魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ

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 ダン王子の報告に、イリスさんも王子たちも眉を寄せた。

「失踪した、という意味ですか」
「わからん。つい先刻報告を受けたばかりで、状況はほとんど不明だ。おおよそ500名ほどの村だが、全員が忽然と姿を消した。赤子から老人まですべてだ。直前まで生活を営んでいた形跡があり、もみ合った形跡はない。拉致や虐殺ではないが、自分の意思で出て行ったとも言い難い状況だ」

(クライドさんが話に来たことってこのことだったのか)

「村人全員を転位魔法でどこかに連れて行った人がいる、とかですか?」
「転位魔法は魔力消耗が激しく、普通なら使用者本人単体の転位で日に数回が限度です。500人もの人数を一斉に転位させるのは、至上様を除いて不可能。魔力量が圧倒的に足りません。……しかし、他に考えられる要因となると──」

 イリスさんが言い淀んだ。言っていいものか、という逡巡が一瞬見える。

「呪具の生成、くらいしか思いつきませんね」
「……だとすれば、最悪だ」

 マーティアス王子がイリスさんの代わりに続けて、ダン王子が顔をしかめた。

「あの、呪具っていうのは?」
「魔力を消費せずに強力な魔法効果を得られる道具のことです。史上最悪の戦争と呼ばれる第5次魔界大戦の際に生まれたもので、各国が戦争の切り札として生成と使用を繰り返し多くの犠牲が出ました。あまりに被害が出たため至上様が呪具の生成も使用も禁止され、今では公に目にすることはなくなりましたが……」
「呪具の問題は、使用よりもその生成方法だ。呪具は生命によって作られ、捧げられた命の数が多ければ多いほど強力なものが出来上がる」
「呪具を作ったせいで、500人も犠牲になったってことですか……!?」
「まだ可能性がある、というだけだ」

 ダン王子はあくまで冷静に言ったが、表情は厳しいままだった。

「でも呪具ってそんなに簡単に作れるものなの? さっと村を消せちゃうなんて」
「呪具生成は代表的な禁術で術の詳細は公に知られておらず、生成方法を知ったとしてもその習得にはかなりの時間を要します。つまり今回本当に呪具生成が行われたのならば、手練れが関わっているということです。手際の良さから見ても相当な」

 イリスさんの仮定は随分真実味を持って聞こえた。

「至上宮へ接触してきた輩が関係しているかはわかりませんが、ロット国内部の反乱が燻っている可能性も十分ありえます。ロットは先々代の圧政で没落させられた王族貴族が多い。国内中に敵がいるんじゃないですか」
「国内で完結するならそっちの方がマシだ。対策のしようがある」

 マーティアス王子の遠慮のない言い方に、ダン王子は忌々しいと言いたげに返す。

「ダン、援助できることがあればするから言ってね。きっと……村のみんなは生きてるよ」

 ラルフ王子が心配そうにダン王子を励ますと、「ああ」とだけ短く頷いた。

「とにかく、今の話は他言無用だ。始末はロットで行う。何か判明すれば共有するが、おそらく大した情報は出ないと先に言っておく」
「承知いたしました。お話しいただきありがとうございます」

 イリスさんが頭を下げたところでダン王子はソファから立ち上がる。

「これから有事の際は、側近も含めて現状把握のために王家室に集まれ。それ以外で集合をかけたい場合は、各々が伝達して招集をかけろ。いいな。俺はもう事後処理のために戻る。おい、数日貴様の相手はできん。魔法は自習しておけ」
「は、はい。わかりました」

 俺を指差したダン王子は一気に言い切って、俺の反射的な返事を聞く前にすぐ転位で消えた。

「言いたいことを言うだけ言って、いなくなりやがって……」
「まぁまぁマーティアスくん。ダンの言い分は納得できたし、いいじゃない」
「ではダン様がおっしゃったように、これからは王家室に適宜集まって情報を共有して参りましょう。他に議題がなければ、本日は解散とさせていただきます」

 イリスさんが話をまとめて、3王子は異議を唱えなかった。

「それではルカ様、お部屋へ戻りましょう」

 イリスさんに差し出された手を取ると、次の瞬間に俺は寮の自室へと戻っていた。

(はぁ……今の会議でドッと疲れた……ロット国の事件は心配だし……)

 俺にできることがないのはわかっているが、それゆえにただ心配事が増えるだけの時間だった。「あなたに力があれば全部解決できるのに」とイリスさんに言われないかと若干緊張して見やると、彼はいそいそとエプロンを取り出して身につけている。

「さて! 久しぶりにお食事の準備をさせていただきますね。召し上がりたいものはありますか?」
「あ、ありがとうございます。なんでも食べます」
「かしこまりました。すぐにお作りしますので、お座りになってお待ちください」

 鼻歌でも聞こえてきそうな身のこなしで、イリスさんはキッチンに立った。俺と2人きりになった途端、あからさまにテンションが上がっている。

(切り替えのスピードえぐいな……)

 力不足を責められなくてホッとしながらも、今の会議を経て即新婚のような雰囲気を出せるイリスさんは、俺とはステージの違う人だと改めて実感した。
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