようで、嬉しそうにスマホで何かを検索している。
きっと途中で寄れるデートスポットでも調べているに違いない。
「湊ってすごいよな。好意をストレートに言えて」
気が付いたらそんなことを言っていた。
スマホを眺める時の10倍くらい不機嫌な目で睨まれると、急に自分の発言が嫌味のように思えてきて急いで訂正する。
「あ、違う。ごめんなんか変なことを……」
「好きな人に好きだって伝えなくてどうするんだよ」
「へ?」
「好意を伝えなくて、どうするんだって言ってる。好きなのに黙ってるなんてバカなんじゃないのか?いつ誰に奪われるかもわからないのに」
今の自分を思い切り否定されたような気がして、言葉に詰まる。
いや、湊は異性を好きになってるんだから、俺とは違う。
そう思っても、湊の言葉は胸に刺さった。
「……伝えない方が幸せなこともあるだろ」
自分への言い訳のような言葉が口から出た。
「そんなの逃げてるだけだ。自分に自信がなくて、好意を無下にされてない自分が大切なんだろ。本当は恋人になりたいくせに黙ってるなんて、黙っていられる程度の好意ってことだしな」
湊は今の俺を名指しで否定するかのように、的確に心に針を刺してくる。
湊の言葉に反論したくても、湊の言葉は全て正しいように思えて仕方がなかった。
「……お前みたいに自信のあるやつばかりじゃないんだよ」
結局出た言葉はただの言い訳だ。
「なに、自己紹介?」
「っ……違う……!」
事実を突かれて、どうしようもなさで怒りそうになったところで、ふいにリビングのドアが開き、
「……お取り込み中?」
スーツ姿の千明さんが顔を覗かせた。
「おはよう、巡くん!」
「おはようございます、七海さん。朝からいるなんて珍しいですね」
七海さんはシェアハウスに週1回くらいの頻度でやってくる。
大抵は夕飯時に料理を持ってきてくれて、みんなと一緒に食べて帰っていく。
下心いっぱいの男たちは、七海さんを優しいマドンナだと思って一層惚れ込んでいるけど、実際のところ七海さんの定期訪問は男ばかりが住むシェアハウスの傷チェックと『傷をつけるな』という圧力をかけるためらしい。
資産家は自分の資産が一番大切で、とことん合理的にドライで、でも仕事ができる人はそのドライさを見せない、と千明さんが言っていた。
「近くまで来たからついでに寄ったの。それより、今週土曜日空いてたりする?」
「え、あー空いてますけど。なんですか?」
「よかった!映画の無料招待券があるんだけど、私行けなくなっちゃって。もらってくれないかな」
七海さんが困った笑顔でチケットを2枚差し出してくる。
『ただ、愛させて』という題名と男女が抱きしめあっている様子が描かれていた。
公開前から話題になっている恋愛映画だ。
「俺でいいんですか?他にも行きたい人とか──」
「いやぁ実はそれ、元は私のものじゃなくて……」
「俺のだから」
と、七海さんの背後から不機嫌丸出しの男──湊が現れる。
湊とは同い年で大学も同じだけど、たいして仲は良くない。
というか、湊は七海さんに一目ぼれしてこのシェアハウスに移ってきたほど熱狂的に七海さんを愛していて、シェアハウスに住む男たちを全員嫌っている節があるので仲良くなれていない。
「湊くんが一緒に行こうって誘ってくれてたんだけど、土曜日にどうしても外せない仕事が入っちゃって。それでさっき湊くんに返そうとしたら、『いらないから次リビングに来たやつにあげて』って言われちゃったところだったんだ」
「そこに現れたのが、俺だったわけですか。でも湊、本当に良いのか?これ話題作だし……」
「七海さん以外と行っても意味ないから」
案の定、とんでもなく塩対応をしてくる湊に、七海さんは人間関係ちゃんと作った方がいいよとアドバイスしている。
「俺は七海さんと行きたかったんだ。七海さんと一緒ならどこでもいいから」
「うーん、照れちゃうね」
「かわいい。俺以外の前で照れないでほしい」
全然動じていない七海さんに負けずに好意を伝え続ける湊を見ていると、本当にうらやましい気持ちになる。
(俺も、湊くらい素直になれたら……)
「土曜はダメになっちゃって申し訳ないけど、明日の昼間なら空いてるから一緒に買い物行く?」
「ほんと……?あとで連絡する」
「ホント!あっごめん、もう行かないとだ」
足早に去る七海さんをドアのところまで追った湊は、しばらく七海さんの後ろ姿に手を振っていた。
俺はそんな湊を横目にリビングの椅子に座ると、もらったチケットを再び見た。
ペアチケットだ。
誰を誘おうか。
土曜日なら、大学の友達空いてそうだな。
本当は、一緒に出掛けたい人なんて1人だけだろ。
(うるさい、そんなことわかってる。黙ってろ)
お前は黙ってないで行動したらどうなんだ?
(うるさい、うるさい、うるさい)
唐突に始まる不毛な自問自答。
ため息をつくと、目の前の席に湊が座ってきた。
七海さんと一緒に出掛けられる用事ができたことで頭がいっぱいのようで、嬉しそうにスマホで何かを検索している。
きっと途中で寄れるデートスポットでも調べているに違いない。
「湊ってすごいよな。好意をストレートに言えて」
気が付いたらそんなことを言っていた。
スマホを眺める時の10倍くらい不機嫌な目で睨まれると、急に自分の発言が嫌味のように思えてきて急いで訂正する。
「あ、違う。ごめんなんか変なことを……」
「好きな人に好きだって伝えなくてどうするんだよ」
「へ?」
「好意を伝えなくて、どうするんだって言ってる。好きなのに黙ってるなんてバカなんじゃないのか?いつ誰に奪われるかもわからないのに」
今の自分を思い切り否定されたような気がして、言葉に詰まる。
いや、湊は異性を好きになってるんだから、俺とは違う。
そう思っても、湊の言葉は胸に刺さった。
「……伝えない方が幸せなこともあるだろ」
自分への言い訳のような言葉が口から出た。
「そんなの逃げてるだけだ。自分に自信がなくて、好意を無下にされてない自分が大切なんだろ。本当は恋人になりたいくせに黙ってるなんて、黙っていられる程度の好意ってことだしな」
湊は今の俺を名指しで否定するかのように、的確に心に針を刺してくる。
湊の言葉に反論したくても、湊の言葉は全て正しいように思えて仕方がなかった。
「……お前みたいに自信のあるやつばかりじゃないんだよ」
結局出た言葉はただの言い訳だ。
「なに、自己紹介?」
「っ……違う……!」
事実を突かれて、どうしようもなさで怒りそうになったところで、ふいにリビングのドアが開き、
「……お取り込み中?」
スーツ姿の千明さんが顔を覗かせた。
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