貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ

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3話

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「……え、え?千明さん、会社は……!」

 とうに出勤しているものだと思っていたので思わず大きく驚くと、興を削がれた湊が「……うるさい」とぼやく。

「今日は午前休取ったんだ。ちょっと何か食べたら出勤するよ」

 ふわりと微笑まれてドキリと心臓が跳ねる。

「あ、俺もこれから朝ごはん食べるんで良かったら一緒に……!」

 隣の椅子を引こうとすると、前に座っていた湊が無言で立ち上がった。

「あれ、湊はいいの?」
「……あんたらの会話、聞いてたくない」
「それは一体どういう意味」

 苦笑した千明さんの横を素通りして、湊はリビングのドアに手をかける。そのまま出ていくのかと思ったら、一瞬だけこちらを、主に俺を睨んでから出ていった。 

「……湊と巡って仲良いの?」

 言いながら、千明さんは湊が去った椅子に着席する。

「え?うちで湊と仲良いやつなんていないと思いますよ」

 今の様子の何を見て仲が良いと思われたのか不思議だった。

「はは、そっか。でも大学同じでしょ?」
「同じだけですよ。あいつ七海さん以外はどうでもいいと思ってるから扱いにくいし、すぐ突っかかってくるし」

 そう説明するも、千明さんは「ふーん」と納得してなさそうな返事をして、テーブルに置いてあったリンゴを引き寄せた。そして、ふと視線を俺の手元に移す。

「それなに?」

 千明さんの指先にあるのは先程のペアチケット。
 急な指摘に焦り「こ、これは何でもなくて……!」と隠そうとしたが、それよりも早く千明さんにチケットを奪われてしまった。

「へぇ~映画の試写会か。しかも恋愛もの」
「これはその、湊から貰っただけで!」

 楽しげにチケットを奪った千明さんが、俺の発言で真顔になる。

「湊と行くの?」
「えっ?いやいや!行かないですよ!湊がいらないからって寄越してきて」
「じゃあ誰と行くの?」

 問い詰めるような口振りだった。その射抜くような視線に、何か背筋をぞくぞくと這うものを感じて、俺はさっと目をそらした。

「えーと、その映画に興味があって土曜が空いてる人を誘おうと思ってました」

 妙な説明口調で返してから、こういう時にさりげなく誘えれば良いのにと速攻で後悔する。
 
「まぁ大学の友達に聞いてみようかなって」

 ──バカ、なんでそんなこと言ってんだよ。さっさと誘えって。

(うるさい。俺は湊とは違う。断られたら傷付くし、今の関係が壊れるのは怖いんだ)

 ──『今の関係』なんて、ほぼ他人のくせに。

(あーうるさい、本当にうるさい)

「それなら俺、行きたいな」

 頭の中の自分に悪態をついていると、千明さんが何か言った。

「はい?」
「俺が行っちゃダメかな、この試写会」

 2枚のチケットをひらひらと揺らしながら、千明さんは少し照れたような笑顔を見せる。

(あぁ、千明さんは誰かとこの恋愛映画を観たいのか。そうだよな、絶対モテるし。普通男とふたりで恋愛映画なんて観ないし。誘わなくて良かった。本当に良かった)

 勝手な脳内会議が終わり、

「良いですよ、あげます。女性を誘ったら喜ばれま──」

 無理矢理作った笑顔でそう言いかけると、千明さんが笑顔を崩して制してきた。

「ちょっと待って、え?俺の誘い方ってそんなに分かりにくい?」
「は?」
「俺は、巡が行くなら一緒に行きたいって言ったつもりなんだけど」
「は……?」

 ポカンとしていると「え、嫌……?」と不安そうに尋ねられ、慌てて首を横に振りまくる。

「いやいや!え、あの俺と行くんで良いんすか!?お、俺は全然嬉しいですけど……!」

 嬉しい、とか言ってしまった。引かれてないかな。
 咄嗟に出た素直な言葉にヒヤヒヤしながら千明さんを見ると、千明さんはにこやかに微笑んでいた。

「良かった、じゃあ土曜日ね。よろしく」

 そう言ってリンゴを一切れ口にくわえると、千明さんはチケットを1枚だけ取った。








 その後自分が何を食べたのか、その日何をしたのか、よく思い出せない。
 ただ、特になんの努力もせずに好きな人と映画に行けることになったことは確かだった。
 そして、いつの間にか約束の土曜日になっていることも確かだった。 

「あ~……」

 俺は先程からずっと鏡の前で唸り声を上げている。
 映画は14時からだ。13時に玄関に集合して、そのまま一緒に映画館に行くことになっていた。なっていたというか、そういう旨のLINEが昨日の晩に来ていた。仕事が忙しいらしい千明さんとは、チケットを渡してから全く顔を合わせていない。

『連絡遅くなってごめんね。明日楽しみにしてる』

 楽しみにしてる。
 千明さんがそう伝えてくれただけで俺の心は軽やかになっていた。

「はぁ~……」

 現在12時15分。
 心は軽やかでも、着ていく服はなかなか決まらない。
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