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「はー……っ、はー……っ、あとちょっと……!」
目の前に自立式のサンドバッグが立っている。俺はそれに向けて手をかざし、魔力を込めた。やり始めてから何度目かは、もうわからない。
「燃えろ……!」
ここは王家室に併設された厨房だ。
舞踏会の件で学院が警戒態勢に入ったことで、この厨房は王家室周辺に部外者が立ち入れる隙とみなされ休業となった。それを知った俺がイリスさんに『魔法の自主練習のために空になった厨房を借りたい』と申し出たところ、イリスさんは俺のために訓練用のサンドバッグを用意してくれたのだ。
『ルカ様は炎魔法の習得が早かったので、それを強化することから始めてみてはいかがでしょうか。この訓練道具は受けた魔法攻撃の程度によって、レベル1からレベル10まで強度が段階的に上がっていきます。レベル10に到達できれば練度は相当なものです』
イリスさんの説明を思い出しながら、燃え始めたサンドバッグを炎で包むように意識をする。ここ数日ずっと挑戦し続け、現在はレベル5に到達していた。
(火は強いままだ……! いける……!)
「よし、これで……! って、うわ!?」
ひと際大きく燃え盛ったのを見てガッツポーズをしたら、サンドバッグがいきなり俺めがけて吹っ飛んでくる。
──ドゴッ!
「うっ! いってえ……!」
避ける技術がなくて、思い切り腹で受け止めた。
『ちなみにこれは一定時間経っても攻撃力が基準に達しないと、攻撃者に一撃食らわせてきます』
痛みと共にイリスさんの補足説明が頭に流れる。普通に容赦のない威力でぶつかってくるので、いい加減ちゃんと避けられるようにならないと痣だらけになりそうだ。
「はぁ~……まだダメか……」
肩を落としながら起き上がりってサンドバッグを元の位置に運ぼうとすると、勝手にふわりと浮いて飛んで行った。
(え?)
「部屋にいないと思ったらここか」
声に振り返るとダン王子が立っていた。目が合うと、腕を組んでいたのを解いてこちらにやって来る。
「ダン王子。何しに来たんですか」
「お前こそ、こんなところで特訓か」
「あ~いや、ホントは庭とか森とか広いところでやりたいんですけど……まぁ寮から出られない身なので」
ハハ、と笑いを添えたが、ダン王子が一緒に笑ってくれるはずもなく、彼は真顔のまま俺を見ている。
「いつからやってる」
「えっと、お昼食べてすぐ来たので……13時くらいかな」
「今は21時だぞ。やりすぎだ」
「え! もうそんな時間ですか。実はあとちょっとでこれを燃やしきれそうで──」
サンドバッグに向かい合おうとしたら、足元がもつれてふらついた。とっさにダン王子が腕を掴んでくれたことで、倒れずに済む。
「! っと、すみません」
「無理するな」
「大丈夫です。無理……してないですよ」
ダン王子は腕を離さずにやれやれと首を振ると、入り口から椅子が2脚飛んできた。腕を引っ張られ、問答無用で着席させられる。
「ひたすらやればいいという訳でもない。休め」
「で、でも──」
「口答えするな。休め。『はい』と言え」
「……はい」
俺が大人しくすると、ダン王子は「それでいい」と言って、部屋を出ることはなく俺の隣に座った。
(一緒にいてくれるんだ)
チラッと横を見るとすぐに目が合う。最近喋る暇もなかったし、せっかくなら何か話したいと思って俺は口を開いた。
「……少しずつ、前より魔法ができるようになってるとは思うんです。でも、至上様としてどうかと言われたら、何にもできてないのと同じです。抑止力には程遠い」
このままでは、また舞踏会のような事件が起きてしまうかもしれない。至上様の無力が露呈すれば、酷い戦争が起きるのは不可避だ。
(俺は至上様なのに、何が目の前で起こっても誰も助けられないなんて)
「……あまり気を病むな。お前は努力している」
ダン王子の声音が温かくて、俺は思わずドキリとしてしまった。
「そう、ですかね……。てっきり『全部お前の努力不足だ。甘えるな』とか言われるかと思いました」
「せっかく優しくしてやったのに、心を折る罵詈雑言を言われたいようだな」
「や、やだな、冗談ですよ! ダン王子に優しくされて、ちょっと照れただけです。そう言ってもらえるのは……ちゃんと嬉しいです」
本心だった。ダン王子を見ながら口元が緩むのを感じると、ダン王子が俺の頬に触れた。顔が近づく。
そう認識した頃には、唇が重なっていた。
目の前に自立式のサンドバッグが立っている。俺はそれに向けて手をかざし、魔力を込めた。やり始めてから何度目かは、もうわからない。
「燃えろ……!」
ここは王家室に併設された厨房だ。
舞踏会の件で学院が警戒態勢に入ったことで、この厨房は王家室周辺に部外者が立ち入れる隙とみなされ休業となった。それを知った俺がイリスさんに『魔法の自主練習のために空になった厨房を借りたい』と申し出たところ、イリスさんは俺のために訓練用のサンドバッグを用意してくれたのだ。
『ルカ様は炎魔法の習得が早かったので、それを強化することから始めてみてはいかがでしょうか。この訓練道具は受けた魔法攻撃の程度によって、レベル1からレベル10まで強度が段階的に上がっていきます。レベル10に到達できれば練度は相当なものです』
イリスさんの説明を思い出しながら、燃え始めたサンドバッグを炎で包むように意識をする。ここ数日ずっと挑戦し続け、現在はレベル5に到達していた。
(火は強いままだ……! いける……!)
「よし、これで……! って、うわ!?」
ひと際大きく燃え盛ったのを見てガッツポーズをしたら、サンドバッグがいきなり俺めがけて吹っ飛んでくる。
──ドゴッ!
「うっ! いってえ……!」
避ける技術がなくて、思い切り腹で受け止めた。
『ちなみにこれは一定時間経っても攻撃力が基準に達しないと、攻撃者に一撃食らわせてきます』
痛みと共にイリスさんの補足説明が頭に流れる。普通に容赦のない威力でぶつかってくるので、いい加減ちゃんと避けられるようにならないと痣だらけになりそうだ。
「はぁ~……まだダメか……」
肩を落としながら起き上がりってサンドバッグを元の位置に運ぼうとすると、勝手にふわりと浮いて飛んで行った。
(え?)
「部屋にいないと思ったらここか」
声に振り返るとダン王子が立っていた。目が合うと、腕を組んでいたのを解いてこちらにやって来る。
「ダン王子。何しに来たんですか」
「お前こそ、こんなところで特訓か」
「あ~いや、ホントは庭とか森とか広いところでやりたいんですけど……まぁ寮から出られない身なので」
ハハ、と笑いを添えたが、ダン王子が一緒に笑ってくれるはずもなく、彼は真顔のまま俺を見ている。
「いつからやってる」
「えっと、お昼食べてすぐ来たので……13時くらいかな」
「今は21時だぞ。やりすぎだ」
「え! もうそんな時間ですか。実はあとちょっとでこれを燃やしきれそうで──」
サンドバッグに向かい合おうとしたら、足元がもつれてふらついた。とっさにダン王子が腕を掴んでくれたことで、倒れずに済む。
「! っと、すみません」
「無理するな」
「大丈夫です。無理……してないですよ」
ダン王子は腕を離さずにやれやれと首を振ると、入り口から椅子が2脚飛んできた。腕を引っ張られ、問答無用で着席させられる。
「ひたすらやればいいという訳でもない。休め」
「で、でも──」
「口答えするな。休め。『はい』と言え」
「……はい」
俺が大人しくすると、ダン王子は「それでいい」と言って、部屋を出ることはなく俺の隣に座った。
(一緒にいてくれるんだ)
チラッと横を見るとすぐに目が合う。最近喋る暇もなかったし、せっかくなら何か話したいと思って俺は口を開いた。
「……少しずつ、前より魔法ができるようになってるとは思うんです。でも、至上様としてどうかと言われたら、何にもできてないのと同じです。抑止力には程遠い」
このままでは、また舞踏会のような事件が起きてしまうかもしれない。至上様の無力が露呈すれば、酷い戦争が起きるのは不可避だ。
(俺は至上様なのに、何が目の前で起こっても誰も助けられないなんて)
「……あまり気を病むな。お前は努力している」
ダン王子の声音が温かくて、俺は思わずドキリとしてしまった。
「そう、ですかね……。てっきり『全部お前の努力不足だ。甘えるな』とか言われるかと思いました」
「せっかく優しくしてやったのに、心を折る罵詈雑言を言われたいようだな」
「や、やだな、冗談ですよ! ダン王子に優しくされて、ちょっと照れただけです。そう言ってもらえるのは……ちゃんと嬉しいです」
本心だった。ダン王子を見ながら口元が緩むのを感じると、ダン王子が俺の頬に触れた。顔が近づく。
そう認識した頃には、唇が重なっていた。
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